今週のポイント解説(1)、(2) 01/01~01/19
SNSと表現の自由
1.フェイスブックとツイッターとメルケルさん
1月7日、トランプ大統領(当時)のアカウントをフェイスブックが無期限に凍結し、8日、ツイッターはこれを永久停止にした。ぼくは善し悪しの評価は思いもつかず、まずホッとした。いや正直なところ、遅いとすら感じていた。
1月6日のトランプ支持者たちの連邦議会議事堂乱入事態は、信じられないほど衝撃的だった。その日は連邦議会による大統領選挙結果の認定手続きが予定されていた。それはまったく慣例的な通過儀礼に過ぎない。この手続きを知っている人が多いとは思えない。
トランプさんは12月19日のツイッターで、「1月6日はワシントンD.C.で大規模デモだ。来てくれ、ワイルドなものになるぞ!」と呼びかけた。たしかにその日の上下両院合同会議で共和党議員の必要多数が選挙結果を認めなければ、新大統領就任手続きは形式的要件を満たさなくなる。それでどうなるのか、ぼくは知らない。有権者と州の意思決定を議会が認めないなんて、考えたこともない。それでトランプさんが再選されるわけでもない。
思うにトランプさんは、ただ自身の影響力(扇動力)を誇示したかったのだろう。5人の死者が出た騒乱の最中、トランプさんは議事堂乱入者たちに「特別な人たち、愛国者、愛している」と語りかけた動画を投稿した。1月20日の大統領就任式が、危ない。
フェイスブックはこの投稿を削除し、ザッカーバーグさん(CEO)は「暴動の扇動に使われており、リスクは大きすぎる」と、利用規約に違反したトランプさんのアカウントを凍結した。ツイッターも「暴力の賛美」を禁じるとした規約に違反したとして、事前の警告通りトランプさんのアカウントを永久停止にした。
繰り返しになるが、ぼくはそうするべきだと思った。
ところが11日、ドイツの政府報道官が「表現の自由は極めて重要な基本的人権であり、ソーシャルメディアの経営者の意思決定ではなく法律に沿う必要がある」というメルケル首相の声明を出した。フランスのルメール財務相も「デジタル空間での規制は大手企業によってなされるべきではない」と述べた。
あれれ、おかしいぞ。日本のメデイアでも、こうしたヨーロッパの論調に同調する声が多くなってきた。今やメルケルさんは世界のインフルエンサーだ。いや、メルケルさんをよく知らないし、メルケルさんが何を言ったか知らない学生たちのなかでもトランプさんの投稿削除とアカウント停止については賛否が分かれる。ぼくは、動揺した。
2.ヨーロッパの表現の自由制限
よく知られているように、ドイツではナチス礼賛やホロコーストはなかったとする表現は「違法」だ。2018年施行の「ネットワーク執行法」では、オンラインのヘイト・スピーチには削除が警告され、24時間以内に削除しなければ高額の罰金が科せられる。これは明らかにフェイスブックやツイッターを意識したものだと言われている。
なるほど表現の自由を制限できるのは法律だけだということで、それは欧州の「伝統的な考えだ」という(1月13日付日本経済新聞)。ここでぼくは混乱する。EUの欧州委員会は12月3日「欧州民主主義行動計画」を発表し、その柱はSNSに掲載される政治広告の規制であり、偽情報を流す域外の個人・組織への罰則を検討している。
これは「法律」なのだろうか、いや「法律」ならばいいのだろうか。
というのも、メルケルさんの声明の直前、中国政府は12月8日「インターネット情報管理弁法」の改正草案を公開したが、デマ発信に最高1600万円の罰金を科すなどの内容を盛り込むという。ニュース情報を扱うサービスは許可制とし、政府は情報発信を禁じることができる。露骨に、表現の自由を法律で規制している。
メルケルさんが「表現の自由を制限できるのは法律だけだ」というとき、その法律は「民主的な手続きを経た」という前提が暗黙の了解となっているようだ。でも、そんな了解など通用しないデジタル大国が、この世界にはいくつもある。
3.アメリカの通信品位法
悩ましいのは、アメリカでは表現の自由を規定する合衆国憲法修正第1条で政府による検閲を禁じている。一方で、1996年に成立した「通信品位法230条」では、ネット企業は投稿内容について利用者から訴えられても法的責任は問われない。また企業は、自らの裁量で閲覧を制限したり削除したりできる。
皮肉なことに、アメリカのSNS投稿の法規制を強化しようとしてきたのはトランプ政権だった。アメリカ司法省は6月17日、ネット企業が違法な投稿を放置したと見なせば責任を問えるように明確にするよう議会に求める通信品位法の改正案を発表した(6月18日付同上夕刊)。これはその前に(5月末)、トランプさんがSNS規制を強化する大統領令に署名した圧力を受けたものだった。
トランプさんはSNS投稿を規制しようとして、自分の投稿が規制されたのだった。
それはともかく、アメリカでは憲法で検閲が禁じられているから、ネット上の投稿に規制がなく、規制をするならば企業に管理責任を負わせるというロジックに立っていた。はたしてフェイスブックやツイッターの経営者たちに表現の自由を規制する規範を求めてよいものだろうか。これがメルケルさんの批判につながる。そしてネット企業も放置せず規制すれば追加コストが発生する。だから管理責任を逆風ととらえたのも当然だった。
