週間国際経済2016(16) No.55
05/02~05/08

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今週のポイント解説(16) 05/02~05/08

円高について

1.円高が止まらない

 ポイント解説では3週続けて円高の背景を考えた。今週も円高は止まらない。5月3日には一時105円台を付けた。これは1年半ぶりの円高で1週間で6円上昇したことになる。昨年5月には1ドル=125円近くだったから約20円の円高だ。

 連休明けの授業でも、もちろんこの問題に触れた。それまでの解説通りの展開だから理解も容易だろうと考えていたのだが、どうも教室の空気が重い。学生たちの表情が暗いのだ。無理もない。5月3日付の記事では「円高、輸出企業に打撃。今年度1兆円超す減益要因に」とあるし、株価も下落している。しかし、どうもそれだけだはなさそうだ。そう、学生たちは「円安こそ日本の利益」と思い込んでいるため円高不安がすり込まれているのだった。

 たしかに為替は安定していることが望ましい。この間の円高へのボラティリティ(変動幅)は相当激しいものだから経済には悪影響がでる。しかし逆の場合、つまり円安へのボラティリティが急激だったころの教室には暗い空気は感じられなかった。マスメディアが悪い情報としてこれを扱っていなかったからなのだ。無理もない。これらメディアのスポンサーの大半は円高で利益をあげる業界がほとんどだからだ。

2.円高は株安?

 とはいえ学生たちは円高が株安をもたらしていることも不安なのだ。そしてどうも「円安=株高」、「円高=株安」と思い込んでいる。そうだ、彼らの世代はそうだったのだ。

 そこで慌てて解説を追加することになる。例えば、「株高といえばバブルやんか。そのときはむっちゃ円高やってんで」とか、「バブル崩壊して銀行とか証券会社がバタバタ破綻したんやけど、そのころっていきなりの円安やってんで」とか。「最近までNY株価は上がりまくってたけど、ずっと円安ドル高やったやん」とか。為替レートの変動は株価変動にとってひとつの材料にすぎない。その作用も他の材料と複合して表れる。円高が材料のときの株高もあれば、そうでないときもある。この間は円安が材料のひとつであったにすぎない。もっと大きな材料は世界的な金融緩和、とりわけアメリカの「異例の金融緩和」だったのだ。これに日銀と公的年金基金による莫大な株買い支えが加わる。

 ある程度の説明をしても学生たちの不安は収まらない。何が理由であろうと株価は下落しているからだ。また別の説明が必要になった。彼らは、彼らだけではない。マスメディアを(そこから派生したネットを)情報源としている多くの人々には、「株高こそ好景気の指標」だとすり込まれているからだ。

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3.為替差益

 これも無理のないことなのだ。円安と株高が連動しているなかで大企業は空前の利益を計上してきたからだ。それがいつかは滴り落ちてくると期待している。政治がそれを期待させているからだ。だからそもそもの円安こそが期待の源となってしまっている。

 円安が日本の輸出企業にとって競争力向上に繋がることは理論的に説明できるだろう。しかし現実問題として日本の輸出はむしろ減少している。だから国内の(輸出のための)生産は増えてはいない。ではなぜこれら大企業は莫大な利益をあげているのだろうか。為替差益だ。

 東日本大震災前の円ドル為替レートは1ドル=80円台だった。それが昨年には120円台にまで円高になった。だから輸出企業は同じ1ドルの輸出で売上が40円増えることになる。これは海外で資産運用をする大手金融機関にとっても同じ理屈だ。この1ドルにつき40円の差益を賃上げや国内投資に振り向ければ当然日本の景気は良くなる。しかし彼らはそんなことはしない。

 為替は予想できない。またいつ円高になるかも知れない。大学新卒の採用は40年近い長期投資だ。直近の為替レートだけで判断できるものではない。また、しばらく円安が続いて輸出に有利になったとしても、例えば自動車メーカーは海外の工場を閉鎖して国内に工場を新設して車を船に乗せてアメリカに売りに行くだろうか。そんな経営者は株主総会でクビになるかもしれない。

 40円分の差益は企業内部に留保されるか再び海外に投資されてきた。これがまた莫大な所得収支黒字を生んできた。日本市場は高齢化して節約志向が高く子供も減っている。若い世代は正規雇用に就くことさえ困難になり、そもそも労働人口が激減しつつある。そして新しい成長戦略政策があるわけでもない。このマーケットに誰か投資するだろうか。

 彼らは、しない。しないからこのマーケットはさらに縮んでいく。この悪循環が「円安・株高」日本の現状だ。このうえ安倍政権は法人税率引き下げを約束し、それでも不満なのかパナマで税金逃れを企てる。財政赤字は増え続け、将来の年金・医療などが不安で国民は貯蓄を増やし、消費をためらう。

