週間国際経済2021(9) No.259 03/24~03/30

今週の時事評論(9) 03/24~03/30

米中対立に前のめり過ぎる日本が心配だ

1.ヨーロッパを遠ざけ、アジアを分ける

2回続けた「米中関係についてのぼくの少しうがった見方」のまたその続編だから、ここで整理しておこう。バイデン政権は来年11月の中間選挙まで対中強硬姿勢を崩せない。習近平指導部は来年秋の党大会まで強国路線を崩せない。だから来年末まで米中は互いに譲歩できない。外交は内政の延長だとか言うけれど、米中外交を規定するのはそれぞれの内政事情そのものだ。そこに外交があるとすれば、それぞれの事情を相互に理解しているということだと、ぼくは見ている。

しかしバイデン政権にはトランプ政権が残した苦い教訓がある。アメリカが中国に対して強硬姿勢を続けている間に、世界が中国に引きつけられていた。この傾向はコロナ・パンデミックからいち早く中国が抜け出したことによって加速した。

この教訓からバイデン政権は、中国を「唯一の競争相手」とし、その競争に勝つために同盟を重視し、同盟関係修復の目的は「民主主義の防衛」だというロジックを引き出した。アメリカ大統領選挙は民主主義の勝利であり、一方中国の強国路線は人権、法の支配といった民主主義に対する挑戦だというのだ。前者(アメリカの勝利)はさておき、後者(中国の挑戦)は否定しがたい。

このシンプルな構図はヨーロッパでは受け入れやすい。トランプ政権とは亀裂が深まっていたが、一方で行き過ぎた対中依存には反省も生まれていた。サプライチェーンの脱中国は先送りできない課題でもある。そしてそのためにはアメリカとの協力が必要だ。ましてや中国の人権問題を見て見ぬふりをすることはEUの存在意義にも関わる。

だからといって全面的に対立することは避けたい。でも、EUは中国との投資協定批准に慎重になるだろうし、中国の人権侵害に対するアメリカの制裁に同調することはできる。バイデン政権にとって、それでいい。ヨーロッパを中国から引き離せれば、それでいい。

だが、アジアはそうはいかない。日本は昨年春に習近平さんを国賓として招くつもりだった。コロナ禍で中止になったが、今年は東京でオリンピック・パラリンピックが、来年には北京で冬期オリンピックが予定されている。韓国の対中依存はかなり深くなっている。東南アジアもトランプ政権のアジア軽視にうんざりしている。昨年RCEP(東アジア包括的経済連携)が調印され、日中韓+ASEAN+豪NZの巨大経済圏が始動しようとしている。

バイデン政権が来年末まで対中強硬姿勢を持続させるためには、アジアがまとまってはならない。アジアは、分裂して対立していなければならない。

2.軍事バランスと半導体

トランプさんが貿易戦争ごっこをしている間に、アジアにおける米中の軍事バランスは大きく崩れ、中国優位は決定的なものとなっている。例えば防衛白書によると、戦闘機の数は中国がアメリカの5倍、戦闘艦艇も5倍、これが2025年にはそれぞれ8倍および9倍に拡大すると予測されている(3月20日付日本経済新聞)。

そして「半導体ショック」。トランプさんはファーウェイ制裁で海外企業にも中国への半導体供与を規制した。そこで中国は制裁が始まる前に、最先端技術を持つ台湾のTSMCから半導体を買い占めた。これで世界の半導体需給は大きく崩れ、供給確保のために半導体生産はいっそう台湾に集中するようになった(3月16日付同上)。

いきおいバイデン政権では「台湾有事」(中国による台湾への武力行使)が声高に叫ばれるようになった。インド太平洋米軍の司令官はそれが6年以内だと指摘し、かれが退任すると次期司令官は「(その時期は)想定より近い」と議会公聴会で語った(3月26日付同上)。