4.「倫理」をどこに求めるべきなのか
トランプさんのアカウント停止を歓迎したぼくには矛盾がある。「表現の自由」を規制する倫理上の規範をネット企業経営者たちに委ねるなど、笑えぬ笑い話だ。「通信品位法230条」はアメリカIT企業のビジネス・モデルの大前提なのだ。そもそもかれらは倫理観からトランプ砲を規制したのだろうか。
ツイッターへの投資で知られる投資家のクリス・サッカさんは、議事堂乱入があった6日、ツイッターとフェイスブック両者のトップ名指しで「手が血でぬれている」と批判した(1月8日同上)。ぼくは思う、巨大IT企業のトップが聞く耳をもつのは政府でもなく、もちろん無料で利用している何億の人々でもなく、一握りの投資家たちなのだと。すると倫理は、企業ではなく投資家に委ねられてしまう。
次に、倫理は投稿に、つまり表現の自由に求められるべきものなのだろうか。まずは「表現の匿名化」だ。じつはぼくも、匿名のアカウントが欲しいと思ったことがある。もちろん表現に責任が持てないことを投稿したかったからだ。責任から自由になりたかったからだ。これが今日の表現の自由の正体だ。
有名な「Qアノン」は、匿名(anonymous)のQ、Qがネットの匿名掲示板に投稿を始めたのが2017年10月。荒唐無稽な内容だ。もちろん荒唐無稽にも表現の自由はある。しかしトランプさんは、これをリツイートする。フォロワー数9000万人近いトランプさんの拡散力は凄まじい。これがまたリツイートされる、匿名で、それもまた表現の自由とされる。この「支持層」が欲しい政治家が出る。共和党議員23人がQアノンへの支持や共感を表明する。こうしてエコーチェンバー(反響室)が形成される。
別にQアノンに限らない。トランプさん自身が証拠のない、あるいは事実誤認のSNS発信が大統領就任後3万回近くにのぼるとワシントン・ポストが数えてくれた。これもリツイートされる。その最たるものが「選挙を盗むな」なのだろう。
第三に、AIアルゴリズムの「倫理」だ。SNS投稿情報は「マイクロターゲティング」で利用者の好みや行動を分析して「効率的に」提供される。しかしAIの学習過程は判断基準が極めて不透明かつ学習データも偏りが認められている。だからソニーはAIの倫理面での安全性を審査しようとし、グーグルでは労働組合が結成されてAIの使い方に経営陣に倫理を求める。
第四に、こうした「異なる他者への寛容」(オルテガ)が失われ、分断と対立が両極化した背景は、経済格差だ。格差が広がるほど政治が党派制を帯びることは多くの研究者が指摘している。そして疎外された多数が「少数者支配」への不満と怒りを増幅させるのも理解できる。だが、ここにポピュリストはつけこむ。トランプ現象はその典型であり、トランプさんは意図的にこの不寛容を煽り、その手段としてSNSの「表現の自由」を最大限利用した。
5.国家に対する個人の自由
「表現の自由」とは、ヴォルテールの有名な言葉のままに「私とあなた」の関係ではない(もちろん通底しているが)、国家に対する個人の自由だ。今さらだが、SNS投稿は国家を超えている。
ぼくが担当している科目の受講生にも、Qアノン系陰謀論の影響を受けている人がいる。バイデンさんを敵視し、トランプさんの復活を信じている。もちろん実害はない。リツイートしようがコメントしようが、誰にも制限されない。アメリカではトランプ支持者サイトのパーラーのクラウド接続をアマゾン(AWS)が停止し、ツイッターはQアノン系陰謀論集団に関わるアカウント7万件超を永久停止にした。
実害がある場合は、どうだろう。例えばコロナ感染予防やワクチン接種について、膨大な偽情報が国家を超えて氾濫している。
だから、国家を超えて、つまり国際的取り組みが不可避になっているのだ。じつはネットは国家を超えている一方で、分断さらには細断化されている。米中デカップリングを契機にして「スプリンター(破片)・ネット」という言葉さえ生まれている。すると国家による個人の表現の自由は管理しやすくなっている。
例えばOECD(経済協力開発機構)は、デジタル社会のルール作り作業を進めていた。ここにはプライバシー保護や偽情報規制などについても課題として取り上げられていた。しかし焦点化したのは「課税」であり。トランプ政権はこの「デジタル・サービス税」に反発して交渉から離脱した(6月17日)。デジタル「自国第一主義」だ。
「オルタナティブ・ファクト」は、トランプが生み出したものではない。かれはそこから生まれたのだ。そして過熱させた。トランプが退出しても、生き残る。むしろバイデン政権下で規制が強化されれば、分断と対立はより深刻なものとなるだろう。そしてそのアメリカの規制が、世界に拡散すれば、国家に対する個人の表現の自由は抑圧されるだろう。
ぼくはさまよう。「表現の自由は不可侵だ」、その言葉は「表現の自由とは何か」と問い直すことを忘れさせるための睡眠導入剤のようだ。
日誌資料(1)01/01~01/10
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01/01
- ・英EU、FTA暫定発効(12/31)離脱「移行期間」終了 物流、混乱の恐れ
