週間国際経済2024(24) No.398 08/17~08/31

今週の時事雑感 08/17~08/31

ドルの国の大統領選び(前半)

8月初め、ついに金価格は1オンス(約31グラム)=2500ドル台を初めて突破した。昨年末から20%近くの高騰だ。この前期講義でニクソンショック(1971年)まで金1オンス=35ドルだったという話に続けて、「みなさん、その頃と比べてずいぶん金は高くなったんだなぁと思うでしょうけど、そうではなくてドルがずいぶん安くなったんだなぁと感じていただかないと、次の話に進めないんですよ」とぼくは言った。

戦後パクス・アメリカーナのもとの世界経済は、アメリカの国内通貨であるドルを国際通貨にするというなんとも野心的な試みから始められた。世界で唯一の債権国であるアメリカに世界の公的金保有の70%が集中していた。アメリカは金1オンス=35ドルの固定比率で金とドルの交換を保証し、対してIMF加盟国は自国通貨とドルとの為替レートを固定する義務を負った。ブレトンウッズ体制ともIMF体制とも呼ばれる、ドル体制だ。

しかし不均等発展によってたちまちアメリカの国際収支は悪化し、さらにベトナム戦争などによってドルはアメリカから一方的に流出した。ついにニクソン政権はドルと金の交換を停止したのだった。それでも世界は、「他に代わるものがない」という諦念だけでドルの国際通貨としての地位を認め、ゆえに兌換(金との交換)保証とか国際収支均衡といった制約もなく、アメリカは世界にドルを供給し続けることができるようになったのだ。

海外保有ドルは、アメリカにとって債務だ。しかしアメリカはこの債務を返済することはできない。アメリカの経常収支赤字と財政赤字は世界最大規模に巨大化している。つまりドルは最終的な決済手段のないバーチャル・マネーとなって、さらに際限なき信用膨張を繰り返してきた。このようにドルは過剰に供給され、金という価値(希少性)に対して持続的に減価してきた結果が、今日のドルで表示される金価格なのだ。

それでもドルが国際通貨として市場の信認を得てきたのは、これまでそうだったからという慣習の力、その利便性、そして外貨準備および仲介通貨としての需要があったからだ。昨年来の金価格高騰は、例えば中国で1粒1グラムの「金豆」への投資ブームだとか、スマホやノートパソコンに0.4グラムほど使われているとか、そんな需要増では説明できない。それは持続的傾向としてのドル減価の加速、ドルがさらに信認を、その優越的利便性を、そしてドル需要を喪失していることを示しているのだ。

なぜドルは減価しているのだろう。その背景として指摘されているのが、対ロ制裁によって引き起こされたが「脱ドル」だ。バイデン政権は、ロシアを国際的な銀行間海外送金ネットワーク(SWIFT)から排除した。これは経済制裁の「最終兵器」とも呼ばれるものだ。しかし周知の通りロシアの国際取引はこのドル決済システムの外で維持されている。アメリカの面子は潰された、ドルの威信は失墜したのだ。それだけではない、こうしたアメリカの「ドルの武器化」を警戒して多くの新興国が、外貨準備におけるドル建て資産の比重を減らし、金を積み増している。ドルの需要は減り、金の需要は増えた。

そして第二に、ドルの利便性にも陰りが見え始めている。たしかにドルは国際決済通貨として、通貨交換の仲介通貨として、ユーロよりもポンドよりも他のどの国の法定通貨よりも圧倒的に利便性が高い(市場が広くコストが小さい)。

しかしグローバル化の加速とともに、市場はそのドル決済システムにも不便さを感じるようになっていく。そこで2019年に当時のFacebookが提案したのが、Facebook利用者30億人がリブラという仮想通貨を使った決済システム構想だった。これを先進国中央銀行は総掛かりで叩き潰した。なぜ、その理由はいくつかあるだろうが、最大の理由は彼らがリブラ構想の利便性を恐れたからだ、ぼくはそう思った(⇒ポイント解説№191「リブラとドル」)。

