週間国際経済2024(23) No.397 08/03~08/16

今週の時事雑感 08/03~08/16

どうしてぼくたちはアメリカの大統領選挙にかくも高い関心を向けているのだろう

アメリカ大統領選挙の投票日まであと2ヶ月あまりとなった。過去にはその2ヶ月の間に決定的な出来事が起きたことが何度もあるから、まったく予断を許さない。しかしどうしてこんなにも、そこに住んでいるわけでもない国の選挙が気になるのだろう。まあ、アメリカの政治がどこよりも世界に影響が及ぶからだろう。影響があるなら、当然そこには利害が絡む。利害が絡めば、見方も偏る。ぼくの偏りは、はたしてどういった利害からなのだろう。

まずぼくは、トランプ被告の再選はあってはならないことだと思っている。住んでいるわけでもない国において民主的手続きで選ばれることを「あってはならないこと」なんて言い過ぎだろうか。でもファシズムもポピュリズムもその民主的手続きの結果だし、むしろ歴史的に見れば民主的手続きがなければ成立していない。そしてある国のファシズムやポピュリズムが、その国に住んでいるわけでもない人々に迷惑をかけたことも散々あるわけだから、すると、住んでいるわけでもない国における民主的手続きの行く末に対して「あってはならないこと」と断じることは言い過ぎでもなさそうだ。

では、なぜぼくは「あってはならないこと」だと思うのだろう。好き嫌いという感情(感性)だけではそこまで言い切れない。理性というほどのものでもない。なるほど、こういうときにこそ「悟性」(understanding)という言葉は便利なのだろう。あれやこれや、トランプ被告はやらかしていて、それゆえの被告であるわけだし、それらの「総合的判断」として、彼の再選はあってはならないことなのだ。

バイデン氏は、トランプ被告の再選は「民主主義への脅威だ」と言っていた。たしかに2021年1月6日の連邦議会襲撃事件の報道映像を見たときに、いささかも迷うことなくぼくは、トランプ=民主主義の脅威と感じた。そして「あのアメリカで、こんなことが起きるとは」と嘆いていたのだった。

それがどうだ、それから3年半以上経って、トランプ被告は再び大統領候補となって、再び大統領になるかどうか予断を許さない立場にいるのだ。ぼくはもうすでに、「あのアメリカで、こんなことが」とは思わなくなっている。それどころか、考えてみればアメリカはもともと「そんな国だった」と納得したりするほどなのだ。

なにが変わったのかと問われれば、そうトランプ被告の再選はたしかにアメリカの民主主義への脅威だろうけれども、それが世界の民主主義の脅威でもなさそうだということを、ぼくは覚えてしまっているのだ。だから、それほど利害がないのだ。それは言い過ぎだとしても、少なくとも「民主主義のリーダー」としてのアメリカ、その行く末を案じているわけではないことはたしかなのだ。

民主主義でなければ、安全保障か。これはもう少し綿密な議論が要りそうだ。でもその綿密な議論は他に譲るとして、ぼくはアメリカの大統領が誰になっても、この乱暴で無慈悲な世界を救うことはできないと思っている。アメリカ自体がもう、その力も理念も失ってしまっているように見えるからだ。

ウクライナ危機については、ぼくはいわゆる「ノルマンディー・フォーマット」に頼るしかないと考えていた(⇒ポイント解説№296)。ウクライナ東部ドンバス地域2州に特別な地位、高い自治を確立してそれをウクライナ憲法で保障するという妥協だ(ミンスク合意)。トランプ政権もバイデン政権も(ゼレンスキー政権も)、この正式に調印された停戦議定書を無視して、それにまったく逆行するNATO加盟を推し進め、プーチンを挑発した。

アフガニスタン撤兵後のアメリカの中東戦略は、イスラエルとサウジアラビアの国交正常化が柱となる。この新秩序は、ガザのハマスを絶望的に孤立させ、一方でイスラエルのネタニヤフ政権のような超強硬派を用無しとしかねない。

