週間国際経済2019(36) No.204 10/29~11/04

今週のポイント解説(36) 10/29~11/04

アメリカ大統領選挙と貿易戦争

1.第二ペンス演説は「硬軟両様」? 「政経分離」?

第二ペンス演説は次期大統領選まで残り1年をというタイミングで行われた。1年前の第一ペンス演説は中間選挙直前だった。この共通項は偶然ではないだろう。それだけトランプ政権支持率動向においては対中政策の比重が高いということだ。

ぼくは先週、ふたつのペンス演説を比較して、そこに楽観的な変化を感じていた。つまり第二ペンス演説は、中国に対して人権や安全保障上の批判を更新しながらも、通商関係では合意や協力を示唆している。こうした「硬軟両様」というか「政経分離」作戦は、各種アメリカ世論調査にも沿ったものでもあるからだ。

先日のフィナンシャル・タイムズなどの世論調査を見ても(11月4日付日本経済新聞)、米国経済にとって最大の脅威は?という質問に対する最も多い回答は「貿易戦争」(27%)だった。第二位は「医療費の上昇」(26%)で、第三位が「世界経済の減速」。あのアメリカで、国内経済問題よりも国際経済問題に関心が高いというのは意外なことだ。

だから対中貿易問題では小さな合意を積み重ながら沈静化させ、これを対中譲歩と受け止められないように安全保障上の懸案では強硬姿勢を強める。ぼくはこの線で様子を見ていたのだが、どうもそんな単純なものでもなさそうだ。

2.東アジアサミット

11月4日からバンコクでASEAN10カ国とアメリカ、ロシア、日本、中国、韓国など計18カ国による首脳会議が開催された。その直前の第二「ペンス演説」では南シナ海、尖閣、台湾と中国の威圧的行動を厳しく批判していたから、そうしたアメリカの外交姿勢を毅然と示すには絶好の舞台だ。

ところが、トランプ政権がここに派遣したのはオブライエンさんという大統領補佐官だった。この会議にはトランプさん自身は参加したことがない。前回もペンスさんだった。ついにポンペオ国務長官でもなく閣僚でもないスタッフを送り込んだのだ。同会議で外相より格下の出席者は、今回のアメリカが初めてだという。

ASEAN諸国はこれを「侮辱」だと感じた。現地ではこれを「オブライエン・ショック」と呼ぶ。だからアメリカとASEANの首脳会議では、ASEAN側のトップの出席者は10カ国中3カ国にとどまった。こうしたトランプ政権のアジア軽視の姿勢は、アジアにおける「米抜きの秩序の足音が急速に高まっている」ことを示すものだと指摘されている(11月6日付同上)。

わずか10日ほど前の、あの勇ましいペンス演説はいったい何だったのだろう。南シナ海領有権問題で中国と激しく対立するベトナムや、アメリカとともに「インド太平洋構想」を訴えた日本も、孤立してしまった。

ここでも見えてくるのは、ペンス演説が国際社会に向けられたものではなく、どこまでも大統領選挙1年前の国内世論向けのものだということの再認識だ。たしかにアメリカの有権者たちは南シナ海にも尖閣にもほとんど関心がない。東アジアサミットに政権トップが参加してこの問題を熱く語っても、票にはならない。

ということは大統領選挙までの1年間、トランプ政権がこれらの問題について強くコミットすることは考えにくい。ペンス演説「硬軟両様」の「硬」、「政経分離」の「政」はタテマエに過ぎないのだと思う。さて、それでは「軟」、「経」のほうはどうだろう。

3.アメリカ世論の分断

アメリカ大統領選挙まで1年、日本でも各紙は特集を組むのだが、そこに共通するキーワードが「分断」だった。まず共和党支持者と民主党支持者が互いに相手を好ましくないとする割合が過去にないほど高い。その相互反感の度合いは過去の2倍近い。そしてトランプさんの排外主義は人種間の反目も刺激した。

銃規制についても、中絶合法・違法についても、地球環境問題についても、民主党と共和党に分かれる。世代間の断層も特徴的だ。次の大統領選挙では最大の人口層だったベビーブーマー世代をプレミアム世代が初めて逆転する。トランプさんへの反発が女性の政治参加を促している。

そしてこうした分断が、リベラルな都市部、保守的な地方という溝となっている。背景にあるのは、経済格差だ。トランプ政権の経済政策に対する評価が真っ二つに分かれるのも、恩恵を受けた人々と阻害された人々の分断を示している。

こうした世論動向は、今後1年間で変化していくだろうし、またそれが選挙結果に直結するものでもない。しかし、こうした世論の分断は一時的なものではない。

じつはこれが、トランプ有利の材料なのだ。トランプ支持率は平均40%、これは戦後最低だ。ただその支持率の変動幅は11ポイントと戦後最少だ(米ギャラップ調査、11月3日付同上)。つまり、40%近くは「岩盤」なのだ。