だからといって大きく中国に傾いた軍事バランスはどうするのだろう。3月5日付け日本経済新聞によると、バイデン政権とアメリカ議会はインド太平洋地域で中国への抑止力を強化するため、6年間で2.9兆円の予算を投じてミサイル網を築く案を検討しているという。現在中国は地上配備型の中距離ミサイルを1250基以上保有する一方、アメリカ軍はゼロだというのだ。

3.台湾有事と尖閣

ミサイル網は、いわゆる第1列島線(沖縄~台湾~フィリピン)に沿って築くというから日本とフィリピンの協力が不可欠だ。費用の負担も生じるだろうし、なにより中国の攻撃対象になり、経済的な報復も予想される。驚くべきことに、日本の外務・防衛当局は、このアメリカの対中ミサイル網構想を歓迎しているというのだ。沖縄に対中ミサイル基地を作るつもりなのか。

驚いたと言えば岸防衛相、中国公船が尖閣上陸のために接近したら相手を負傷させる可能性のある「危害射撃」を行えるという見解を示した(2月26日記者会見)。法的根拠は警察官職務執行法だという。つまりお巡りさんは凶悪犯に発砲できるというやつだ。これで中国の海警法に対抗するという、なんとも刺激的だ。日中双方がそれぞれの国内法によって武力衝突する図式ができあがった。

心配なのは、こうしていつのまにか日本の尖閣防衛が台湾有事と戦略的に結びつけられていることだ。台湾海峡に最も近い日米安保第5条適用地域。台湾有事の際に、これが5年前に制定された安保法制の「重要影響事態」と認定されれば自衛隊はアメリカ軍の後方支援にあたらなければならなくなる(3月30日付同上)。そればかりか中距離ミサイル網整備を歓迎する日本政府は、「敵基地攻撃能力」を検討している。

憲法の制約上それはできませんという縛り、日本は自らそれを解いてしまっている。

4.日米2プラス2

2プラス2といえば「外務・防衛担当閣僚協議」と説明され、それならば日本はオーストラリアや仏英印、さらにはロシアとも実施している。しかし、日米2プラス2は意味合いが違う。その正式名称は「日米安全保障協議委員会」だ。つまり、けっして対等な関係とは言えない。3月16日に日本で開かれた。

アメリカの国務長官と国防長官の初の外国訪問先に日本が選ばれた。ぼくが怖かったのはそのブリンケンさんの冒頭発言だ、「同盟を再確認するだけでなく実行するために日本に来ている」…、「同盟を実行する」?

共同文書では「中国」を4カ所で名指ししている。外交文書では異例だ。実際に直前の日米豪印首脳協議でも、直後の米韓2プラス2でも中国名指しは避けられている。しかも「台湾海峡の平和と安定の重要性」と明記した。その2プラス2と同じ16日、航空自衛隊はアメリカ軍と東シナ海で防空戦闘訓練を実施している。日米両政府は尖閣防衛想定した大規模共同訓練を年内にも実施する調整を始めた(3月21日付同上)。「同盟を実行する」?

この流れでバイデンさんは最初の対面での首脳会談に菅さんを指名した。4月中旬にセットされたこの会談で、日米に1ミリもズレがあってはならない。バイデンさんの提案に、菅さんは100%一致しなければならない。

5.それにしても日本政府は前のめりだ

だからといって、日本政府が一方的にアメリカに巻き込まれているというようにも見えない。菅政権はむしろこうしたバイデン政権のアジア政策に前のめりだ。もちろんその背景には衆議院の任期が今年10月だという事情がある。さらに日本では憲法7条をゆるく解釈して、内閣総理大臣がいつでも衆議院を解散して総選挙ができるとされている。

菅さんは勝てる(議席増)ことはないとしても負け(議席減)を最小限にしたい。そのタイミングを判断しなければならない。そこにオリンピックが重なってくる。できるのか、できないのか。だからコロナ対策がどうしても中途半端になる。選挙にマイナスの材料が積み重なっていく。

自民党幹部からは4月の日米首脳会談を解散総選挙の弾みにしたいという声が出る。なにかしらプラス要素が欲しいのだろう。ましてや日米同盟と尖閣は票になったという成功体験がある。つい、前のめりになるのだろう。

