週間国際経済2019(40) No.208 11/26~12/02

今週のポイント解説(40) 11/26~12/02

トランプさんの選挙と石油

1.アメリカが石油「純輸出国」に

米エネルギー情報局(EIA)によると、アメリカの9月の原油・石油関連製品で輸出量が輸入量を上回った。これはEIAの統計でさかのぼれる1973年以来初めてで、ブルームバーグ通信によると1949年以来70年ぶりのことだという。

シェールオイル増産で、すでにアメリカは2018年に45年ぶりに世界最大の産油国になっている。ただ同時に世界最大の石油消費国でもあったから、輸入が上回っていた。その後も輸出は増え続け、9月には前年同月比で18%増え、一方で輸入は12%減って「純輸出国」となったのだ。とくにペルシャ湾地域からの輸入が40%減と、中東依存が著しく低下している。

このことがアメリカの中東政策に大きく影響することは早くから懸念されていた。アメリカはイスラエル支援国であると同時にアラブ諸国の原油に依存している。だからこそイスラエルとアラブ産油国との関係改善、すなわち中東和平がアメリカにとって戦略的課題だったのだ。

中東原油依存の低下は、アメリカにとってこの戦略的課題の修正に繋がる可能性がある。しかしそれは合理性ではなく「身勝手」というものだ。まず、この地に介入し続けたアメリカの道義的責任が問われる。なにより今日の中東の混乱は、アメリカが国連も同盟国(日本とイギリスを除く)も支持しなかった対イラク戦争を強行した結果でもある。

またアメリカがそうでなくなったとしても、日本を初めとするアジアの中東原油依存は依然として高い。この地の混乱の激化は、アジア経済の深刻なリスクに直結する。

悲劇的なのは、このアメリカの石油輸出入の転換がトランプ政権のもとで起こったということだ。トランプ政権が唱える「自国第一主義」という「身勝手」は、じつのところトランプさんの「自分第一主義」であり、彼自身の身勝手であるということが、ますます明らかになっている。

2.なぜトランプさんは大統領になれたのか

トランプさんには政治家の経験がまったくない。軍に服務した経験もない(しかも徴兵逃れには疑惑がある)。いや、それだけではない。トランプさんが大統領になんかなれないと多くの人が確信していた理由は、彼の個人的資質だった。とくに女性差別や人種差別は、アメリカの大統領としてあってはならないことの大前提だったはすだ。

そんなトランプ候補が「まさか」の当選を果たした理由として、ふたつの大きな選挙区域での支持があったためだといわれる。そのひとつが「ラストベルト」だった。かつて製造業の拠点だった中西部から北東部、この地域の有権者からトランプ候補は「保護主義」と「パリ協定離脱」によって票を得た。

そしてもうひとつが「バイブルベルト」だった(⇒ポイント解説№155参照)。保守的なプロテスタント右派とされるキリスト教福音派を信仰する人は、アメリカ全人口の3割以上を占め、とくに白人福音派は全人口の4分の1になる。かれらは中西部から南東部に集中し、ここには白人至上主義者の拠点も多い。

さてトランプ候補は2度の離婚歴があり、女性スキャンダルも多く、カジノも経営していた。これでは福音派に支持されるはずがない。しかし対立候補は、ヒラリー・クリントンさんだったのだ。彼女は「ガラスの天井」を突き破ろうとするフェミニズムの旗手であり、中絶権利の強力な擁護者だ。福音派にとって中絶は、神に対する冒涜であり殺人だ。トランプさんは選挙中に中絶禁止派に宗旨替えして、この対立の一方に立った。白人至上主義も擁護する。

さてその福音派は、エルサレムはユダヤ人のものであると固く信じている。さらにトランプさんの娘婿は敬虔なユダヤ教徒であり、娘のイバンカさんもユダヤ教に改宗している。このバイブルベルトの支持はトランプ候補勝利の最大の理由のひとつであり、またトランプ大統領の再選にとって絶対条件となっている。