ぼくは安全保障についての綿密な議論は他に譲るとした。さて、ウクライナとパレスチナにおいて、アメリカの対外政策に綿密な議論はあったのだろうか。そこに不可避的に発生する地域の緊張について、どれだけ検討したというのだろうか。そしてトランプ政権からバイデン政権への政権交代にともなって、そこになにかしら政策転換があっただろうか。

NATOだろうと日米安保だろうと米韓同盟だろうと、トランプ政権は相手同盟国が負担を倍増しなければそこから脱けると脅し、バイデン政権は同盟強化のために負担増を求める。そのうえでウクライナにはもちろん、台湾にももちろん、イスラエルにさえ武器を供与し続ける。どちらにせよ彼らは、アメリカ軍需産業利権の代理人を務めていたのだ。

それをまたトランプ被告は、どう「戦争を終わらせる」のかといえば、ようするに弱い方に泣き寝入りさせる魂胆で。それを臆面もなく騒ぎ立てるのだから許せないのだが、トランプ支持者はそれでトランプ被告がノーベル平和賞を受賞すると思っていたりしているのだ。

そうしたことが、アメリカ大統領選挙で「票になる」安全保障論議なのだ。とてもじゃないが、頼りになるとか頼もしいとか、ありえない。だから安全保障こそが、ぼくたちがアメリカ大統領選挙に高い関心を持つ理由だと言えそうもないのだ。

そうだ、気候変動だ。これこそバイデン=ハリスとトランプには決定的なイデオロギー対立がある。これからの気候変動対策に大きな違いがでるのなら、世界はアメリカ大統領選挙に高い関心を払うべきだ。しかし残念なことに、これはあくまでぼくの考えだが、脱炭素と保護貿易は両立しない。

脱炭素分野における中国の世界市場シェアがあまりにも大きいからだ。太陽光パネルも風力発電もEVも、製品だけではない脱炭素関連技術の特許も。だから対中国デカップリングは気候変動対策のコストを大幅に過重にしていく。バイデン政権のEV車に対する徹底した輸入障壁もその典型のひとつだ。

もちろん民主党政権が継続されれば、トランプ被告の政権よりはるかにマシな気候変動対策がとられるだろう。でも今、地球温暖化の危機は、トランプ被告よりはるかにマシというレベルの政策では克服できない、現在の民主党政権の政策よりはるかに積極的でなければならないし、そのためには中国との協力が不可欠なのだ。

さて、どうしてぼくたちはアメリカの大統領選挙にかくも高い関心を向けているのだろう。トランプ被告という特異なキャラクターゆえに、ぼくたちはいつしか「トランプのアメリカ」と「トランプではないアメリカ」の間にはとてるもなく大きな相違があるような、それが世界に決定的な影響を与えるかのような、そんな錯覚に陥っているような気がしてきた。

この見事にショーアップされたアメリカ大統領選挙は、アメリカ政治の現状とその本質を衆目にさらけ出しているのだろうか、あるいは、じつはわれら知らぬ間にその本質を覆い隠しているのだろうか。

日誌資料

  1. 08/03

    ・米雇用、7月11.4万人増 予想下回る 失業率4.3%に上昇
    NY株900ドル安 円上昇、一時146円台前半
    ・日経平均下げ幅歴代2位 2216円安 米景気下振れ警戒 <1>
    企業業績、薄れる円安効果 為替前提147円、実勢に接近 試される「稼ぐ力」
    ・アマゾン、アップルに勧告 経産相、取引改善求める 手数料の通知や契約説明
  2. 08/04

    ・米景気不安、急拡大 7月失業者2割増 大幅利下げ論台頭
    ・米「質への逃避」加速 NY株連日の急落、債券に買い 景気下振れ警戒強く <2>
    ・金最高値、通貨不安を映す 国際価格、初の2500ドル台 個人投資、世界で拡大
  3. 08/05

