週間国際経済2025(2) No.408 01/22~02/09

今週の時事雑感 01/22~02/09

タリフマン(関税男)の孤立(トランプの非常識と“常識の革命”その2.)

アメリカの横暴はトランプに始まったことではない。戦後日米経済関係に関する授業で、ニクソンショック、貿易摩擦からプラザ合意、日米構造協議やバーゼル合意、そして年次改革報告書と話を進めていくと、徐々にしかし明らかに学生たちのリアクションに変化が見られる。「アメリカは横暴ではないか」と。それでも何割かの学生は「安全保障で依存しているから仕方がない」とあきらめるのだが、いや日米安保はアメリカの国益でもあるとして、ほとんどの学生はアメリカの対日経済政策は横暴すぎると不満を示し、批判的になる。

そこでぼくはこう問いかける、「横暴に見えるアメリカの行動は、じつは合理的だという主張を試みてください」と。そして第一に、アメリカは世界最大の消費市場、つまり顧客、お得意様だ。その顧客のクレームには誠実に対応しなければならない、それがビジネスではないのか。第二に、アメリカは国際通貨ドルを発行している、つまりカジノで言えばディーラーだ。カジノのルールは、チップを配るものが決める。合理的ではないか。

続けて問いかける、「しかし、それは持続可能な関係でしょうか」。第一、顧客はアメリカだけなのか、そしていつまでもアメリカはお得意様であり続けるのだろうか。第二、これからもドルに代わるものはないのか、そもそもドルは基軸通貨であり続けうるだろうか。このように問いを重ねられて、考える学生は、考える。考えながら、講義に向き合う。

トランプは、1期目の米中貿易戦争の最中、「私はタリフマンだ」とうそぶいていた。さすがにあまりにも子どもじみているとでも思ったのだろう、今回の選挙戦では「辞書の中で最も美しい言葉は『関税』だ」と言い換えたのだが、笑える。とにもかくにも、関税はトランプにとって成功体験なのだ。

どういった成功体験だったのかと言えば、まず選挙公約として極めて有効だった。では実際の施策としてはどうだったのか、結論を言えば、インフレなどの実害は小さかった。なぜならトランプ政権が一方的に関税を引上げた当時、世界経済は根強いデフレ(いわゆる適温経済)のなかにあったからだ。次に実害が表れる前に、コロナ・パンデミックによって需要が蒸発したからだった。こうして実害は偶然的要素によって小さかったのだが、実利(貿易赤字縮小と製造業雇用の増加)は、こちらは必然的に小さかった。トランプ関税はその後バイデン政権にも引き継がれたが、アメリカの貿易赤字は第一次トランプ政権発足年から2倍以上に増えた。その間、アメリカの製造業雇用は雇用全体に占める比率を低下させている。

でも今回の選挙でも関税引き上げは効くとトランプは考えた。ただ、バイデン政権も保護主義的だったから、引き上げ率はさらに大幅でないと売り物にならない。トランプはなぜか25%が大好きなのだが、もしかしたら平均的アメリカ人にとってクォーターがわかりやすいからかもしれない。いずれにせよその関税率にはなんら根拠がないのだ。

当初トランプは、ラストベルト製造業労働者の票欲しさに、関税引き上げが雇用に結びつくという幻想を振りまいた。それは幻想に終わったが、それでは今回はもっと高い関税率で期待に応えようというのだ。さらに関税は、アメリカの外交にとって最強の武器になると考え出したのだ。まさに「不屈のタリフマン」だ。

ところでこのタリフマンが強いのは、恐れられるのは、アメリカが世界最大の消費市場、顧客だからだ。そしてアメリカはカジノのチップを配るディーラー、基軸通貨国だからだ。ここで最初に紹介した授業の問答に戻ろう。「それは持続可能な関係でしょうか」。第一、顧客はアメリカだけなのか、そしていつまでもアメリカはお得意様であり続けるのだろうか。第二、これからもドルに代わるチップはありえないのか、そもそもドルは基軸通貨であり続けるだろうか。

