今週のポイント解説(17) 05/09~05/16
円安日本の経常収支
1.円安の2015年度
日本政府はあくまでも円安誘導にこだわりをみせている。無理もないだろう。何と言ってもアベノミクスの目標は「円高デフレの克服」だった。デフレが克服されないままに円高に転じたのならばアベノミクスは失敗だったという評価を受けるだろう。
しかし問題はそうした結果論ではなさそうだ。果たして日本経済の長期デフレの原因は円高だったのだろうか。だとすれば2012年以来の持続的円安傾向は日本経済にどのような影響を与えたのだろうか。昨年度(2015年度)は1ドル=120円台という円安で推移していた。6月初めには12年半ぶりに125円台を付け、黒田日銀総裁はさらなる円安をけん制する発言をしたほどだ。
その円安の2015年度の経常収支が発表された(5月12日)。経常収支黒字は前年度から倍増して17.9兆円、5年ぶりの高水準だった。黒字というからには日本から出たお金より入ったお金のほうが多いのだから、何となくいいことのような印象を与えるだろう。世間はそうだろう。世間はそうだからこそ、経済学部の学生はこの情報の中身を分析して情報の意味を理解しなくてはならない。
経常収支はおもに貿易収支、サービス収支、所得収支で構成される。上のグラフにあるようにこの間、第1次所得収支黒字は増え続け、サービス収支赤字は減り続けている。経常収支黒字幅に大きく影響しているのは貿易収支だ。この全体イメージをざっくりおさえたうえで、それぞれの中身を見てみよう。
2.貿易収支は5年ぶりの黒字
経常収支黒字の大幅増は貿易収支のV字回復に寄るところが大きい。昨年度は5年ぶりの黒字を計上した。やはり円安の恩恵なのか。円安を追い風にして輸出が増大したのならそう言えるかも知れないが、輸出は3.3%減っている。貿易収支が黒字になったのは輸入が11.8%減ったからだ。原油安が大きく影響している。
つまり貿易収支のV字軌道は原油価格の高騰から急落をほぼ反映しているといってよい。次に国内消費の低迷から輸入が増えなかったともいえる。円安でも輸出は減っている。つまり輸出のための生産もしたがって投資も増えなかったと考えられる。むしろ円安では輸入品が高く付く。原油価格の急落がなければ、円安は家計と企業コストを大きく圧迫したことだろう。
それでも貿易収支は黒字のほうがいいのかも知れない。経済成長率に寄与するからだ。経済成長率はGDPの増加率だが、GDPを需要面からみるとそれは消費と投資と純輸出(貿易黒字)の合計になる。
Y=C+I+NX
昨年度の貿易黒字は約0.63兆円で日本のGDPは500兆円足らずだから経済成長率をわずか0.1%あまり押し上げたことになる。しかし家計で喩えると、収入が減ったので安いものを買って支出を切り詰めた末の黒字だから、けっして景気の良い話ではない。
3.最大の旅行収支黒字
サービス収支のなかの旅行収支、つまり外国人旅行者が日本で使ったお金から日本人が海外旅行で使ったお金の差額は約1.27兆円だった。ちょうど貿易黒字の2倍だ。
昨年度の訪日外国人数は2135万人で初めて2000万人の大台を突破した。彼らが日本国内で使ったお金は約3.2兆円にのぼる。これらは国内消費に含まれるから経済成長率を0.6%以上押し上げたことになる。また彼らがお土産を爆買いしてこれを帰国して配り、それが好評を得てネットで購入すればそれは日本の輸出になる。
この外国人旅行者激増の原因としては中国、タイ、ベトナムからの旅行者に対する査証(ビザ)の発給要件の緩和があげられるが、もちろん円安が追い風だったことも忘れてはならない。円安は輸出以上にインバウンドに貢献したと言えるだろう。
だとすれば、円高は不安材料だ。それでも政府は「ニッポン一億総活躍プラン」でGDPを2021年までに600兆円に増やすと言っている。どうやって増やすのかという作戦のなかには2020年までに訪日外国人数を4000万人にするというものがある。そして彼らが使うお金を8兆円に増やすのだという。人数2倍、消費額2.5倍だ(5月19日付日本経済新聞)。
たしかに彼らは安いから(円安)来たのかも知れない。でも来てみてサービスが悪ければ高くなれば(円高)来ないだろう。オリンピックがあるからといっても、2013年度に初めて1000万人を突破した訪日外国人数をあと4年で4000万人にできるとは思えない。円安がずっと続くと願っているのだろうか。言っておくがデフレ脱却が進めば実質で見た為替相場は円高に振れる。まさかデフレがずっと続くことを願っているわけでもないだろうに。
4.第1次所得収支
経常収支黒字が18兆円近いというのに貿易黒字も旅行収支黒字も合計で2兆円にもならない。主役はそう第1次所得収支だ。海外子会社から受け取る配当や利子などの差額だが、この黒字額が20.5兆円に達した。これは比較できる1985年度以降で最大だ。