一方、民主党の大統領候補レースは混戦模様だから、トランプ陣営は岩盤さえ固めれば反対層を取り込む必要がない。むしろ分断が対立に、憎悪になればなるほど有利なのだ。

4.貿易戦争は票になるのか

トランプさんは、関税引き上げで貿易赤字を減らすと公約してラストベルト(錆びついた工業地帯)の票田を民主党から奪ったことが、大統領当選の大きな勝因のひとつだった。しかし、いくら関税を引き上げても貿易赤字は減らない。むしろ全体景気の足を引っ張っていることが明らかになっている。さらに中国の農産物報復関税によって共和党支持基盤である農業地帯の不満が大きくなっている。

トランプさん再選の「売り」は景気だ。大型減税によって消費を刺激した(だから輸入も増えるのだが)。なんとかあと1年、景気も株価も維持したい。貿易戦争の過熱化は、そのどちらにもマイナスの影響しか与えない。逆に関税撤廃は、そのどちらにもプラスになる。

わかってはいるけど、それではラストベルトでは「期待外れの男」となって票が離れかねない。そこで貿易赤字が減らない理由は「金利」だと、トランプさんはFRBに責任をかぶせることにした。そのかいあってかFRBは3回連続で金利を下げた。でもマーケットは正直だ。金利を下げても株価は下がり、一方で対中関税引き上げ延期や一部撤廃のニュースが飛び込むと株価は上がる。

それでもトランプさんはFRB攻撃を止めない。止めないけど少しニュアンスが変わってきた。10月31日、前日のFRB利下げと今後の利下げ休止の示唆を受けてトランプ砲は「中国ではなくFRBが問題だ」とツイートした。「中国ではなく」が入ったのだ。

トランプさんは中国と貿易交渉の「部分合意」を首脳会談で署名したいと計画している。中国がアメリカ産農産物の輸入量を増やすからアメリカは関税引き上げを延期するという合意だ。中国の産業補助金問題は先送りされる。「スモール・ディール(小さな取引)」だが、農業地帯の支持を固め直せると思っている。

5.やはり問題は政権内部のねじれなのか

民主党大統領候補たちの公約のなかで、貿易問題の比重は小さい。対中貿易戦争にもほとんど触れていない。だから貿易は、大統領選挙の争点になっていない。トランプさんにしてみれば、景気を冷やさないように中国と「スモール・ディール」を積み重ねても失点にはならず、得点を稼げる。

ところが、選挙なんかより中国を潰すことに執念を燃やす連中が政権内に存在している。ぼくは次の一連の事態に注目した。11月5日、フィナンシャル・タイムズがトランプ政権が発動済みの対中関税の一部の撤回を検討していると報じた。7日、中国商務省はその内容でアメリカと方針が一致したと発表した。その直後、ナバロ米大統領補佐官(ガチンコ対中強硬派)が、この中国の発表に対して「合意はない」と述べた。

この間、NY株価は過去最高値を連日更新している。8日、トランプさんは対中関税撤廃に「合意していない」と述べたが、合意する可能性は排除しなかった。そして米中首脳会談は「アイオワ州など農業が盛んな場所だろう」とこだわりを見せた。

株価は上がる、農業地帯の支持を固めることができる。トランプさんは「合意」したいに違いない。また「合意」が確約されなければ、習近平さんはアメリカに行かない。対中強硬派は、この流れをなんとかして巻き返したいと思っている。不思議なことに、この問題について担当部署のUSTR(米通商代表部)はコメントを出していないのだ。

さて、トランプさんはこの強硬派たちを抑えることができるだろうか。北朝鮮問題などとは違って、対中強硬派は与党共和党内でも大きな勢力だ。またこれを無視できないのは、トランプさんが弾劾のプレッシャーを受けているからだ。

トランプさんはウクライナ政府に対して、軍事援助や首脳会談開催と引き換えに民主党大統領候補のネガティブ情報を得ようとしたという疑惑で追及されている。下院は弾劾調査の手続きを決議した(10月31日)。トランプ側近の証言も次々と明らかになっている。 ただ、弾劾は成立しないと見られている。民主党多数の下院を通過できても、共和党過半数の上院で3分の2以上の支持を得ることはないからだ。つまりトランプさんにとって共和党内の絶対的支持は生命線だ。民主党よりも共和党からの圧力を受けていると言えるかもしれない。

やらなくてもいいことをやって、やめればいいことをやめなければ、起こってはならないことが起きる。世界経済の先行きは、トランプさんという特異なキャラクターの駆け引きに、まだ委ねられている。

