週間国際経済2018(14) No.141 05/04~05/13

今週のポイント解説(14) 05/04~05/13

トランプ・ディールとアメリカの孤立

1.それはオバマ・レガシーつぶしから始まった

トランプ大統領候補の選挙戦術は、とても単純だった。既存のものに対する不満を刺激すること、その一点張りだった。しかし、その「既存のもの」なるものの本質を問う哲学らしきものはいっさい持ち合わせてはいなかった。オバマさんは黒人でヒラリーさんは女性だから白人男性至上主義的感情を煽った。ただ、その程度では泡沫候補に終わったことだろう。

オバマ政権は、イラク戦争の泥沼化とリーマンショックの嵐の中から生まれた。ブッシュ前政権の単独行動主義(ユニラテラリズム)への反省を背景にして。したがってオバマ政権の外交戦略は、粘り強い多国間交渉による合意を積み上げる国際協調主義に基づいていた。

そのレガシー(政治的遺産)が、TPPであり、パリ協定であり、イラク核合意だったわけだ。トランプさんの公約は、とても単純だった。これらすべてから離脱するというものだった。しかも、その戦術も単純だ。「離脱」を宣言するだけで、そのあとどうするのかは考えていない。

しかし、オバマ外交が具体的な成果を得たのは、通商、環境、核といった問題を国際協調主義に基づいて解決しようという世界的な共感があってこそのものだった。だから、これらすべてからの一方的離脱は、アメリカを国際協調から、その共感から孤立させることを意味する。

2.TPP離脱

輸出倍増を掲げるオバマ政権は、TPP(環太平洋経済連携協定)に目を付けた。2006年に発行したTPPは、当時シンガポール、ニュージーランド、ブルネイ、チリの4ヵ国による小さなEPA(経済連携協定)に過ぎなかった。

そこにアメリカが参加するということで、オーストラリアやマレーシア、ペルー、ベトナムが加わり、日本が交渉参加を表明するとカナダ、メキシコも加わった。2016年2月に12ヵ国が協定に調印し、オバマさんはこれが「世界の新しい通商ルール」になると自賛していた。

トランプさんは大統領就任直後の1月、公約通りTPP離脱を宣言した。トランプさんは、アメリカが脱けたらTPPはジ・エンドだと思っていた。ところが、アメリカ抜きの「TPP11」交渉が始まり、なんと2018年にはチリで新しい協定に残る11ヵ国が署名してしまった。

これはトランプさんも予想外のことだっただろう。それどころか、トランプさんの保護主義を警戒して(あるいは反発して)、むしろ多くの国々がこの「TPP11」への関心を表明するようになった。アジアではタイ、インドネシア、フィリピンそして韓国などが前向きになっている。中南米ではTPP11メンバーのチリ、ペルーへの対抗からコロンビアが、そしてEUから離脱したイギリスまでも。

こうなると、まず苦境に立たされるのがトランプ支持層であるアメリカ農畜産業だ。コメも小麦も豚肉も牛肉も、アメリカ産だけ関税が高いままになってしまう。逆「犬笛」効果ともなりかねない。

トランプ保護主義公約といえばNAFTA(北米自由貿易協定)見直しがもうひとつの柱だが、まったく交渉が進展していない。そのあいだにメキシコは、EUとのFTAを農業・投資に拡大する再交渉に大筋合意してしまった。EUは、南米南部共同市場(メルコスル)とのFTA交渉締結も加速させている。

3.パリ協定離脱

2015年12月、COP21「気候変動枠組み条約締結国会議」がパリで開かれ、温暖化ガス排出削減枠組みについて成立した。この国連の取り組みに合意したのは190ヵ国以上だ、というか合意しなかったのはシリアとニカラグアだけだった(後に両国とも合意)。

アメリカがここから離脱するということは、世界でアメリカだけが唯一はずれているということになる。しかも通告後3年間は離脱できないから、トランプさんが次の大統領選挙で勝たなければ意味がない。