- ・世界の感染者8270万人 死者180万人(12/31時点) <1>
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01/04
- ・首相年頭記者会見 緊急事態宣言を検討 「早期に特措法改正」
- 1都3県知事が要請(2日)
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01/05
- ・ロシア、対中貿易額2倍に 資源を柱に、欧米豪との対立で傾斜
- ・英、3度目都市封鎖 イングランド 変異種が猛威 規制強化、授業遠隔に
- ・「イラン、ウラン濃縮着手」 20%、IAEA(国際原子力機関)確認 欧米、懸念の声
- ・グーグルに初の労組 200人超参加、倫理的課題など意見 賃金交渉権は持たず
- ・今年の世界10大リスク1位「次期米大統領」米調査会社 <2>
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01/06
- ・米、アリペイなど取引禁止 大統領令署名 実現性は不透明
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- ・サウジ、独自に追加減産 コロナ感染で需要懸念 NY原油10ヶ月ぶり50ドル台
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01/07
- ・米上院、民主が多数派 ジョージア州決選投票2議席制す「トリプル・ブルー」に
- ・イラン、友好国・韓国に圧力 タンカー拿捕 米配慮の離反けん制
- ・北朝鮮、5年ぶり党大会 金正恩氏「経済目標はほぼすべての部門で未達」
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01/08
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- 議会乱入に各国指導者が懸念表明「衝撃的な光景」 トランプ氏、「政権移行する」表明
- 民主党、トランプ氏罷免へ圧力 弾劾へ決議案提出目指す 政権幹部、相次ぎ辞任
- フェイスブックのトランプ氏アカウント「凍結」無期限に ツイッターは永久停止
- ・緊急事態宣言、再び発令 外出・営業夜8時以降自粛 <3>
- 1都3県、来月7日まで 大阪も要請へ 京都・兵庫と調整
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- ・日本政府に賠償命令 慰安婦訴訟で韓国地裁 「主権免除」見解に差
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01/09
- ・英離脱で進むEU統合 安保・外交・財政で一段と <4>
- マクロン仏大統領の「欧州軍」構想 デジタル税・国境炭素税・コロナ復興基金が財政統合に
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01/10
- ・雇用難 非正規・若者に集中 世界の労働力人口660万人減 格差固定も <5>
- ・「米制裁追随企業は賠償」中国が対抗策 ハイテク念頭に 日本勢は板挟み
日誌資料(2)01/11~01/19
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01/11
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01/12
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- ・トランプ氏弾劾案提出(11日) 米民主党、13日にも採決
- ・米企業、献金停止相次ぐ バイデン氏勝利に異議の議員へ 議会占拠批判受け対応
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01/13
- ・変異種拡大止まらず 英国型49ヵ国 南ア型19ヵ国 流行続けば強毒化も<2>
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- メルケル氏「制限は法律で」
- ・中国、ネット統制強化 摘発2割増 デマに罰金 規則改正、世論安定狙う<4>
- ・米国務長官、訪欧見送り EUなど面会拒否か 議会占拠影響も
- ・極右関連のアカウント ツイッター、7万件超停止 「暴力行為扇動の危険」
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- ・トランプ氏支持、最低29%(米調査機関) 「退任後、政界去って」68%
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01/18
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01/19
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