今週のポイント解説(37) 12/09~12/15
税で票を買う参院選
1.法人税率引き下げ
安倍首相は「世界で最も企業が活動しやすい国にする」という。労働市場の柔軟化と企業の税負担軽減がそのふたつの柱だ。「改正労働派遣法」はすでに可決され施行されている。法人税率20%台は2017年度の予定だったが、大急ぎで来年から実施されることになった。日本経済新聞の見出しによればこれで「国際競争力底上げ」となるらしい。そこでよく使われる国際比較が次のようなものだ。これがなんともいかがわしいのだ。
第一に、先進国で最も法人税率が高いのがアメリカだ。するとアメリカは「世界で最も企業が活動しにくい国」なのだろうか。
第二に、よく使われる表現が「ドイツと同じ水準に」だ。そもそも国際比較できるものとできないものを区別しないと国際経済は語れない。実効法人税率は「国際比較できないもの」だ。というのも税法が違うならば税法上の所得も税額も違う。分母も分子も概念が違うのだから比率だけ比較する意味がない。そこは譲って「ドイツ並み」だとしても、日本とドイツでは社会保障費の事業主負担率が違う。業種によるが概ねドイツのほうが10%ほど高い。同じことが企業年金についても言える。さらには忘れてはならないことだが企業にも消費税(付加価値税)が課せられる。これは3倍ほどドイツが高い。
つまり日本が国際的に見て企業の税負担が高いわけでない。またそれが国際競争力でもない。法人税率を引き下げても日本に入ってくる企業も増えないし、日本から出て行く企業も減らない。他に問題がある。その問題を隠すことにもなりかねない。
その日本の法人税率だが、安倍政権前の2011年は39%台だった。2013年に37%台になって現在まで5%ほど引き下げられてきた。しかし今回の決定はそれまでとは違った問題がある。なによりもあまりに急ぎすぎたために(1年前倒し)、財源がないままだ。これは赤字企業への増税で賄うというのだ。これは呑めない。赤字企業にはアベノミクスの、少なくとも円安の被害者が多いと考えられる。どうして彼らがさらに割を食わねばならないのか。
一方、黒字企業だが、法人税率が5%引き下げられるあいだに減税規模はすでに2兆円に達している。日本企業の経常利益は12年度から2年で約16兆円増え内部留保も約50兆円も膨らんだが設備投資の伸びは約5兆円どまり(12月11日付日本経済新聞)。つまり減税は投資に向かわなかった。そこで赤字企業の負担が増えて経費節減に追い込まれれば、新規雇用は増えずに非正規雇用が増える現状がさらに悪化することが予想される。
あれこれ問題の多いと思われる減税を、選挙前に前倒しで先行実施することが、ひとつめの「税で票を買う」ということだ。
2.軽減税率
2カ月も自公が話し合えば嫌でもニュースになり続ける。消費税は上がるのだが、なにか減税の話になっていた。しかも話題は軽減税率対象の「線引き」だった。メディアも何が加工品だとか、何が外食だとか、そんなことは「どうでもいいい」。軽減税率といえばヨーロッパだ。フランスではキャビアは20%だがフォアグラは5.5%、ドイツではハンバーガーを店で食べれば19%で持ち帰れば7%、イギリスでは温かい総菜は20%で冷めていればなんとゼロ%だ。ドーナツが5個と6個では税率がまるで違う。これをみんなが納得するように説明しろと言っても無理だ。あれこれ合意を取りながら、線引きも変え続けている。「どうでもいい」では済まされない問題が、他にある。
第一に、これは終始選挙対策だった。安保国会を乗り切った自公与党、彼らに絶対多数をもたらした先の衆議院選挙。自民党の公約は「消費税率引き上げ延期」であり公明党の公約は「軽減税率」だった。安保法制で公明党の全面的協力を得た自民党は,公明党への義理があり、かつ来る参議院選挙でもお世話にならないといけない。政党間の幹事長協議に内閣の官房長官が出席して「これは政局だ」と説得するさまは一体何だろう。