6.こうしてアジアはまとまらない

バイデンさんの思惑通り(あくまでぼくのうがった見方からだが)、アジアはまとまらない。アメリカがあまり期待していない韓国を、ここぞとばかりロシアと中国は取り込もうとしている。ASEANも中国のワクチンと経済回復への依存から脱け出すことはないだろう。しかしアジアは、アメリカのもとでもまとまらない。

では日本は、バイデン政権の「民主主義防衛」でまとまるのか。例えば中国のウイグル人権弾圧に制裁を実施していないのはG7で日本だけだ。ミャンマー制裁にしてもしかり。米欧の国境炭素税という脱炭素の取り組みからも取り残され、半導体などのサプライチェーンの再構築によって日本に充分な供給が期待できるわけでもない。

アジアがまとまらないということは、どのまとまりにも落ち着くことができないということだ。だから韓国もASEANも、言葉は悪いがふらふらと揺れている。そのなかで、やはり日本は前のめり過ぎると見えることが、ぼくはとても心配なのだ。

さて、ぼくの少しうがった見方をまとめよう。来年末まで米中は互いに強硬な態度を変えないし、互いに譲歩できない。でもそう、それは「来年末までは」なのだ。中国共産党大会が終わり、アメリカ中間選挙が終わる「来年末」のその先は、どうだろう。

日誌資料

  1. 03/24

    ・北朝鮮が短距離ミサイル 21日に2発、米は静観
    ・インテル、半導体新工場 米で2兆円投資 受託生産参入 <1>
    規模・技術、挽回狙う バイデン政権、供給網強化
  2. 03/25

    ・北朝鮮が弾道ミサイル 2発、日本のEEZ外落下 昨年3月以来
    ・柏崎刈羽(かりわ)原発、遠のく再稼働 テロ対策不備 東電に是正措置命令へ
    ・五輪聖火リレー、福島を出発 コロナ警戒
  3. 03/26

    ・「台湾有事、想定より近い」 米軍次期司令官、上院で証言 最大の懸念
    ・排出量取引の価格高騰 EU、脱炭素目標上げ 越境負担、日本2.6兆円も <2>
    ・ミサイル「国連決議に違反」 バイデン氏、北朝鮮批判 中国に対抗「米、成長続く」
    就任後初会見 同盟重視、中国けん制 最強国家の地位譲らず
    ・「北朝鮮6ヵ国協議再開を」 ロシア外相、8年ぶり訪韓
    ・インド、ワクチン輸出制限 新興国で接種遅れる可能性
  4. 03/27

    ・デジタル通貨、中国加速 発行準備、北京五輪までに 米欧は金融安定を優先
    ・EU、ユーロ拡大推進 環境債など40兆円発行 ドル依存リスク軽減狙う <3>
    ・米、気候変動で中ロと対話 来月首脳会合に招待
    ・NY株453ドル高3万3072ドル 17日以来過去最高更新
  5. 03/28

    ・中国、イランと25カ年協定 経済・安保 民主主義陣営に対抗 <4>
    中国、中東で影響力拡大 米、拙速な撤退のツケ
  6. 03/29

    ・ミャンマー情勢、泥沼に デモの死者計400人超、日米欧非難 <5>
    国軍、弾圧を強硬 経済マヒに焦りも
    ・宣言解除「早すぎ」52% 内閣支持率、横ばい45% 日経新聞世論調査
    ・UAE、中国ワクチン量産 年2億回分、中東向けに
    ・野村、米で損失2200億円か ドル建て社債発行見送り
  7. 03/30

    ・日米、「台湾海峡」明記へ 首脳会談で共同文書 中国海警法に懸念
    ・安保法施行5年 東アジア、崩れる米優位 中国台頭「台湾有事」を警戒
    ・対ミャンマー貿易協定停止 USTR、武力弾圧に対抗
    ・米・東南アジア海底ケーブル フェイスブック、グーグル新設 香港計画不透明で
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