しかしブロックチェーン技術を使った国際送金システムがあれば、決済に要する時間も手数料も限りなくゼロに近づくという発想は生き残り、生き残るどころか今、実現の一歩手前にまで来ている。9月5日付日本経済新聞によると、邦銀3メガ銀行はブロックチェーン技術を使った国際送金の仕組みを2025年には実用化しようとしているのだが、この送金を仲介するのはドルではなく、ステーブルコインだ。だからコストが大幅に減るのだ。

このように一般的傾向としてのドルの信認低下や需要減少を論じると、いやここ2、3年のドル高円安の急進、円安ばかりではない「ドル1強」をどう説明するのかという問いが浮かび上がる。前提として、ドルがバーチャル・マネーとなっているならば、ドルと他の通貨との交換比率(為替レート)も実体から大きく乖離して不思議はないと、ぼくは思う。例えば購買力平価などといった理論値を大幅に超えたドル高、そして激しい為替レート変動は、不安定なドルゆえの現象だと考えている。

それはさておき、ドルはほとんど全ての通貨に対して高かった。それはFRBの急激な利上げが繰り返され、それにもかかわらずアメリカ経済の高い成長率が持続したことで説明されてきた。それが今、利下げ局面を迎えている。それも一定の雇用水準を維持しながら、いわゆるソフトランディングができるかどうか、市場は疑心暗鬼に陥っている。

さて、こうしたセンシティブな金融情勢のもとで、アメリカ大統領選挙は行われる。前回ぼくたちは、どうしてアメリカ大統領選挙にかくも高い関心を向けているのかについて話し合った。トランプ被告の強烈なキャラクターゆえに「トランプのアメリカ」と「トランプではないアメリカ」の違いを誇大化しているとしたら、そこには注意しなければならない。そしてトランプが大統領ではなかったこの4年間も、アメリカ社会がトランプ化していたように、アメリカそのものの変質に関心を向けなければならないと思う。

アメリカは民主主義のリーダーではない。法の支配や人権といった普遍的価値の擁護者でもない。世界の警察官でもない。気候変動などグローバル・イシューに対してイニシアチブを発揮しているわけでもない。

このようにぼくは一度、アメリカ大統領選挙を突き放して距離を取った。ところがそうはいかないのだ、これは「ドルの国の大統領選び」なのだから。

ここまでを前半として、次回後半ではトランプ候補とハリス候補の公約を比較検討しながら、ドルの国の大統領選びとぼくたちの利害関係について考えてみたいと思う。

日誌資料

  1. 08/17

    ・米経済、失速懸念和らぐ 7月消費底堅く安売り寄与 賃金の伸びは鈍化 <1>
    NY株、週間1162ドル高 9ヶ月ぶり上げ幅 日欧も回復
    ・家計の円売り過去最高ペース 1~7月で昨年通年の1.7倍
    ・タイ首相、ペートンタン氏 タクシン氏次女、最年少37歳
  2. 08/18

    ・ハリス氏、中間層支援鮮明 「1億人の税負担軽減」 <2>
    安価な住宅建設に税優遇 食品価格つり上げ「禁止法」 財政悪化の懸念消えず
    ・投機筋、円買越し 3年5ヶ月ぶり 先安観後退で
  3. 08/19

    ・ハリス氏を「共産主義」批判 トランプ氏、価格抑制策巡り
  4. 08/20

    ・ガザ停戦「ハマス次第」 米国務長官「ネタニヤフ氏が受諾」
    ・世界の家計金融資産最高 昨年7%増の4京円 民間試算
    ・米民主、中国と対話継続 党大会で政策綱領「リスク取り除く」
    ・金融危機の対応 米中が連携確認 マネロン対策も議論 米財務省発表
  5. 08/21

    ・米株の上昇一服 S&P500、9日ぶり反落
    ・貿易収支6218億円赤字 7月 高額医薬品の輸入増 <3>
    ・東南ア経済、底入れ鮮明 4~6月 ベトナム6.9%成長 対米輸出がけん引 <4>
    ・TSMC、ドイツ工場起工 車載半導体、欧に供給拠点 エンジニア数百人派遣
    ・米、ハマスへの圧力要請 国務長官、エジプト大統領に
    ・イラン「報復急がず」 対イスラエル ガザ停戦交渉注視か
  6. 08/22