第二に、そもそも消費税率引き上げは「社会保障と税の一体改革」、つまり税の増収分は社会保障費に充てることが原則だ。したがって軽減税率による減収はその分社会保障費財源を見つける必要がある。当初自民党が生鮮食品に限定しようとしたのは減収分が4000億円でこれなら財源があるからという理由だった。その財源というのも低所得者医療費に関するものでこれを削るというのだ。それでも公明党は足りないという。結局、必要な財源は1兆円に達し、その手当ては来年度末までに、ようするに参議院選挙のあとに先送りするということになった。この1兆円は選挙対策費に見える。だからこれが「税で票を買う」ふたつめということだ。
3.一億総活躍社会補正予算
もしかしたら、ひとつめの法人税率やふたつめの軽減税率は、「言われてみればそうかもしれない」でもいいだろう。でもこれは、「言われなくてもわかるよ、それくらい」に違いない。12月19日に閣議決定された今年度補正予算には、低所得の高齢者約1100万人に現金3万円を配る政策が盛り込まれた(総額3390億円)。なぜ、これが選挙違反にならないのだろう。バラマキを超えて買収ではないのか。しかも同時に「子育て給付金」(中学生までの子供一人当たり3000円)を廃止する。
さすがにこれには自民党内部からも批判が出た。厚生労働部会などの合同会議では了承が見送られた。「安倍政権は若者を向いていないのか」という声もあがったと報道されている(12月17日日本経済新聞)。「若者は投票しないから」、それが本音だろう。
「税で票を買う」疑いはこの他にもいくらでも出てくる。日本経済新聞の見出しから紹介してみよう。「農家再編へ1100億円」、これはTPP対策費だそうだ。農家の共同事業を支援するというのだが、その3割は農業土木工事が占めている。「診察料、プラスありき」、来年度から診察料が0.49%引き上げられる。これは過去15年間で最も高い引き上げ率だ。記事でも、「社会保障費抑制、狙い曖昧に。参院選へ業界配慮」とある。「保育士確保へ緊急対策」、資格があるのに働いていない潜在保育士に2年勤めれば返済不要になる一時金を支払うというのだ。2年後の保育士不足はどうするのだろう。自動車取得税を実質200億円減税する。関係ないが勢いで付け加えておこう。在日米軍駐留経費の日本側負担、いわゆる「思いやり予算」は133億円増の9465億円で合意した。アメリカが利上げしてもなお、日銀は追加緩和で援護射撃を怠らない。
4.なぜそこまでするのか参院選
今、自公与党に対抗できる野党勢力はない。民主党と日本維新の会の院内協力も、世論調査の「期待する」数字は惨めなものだ。このままでも負けることはないだろうに。年明けから始まる国会では、野党がこれらバラマキを批判するのならば、「せっかくの減税や給付金をなくすつもりか」という逆風を覚悟しなくてはならない。
慎重に念を押しているのだろうか。そうではない、そう参議院の3分の2の議席が欲しいからだ。
憲法96条第1項「この憲法の改正は、各議院の総議員の3分の2以上の賛成で、国会が、これを発議し、国民に提案してその承認を経なければならない」
12月19日夜、安倍首相は退任したばかりの橋下徹元大阪市長と3時間半にわたって会談し、憲法改正で協力していくことを確認したという。なるほど大阪府市長選挙では自民党から候補者が出ているのも関わらず、外遊中の安倍首相はもちろん自民党幹部は大阪入りしなかった。政令指定都市の首長選挙ではありえないことだった。
5.今こそ高まる参議院の意義
参議院無用論がある。これには良い無用論と悪い無用論があると思う。良い無用論とは、参議院は衆議院の優越の前に無力で衆議院のコピーに成り下がっているという批判だ。悪い無用論とは、衆参ねじれ国会で何も決まらない、決められる政治のためにも一院制がより効率的だというものだ。ただどちらも正しい面がある、二院制の意義について考える機会を与えているからだ。