トランプは、カナダはアメリカ51番目の州になればいいという。メキシコ湾はアメリカ湾と呼ぶべきだという。そのカナダとメキシコに対して、移民と麻薬の流入を懲らしめるために25%の関税をかけると脅かす。パナマ運河も返還しろという。そして中南米からの移民送還に軍用機を使い始めた。ブラジルに送り返された移民は手足を拘束されて滑走路を歩かされていた。こうした扱いをコロンビア政府が拒んだ。するとトランプは「拒めばコロンビアからの輸入品に25%の緊急関税をかけ、1週間以内に50%に引上げる」と圧力をかけ、コロンビア政府はそれに屈した(2月26日)。

これで勢いづいたのかトランプ政権は、ニューヨークなど全米の大都市で不法移民の大規模な逮捕に乗り出した。不法移民といっても、もう10年以上アメリカで働き家庭を持ち暮らしている人々が多い。それを国土安全保障省のノーム長官は移民逮捕の現場にメディアを招待して「クズどもは私たちの通りから排除され続けるだろう」と連行の様子を生配信した。コロンビア政府が関税圧力に屈した2月26日、中米ホンジュラスのカストロ大統領は中南米・カリブ海諸国の首脳に緊急会議を呼びかけた。

関税は怖い。アメリカは顧客だからだ。しかし、顧客はアメリカだけなのか。1月28日付日本経済新聞、南米12ヵ国の対中貿易額は2000年から40倍に膨らみ、15年に対米貿易額を逆転し、23年には対中は対米の1.5倍以上に広がった。中国の投資は通信や宇宙分野にまで拡大し、ブラジルやボリビア、アルゼンチンでも対中貿易に人民元決済を取り入れ、外貨準備における人民元比率も高まっている。それでもドルに代わるチップはないと言えるのだろうか。

トランプが中国とメキシコ、カナダに追加関税を課すのは非常に愚かなことだ、とフォーリン・アフェアーズのチーフ・コメンテーターのギデオン・ラックマンさんは指摘する。「そんなことをすればトランプはこの3ヵ国、ならびに次の関税の標的と言われているEUとの間に利害が一致する状況をつくり出すという危険を冒すことになる」と(2月7日付日本経済新聞)。

2月15日、欧州外交評議会が「トランプ的世界での孤立」と題した世論調査結果を発表した。トランプ大統領復帰が自国にとって良いことだと答えた市民は、EUで22%、イギリスで15%、韓国では11%と低く、ロシア49%、中国46%、サウジアラビア61%だった。

この調査結果は、「多くの市民が取引で動く世界を受け入れている」ことを示唆しているという。このことについてフィナンシャル・タイムズのチーフ・コメンテーターであるマーティン・ウルフさんは、アメリカの同盟国にとって彼らが頼りにしてきた信頼の絆が失われたことを意味すると言う。「自由主義的な国際秩序」なるものを心から信じてきたから、「その消滅は大きな失望だ」、と。一方、「グローバルサウスの国々はアメリカをほぼ頼りにしてこなかったため」、取引を重んじるトランプ氏のやり方に抵抗感も少ない、と(1月30日付同上)。

なるほどグローバルサウスにとって抵抗感は少ないだろう。むしろトランプの「取引=脱価値観」は、グローバルサウスにとって外交の選択肢を広げたとも言えるだろう。さらにそこにトランプに対する嫌悪感が付加されたら。グローバルサウスのイスラム圏にとって、トランプの「ガザ所有」発言は嫌悪感でなくてなんだろう。すでにバイデン政権のイスラエル支援だけでもアメリカ離れを促していたのに。ASEANではインドネシアがBRICSに正式加盟し、マレーシアとタイが加盟申請している。

そういえばヘグゼス国防長官は米下院の指名公聴会で「ASEANは何カ国」と聞かれて「正確には分からない」と答えていた。トランプたちにとっては「その他大勢」なのだろう。しかしそのその他大勢が結集したら。彼らが「関税」ディールに取り合わず、それが脱アメリカ市場依存を促し、それが「脱ドル」を促したら、何が起きるだろう。

昨年のBRICS首脳会議では、脱ドルを目指す金融協力の推進を共同宣言に明記した。ドルに依存しない資金決済ネットワークから始めて、新通貨単位まで構想されている。これに慌てたのがトランプだ。それでもやはりタリフマンには関税恫喝しか術がない、脱ドルの動きには「100%の関税をかける」と脅かした。さて、それでだれが怯えたのだろう。