    ・原発の発電能力最大 世界、今年 中ロ、新設の6割 AI・脱炭素けん引
    ・訪日消費増円安が支え 7月客数329万人 1~6月コロナ前比増加額の半分に寄与
    ・米9月利下げ強く示唆 FOMC7月要旨 円上昇、一時144円台
  7. 08/23

    ・米金融所得最高540兆円 日本の40倍 消費を下支え 利子収入伸び大きく <5>
    ・日本株急落後の反転 自社株買いが寄与 海外勢の先物売り縮小
    ・欧州中銀、利下げ示唆 7月議事要旨 「9月、政策再評価に最適」
    ・消費者物価2.7%上昇 7月、エネルギー押し上げ
  8. 08/24

    ・米金融政策転換点に FRB議長9月利下げ「時が来た」 物価目標達成に自信 <6>
    ・日銀総裁、追加利上げに含み 緩和「調整の姿勢変わらず」 国会閉会中審査
    ・インド「親ロ」批判払拭模索 モディ氏、ウクライナ訪問
    ・ケネディ氏が撤退 米大統領選 トランプ氏を支持
    ・英首相、習氏と電話 2年5ヶ月ぶり 貿易・経済を議論
  9. 08/25

    ・米フィラデルフィア連銀総裁「利下げ年内2~3回」 従来予測よりペース速く
    ・米利下げ局面、ドル高反転 円上昇、一時144円台に 景気の軟着陸、株高持続左右
  10. 08/26

    ・ECB、来月利下げ瀬踏み 専務理事、過度な引締めリスク言及 インフレ鈍化見越す
  11. 08/27

    ・ハマス、ガザ調停案拒否 軍駐留、溝埋まらず
    ・中国軍機が領空侵犯 防衛相初確認 長崎沖、外務省が抗議
    ・米インドネシア、軍事演習 部隊派遣最多の10ヵ国 南シナ海安定へ結束
    ・NY株最高値更新 終値4万1240ドル 米利下げ観測が支え <7>
    ・カナダ、中国製EVに100%関税 米と足並み 廉価品流入防ぐ
  12. 08/28

    ・米、利下げ恩恵株に勢い NY株最高値、不動産などけん引 経済減速でも楽観論
    ・トヨタ、BMW 燃料電池車で全面提携 基幹部品で エコカー市場で巻き返し
    ・「韓国、受験が少子化要因」 中銀 ソウルへの集中緩和提言
    ・トランプ氏起訴状修正 特別検察官 議会占拠 免責判断受け
  13. 08/29

    ・米中首脳、電話協議へ 高官合意 数週間以内 意思疎通で衝突回避
    ・ロシア、貿易に仮想通貨 国際金融網外で決済 物々交換も促進
    ・英首相、大幅増税を示唆 初の予算案「痛み伴う」
    ・ブッシュ父子の元側近ら240人、ハリス氏支持 「トランプ氏許されない」
    ・エヌビディア売上高2.2倍 5~7月 純利益とも最高 株一時8%安
    ・バフェット氏投資会社 時価総額1兆ドル突破 米景気先行き不安で集中
  14. 08/30

    ・停戦にらみ敵地支配優先 ウクライナは「米に終結案」 劣勢地域、互いに消耗戦
    ・市場は「過剰期待」修正 半導体株 時価総額1兆ドル減 <8>
    ・韓国、年金積立金が逼迫 大統領、少子高齢化で「30年後枯渇」負担増訴え
  15. 08/31

    ・ガザ、予防接種で人道休戦 ポリオワクチン 64万人の子ども対象
    ・出生数最小、5.7%減35万人 1~6月 年70万人割れの恐れ
    ・インドGDP6.7%増 4~6月実質 インド株投信残高最高 7月末3.8兆円
    ・ハリス氏「共和からも閣僚起用」表明 穏健派に照準 <9>
    ・ブラジル Xのサービス停止命令 無断使用に罰金 マスク氏反発
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