今週のポイント解説 04/09~04/16
中国のゼロ・コロナ
1.2022年「10大リスク」
著名な国際政治学者であるイアン・ブレマー氏が率いる調査会社ユーラシア・グループは恒例の「今年の10大リスク」を1月3日に発表し、1位に中国の「ゼロ・コロナの失敗」を上げて話題になった(ちなみに「ロシア」は5位だった)。中国はゼロ・コロナ政策を志向するが、感染力の強い変異型に対して、効果の低い国産ワクチンでは太刀打ちできないと見ている。そして都市封鎖によって経済の混乱が世界に広がりかねないと指摘していた。
たしかに行き過ぎの感はあったがしかし、中国の感染発生地域に対する徹底した移動制限と徹底した検査体制は「効果的」であったとする評価も見られた。中途半端な「まん防」や緊急事態宣言の再三の延期にウンザリする日本では、「中国はできるけど」と半ばうらやむ空気も散見されていたほどだ。
3月14日、中国政府は深圳や長春で厳しい行動制限を始めた。当時中国本土の感染者数は3000人前後だったから、やはり大げさ感は否めなかった。またそれがトヨタ自動車や鴻海(ホンハイ)精密工業の工場稼働一部停止に繋がったものだから、ブレマー予言が想起されたのだ。
2.まさかの上海ロックダウン
深圳などの都市封鎖は1週間で解除され、ここまではさすが(?)中国という感じだった。ところが3月28日、上海市をロックダウンするというニュースには驚いた。上海市は人口2500万人、東京都と神奈川県を合わせたよりも大きい。それをまず東部(約1600万人規模)そして4月からは西部でも公共交通機関の運行を停止し、市民の外出を禁じたのだ。封鎖中に全市民にPCR検査をするという。
一部銀行は営業ができなくなり、テスラはEV工場の操業を一時停止しし、ローソンは約300店舗を休業した。しかしロックダウン後も感染者は約3000人から1万人へと急増し、フォルクスワーゲンも上海工場の操業を停止した。4月5日までとされていた期限も延長され、アップルの取引先も生産を停止した。感染が解除された地域でも、陽性者が出れば再び封鎖されるのだから終わりが見えない。瞬く間にサプライチェーン(供給網)の混乱が、世界経済のリスク要因となっていく。
移動制限は、上海市以外にも広がっていく。4月16日には、人口1275万人の蘇州市、iPhoneの世界最大の生産拠点がある鄭州市、サムスン電子の半導体工場がある西安市で移動制限が始まった。こうなると感染「流入」阻止の動きが重なる。貨物トラック運転手にPCR検査や一定期間の強制隔離が求められ、各地で高速道路の出入り口が封鎖された。港湾機能も停滞する。物流網は寸断された。
3.中国経済失速
上海市だけでも中国GDPの約4%を占めている。その経済が停止するのだ。中国国家統計局は4月18日、1~3月のGDPが前年同期比4.8%増と発表した。インフラ投資と輸出増大がこれに寄与したが、3月の個人消費は3.5%減少している。サービス部門の失速は明らかで(マイナス0.9%)、これが雇用悪化をもたらした(新規雇用は2月の22%増から3月は18%減に)。4月以降は物流の混乱による資材等の供給制約によって、経済成長を支えている輸出もインフラ投資も鈍化すると見られている。
さらにロックダウンが拡大しかねないという懸念から4月25日、人民元は1年ぶりに安値を付け、上海株も1年10ヶ月ぶり、つまり武漢ショック以来の下落率を見せた。
4.次は北京か
北京市が4月26日、市内全域で週3回のPCR検査とスポーツ競技や劇場の公演を見合わせるよう指示を出した。25日の新規感染者数はわずか33人だった。上海市でやったことを北京市ではやらないという保証はどこにもない。直ちに北京ロックダウンが警戒されるようになる。
この警戒感は、北京市内の買いだめパニックを起こしたにとどまらない。26日のNY株は800ドル安、これは今年最大の下落率だった。中国発の一段の供給制約が世界に拡大するリスク感が高まる。29日のNY株はさらに一時1000ドル安となった。
アマゾン決算が7年ぶりに赤字になったことが引き金だが、アップルやマイクロソフトなどハイテク株が軒並み下げた。FRBの金融引き締め加速観測と中国都市封鎖による部品の供給不足懸念が重なった。
