週間国際経済2024(18) No.392 06/14~06/20

今週のポイント解説 06/14~06/20

34年ぶりの円安、37年半ぶりの円安

心理的節目

為替レートは多数決だ。ケインズ先生風に言えばコンテストだ。たとえ材料は主観的であっても、多数が買う通貨は上がる。だから投機は、なるべく他のみんなと同じ行動を取りたがる。そこに「心理的節目」という材料が現われる。例えば丸い、切りのいい数字だ。5000円台とか200ドル台とかといった「台変わり」がそれだ。あるいはそれまで以前の為替チャート上のターニングポイント、「前回高値」とか前回安値とかが意識される。

歴史的円安と言われるのも、3月27日に1ドル=151円97銭を付けたのだが、これが2022年と2023年の151円90銭を超えて、1990年以来の円安水準となったからだ。以来、円安が進むごとに「34年ぶり円安」という形容詞が供えられることになる。

さて、その次の「前回(ドル)高値、前回(円)安値はどこなのだろう。それが1986年12月の1ドル=160円35銭となる。これを割り込んで(それ以上に円安になって)いくと、それ以前は260円近辺になってしまう(1985年のプラザ合意以前になるからだ)。この心理的節目は、かなり心理的に負担が大きい。超えてしまうと「地獄の蓋」が開き、円は「フリーフォール」となりかねない、つまり他のみんなと共有できる「節目」が見えなくなるのだ。

同じく160円台という「台変わり」もまた、節目だった。数字が丸いだけではない。日本の通貨当局(財務省と日銀)による為替介入を投機筋が警戒する水準でもあったからだ。4月29日の介入も、一時1ドル=160円を付けた直後だった。そのときは一転154円台にまで円は急騰した。円を売ってドルを買っていた投機筋は(円が高くなってドルが安くなったのだから)大きな損を出して、ずいぶんと悔しい思いをしたのだった。

介入なき節目割れ

6月28日の東京外国為替市場で円が下落し、一時1ドル=161円20銭台を付けた。1986年12月以来の、そう37年半ぶりの円安水準となった。為替介入はなかった。めったに予想が当たらないぼくは、介入はないと思っていた。当たった、もちろんまぐれだ。

なぜ介入がないと感じていたのだろう、第一に「無駄な抵抗」だからだ。市場はドル高円安材料に満ちている。それに抗って政策的にドルを売って円を買って円高にするのだから、一時的に円高に振れたとしても、それは「一時しのぎ」あるいは「時間稼ぎ」に過ぎない。そんなこと財務省もわかっている。問題は、どれくらい時間が稼げるのかにかかっている。

経験則で見れば、2022年10月の介入は成功したといえる。1年ほど時間が稼げたからだ。なぜか、当時アメリカの利上げが終わるという見通しが大勢で、実際に利上げは見送られ続け2023年6月には利上げ終了が表明された。そして日銀の金融正常化が注目されたのだった。

今回は、まったく違う。4月、5月の介入時にはまだ、アメリカの利下げは年内3回ほどあると見られていた。ところが今はもう、年内に1回あるかどうかという話になっている。FRBは6月12日に開いた公開市場委員会(FOMC)で、利下げ見通しを年内1回に修正した。6月14日に日銀が開いた金融政策決定会合では金利は据え置き、国債購入減額も次回会合で決定するとした。これで円売りに勢いがつき、一時158円台に下落した。

その後「隠れ円安」が話題に上る。ドル売りの為替介入は警戒されているなかで、しかしドル以外の例えばポンドやスイスフランなどは、4月5月の為替介入以前の安値をすでに割り込んでいたのだ。低金利の円を借りて、それを売って高金利の通貨を買う取引(キャリー取引)が活発だということだ。

そこに突然6月21日、岸田首相が物価高対策として電気・ガス代の補助を8月から10月まで追加実施し、ガソリン補助金も年内継続すると表明した。エネルギー輸入と消費に補助金を出しますということだから、当然市場はこれを円安材料と見なす。

6月26日のNY市場で一時1ドル=160円80銭台まで円は下落し、過去最大の9.7兆円をつぎ込んだ4月5月の為替介入の効果は、2ヶ月持たなかった。そしてこの「節目」に、介入はなかった。

これは予想通り(まぐれ)だが、ところで「いつ」節目割れするかまでは、もちろん予想すらもしていなかった。でも6月28日だと知った後に、なるほどなぁだった。この日は月末、かつ四半期末だ。実需の、つまり輸入業者などがドルを調達する動きがある。しかも電気、ガス代補助があるからいつもより余計にドルを用意しておかねばならない。

そんなときに財務省日銀がドル売り介入をしかけても、どれだけ抵抗できるだろうか。投機筋もやられたことを学んでいる。あのとき、4月29日のゴールデンウィーク入りの欧州市場では、5月1日のNY市場でも、商いが薄い隙に覆面介入があった。だから効果も倍増した。今回は、たとえ介入したとしても、たいした効果は期待できない。