4.それでも円安が好き

 その理由を探してみよう。ひとつめは「アベノミクス」だ。その旗印は「円高デフレの克服」だ。つまりデフレ不況の原因を円高に押しつけたのだ。円高が嫌いな大企業がこれをバックアップする情報を大量に流す。そしてみんな円安が好きになった。

 ではマーケットではどうすれば円安になるのだろう。物価が上がってインフレになれば円安材料だ。貿易赤字や財政赤字が拡大してもそうだ。みんな円安が好きなのだけれど、インフレや貿易赤字や財政赤字も好きなのだろうか。

 みんな円高が嫌いだ。では物価の安定や貿易黒字、好景気による金利上昇が嫌いなのだろうか。日本では円高・円安というが、英語では「強い円(円高)・弱い円(円安)」と言う。だから円高は「円が強くなった」と表現する。

 ここで「日本経済の特徴」を考えてみよう。ふたつの答案がある。ひとつは「自動車や家電など工業製品を輸出して成長する経済」、もうひとつは「エネルギーや食料を輸入する経済」だ。ひとつめの答えは過去の正解だ。もうひとつは過去から将来にかけて正解だ。 異論はないとしてさて、これまでは円安だった。1ドル=80円台から1ドル=120円台になった。つまり1ドルぶんの石油や食料を海外から購入するのに80円で買えたものが120円かかることになったということだ。光熱費や食費がかさみ他の消費は節約されるだろう。ただし偶然この間、原油価格が大幅に下落し続けていただけのことだ。その原油価格も反転高騰しはじめている。円安が進めば家計を企業財務を直撃したことだろう。

5.円安とアベノミクス

 円安の恩恵を受けてきたのは誰だろう。この間、非正規雇用の比率も子供の貧困率も上昇した。賃金は伸びず消費も縮んだ。大企業は稼いだかも知れないが、その下請けは、大多数の雇用を吸収している中小企業は輸入資材高騰に苦しんできた。災害からの復興資材も同様だ。食料品も値上げされ、原油価格は激しく下落しているのに電気代はなかなか下がらない。

 空前の上場企業収益と株高。そして成長戦略はTPPだった。輸入関税が撤廃されれば海外のものが安く買えて家計負担が軽くなると新聞でもテレビでも言っていた。そして日本製品は海外でより多く売れるようになるだろうとも、いいことずくめのように。それもこれも円安が前提になっていた。

 円安が良いとは言えないように、もちろん円高が良いとは限らない。為替レートは安定していることが望ましく、急激で大幅な変動はいずれにせよ経済に悪影響を与える。それでも競争力の弱い経済は通貨安を望みがちだ。しかしこれが通貨安競争になれば国際分業の利益は損なわれ、まもなく通貨安経済をも貧しくさせる。

 何度も繰り返し指摘しているように国際金融の潮目は変わったのだ。日本経済にとってもそれは例外ではなく、長く困難な調整が必要になっている。円安にこだわり続ければその調整が手遅れになりかねない。

 日本経済にとって円高が総じて不利益なわけではない。しかし間違いなく円高はアベノミクスを直撃しているのだ。

日誌資料

05/02
・株安・円高止まらず 日経平均一時1万6000円割れ 円、106円前半 <1>
20160502_01

・中国、8兆円減税始動 不動産など非製造業の負担減 <2>
 景気の下支えや産業高度化狙う
20160502_02

05/03
・円高、輸出企業に打撃 今年度1兆円超す減益要因に 小売り・電力には追い風
 黒田日現総裁「円高の影響注視」「ちゅうちょなく追加の金融政策を講じる」
・欧州歴訪中の安倍首相 消費増税「サミット後に判断」
・中国上場企業、減速鮮明に 昨年7年ぶりに減益(前期比1.1%減)
・日経世論調査 憲法「現状維持」初の5割台に 「改正すべき」の40%上回る
 逆転は15年4月 18~29歳世代の55%が現状維持で改憲支持の39%を引き離す

05/04
・円急伸105円台半ば 1週間で6円上昇

05/05
・トランプ氏指名確実 米大統領選 クリントン氏と対決へ
 インディアナ州予備選勝利 共和党、クルーズ氏撤退
・欧米石油大手6社、原油安で今年の投資17%減
・インドネシア4.9%成長(1-3月年率)消費の回復、道半ば

05/06
・安倍首相、独英首脳と会談 財政出動協議を継続 サミットへ詰め
 英「各国の事情反映を」 独、歳出拡大に慎重 温度差のぞかせる

05/07
・米雇用増、16万人どまり(4月) 3カ月ぶり20万人割れ <3>
 景気、踊り場の懸念 問われる持続力 利上げ判断に影響も 円上昇106円台半ば
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・トランプ氏、日本に波及 「軍駐留費、全負担を」「TPPは再交渉」 <4>
20160502_04