    ・英「反移民」で暴動拡大、極右が扇動 偽情報も拡散
  4. 08/06

    ・日経平均4451円安 下げ幅ブラックマンデー超え 過去最大 <3>
    円高・株安が共振 米景気不安、引き金
  5. 08/07

    ・空前の株乱高下 背景は 「低金利・円安・低変動」崩れ <4>
    一時900円安→1100円超高 「円キャリー」が縮小 個人・ファンド換金売り
    ・実質賃金プラス転換 6月 賞与増加の効果大きく
    ・円買い介入5.9兆円 4月29日、1日当たり最大 外貨準備1.8兆円減少 7月末
    ・日銀・内田副総裁追加利上げ「慎重に」市場巡り「不安定な状況利上げせず」
  6. 08/08

    ・日銀発言修正 「想定外」の市場反応に焦り 早期利上げ論沈静化図る
    ・中国、対米輸出8%増 7月、3ヶ月連続プラス 米の関税上げ前に駆け込み
    ・ハマス指導者にシンワール氏 強硬派、ガザ停戦難航か
    ・タイ最大野党に解党命令 憲法裁、不敬罪の改正「違憲」 民主派弾圧へ軍意向
    ・経常黒字12.6兆円 上期59%増 配当収入けん引 海外資産が稼ぎ頭に
  7. 08/09

    ・日経平均、一時800円高 米景気、先行き不安後退
    ・世界の飢餓7億人超 国連報告 18年比3割増 食料価格上昇響く <5>
    ・ウクライナ軍 ロシアに1000人越境攻撃 最大規模 ガス輸送拠点制圧か
    ・中国消費者物価0.5%上昇 7月 豚肉やガソリンがけん引
  8. 08/10

    ・「金融政策、大統領に発言権」 トランプ氏、FRBへの介入示唆
    ・米最大の中南米系団体「大統領選、ハリス氏支持」
    ・駐日米大使、長崎市を批判 イスラエル不招待「政治的判断」
  9. 08/11

    ・ロシア、人手不足深刻 戦闘長期化、経済の重荷に GDPは5四半期連続プラス
    ・イスラエル軍 ガザ学校攻撃、100人超死亡 停戦交渉は難航か
  10. 08/12

    ・欧州経済、回復失速の兆し ドイツ、4~6月マイナス成長 個人消費陰り
  11. 08/13

    ・東南ア「中立国」、中ロに接近 タイ、マレーシアBRICS加盟申請
  12. 08/14

    ・日経平均3万6000円台に 前週の下げ回復
    ・トランプ氏、マスク氏とX上で対談 保守思想で同調 大統領選挙共闘
  13. 08/15

    ・岸田首相退陣へ 自民党総裁選に不出馬 支持低迷、再選難しく
    ・タイ、セター首相失職 憲法裁が解職命令 政局混迷、成長に影
    ・米消費者物価2.9%上昇 7月、市場予想下回る
  14. 08/16

    ・国内景気持ち直し GDP年率3.1%増 4~6月実質 消費が改善 <6>
    ・日経平均、一時1100円上昇
    ・中国住宅不況、見えぬ底値 70都市の新築ピークから8%下落 <7>
    IMF「140兆円支出必要」
    ・米S&P500、急落分帳消し 6日続伸 小売売上高を好感 景気敏感株は出遅れ<8>
  15. 08/17

    ・米経済、失速懸念和らぐ 7月消費底堅く安売り寄与 賃金の伸びは鈍化 <9>
    ・タイ首相ペートンタン氏 タクシン氏次女、最年少37歳
    ・家計の円売り過去最高ペース 1~7月で昨年通年の1.7倍
    ・NY株、週間1162ドル高 9ヶ月ぶり上げ幅 日欧も回復 <10>
    ・公的年金や医療保険 外国人の納付実態調査へ 厚労省、制度への影響分析
  16. 08/18

    ・ハリス氏、中間層支援鮮明 「1億人の税負担減」 <11>
    安価な住宅建設に税優遇 食品価格つり上げ「禁止法」 財政悪化の懸念消えず
    ・投機筋、円買越し 3年5ヶ月ぶり 先安観後退で
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