今週のポイント解説(10) 04/03~04/12
緊急事態宣言と緊急経済対策
1.不条理と合理性
パンデミックという不条理が今、合理性を押しつぶそうとしている。あるいはカミュ的に言えば、世の中の不条理をあぶり出しているのかもしれない。ぼくたちの日常は、市場と民主主義にその合理性を認めていることを前提にしている。混乱する市場に期待ができなくなると、いきおい政府の役割が強大になる。だからぼくたちは、政府に対する監視をいっそう強めなければならない。その合理性を厳しく問わなければならない。
アベノマスクは笑いの種になった。ぼくも笑った。でも、実行されている。結果的に、不条理を受け入れてしまっている。議会制民主主義とは、税金の集め方と使い方を納税者の代表が議論して合理的な選択を導くシステムだ。聞くところによると安倍さんは官邸側近の提言で布マスク配布を決めたということだ。
あまりに馬鹿げているとうっかりしている間に、今年度予算予備費から233億円、今年度補正予算案に233億円を計上して、すでに執行が始まっている。この466億円は、納税者の代表による議論を経た合理的選択ではない。例えばこの466億円を使って、新国立競技場のなかに医療施設を建設するというならば、合理的だ。パンデミックが終息するまで、新国立競技場は使われないからだ。
布マスクではなく、ぼくたちは不条理を配布されている。この教訓は、示唆的だ。
2.日本では自粛しかできない
都市封鎖とか外出禁止は日本ではできない。日本の政治家もテレビも繰り返す。日本は民主主義だからとか、日本は人権を尊重しているからだとか。だから「強制」ではなく「自粛」をお願いするしかないと。するとそんな自粛ではとても感染爆発を阻止することはできないという危機感が広がり、「もっと強制を」という空気が生まれる。たとえその強制が、不条理であったとしても。
あぶない。ここは少し立ち止まって落ち着こう。アメリカでもフランスでもイギリスでも、外出禁止に違反すれば罰金が科せられる。不要不急の店舗も休業させられている。これらの国には民主主義も人権もないのだろうか。
ぼくの人権を制限できるのは他者の人権だ。ぼくは他者の自由を侵さない限り自由だ。フランス人権宣言(1789年)に、「自由は他人を害しないすべてのことをなしうることに存する」とあるように。また同宣言は、「正当かつ事前の補償」を条件に所有権の剥奪も肯定している。それが人権の原理だ。日本国憲法第29条3項にも通じる原理だ。
日本では今、自粛しかできないのではなく、「自己責任」だけが問われているのだ。それこそ不条理な人権侵害ではないだろうか。
さて今回は、緊急事態宣言と緊急経済対策について語る。ツッコミどころ満載だ。でも最も大切なツッコミは、事前どころか5月6日までの緊急事態宣言中に執行される緊急経済対策が、ひとつもないということだ。
3.「世界的に見ても最大級」
緊急経済対策が閣議決定された4月7日、安倍さんはこう言った。「財政支出39兆円、事業規模108兆円、GDPの2割に及ぶ世界的に見ても最大級の経済対策となりました」。
リアルタイムでテレビを見ていたぼくは、思わず「嘘つき!」と吐いてしまった。気が落ちついたから嘘とは言わないが、明らかな「誇大広告」だ。しかも手口が小賢しい。まず、GDPを増やさない事業規模をGDPと比較する意味がない。
下の段から見てみよう。まず税や社会保険料は原則1年の猶予が終われば払わないといけない。次にもっとも大きな比重を占める民間資金だ。これは政府支出によって民間が支出するであろう予測でしかない。その予測される事業が例示されているが、ほとんどコロナ対策と無関係だ。しかも銀行から融資を受けて政府がその利子を負担した場合、その融資額全部が事業規模となる。
財政支出39兆円のうち19年度補正予算の未執行分9.8兆円というのは、消費増税やオリンピックに対応した予算を二重計上したものだ。10兆円は財政投融資で、おもな融資先は特殊法人だ。それも融資を受けて今新たに事業をするとは限らない。
残る部分には例のアベノマスク予算466億円も入っているし、コロナ終息後の観光再生支援なども含まれる。つまりみんなが期待している雇用維持や家計支援に関わるのは、残る10.4兆円。うち3.8兆円は貸し付けだ。しかし宣言以前にも資金繰り支援策を相次いで打ち出していたが、すでに窓口がパンクしている(3月31日付同上)。政府はメニューを増やすのだが、その具体的な仕組みは後付けなのだ。