3.国際的合意を踏みにじるイスラエル支援

トランプさんのイスラエルへの肩入れは徹底している。まずはイスラエルと対立するイランとの「核合意」から離脱した。大統領就任初の外遊先としてそのイランと対立するサウジアラビアを訪問し、多額の武器売却契約をした。

そして2018年5月、イスラエル建国70周年に合わせて在イスラエル大使館をテルアビブからエルサレムに移転させた。言うまでもないことだが、エルサレムはユダヤ教、キリスト教、イスラム教のどの宗教にとっても聖地だ。だから国連監視下に置かれている。

2019年3月、トランプさんはゴラン高原についてイスラエルの主権を認めると表明した。1967年の第3次中東戦争でシリア領だったゴラン高原をイスラエルが占領し、1981年に一方的に併合したのだが、アメリカを含む国際社会はイスラエルの主権を今まで認めてこなかった。

さらに11月18日、アメリカ政府はイスラエルによるヨルダン川西岸での入植活動を容認した。イスラエルはやはり第3次中東戦争でエルサレム北側のこの地を占領し、自国民を移住させてきた(現在40万人以上に達する)。これはジュネーブ条約(赤十字条約)でも禁じられている行為であり、アメリカ政府もカーター政権がこれを違法行為とみなし(1978年)、以降これを追認してきた。

ここで誤解してはならないのは、すべての福音派が信仰と政治を一致させているわけではない。イスラエルには和平を望む人々も少なくない。トランプさんは最も保守的な福音派に、ネタニヤフ政権のような最も強硬な勢力に肩入れしているのだ。それが選挙にとって最も効果的な方法だと思っているのだ。

4.当然、中東の緊張は高まる

6月、ホルムズ海峡でタンカーが攻撃され、イランが米軍無人機を撃墜した。トランプ政権はイラン攻撃「10分前」に中止命令を出し、イラン最高指導者ハメネイ師を制裁対象にした。7月には英領ジブラルタル当局がイランのタンカーを拿捕し、アメリカ政府はイラン沖船舶護衛の「有志連合」を呼びかけた。これに対してイランは、ホルムズ海峡で英タンカーを拿捕した。

9月、イエメンのものとされる無人機がサウジアラビアの石油施設を攻撃し、米軍はサウジアラビアに増派した。10月にはトルコ軍がクルド勢力を標的にシリアを空爆し、イランのタンカーがサウジ沖で爆発をした。

もう何が起きても不思議ではない。ホルムズ海峡は、最も狭いところで約33㎞しかない。日本の原油中東依存度は90%近く、原油を積んで日本に来るタンカーの8割がここを通ってくる。日本とアメリカではホルムズ海峡の幅が違うのだ(⇒ポイント解説№187参照)。

トランプさんは、さんざん中東の緊張を高めておいて、自国の船は自国で守れという。安倍政権は、自衛隊の中東派遣を年内に閣議決定するつもりだ。

5.「力による現状変更」

トランプ政権は、ロシアによるクリミア併合や中国による南シナ海進出を認めない。その論理的根拠は、「力による現状変更は認められない」という原則だ。

この「現状」とは、領土と主権に関する現状、その国際的合意を含む概念だが、それは現状が好ましいという前提に立っている。しかしその現状も、過去の力による現状変更の結果であることが多い。だから当然、先進国と新興国との間には軋轢がある。だから少なくとも、新興国の現状に対する不満を押さえ込み、国際秩序を保つためにも先進国は「力による現状変更は認められない」という態度を貫く必要があるとされている。

ところがトランプ政権は、一方でロシアの軍事力によるクリミア併合を認められないとしながら、イスラエルのゴラン高原占領にその主権を認めようという。また一方で、中国による南シナ海の人工島造成を認められないとしながら、イスラエルのヨルダン川西岸入植活動を認めようという。

アメリカ政府は自らのこうしたダブル・スタンダードが、どれだけ国際秩序のなかに地政学的リスクを増殖させるものなのか、理解できないはずがない。にもかかわらず、石油純輸出国になったからとか、ましてや次の選挙の基盤を固めるためだとか、そうした身勝手こそ、まさに認められない。