日誌資料

  1. 10/29

    ・英の離脱期限1月末に EU、最長3カ月延長合意
    ・中東産油国の経済急減速(IMF2019年予測)サウジ0.2%成長に下方修正
    米中貿易戦争で需要減 米シェールで供給増
    ・米、ファーウェイ排除拡大 地方通信会社に要求へ 既存製品も撤去・交換
  2. 10/30

    ・英、12月12日総選挙 下院可決、離脱が争点 野党労働党が一転賛成 <1>
    与党勝利:1月末離脱へ 野党勝利:再国民投票も 経済界「合意なし」なお警戒
  3. 10/31

    ・米、3回連続利下げ 0.25% 景気悪化を「予防」 先行きは休止示唆 <2>
    確信なき利下げ休止 パウエル議長「不確実性残る」
    トランプ氏圧力強める「中国でなくFRBが問題」、「日独より金利を下げるべき」
    ・チリ、APEC(アジア太平洋経済協力会議)11月開催断念 デモ拡大で
    米、APEC見送りでも対中合意「11月中旬に」
    ・日銀、追加緩和見送り 将来の利下げ可能性明示
  4. 11/01

    ・ユーロ圏、GDP0.8%増(7~9月、年率で横ばい)貿易低迷、独経済に打撃
    ・香港GDP2.9%減(7-9月) 10年ぶりマイナス成長
    ・中国、香港管理へ新法 4中全会閉幕 「香港人統治」触れず
    ・中国、5G商用開始 国有3社 50都市に13万基地局 国内経済テコ入れ
  5. 11/02

    ・習氏、春の来日時に「第5の文書」 両政府検討 日中協力で世界貢献 <3>
    経済や地球環境などで協力 対米バランス課題
    ・トランプ氏弾劾調査決議 米下院可決 疑惑証言、来週にも公開
    ウクライナに軍事支援の見返りとしてバイデン副大統領調査の圧力疑惑
    ・米雇用、12.8万人増 10月、GMストでも堅調 利下げ停止論を後押し
    ・米国務副次官補(日韓担当) 日韓対立、中ロ朝を利す GSOMIA、安定に不可欠
  6. 11/03

    ・米大統領選まで1年 世代逆転、若者が主役 民主党支持、共和党の2倍<4>
    トランプ政権支持は低位安定 対立政党に強い反感 選挙の争点すれ違い
    再燃する人種闘争 「少数派に」恐れる白人
  7. 11/04

    ・民主ウォーレン氏、皆保険構想「米企業・富裕層6兆ドル増税」 米大統領選
    世論、経済格差に募る不満 トランプ氏は減税検討
    ・トランプ政権、割れる評価 生活「改善」35%、「悪化」31% <5>
    フィナンシャル・タイムズと米財団共同世論調査
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コメント

  1. 朝野恵輔 より:

     トランプ氏は大統領選に再選した後も、ペンス現副大統領を指名すると予想されています。ペンスさんは保守派や敬虔なキリスト教徒からの指示が絶大であり、彼らからの票を取れるからです。それを踏まえた上での第二回ペンス演説だったと考えます。
     ブログにもあるように、選挙についてトランプさんが気にしているのが政党内でのねじれだとすれば、東アジアサミットを軽視してしまうのも無理はないかと思います。
     もし、中国との関税問題をなくすことで、ラストベルトの人々の支持よりも他の票が多く取れると判断した場合、一気にこの貿易戦争は終わりに近づくのでしょうか。遅すぎるかもしれませんがこれからはトランプ氏の言動に注目したいと思います。

  2. 石津大輝 より:

    トランプ大統領は大統領選に再選するために、関税引き上げにより貿易赤字を回復することを公約している。アメリカ国内経済を盛り上げることは、アメリ大統領選に初当選した当時からの売りだ。中国に貿易戦争を仕掛け特に中国には高い関税をかけている。トランプ大統領は、アメリカ以外は軽視している。特に東アジアは酷い。A.S.E.A.N.東アジア経済サミットには1度も出席したことはない。トランプ大統領の今後東アジアに対する対応にとても関心がわく。

  3. 菊田海斗 より:

    トランプ氏は、票が欲しい。票のための政策を行う。 
    票を欲しがっている者は、票に影響されにくい政策やサミットに参加せず、軽視するはずだ。アメリカ国内で分断、「ねじれ」があるのだから。
    トランプ大統領は、アメリカファーストを言い続けているので、自国の有益が最優先なのだろう。
    米中貿易戦争に関しては、2020年1/15づけのニュースでは、米中両国が「第1段階」の合意に署名したとされる。中国側は2年間米国の農産品を含めたモノ、サービスの追加輸入する。だが、両国とも関税措置は残り、これからの「第2段階」の合意が必要だろう。トランプ大統領は、「米国の労働者や農家に対し将来的な経済的な正義と安全をもたらす」と述べているため、農業地帯の支持率も将来的には戻りそうだ。

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