リアルな給付は、事業収入が前年同月から5割以上減っている中小企業に最大200万円支援が総額2.3兆円。残る4兆円が例の減収家計への世帯あたり30万円。こうしてみると結局、宣言期間中になんとか受け取れそうなのは児童手当の1万円増額(1回のみ)と、布マスク2枚ということになりかねない。
GDPの2割と言うために事業規模を膨らませ、給付30万円という数字を示すために世帯とする。主要国より半月以上遅れて出してこれから審議する経済対策だが、いったい何に時間を費やしたのだろう。
4.わかりにくくて、不充分で、遅い
良いサービスとは、わかりやすくて、充分で、早いことが条件だ。とくに肝心の減収家計への給付金はわかりにくい。なぜ世帯なのか、なぜ減収対象が世帯主なのか、減収をどう証明して、誰が対象なのか。それがようやくわかっても、多くの人にとってまったく不充分で、わかりにくいために給付が遅くなる。
どう多く見積もっても給付対象世帯は全体の2割程度だ。政府は日本の経済的格差の現状をどう認識しているのだろう。むしろ逆に給付の必要がない世帯のほうが2割程度だろう。
中小企業などへの給付金も、同じだ。なにより休業要請あるいは指示までするというのに、その緊急事態宣言期間中に給付が間に合わない。日本の中小飲食サービス業では、現預金が運営費の1カ月ほどしかない企業も多い。最大200万円の給付金支給は早くても6月になるだろう。雇用調整助成金は支給に2カ月ほどかかる。
それなのに、宣言しても自粛要請は「2週間様子を見る」とか、百貨店などに「勝手に営業自粛をするな」とか。居酒屋は開けてもいいが夜7時から酒は売るなとか。
遅いといえば、規制緩和あるいは規制変更だ。例えば危機的に不足するであろう人工呼吸器。トヨタなど自動車業界が生産に参入できない。医療品医療機器法による徹底した安全に主眼を置いてきた厳格な規制があるからだ(4月11日付日本経済新聞)。例えば「アビガン」だ。例えば、オンライン診療だ。厚労省の医系技官たちの壁が立ち塞がる。薬害や誤診の恐れからだという。この規制はいったい誰を守っているのだろう。
そしてなんといっても、検査体制の見直しの遅れだ。安倍さんは4月6日、PCR検査の1日の実施数を現在の2倍の2万件に増やすと表明した。何を言ってるの。保健所丸投げの今の体制で、検査がいきなり2倍以上になると思ってるの。
遅い、とにかく遅い。まさか遅らせてるの。「もっと強制を」の空気を待ってるの。いやいや、さすがにまさか。でもその「空気」は広がり始めている。落ち着こう。求められているのは強制でも自粛でもなく、社会的合意なのだと思う。
5.海外と比べるつもりはないけれど
国ごとに、事情はそれぞれだ。財政や医療体制など、東京都と埼玉県を単純に比較できないように。しかし「世界的に見ても最大級」と比較しているのは安倍さんだ。ましてや「日本では補償はできない」と繰り返されると、これは原理に関わることだ。
はっきりしているのは、海外は新興国を含めて日本と比べてはるかにわかりやすくて、早いことだ。日本が例外だといってもいい。スイスの中小企業支援は、5600万円まで全額政府補償で銀行が無利子・無審査で融資する。簡単な書類をメールで送れば、原則数時間以内に振り込まれる。魔法ではない。
フランスでは休業企業は従業員に給与の84%を支払い、政府が同額を補償し、フリーランスには最大23万円給付される。イギリスも給与の8割が補償されし、家賃・公共料金支払いは猶予される。ドイツは給与の3分の2を補償し、小規模個人事業主には5人以下の事業所に108万円、10人までに180万円給付される。財政が厳しいイタリアでも雇用を確保すれば一人あたり7万円給付される。
そのうえで、外出禁止に違反すれば罰金を科すのだ。これは「強制」だろうか。
アメリカは、公的医療が貧しく経済格差が激しい。だから年収約1000万円超以外に大人1人最大約13万円、子ども1人に約5万5000円を直接給付する。振込か小切手郵送だ。
とくに中小企業支援は妙案だ。「給与保護プラン(PPP)」は総額3500億ドル(その後さらに2500億ドル増額の方向)で、従業員500人未満の企業が対象となり、これを給与支払いに充てれば返済不要、8週間分を上限に政府が事実上、給与を肩代わりする。しかも、早い。アメリカ財務省は手数料を払って民間銀行に現金支給を依頼している。4月3日に受付を初めて、6日時点で約4兆円分が利用された(4月10日付同上)。