・アジア開銀総会(5日フランクフルト)新興国、発言権強化迫る声
 出資比率見直しで改革要求 欧州各国は実利主義、AIIBと使い分け
・北朝鮮、36年ぶり労働党大会 核開発の進展誇示
・日ロ首脳会談(6日ソチ)北方領土「新アプローチで」9月再会談 <5>
20160502_05

・海外投資家日本株離れ 12月以降3カ月連続流出超 <6>
 米ETF(上場投資信託)8400億円流出
20160502_06

05/08
・ロンドン市長に欧米主要都市初のイスラム教徒カーン氏 市民「多様性」選ぶ
・タカタ製エアバッグ部品の追加リコール ホンダ、世界で2000万個超
 累計5000万個、費用2000億円規模 タカタ製、世界で1億個を大幅に超える

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コメント

  1. 石井 より:

    立命館の石井です。円高も円安もいいとは言えず、安定が望ましいとのことですが、新興国などでは為替レート安定のために、固定相場制や通貨バスケット制を取っているところもあるかと思います。しかし、それでは、国際金融のトリレンマにとらわれ、資本移動の自由が制約されると聞いたことがあります。では、日本ではどのように安定のための政策を取ればいいのでしょうか?やはり、アジアでの安定を考えて日本と中国間の為替レートを永久固定する必要があるのでしょうか?考えても謎が深まるばかりなので、質問させていただきます。

    • sobon45 より:

      石井さんが指摘するように為替レートの安定、自律的な金融政策、資本移動の自由という望ましい3つは同時に実現できません(国際金融のトリレンマ)。この問題は授業後半の重要なポイントになってきます。待ちきれなければ第7章から読んでみてください。
      結論に少しふれると、ぼくは資本の国際移動規制の自由化が行き過ぎているという考えです。アジアはドル圏でありドルは国際通貨として極めて不安定です。アメリカの為替政策に大きく左右されるリスクがあります。したがってアジア域内で資本移動について共通の規制が必要であり、かつアジア国際取引においてドルを補完することができるアジア合成通貨の創出が望まれると考えています(為替レートの固定ではありません)。

  2. 濵本 かれん より:

    こんばんは。立命館のエリアスタディ特殊講義でいつもお世話になっております。
     アベノミクスは円安を前提としていましたが、輸出も増えずデフレ克服も出来ませんでした。マスメディアでは、円高で輸出企業が打撃などという情報が流され、円高は不安材料という見方をしていました。しかし、円高はメリットがあることも分かり、円安・円高になった時にどのような対策をしていくのかが大切に思えました。また、アベノミクスでは円安のデメリットを具体的には、どのように見ていたのでしょうか?

  3. 野上 浩平 より:

    お疲れ様です。
    甲南大学経済学部の野上です。
    円高によって、大企業では大きな利益をあげており、その利益は内部留保または海外投資へと向かっているとのことですが、国内投資へ向かない理由として、労働賃金の高さ・少子高齢社会のため市場として利益率が低い、など挙げられると思います。
    そのため、安倍政権でも円安によって貿易黒字を獲得することで、経済を活性化させようとする狙いがあると考えています。
    ただ、授業を受けて、アベノミクスによる円安政策が必ずしも良い結果を生み出さないと知っての疑問なのですが、企業の投資を国内へ向けるためには、どんな政策をとり、国民の意識を変えることが必要なのでしょうか?

    • 金俊行 より:

      野上君は今年度甲南大学で最初のコメントですね。野上君の関心には5月19日付日本経済新聞の記事が良い資料になるでしょう。
      とくに今日本の潜在成長率がわずか0.2%に低迷しているということがポイントです。
      潜在成長率というのは「資本」「労働」「技術進歩」という生産要素をフル稼働させてかつインフレにならない持続的な成長率のことです。
      今年の1-3月も設備投資は減少していますが根本的な要因は労働人口の減少です。過去15年間で170万人減っています。つまり投資を増やしても人手不足になるということです。
      多くの先進国は移民政策でこれを補っていますが安倍政権は女性と高齢者の参加によって克服しようという考えです。
      ただ次に問題になるのが生産性の低下です。労働人口が仮に減っても一人当たりの生産性が高まればそれをいくぶん補うことができるかもしれないのですが、生産性の低下は非正規労働・パート労働比率の上昇と関連しています。また技術革新の遅れも深刻な問題となっています。
      「国民の意識」ということですが、例えば大企業の収益がいずれはしたたり落ちてくるだろうという幻想を政府やメディアが与えているとしたら考えなおさねばならないと思います。

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