週間国際経済2021(3) No.253 01/20~01/30

今週のポイント解説(3) 01/20~01/30

ポスト・トランプ(その1.バイデンさんの「結束」)

1.トランプではないアメリカの始まり

今回のアメリカ大統領選挙の民主党候補レースは混戦だったし、バイデンさんの出遅れは否めなかった。サンダースさんやウォーレンさんの支持者の熱量は、バイデンさんのそれをはるかに上回っていた。そして左派とされるサンダースさんやウォーレンさんと中道派のバイデンさんの政策公約には、ほとんど共通点がなかった。終盤のバイデンさんの猛追とサンダーさんの撤退、最後に民主党候補指名を決めた最大のポイントは、「トランプに勝てる候補」だった。

そしてアメリカの有権者がギリギリで選択したのは、「トランプではない大統領」だった。したがって今は、バイデンのアメリカが始まったというよりも、トランプではないアメリカの始まりなのだと、ぼくは感じている。

民主党は大統領、議会下院そして上院を制した。これは「トリプル・ブルー」とも「ブルーウェーブ」とも呼ばれている。しかし、「バイデン・ウェーブ」ではない。バイデンさんの民主党内基盤は盤石ではない。一方、共和党は2018年の中間選挙以降「トランプ党」に変質していた。共和党員の圧倒的多数はトランプ支持者なのだ。

そのトランプ共和党が激しく揺れている。1月6日のトランプ支持者による連邦議会議事堂乱入占拠。これを扇動したとしてトランプさんは弾劾裁判にかけられ、共和党内ではその是非が別れる。これに反発したトランプ支持者による「愛国党」結成の声が大きくなる。

分裂と対立によって二分されたアメリカは、トランプという異端の極が無くなったことで、さらに四分五裂しかねない。バイデン政権が共和党穏健派にすり寄れば民主党左派から反発され、その民主党左派に傾けば共和党は一体となってこれに対抗する。それもまた、トランプではないアメリカの始まりなのだ。

2.就任式でバイデンさんは誰に向かって「結束」を呼びかけたのか

1月20日の大統領就任式、詩人アマンダ・ゴーマンさんが詠んだ「壊れてはいないが、ただ未完成の国」という胸に沁みる言葉は、まだ事件の傷が癒えない連邦議会議事堂前で響いた。前大統領は欠席し、首都ワシントンは厳戒態勢に囲まれ、キャピトル・ヒルには大観衆の代わりに星条旗が並んでいた。そしておそらく、トランプ支持者たちはほとんど誰も中継放送を見ていない。

バイデン新大統領がそこで繰り返した言葉は「結束」だった。「私はすべてのアメリカ国民の大統領になる」、広く紹介された一節だ。ぼくはそれに続く言葉が印象的だった。「赤と青、地方と都市、保守とリベラルを対抗させる戦いを終わらせなくてはならない」。そう、まず赤(共和党)と青(民主党)なのだ。アメリカの分裂と対立は、この二大政党の間に深い溝を刻み込んだ。この溝を埋めることなく、アメリカの結束はありえない。

3.トランプではない大統領

繰り返しになるが、民主党がバイデンさんを大統領候補に指名したのは「トランプではない大統領」を実現するためだった。だからバイデンさんはまず、トランプではないアメリカの始まりをアピールする必要がある。またそれが、民主党内の不協和音を棚上げにすることにもつながる。

トランプさんが「大統領令」で強行したことを「大統領令」でひっくり返すことから仕事が始まる。就任初日の1月20日にバイデン新大統領は15の大統領令に署名した。「パリ協定」への復帰、カナダからメキシコ湾までの原油パイプライン計画の許可撤回、WHOからの脱退手続きの停止、イスラム圏などからの入国規制の撤回、メキシコ国境「壁」建設の中止。そして職場内でのマイノリティ差別防止、マスク着用(連邦政府施設内)の義務付けなどだ。翌21日にはワクチン供給加速と検査拡大を目指す大統領令に署名し、22日には関係が著しく悪化していたカナダとメキシコの首脳と電話協議で外交を始動させた。

ここまではシナリオ通りだ。問題は、ここからだ。ここからは「赤と青の対抗と戦い」が立ち塞がる。

4.Anything but Trumpというわけにはいかない

有名なのは、あまりにも単純なあのブッシュ政権(2001年就任)の「ABC(Anything but Clinton)政策だ。前クリントン民主党政権をことごとく否定するだけ。トランプ政権のオバマ前政権に対する態度も同様だった。しかしバイデン政権は、そういうわけにはいかない。バイデンさんは「すべてのアメリカ国民の大統領になる」と、「赤と青を対抗させる戦いを終わらせる」と約束したからだ。

「大統領令」は議会の承認を得ずに実施できる。しかし何よりもまず、新政権の閣僚人事には上院過半数の承認が必要になる。上院は共和党50議席、民主党50議席となった。採決同数の場合は副大統領がキャスティングボートを握るが、かりにハリスさんがこれで押し切れば、「赤と青」の亀裂が修復不能になりかねない。