これは一大ニュースだ。1985年以来最大ということは日米投資摩擦を生んだあのバブル期を上回るということになる。日本企業による海外企業のM&A(合併・買収)は6年連続で増えている。製造業の海外生産拠点は増加している。どおりで円安でも輸出が増えないわけだ。内需型といわれた小売りや金融といった業種も海外進出がやまない。すっかり日本は貿易ではなく投資で稼いでいるのだ。
円安で日本の大企業は空前の収益を記録したことは先週のポイント解説でも見た。輸出増加で稼いだわけではない。為替差益で膨らんだ収益だ。1ドル=80円から120円に円安が進んだ結果、同じ1ドル輸出でも40円収益が増える。
自動車や電機といった主要製造業は過去3年間で営業利益を3.4兆円増やしたが、このうち為替による押し上げ額は3.1兆円と大部分を占める(5月23日日本経済新聞)。何度も言うが、これらが国内投資に向かえば当然経済成長率を押し上げる。雇用を生み消費も刺激するだろう。しかし彼らは海外に投資して稼いでいるのだ。
5.ISギャップ
1年生の時に習ったことを思い出そう。経常収支=(国内貯蓄)-(国内投資)、対外バランスは対内バランスに等しい。自明の理だ。ぼくが授業で講師料を得て、喉が渇いて焼き鳥屋でビールを飲む。この対外収支はぼくのポケットのなかの収支なのだから。
つまり昨年度日本の経常収支18兆円というのは国内の貯蓄過剰と投資不足の差額だ。このISギャップが円安日本の経常収支なのだ。そしてこれが材料となって円高になっている。何が求められているのだろう。円安を誘導することなのだろうか。
アメリカはそれを許さない。たしかに円ドルでは円高ドル安だが、実効レート(他の複数通貨との貿易量で算出した為替レート)では約10年ぶりのドル高圏にある。ユーロも人民元も安いからだ。利上げをすればこの傾向は加速するだろう。そして日本はアメリカには大きな貿易黒字を出している。その日本の円安ドル高誘導を(円売りドル買い介入)をアメリカが良しとするとは考えがたい。
だから(少しシャクだが)アメリカ財務省が(為替相場は)「秩序的だ」というのは筋違いではないのだ。もっと筋の通った言い分は「経常収支黒字国は内需拡大に向かえ」という発言だ。なぜか日本国民は円高を怖れ円安を望み経常収支黒字を喜び、そして貯蓄にいそしみ消費を控える。これはアベノミクスと共倒れの道なのだ。
日誌資料
05/10
・スマホ2強アップル・サムスン初の出荷減 今年見通し <1>
中国勢(華為、小米、レノボ)台頭、合計で2強合計に匹敵する見通し
・麻生財務相円高で「当然介入の用意がある」(9日) 米「監視」に反発
衆院予算委で発言 市場、実施は困難の見方 10日参院でも「介入は当然」
・パナマ文書公開 21万社で中国突出2万5千 日本は400個人・法人
・比大統領選挙 ドゥテルテ氏勝利 犯罪への強攻策支持
異端の市長、不満吸収 暴言連発「フィリピンのトランプ氏」の異名
・日銀、株売却を開始 4月に162億円 ETF(上場投資信託)購入で相殺
・インド新車販売4月12%増 約30万台 10カ月連続で前年実績上回る
05/11
・オバマ氏、27日広島訪問を日米発表 現職の米大統領で初
核廃絶を被爆地で訴え 安倍首相の真珠湾訪問も浮上
・オーストリア首相が辞任 欧州、中道左派の退潮鮮明
大統領選で社民党惨敗 ドイツ社民党党首の辞任論も 財政の制約で福祉公約の実現困難に
05/12
・日本貿易収支、昨年度5年ぶり黒字 経常収支は倍増、17.9兆円 <2>
輸出3.3%減も輸入が原油安で11.8%減 貿易収支は6300億円の黒字に
旅行収支の黒字も最大の1.2兆円超に 円安で訪日客急増 外国人消費は過去最多の3.2兆円に
・タイ政策金利、年1.5%に据え置き(8会合連続)
05/13
・日本経常黒字5年ぶり高水準 海外M&Aが6年連続で増加 <3>
第1次所得収支(海外子会社からの利子配当受取り)比較できる1985年以来最大の20.5兆円
・日銀総裁、必要ならば「ちゅうちょなく追加緩和」
マイナス金利も「効果がはっきりするまで待つことは全くない」
・NY原油、半年ぶり高値 一時47ドル台
国際エネルギー機関(IEA)「インド需要増が市場けん引」との見通しきっかけに
・韓国政策金利、年1.5%に据え置き(11カ月連続)
05/14
・首相、消費増税先送りを与党幹部に伝達 サミット後に表明 <4>
地震・景気に配慮 社会保障・財政再建に説明責任 アベノミクス、参院選で失敗批判も
・米財務長官が円売り介入再びけん制 「通貨安競争回避、内需底上げを」
05/16
・ショブレイ独財務相 「財政出動要請ない」 G7で慎重姿勢表明か
「目先の効果で借金を積み上げるだけの事態は避けたいとG7のみんなが思っている」
・米、ドル高警戒3つの理由 景気減速・大統領選・TPP対策 <5>
・4月企業物価4.2%下落 6年5カ月ぶり下げ幅 原油安・円高で <6>