タリフマンは孤立する。顧客としての地位も、ディーラーとしての役割も相対的に低下していく。安全保障上の信頼関係はどうだ、ウクライナ支援の代償にレアメタル取引を提案しているアメリカだぞ。自由と人権の価値観というソフト・パワーはどうだ、USAIDをひと捻りで閉鎖してしまったアメリカだぞ。

それでもタリフマンには関税しかないのだ。その関税政策もホワイトハウス内では温度差があり、政策目的も一致していない。日本経済新聞1月31日付「米看板政策、揺れる方針」、2月3日付「米関税、強硬派が主導」、「世界一律も政権内で差」といった具合だ。その後も2月13日には「相互関税」導入指示、14日には自動車関税を「4月2日ごろ」に公表するというのだが、意外なことに株価は今のところまったくといっていいほど冷静だ。どうだろう、マーケットはタリフマンを「はったり」屋と読んでいるのだろうか。

「はったり」と見透かされているうちは、まだいい。むしろこれは本気だぞと受け止められたらたいへんだ。インフレ率は、消費者が物価高を予想すれば上昇する。欲しいものは今のうちに購入しようとするからだ。インフレ圧力が高まれば、FRBの利下げは止まる。長期金利も上がる。すると株価は下がる。借金返済負担は重くなる。景気は鈍化する。トランプよ、経済学の常識をあなどってはいけない。

実際、アメリカのインフレは再燃の兆しを見せている。トランプは「バイデンのインフレがまた始まった」とか意味不明な言い訳をしているが、どうやら関税引き上げとインフレの関係は補習を受けたのかも知れない。一律関税といっていたものを相互関税に作戦変更したのは、その学習効果かもしれない。それでもトランプはどこまでもタリフマンなのだ。それが公約だから。しかし彼の辞書の中で関税は、はたしていつまで最も美しい言葉であり続けるだろうか。

中間選挙のゴングが鳴るまであと1年もない。それまで関税引上げとトランプ支持率が両立する見通しは不透明だ。この非常識なタリフマンが孤立し、追い詰められたらどうなるか。警戒しなくてはならないことは、非常識をさらに過熱させて、それを拡散することだろう。ウクライナ停戦に関わる非常識、ドイツ極右テコ入れの非常識、ミュンヘン安保会議での欧州批判の非常識。そしてあちこちで、トランプのイエスマンたちが功を競って火種をまき散らすのだろう。

これが「洪水戦略」なのか。大統領令が連発されるなか、1月末のニューヨーク・タイムズは「トランプの“Flood Zone”戦略で反対派を怒りと息切れ状態に」という特集を組んだ。たしかに息切れして溺れてしまいそうだ。これでは系統だった批判ができなくなる、という企みらしい。

負けるわけにはいかない。まだぼくたちは息をしている。非常識に常識で抗うことをまだ、あきらめてはいない。

日誌資料

  1. 01/22

    ・第2次トランプ政権始動 経済・外交大転換 パリ協定・WHO離脱 <1>
    カナダ・メキシコ「来月25%関税」 対中関税、即時発動見送り
    デジタル課税「無効」主張 テック大手と利害一致
    ・米AI投資、孫氏ら78兆円 ソフトバンクG 米2社と共同事業
    米、AI規制路線転換 技術覇権目指す
  2. 01/23

    ・トランプ政権、EV普及策廃止 車大手に供給網再編圧力 生産移転見極め
    ・貿易赤字5.3兆円 昨年 4年連続、幅は44%縮小 輸出額、円安で最高 <2>
    昨年輸出総額107兆円 対米中が4割 トランプリスクが影
    ・米、LNG輸出許可再開 日本の調達先多様に <3>
  3. 01/24

    ・出生地主義、修正差し止め 米連邦地裁 トランプ大統領令は「違憲」
    ・消費者物価3.0%上昇 12月、補助終了でエネ高く
  4. 01/25

    ・日銀、0.5%に利上げ 総裁「ペース、予断許さず判断」 17年ぶり水準に <4>
    ・トランプ相場期待先行 AI投資を好感 関税警戒は後退 <5>
    ・テスラ、120万台リコール ソフト不具合 中国で、販売の半数
  5. 01/26