次に、分裂と対立は経済社会格差を反映している。それはコロナ・パンデミックでさらに深刻化している。バイデンさんは大統領就任前の1月14日に、新型コロナ対策として1兆ドルの家計支援を含む1.9兆ドル(約200兆円)の追加経済対策案を発表し、22日には困窮する低所得者の食糧補助などの経済支援に関する大統領令に署名した。もちろん、これらには議会の承認が必要だ。しかも早期成立が必要だ。

この対コロナ経済対策では昨年、民主党と共和党の協議は終始非妥協的だった。もちろん大統領選挙および上下院選挙を目前にしていたことも影響しているが、与野党の協力関係を立て直すことは至難の業だ。

バイデンさんは院内交渉のプロとして評価が高い。とくに今回の閣僚人事については「さすが」と唸る人も多いだろう。閣僚には指名されなかった民主党左派も共和党穏健派も、おおむね納得できる陣容だと評価されている。

さて。問題は「外交」だ。

5.ポスト「自国第一主義」

トランプ支持者と一口で言っても、過激な白人至上主義者や陰謀論支持者はその一部だ。キリスト教福音派も人工中絶や同性婚には絶対反対だが、信仰に反すること以外は温厚な人々だ。白人製造業労働者も一枚板ではなくなっている。本来の保守的な共和党支持者も残っている。トランプ政治は、そのそれぞれの人々に「犬笛」を吹いてそれぞれの共鳴を集める形態のポピュリズムだった。

それが束になった7400万票が、トランプ候補支持に投じられたのだ。これを束ねたのは「自国第一主義」というスローガンではなかったのだろうか。だとすれば、バイデン政権の「結束」にとって最大の難所は、自国第一主義から国際協調への転換なのかもしれない。

ところでその「自国第一主義」とは何だったのだろう。多国間合意や国際機関からの離脱などもそうだろうが、その象徴は「貿易戦争」であり「米中対立」だったと言えるだろう。そして中国に対する警戒心は、赤も青も超党派の合意なのだ。

ポスト・トランプを語る以上、バイデン政権の対中政策を素通りすることはできない。現時点でのその方向性を次回、探ってみようと思う。

日誌資料

  1. 01/20

    ・「トランプ氏が占拠扇動」 共和党上院トップ、マコネル院内総務が非難
    ・ウイグル族弾圧は「虐殺」ポンペオ米国務長官 対中圧力の維持示す
  2. 01/21

    ・バイデン大統領就任(20日)「民主主義が勝利」 米国民団結に全霊
    パリ協定復帰に署名 WHO残留など大統領令15件
    ・訪日客、87%減の411万人 昨年、目標の1割 コロナで往来滞る <1>
    ・輸出額、昨年11%減 車、米・EU向け落ち込む <2>
  3. 01/22

    ・米政権、感染抑止を加速 ワクチン・検査拡大へ大統領令10本署名
    ・米企業、環境対応に動く 自動車・石油 トランプ路線と決別
    ・独米関係改善に意欲 メルケル氏「合意余地広く」
  4. 01/23

    ・核禁止条約、50ヵ国・地域で発効 保有国抜き 実効性薄く
    ・困窮世帯支援へ大統領令 バイデン氏、食料補助拡充 200兆円追加対策に意欲
    ・「北朝鮮、深刻な脅威」 米大統領報道官 日韓と連携し新戦略
    ・EU・中国の投資協定 欧州議会が問題視 人権巡り発効不透明に
  5. 01/25

    ・米中、台湾巡り攻防激しく 中国、防空識別圏10機超侵入
    米、台湾の自衛支援を表明 バイデン政権の強硬継続が焦点
    ・半導体増産、台湾に要請 日米独、不足解消求め
  6. 01/26

    ・習氏「新冷戦、世界を分裂」(世界経済フォーラム) バイデン政権をけん制
    ・米政府調達、自国製を優先 大統領令、製造業を支援
    ・「米欧同盟強化を」 バイデン氏、仏大統領と電話協議
    ・独、日本に艦船派遣 今夏にも、中国抑止狙う <3>
    欧州、東アジア安保に関与 対中「政経分離」に限界
  7. 01/27

    ・米ロ、5年延長大筋合意 新START(戦略兵器削減条約) 両首脳が電話協議
    ・世界感染1億人超 3ヶ月弱で2倍 変異種が拍車 <4>
  8. 01/28

    ・バイデン氏、脱炭素へ大統領令 石油・ガス開発規制
    ・日米電話協議 コロナ・脱炭素協力 尖閣に安保適用確認 <5>
    ・アップル売上高最高 10-12月 初の1000億ドル超え 在宅で端末需要
    フェイスブック53%増益、ネット広告けん引 サムスン26%増益、アップル向けパネル好調
  9. 01/29

    ・時短違反、過料30万円以下 入院拒否など刑事罰削除 関連法改正案 <6>
    ・米。10~12月4%成長 通年は3.5%減 74年ぶりマイナス幅
  10. 01/30

    ・独、10~12月0.1%成長 仏は通年でマイナス8.3%
    ・米SEC、取引停止を調査 ゲームストップ株、一時2倍 NY株620ドル安
※PDFでもご覧いただけます
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