民主主義は、いや多数決制は暴走することがある。参議院はこの暴走を食い止める「良識の府」として存在する意義があるとされている。とりわけ衆議院選挙では小選挙区制が採用されて以来、たしかに政権交代の仕組みは作られたのかも知れないが、ブームやワン・イシューで単独過半数の議席獲得が可能となり、これを背景とした強行可決も横行するようになった。多数決が民主主義を破壊しているのだ。
税で票を買うことによって改憲の道筋が通るのならば、たとえどのような新憲法のもとであれ日本の民主主義は葬り去られる。そしてその後の日本経済は、財政は社会保障は格差を超えた「貧困」はどうなるのだろうか。ポイント解説(35)では「もはや問われているのは経済政策ではなく日本の民主主義の底力だ」と記した。参議院の意義はかつてないほどに高まっている。
第一に、改憲のための参議院選挙であるのならば、改憲を争点にするべきである。多数決は民意の白紙委任ではない。
第二に、税で票を買われてはならない。バラマキに媚びない民意の高さを見せつけなければ、その国では真面目な経済政策が議論されなくなる。
第三に、これは補足だ。安倍政権にとって最善は参議院3分の2以上の議席獲得だ。最悪は、悪夢だ。もし半分以下の議席数にとどまったのならば。『世界』(岩波書店)1月号より長谷部恭男早稲田大学教授の指摘を引用する。「自衛隊の海外派兵には国会同意を必要とし、この国会同意については衆議院の優越はない」。つまり集団的自衛権行使容認に基づく安保法制は、動けなくなる。
日誌資料
12/09
・原油安止まらず NY市場、一時36ドル台 新興国減速追い打ち
6年10カ月ぶりの安値 史上最高値2008年1バレル=147ドルの4分の1に
・公的年金、自前で株運用 厚労省が解禁検討 <1>
・実感なきプラス成長 7-9月GDP改定値、年率1.0%増に上方修正
投資、先行き不透明 消費の回復鈍く、在庫調整道半ば
12/10
・人民元安4年4カ月ぶり安値 米利上げ意識 <2>
景気減速で資金流出 SDR採用で為替介入縮小か 米中金融政策が逆方向に
・法人税29.97%を明記 与党、税制大綱了承へ アベノミクス息切れ防ぐ
「稼ぐ企業」をけん引役に 所得税改革は棚上げ 参院選後が焦点に
・アジアインフラ投資銀行(AIIB)フィリピン除く56ヵ国が設立協定に署名
来年1月に開業式典 初年度融資は20億ドル規模
12/11
・米シェール、減産進まず 原油価格を下押し
優良鉱区への投資が拡大して生産性改善 終わらぬ消耗戦 OPECも11月生産高水準
・韓国、労働改革巡り激突
大統領:成長へ雇用要件緩和 野党・労組:非正規増で賃金低迷
12/12
・米上院トップのマコネル院内総務 TPP審議は「大統領選後」
反対勢力から支持を得られなくなると判断 発効遅れる可能性
12/13
・軽減税率で自公決着 外食除く全食品に 財源1兆円、結論は16年度 <3>
・日印首脳会談(12日、ニューデリー)安保・経済で連携 <4>
中国けん制で思惑一致 原発輸出の前提となる原子力協定でも合意 新幹線導入も
インド、等距離外交転換し対日関係を優先
12/14
・COP21 196ヵ国・地域参加で温暖化対策「パリ協定」採択 <5>
第21回国連気候変動枠組み条約締結会議(12日、パリ)
18年ぶり新枠組み
歴史的な「全員参加」 産業革命前からの気温上昇を「1.5度以内」(現在約0.85度上昇)
「共通だが差異ある責任」、実効性に課題残す
12/15
・欧州開銀(EBRD)中国加盟を正式承認 インフラ連携強化
「一帯一路(新シルクロード)構想」で連携 アジアインフラ投資銀との協調融資も
・仏地方選 極右全廃 社会党協力で右派伸張 サルコジ氏に追い風