また多くの国で共通しているのは、家賃だ。支払いを猶予し、退去要請は禁じられた。
6.サステナビリティ
こうした補償は魔法ではないから、財政赤字は膨張する。アメリカでは19会計年度の2倍以上、2兆ドルを超えると分析されている。ユーロ圏では約64兆円規模の経済対策で合意し、加盟国はGDP比2%の信用枠を申請し、その国の国債購入などを通じて支援する。東南アジアやインドは、失業給付などのセーフティーネットの枠外に置かれる「非公式経済就業者」への現金給付や食糧支援に注力している。
こうした社会では、持続可能性(sustainability)に対する合意が形成されているのだろう。社会を再生していくためには生計・雇用維持と事業継続のための資源を惜しまないと、極端に言えば、半年でコロナを克服するために10年かけてもいいという合意だ。そのためには失業手当より給与補償、倒産させずに事業支援なのだ。今後10年間の社会を支えるために(ぼくがしつこいくらい投機の規制を求めるのは、今かろうじて金融システムが社会的信用のサステナビリティを支えているからだ)。
ウイルスそのものが不条理なのではない。対する社会の合理性が揺らいでいるのだ。経済学において合理的であるということは、「自身の目的およびそのための方法を理解していて、かつ行動が一貫しているということ」を意味する。
週が明けて13日、安倍さんは自民党役員会で「我が国の支援は世界で最も手厚い」と胸を張った。翌日、管さんは30万円給付について世帯主以外の所得減も考慮すると言えば、麻生さんそれではスピードが間に合わないと言う。同じ日に二階さんは一律10万円給付を政府に求めた。首相、官房長官、財務大臣、与党幹事長、つまりこれが政権だ。
不条理が今、合理性を押しつぶそうとしている。あるいは不条理があぶり出されているのかもしれない。
日誌資料
-
04/03
- ・米失業保険申請664万件 解雇や一時帰休 2週間で1000万弱
- ・世界、感染100万人 死者は5万人超す 米大集計
-
04/04
- ・米雇用70万人減 減少は9年半ぶり 3月、失業率4.4%に悪化 <1>
-
04/07
- ・英首相、集中治療室に
- ・安倍首相 PCR検査を現在の2倍1日2万件に 空き病床数を5万床に
-
04/08
- ・緊急事態宣言を発令(7日) 新型コロナで東京など7都府県 <2>
- 首相「接触8割減を」 政府が緊急経済対策決定 資金繰り支援45兆円
- ・108兆円、雇用維持を重視 経済対策、過去最大規模
- スピード執行、成否のカギ 財政支出39.5兆円
- ・武漢封鎖を解除 2ヶ月半ぶり 高速鉄道や航空便再開
- ・米、中小支援を増額へ 最大2500億ドル 給与支払い肩代わり
- ・国際特許出願、中国が初の首位 昨年5万8990件、米を抜く
- ファーウェイが3年連続首位 上位50社の6割以上が中国、日本、韓国企業
- ・エクソン、シェール開発抑制 設備投資1兆円削減
-
04/09
- ・世界貿易最大32%減 今年のWTO予測 供給網の混乱続く <3>
- ・米大統領選 民主党バイデン氏指名確実 サンダース氏撤退
- ・東南ア、低所得者を支援 労働者の7割 社会不安を抑制
- ・米、黒人のコロナ感染深刻 シカゴの死者、白人の5倍 貧困で病院行けず
-
04/10
- ・中小支援、時間との闘い 日本1カ月以上も <4>
- スイス、官民で即日融資 米、4日で4兆円
- ・米失業保険申請660万件 前週並み高水準 一時解雇が急増
- ・FRB、2兆ドル供給発動 企業に6000億ドル。1年無利子
- ・原油、過去最大減産で合意 1000万バレル OPECやロシア 米にも協力要請
- ・ユーロ圏、経済対策64兆円 閣僚合意、救済基金を活用
-
04/11
- ・人工呼吸器参入に壁 日本、緊急事態でも規制変更なし
- 車業界「協力」止まり 米欧、有事対応で緩和
- ・死者、世界で10万人 新型コロナ 感染者数は169万人 米が3割
-
04/12
- ・安倍首相「出勤7割減、7都府県で」 接客飲食「利用、全国自粛を」
- ・大企業にも資金難懸念 世界の上場3400社 3割減収、半年で4社に1社枯渇
- ・抗体検査、局面打開狙う 米欧、抵抗力ある人特定 精度には限界も