介入はなかった、ではなく介入はできなかったと言うべきか。そこを、突かれた。

日銀の利上げ、FRBの利下げ

さて、円相場に心理的節目はなくなった。投機筋が恐れる政策的介入も、当面は警戒する必要がなさそうだ。ここであらためて、日米金利差が最大の変数となる。

まず、日銀は利上げできるのだろうか。注意しなくてはならないのは、6月14日の金融政策決定会合で示された「量的引締めに転換」という基本方向だ。ここには「利上げではなく」が隠れていないだろうか。そこで心配なのは、政治だ。呆れたことに、岸田さんは、9月の自民党総裁選での再選をあきらめていない。すると「実質賃金プラス」という実績が、どうしても欲しい。これを何としてでも「賃金と物価の好循環」の確認だとしたいのだ。その勢いで「デフレ克服宣言」までやらかす算段かもしれない。だから、それまで日銀は利上げをするなということになる。6月28日付日本経済新聞では、市場では21日に閣議決定された「骨太の方針」が日銀の手足を縛ったとの見方も浮上した、という。

それではFRBの利下げ頼み、なのか。そこでも心配なのは、やはり政治だ。市場関係者はみんな6月27日のアメリカ大統領選挙テレビ討論会を見ている。リアルに、トランプに備えなくてはならなくなった。トランプは、間違いなく減税などで景気を刺激する、すなわちインフレを煽る。それが分かっていて、FRBは利下げに踏み切れるだろうか。

6月27日付日本経済新聞夕刊によると、コロンビア大学のスティグリッツ教授が主導して16人の著名学者が、トランプ再選はインフレ再燃のリスクだという書簡をまとめた。減税はもちろんインフレ因子だが、関税引き上げは輸入物価を上昇させるし、移民取り締まり強化で労働市場が逼迫するとの見方も示した。

市場は9月利下げ予想が6割と、相変わらず楽観的だが、FRBは大統領選挙の結果を見てから動きたいのではないだろうか。結果次第では、年内利下げがなくなることもあるだろう。インフレ再燃からの利上げ再開は、最悪のシナリオなのだから。

34年ぶりと37年半ぶりはわずか3年半違いで、円の対ドルレートは数10銭違いだ。しかし37年半ぶりの次の「ぶり」は、円高の起点となったプラザ合意の前に至る。イギリス総選挙でポンドが、フランス総選挙でユーロも動揺する。もちろんそれらを市場はすでに織り込み済みなのだが、そうしたドル高材料も円売りを促すだろう。

こうしてみると、為替レートを大きく揺らし生活を不安定にしているのは投機筋だけではなく、この見通し不透明で無節操な政治家たちもまた、共犯者なのだ。

日誌資料

  1. 06/14

    ・遠のく利下げFRB誤算 インフレ粘着、鈍化は「緩やか」
    FOMC「年内1回」見通しに  市場は楽観「利下げ進む」 「9月までに実施」6割
    ・育成就労で外国人材確保 改正法成立 転職制限を緩和 <1>
    ・米ウクライナ安保協定に両首脳署名 武器供与や情報共有拡大 期間10年に
    ・マスク氏に報酬8.8兆円 米史上最高額 テスラ総会で承認
  2. 06/15

    ・日銀金融政策決定会合 国債減額「相応の規模」量的引締めに転換 金利据え置き
    円下落一時158円台 日銀の消極姿勢受け
    ・「併合4州」撤退なら停戦 プーチン氏、条件提示
    ・英労働党、対EU修復軸に 公約発表 貿易円滑化へ協定 ガソリン車禁止前倒し
    ・対ロ支援の金融機関制裁 G7首脳宣言、中国名指し <2>
    ・仏株価、2年ぶり大幅安 週間6%下落 下院選、極右台頭を警戒 <3>
  3. 06/16

    ・G7に「政治空白」リスク 相次ぐ大型選挙、内政優先
  4. 06/17

    ・仏極右、下院選へ広く浸透 減税や移民抑制、公約で訴え 「普通の党」アピール
    ・ウクライナ和平多難 平和サミット共同声明 新興国の支持広がらず
    インド、サウジなど10ヵ国超、賛同せず
  5. 06/18

    ・欧州政治不安、市場揺らす 仏選挙、極右躍進の公算 仏国債売り拡大
    ・ガザ支援物資、7割減 ラファ侵攻後、検問所閉鎖 食料や医薬品届かず <4>
    イスラエル首相 戦時内閣を解散 ガザ戦闘は継続
    ・家計「円売り」はや前年超え 新NISA、海外投資増1~5月5.6兆円 続く円安圧力
  6. 06/19

    ・貿易赤字5月1.2兆円 11.6%縮小 原油輸入8.1%増(輸入量は8.5%減)
    ・エヌビディア時価総額首位 526兆円 GAFAと主役交代 <5>
    ・米EV「テスラの次」育たず 新興3強の一角フィスカー経営破綻 補助金、逆風に
    ・農林中央金庫、外債10兆円売却へ 損失確定、運用戦略を転換 赤字1.5兆円に
  7. 06/20

    ・プーチン氏訪朝 ロ朝、有事に相互支援 首脳会談で包括条約 事実上の「同盟」
    「侵攻受ければ軍事援助」条文明記 相互に戦争介入余地
    ・「隠れ円安」幅広い通貨に 英ポンド201円台 対スイスフラン最安値圏 <6>
    為替介入前の水準超す
    ・イスラエル軍、報道官「ハマスとの交渉進展を」政権に要求
    「人質全員を軍事作戦で取り戻すのは不可能」「ハマスは思想、壊滅できない」
※PDFでもご覧いただけます
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