中国の景況感は4月、2ヶ月連続で好不調の境目である50を下回った。中国国内SNS微博(ウェイボ)では、「移住」関連キーワードが頻出するようになっていると報じられている。
5.習近平氏のメンツ
今年の秋の共産党大会で総書記3期目を目論む習近平氏は、世界的なコロナ・パンデミックのなかで武漢感染制圧、北京オリンピック成功を「勝利」として大々的に自賛している。従来の中国共産党「集団指導体制」から「習1強体制」への移行に対する不満を、こうした強圧的政策が有効であると示すことで抑え込みたいのだろう。
その中国共産党内で最大の対抗勢力は「上海派」と呼ばれる上海を基板とする派閥であり、その上海市の党委員会書記は習近平氏側近の李強氏、次期首相候補だ。北京市の党委員会書記である蔡奇氏も同じく習近平の側近だ。ここで「勝利」したはずのゼロ・コロナが破綻すれば、次期指導部構想が揺らぐことにもなりかねない。
しかし中国がゼロ・コロナにこだわるのはウイズ・コロナができない、つまり都市封鎖以外の手段がないからかもしれない。中国ではもちろんファイザーやモデルナのワクチンは使われていない。中国製のシノファームだけだ。これが変異型に効果があるのかエビデンスがない。すると中国で感染爆発が起きると、これまでのワクチン外交も台無しになる。そもそも感染力が増す変異型対策として、ロックダウンが有効なのかも疑わしい。さらに医療インフラが脆弱な地方都市に感染が拡大すれば、そこでも検査・隔離は可能なのだろうか。
6.「体制間競争」に打撃
戦中戦後にイギリスの首相だったウインストン・チャーチルは、『第二次世界大戦回顧録』(1953年)でノーベル文学賞を授与され、数々の明言を残したと言われている。その名言のなかでも有名で、しかしぼくにとっては謎の「迷言」がある。
「民主主義は最悪の政治形態らしい、ただしこれまで試されたそれ以外のすべての体制を別にすればの話だが」。イギリス人らしい逆説的な強調なのか、結果的に民主主義が最高だということなのだろう。これをぼくが「迷言」と読むのは、「それ以外の体制」とは時代的にファシズムやスターリン体制が対象となるのだろう。それらと比べて「まだまし」とするのでは、民主主義について何も語られていないと思うからだ。
トランプ現象やコロナ・パンデミックによって、たしかに民主主義システムに対する信頼は大きく揺らいだ。対して中国が代表するいわゆる権威主義体制がより効率的だとする見方が多くの新興国に広がったのもたしかだ。これを背景に、習近平指導部は体制間競争に挑み、それを権力維持に利用しようとしていた。
ところが、どうだ。プーチンの戦争は極端な例だとしても、「ひとり独裁」が国益に重大な損失を与えることが益々明白になっている。ひとたび指導者が判断を誤れば、引くに引けない泥沼にはまることになる。その点、議会制民主主義は非効率なようで、与野党の熟議によって妥協、譲歩の余地が残され、最悪の選択を回避できるしより良い選択の可能性もある。
だからといって、安心してはいけない。中国ゼロ・コロナによる世界経済の混乱と供給制約によるインフレの昂進は、世界中に分断と対立の種をまき散らす。権威主義的な国家はさらに強圧的になりかねないし、民主主義システムを採用する国家ではその分断と対立に乗じたポピュリズムがあちらこちらで台頭しかねない。
「民主主義は最悪だ、ただしプーチンやゼロ・コロナを別にすれば」で片付けられる話ではないのだ。
日誌資料
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- ・マスク氏、ツイッターに買収提案 5兆円規模 全株取得意向 SNSの公共性議論
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- ・物価高対策 補助金頼み エネ構造転換手つかず 欧米は脱炭素と両輪 <6>
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04/16
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