また、世界最大の温暖化ガス排出国であるアメリカが離脱を宣言しても、その他のすべての参加国は合意を維持すると言っている。そんなに世界は地球温暖化に対する危機意識が強いのか、それもあるとは思う。

もうひとつの強い意識は、このパリ協定はビッグ・ビジネス市場を提供しているということだ。温暖化ガス排出規制、すなわちエネルギーの低炭素化転換は驚くほどのスピードで進んでいる。しかもこの市場では、各国の温暖化ガス排出削減目標が定められているのだ。

こうして環境技術は、今や情報と並ぶハイテク産業として成長しようとしている。その先頭を走るのが、中国だ。市場としても莫大な需要(広範囲の環境問題)を持ち、投資資金も潤沢だ。

そのなかでアメリカだけが低炭素化に背を向けるということは、この分野で遅れを取るということを意味する。トランプさんは支持率欲しさに、オバマ時代の環境規制を次々と撤廃している。

こうしてトランプ・ディールによって、アメリカは通商戦略でも孤立し、環境問題や産業技術分野でも世界のリーダーの地位から転落しようとしている。それでもトランプさんに反省している余裕はない。中間選挙は目の前だ。

4.イラン核合意離脱

5月8日、トランプさんはイラン核合意からの離脱を表明し、対イラン経済制裁を再開する大統領令に署名した。イラン核合意はおよそ12年間費やしてようやく2015年に米英仏中ロ(すなわち国連安全保障理事国)とドイツの6ヵ国がイランとのあいだで取りまとめたものだ。

そもそもイランは核保有を否定しているし、もちろん核実験をしたこともない。ただ、イスラエルが主張しているだけのことだ。そこでイランの濃縮ウランの貯蔵量や遠心分離器の削減と引き換えに経済制裁を解除することになった。そしてイランは、この合意を順守している。

ただちに英仏独首脳は連名で「遺憾」との共同声明を発表した。それはそうだろう。こうなる前にマクロン仏大統領もメルケル独首相も相次いで訪米してトランプさんの説得に尽力したのだから。

これでアメリカと欧州の溝は決定的に深まったと思う。その理由の第一は、イラン経済制裁解除は欧州にとって大きなビジネス・チャンスとなっていたからだ。輸出は2倍に輸入も10倍以上に膨らんでいる。欧州エアバスはイラン航空から約100機の注文を受けている。仏石油大手のトタルはイランの天然ガスプロジェクトに5000億円以上の投資を決めていた。

それなのにトランプさんは、イラン制裁に違反すれば制裁金を課し、アメリカとの貿易を禁止したり、ドル資金の調達も制限すると言い出すのだからたまったものではない。

イラン側も黙ってはいない。ウラン濃縮を再開する用意を表明する。穏健派のロウハニ政権も保守強硬派を抑えきれないだろう。イランが核開発を進めればサウジアラビアが対抗することを明らかにしている。こうした核の連鎖は、欧州の安全保障を脅かす。

こうしたなかで、イランに影響力をもつロシアと欧州が接近するようになり、中国の影響力も広がると見られている。

そこに、エルサレムへの大使館移転だ。もう中東だけでは収まらない。トルコもインドネシアも、イスラム大国の反米感情は高まる一方だ。

繰り返して指摘しよう。トランプ・ディールはアメリカを孤立させ、ひたすら不利益を拡大しているだけのことだ。

5.米朝ディール

さて、ディールといえば金正恩さんを忘れてはいけない。この両人が、来月会うとか会うのをやめるとか。何が条件で、どんな見返りがあるのか。おおまかな見当はつくのだが、とても解説する能力はぼくにはない。

ただ、言えることはある。トランプさんは前のめりだが、議会は疑っている。なんといってもポンペオ米国務長官は全く信用されていない。だからトランプさんもこのディールのリスクに気がついている。しかし、あらゆる選択肢は、もうテーブルの上に乗っていない。トランプさんが会談をやめたり、会談中に席を立ってしまったり、そんなことをすれば失態だ。アメリカは孤立を深めることになるだろう。