    ・国債にじむ格下げリスク 金利上昇や歳出増 「財政再建遅れる恐れ」
    ・インド・インドネシア首脳会談 中国にらみ安保協力合意 米の関与不透明
  6. 01/27

    ・米、コロンビアに関税25% 移民送還拒否で制裁
    ・ルカシェンコ氏7選確実 ベラルーシ大統領選 独裁強固に
  7. 01/28

    ・中国、南米と関係深化 貿易額20年で40倍 人民元取引も浸透 <6>
    ・中国AIディープシーク、アプリ米で首位 エヌビディア株17%安
  8. 01/29

    ・AIチャイナショック ディープシーク「開発費10分の1」揺らぐ米国製優位
    オープンソース活用 日米テック株急落 エヌビディア時価総額91兆円減少
    ・不法移民 全米で逮捕 NYなど 恐怖あおり入国阻止 当局、連行の様子配信
  9. 01/30

    ・北朝鮮非核化に影 トランプ氏「核保有国」明言 米、軍備管理優先の声
    ・米政府が早期退職募集 政権に従うか選択迫る 職員最大10%削減か
    ・ディープシーク台頭 米、対中規制に限界も 半導体利用抜け穴 米技術の依存度減
    オープンAIとマイクロソフトが調査 データ不正利用か 非公開モデル、学習に使用
    ・FRB金利据え置き 4会合ぶり トランプ政策見極め 議長「利下げ急がず」
  10. 01/31

    ・強いドル、インフレ拡散 新興国圧迫 欧州中銀は連続利下げ <7>
    ・外国人労働者、伸び幅最大 25万人増、計230万人に 昨年10月時点
  11. 02/01

    ・UNRWA禁止法 懸念拡大 イスラエル30日施行 英独仏外相「代替組織ない」
  12. 02/03

    ・トランプ関税4日発動 カナダ・メキシコ 大統領令に署名 世界経済を下押し
    関税強硬派が主導 「貿易赤字の解消」公言 薬物・不法移民の名目とそご
    「世界一律」も政権内で差
  13. 02/04

    ・パナマ「一帯一路」離脱方針 米国務長官訪問 運河管理、中国排除迫る
  14. 02/05

    ・米、対中10%関税発動 中国は報復、米産LNGなど最大15% <8>
    メキシコ・カナダは延期 1ヶ月間 発動直前に首脳合意
    ・米、合法移民も規制強化 ビザ厳格化 亡命希望者も「不法」 競争力低下に懸念
    ・実質賃金12月0.6%増 賞与増が寄与 昨年通年は0.2%減
    ・米、対外援助機関(USAID)を「閉鎖」 マスク氏、Xで表明
  15. 02/06

    ・中国、対米報復 初手は抑制 追加関税、対象絞り税率小幅 <9>
    本格衝突回避へ様子見 「次の矢」は温存
    ・トランプ氏「米がガザ所有」 「住民は移住」主張 アラブ諸国反発 <10>
    2国家共存葬る無謀 世界が批判「国際法に違反」
    ガザ住民移住は「一時的」米高官 大統領発言を一部修正
    ・トランスジェンダー選手 米、女子競技参加を禁止 トランプ氏が大統領令
    ・インドネシア成長横ばい 昨年5.03% 中間層減、家計消費に弱さ
  16. 02/07

    ・消費支出、昨年1.1%減 2年連続マイナス 12月は2.7%増
    ・米、国際刑事裁へ制裁 大統領令 職員の資産凍結など
  17. 02/08

    ・米政府リストラ数万人 マスク氏率いる効率化省 行政機能混乱の恐れ <11>
    ・円上昇、米関税の逃避先に 4日で4円、独歩高鮮明
    ・IMF対日審査 少数与党下の財政悪化懸念 103万円の壁「財源確保を」
  18. 02/09

    ・日米首脳会談 日鐵ディール第2幕 トランプ氏「買収でなく投資」
    首相「対米投資1兆ドルに」 トランプ氏「LNG輸出拡大」
※PDFでもご覧いただけます
ico_pdf

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

コメントをどうぞ

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

以下の計算式に適切な数字を入力後、コメントを送信してください *