「覇権」(ヘゲモニー)とは「合意による支配」であるというアントニオ・グラムシの定義を借りるならば、アメリカはその覇権を誰かと争っているのではない。自らそれを放棄しようとしているのだ。

日誌資料

  1. 11/26

    ・香港民主派 議席8割超 区議選 行政長官「結果を尊重」
    圧倒的民意、中国に圧力 対立の火種に
    ・米大統領選にブルームバーグ氏 民主党路線対立一段と 「中道の選択肢に」
    ・日韓輸出管理なお平行線 対話再開も互いの主張譲らず
    ・「消費税30年までに15%」 IMF専務理事 日銀物価目標2%から幅を
    ・NY株、5日ぶり最高値 2万8066ドル 貿易協議、中国譲歩を好感
    ・政策金利「現状が適切」 FRB議長、トランプ氏に反論
    ・アリババ香港上場 初値、公開価格6%上回る 資金調達、脱・米依存を模索
  2. 11/27

    ・75歳以上、医療費2割負担検討 政府22年度めど 世代間格差を是正 <1>
    低所得者は軽減 現役世代が4割負担
    ・韓国、ASEANに活路「貿易額25%増」首脳一致 日米との関係冷え込み<2>
  3. 11/28

    ・ファーウェイ排除 新規制で一段と 米商務省が製品調達禁止案
    ・中国のウイグル弾圧内部文書 国際社会、批判強める
    米国務長官「人権踏みにじる証拠」
    ・韓国 元徴用工訴訟、寄付金で支払い案 原告反発「責任の所在曖昧」
    ・パナソニック、半導体撤退 再建断念 台湾企業に売却
  4. 11/29

    ・米、香港人権法が成立 大統領署名(27日) 米中対立、新たな火種 <3>
    政権内で強硬派勢い 中国は報復言及 貿易交渉に波及も
    ・増税後消費、厳しい出足 小売り販売額10月7.1%減 台風も影響
    百貨店、家電専門店大幅減 コンビニはポイント還元で微増
    ・鉱工業生産4.2%低下 10月 車や機械、台風で減産
    ・北朝鮮「超大型ロケット」正恩氏が実験視察 防衛相「新型ミサイル」脅威向上
  5. 11/30

    ・トランプ氏、アフガン和平で訪問 大統領選へ成果狙う
    ・インド経済、農村発の減速 人口の過半、異常気象で収入源 <4>
    成長率4.5%の低水準(7~9月) RCEP交渉の行方左右
    ・米が石油「純輸出」9月 70年ぶり 原油価格に下げ圧力 <5>
    米、中東への関心低下 アジア勢の調達リスクに
  6. 12/01

    ・日印、安保協力を深化 初の外務・防衛閣僚会議 戦闘機共同訓練も
    ・南米、通貨安が加速 チリ為替介入 ブラジルも過去最安値
  7. 12/02

    ・自衛隊の中東派遣 年内閣議決定で調整
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コメント

  1. 朝野恵輔 より:

    アメリカの石油の輸出量が輸入量を上回ったことで、ますますアメリカの景気がよくなるだろう。しかし、アメリカの大統領選挙の結果如何で話は変わってくるかもしれない。そして石油が増えたことで今後の外交にも影響が出そうだ。
    これで「サウジアラビアやOPECよりもアメリカの方が強い」ということになれば、日本の石油依存は中東からアメリカへ移動するのだろうか。
    アメリカの石油の話をする上で「なぜトランプさんが大統領になれたのか」ということから学ばなければいけないのは、それほどトランプさんが政治家として異質で異端な存在だということを表しているのか、それとも今までのアメリカ大統領たちも、それぞれの出自に絡んだ政策を行ってきたのか、私にはまだわからない。トランプ氏はバイブルベルトの人々を取り込んだが、例えばオバマ氏が選挙に出たときは黒人差別の残る地域(あるとすれば)からの支持は得られなかったのだろうか。
    アメリカはイランへの制裁を始めているが、イランは親日派で、イランのロウハニ大統領が今月20日に訪日することが決まっている。アメリカと日本の関係にも、目が離せない。

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