ところが北朝鮮は、今回の会談がうまくいかなくても、孤立はしない。韓国の融和姿勢は変わらない。中国の友好演出も変わらない。そしてどちらも「段階的非核化」でもう一致してしまっている。

さて、日本だ。とてもじゃないが、トランプさんの保護主義にもイスラエルべったりにも付き合いきれない。でも、そんなトランプさんに「付き合いきる」という外交戦略を立て直す余裕が安倍さんにあるとも思えない。だから中国は、日本に対して急に柔らかくなる。日本もこれに応えている。「一帯一路」にも協力するし、金融協力も前進させる。5月9日の安倍さんと李克強さんとの会談でも、「尖閣問題」に触れることもない。

トランプ・ディールはアメリカを孤立させる。ヨーロッパとも、中南米でも、中東でも、そしてアジアでも。それがいいことなのかどうなのかは、11月にアメリカの有権者が答えを出す。アメリカが孤立するのか、トランプさんがアメリカから孤立するのかを。

日誌資料

  1. 05/04

    ・米、来月利上げ示唆 FRB、物価判断引き上げ「さらなる利上げが正当化される」
    ・ユーロ圏成長見通し 18年2.3%据え置き 欧州委、保護主義を警戒
  2. 05/05

    ・米中交渉(3、4日北京)激しい応酬 米、貿易赤字22兆円減要求 <1>
    協議継続、摩擦長期化も
    ・日中首脳、初の電話協議 安倍首相「対北朝鮮、連携示す」
  3. 05/06

    ・米朝会談へ調整大詰め 米韓首脳、22日に協議
  4. 05/07

    ・米中摩擦、長期戦に備え 米国、M&A審査強化 中国、大豆増産で報復
    ・米金利上昇、新興国利上げ 通貨防衛でアルゼンチン年40%に
  5. 05/08

    ・中国、対米黒字4%増(4月) 米景気好調で高止まり
    ・日本消費支出3月実質0.7%減 住居・教養娯楽が低迷
  6. 05/09

    ・中朝首脳が再会談(8日大連) 正恩氏、空路で訪中 「非核化」で米けん制か
    米中電話協議 習氏「段階的に行動」、トランプ氏「中国の立場を重視する」
    ・米、イラン核合意離脱 トランプ氏「最大の経済制裁」 <2>
    英仏独、連名で「遺憾」 イラン大統領、米を批判 合意維持へ欧州と交渉
    サウジ・イスラエルは歓迎 ロシアは「深く失望」
    ・日中韓首脳2年半ぶり会談(9日東京)北朝鮮非核化で連携 FTA交渉加速
  7. 05/10

    ・日中、急速に「雪解け」トランプ氏への危機感後押し 尖閣深入りせず
    自由貿易で連携強調 元建て債券の投資緩和 通貨交換協定再開に向けた協議入りでも合意
    ・北朝鮮、米国人3人解放
    ・経常黒字17年度21.7兆円リーマン前水準に迫る 第一次所得収支19.9兆円<3>
  8. 05/11

    ・米朝首脳会談6月12日シンガポールで トランプ氏が10日発表
    「成功収める」 非核化「最も誇れる成果になる」
  9. 05/12

    ・「早期非核化なら支援」 ポンペオ米国務長官、対北朝鮮で「検証計画必要」
    ・英首相、米離脱後もイラン核合意堅持 トランプ氏に伝達
    ・中国新車販売4月11%増231万台 韓国現代自は倍増
  10. 05/13

    ・NAFTA再交渉迫る期限(5月17日) 自動車生産に足かせ必至 <4>
    「原産地」強化コスト増 新規投資決めにくく 部品供給網に悪影響
    ・イラン外相、中ロ欧を訪問 米制裁打撃軽減求める

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