今週のポイント解説(12) 4/18~4/24
TPP11作戦
1.TPP発効条件
TPP(環太平洋経済連携協定)はアベノミクス成長戦略の「目玉」だとされてきた。それが日本の経済成長に寄与しうるのか、議論の余地がおおいにあるのだが、もうTPPについて論じる機会はないものと思っていた。もちろん、トランプ大統領が「離脱」を表明したからだ。
長い交渉を経てTPP協定は2016年2月4日に加盟国12か国代表によって調印された。あとは加盟国それぞれの議会で承認手続きを経て発効されることになるのだが、それには条件がある。調印から2年以内に(2018年2月までに)12か国すべての議会承認が得られない場合には、①少なくとも6か国で批准されていること、そして②その6か国GDP合計(2013年度基準)が全加盟国の85%を超えていれば発効するというものだ。
TPP加盟国GDP(2013年)の60%強はアメリカが占めている。日本の比率は18%弱だ。だからアメリカはもちろん、日本が抜けても協定は発効しない。
トランプ大統領は公約通りTPP離脱を表明した。大統領が協定を議会に提出しなければ承認手続きは始まらない。この状態が来年2月まで続けばTPP協定は発効することができなくなる。
残り11か国にとって交渉の大半は対米交渉だった。だから昨年11月に安倍首相が言ったように「アメリカ抜きのTPPはありえない」、そう考えるのが自然だろう。だからもう、TPPについて語ることはないだろうと思っていたのだ。
ところが突然、安倍政権がアメリカ抜きのTPP発効を語りだした。それも協定の内容はそのままで(4月21日付日本経済新聞)、発効条件だけを改定すると言うのだから驚いた。
この驚くべき「TPP11作戦」の背景と意図は何なのか、その展望はどうなのか、慌てて語らなくてはならなくなったのだ。
2.作戦開始
TPP11作戦は5月下旬にベトナムで予定されているTPP関係閣僚会議で始められるようだ。戦況は有利だとは思えない。議長国のベトナム政府はトランプ大統領就任を受けていち早くTPP批准手続きをやめている。
無理もない。ベトナムはTPP交渉で幅広い分野での外資規制緩和で譲歩し、見返りとしてアメリカへの繊維製品輸出の関税引き下げを得た。だからアメリカ抜きのTPPにはなんら未練がない。これはマレーシアも事情は同様だ、担当大臣が「参加の意義は薄れた」と国会で語っている。
そこでベトナムはアメリカとの2国間FTAを模索している。なのにアメリカ抜きのTPP11になるというのなら、譲歩した外資規制の撤回を求めなければ国内を説得できないだろう。しかし日本側はTPP協定の内容は変えないとしている。ベトナムとマレーシアが作戦に参加しなければASEAN加盟国ではシンガポールとブルネイが残るだけだ。シンガポールは工業品関税はもとよりゼロだし農産物輸出もない。ブルネイの輸出品の大半は地下資源だ。
ASEANではTPPを巡って参加不参加の足並みの不揃いができてしまっていた。設立から50周年の節目を迎えるにあたって、このさいASEAN10として揃ってRCEP(東アジア地域包括的経済連携)に参加しましょうかという機運が高まっている。
カナダとメキシコは、トランプ大統領のNAFTA(北米自由貿易協定)見直し公約への対応でたいへんだ。NAFTA交渉に最優先で取り組みながら横目でTPP11作戦が有利か不利か、微妙かつ流動的だろう。南米のチリとペルーにいたっては、アメリカが入らないのならと中国の引き込みも視野に入れいているという。
どうも作戦が成功するようには思えない。では玉砕覚悟なのか。いやいや、どうやらこの作戦の目的はTPP11実現そのものではないような気がしてきた。
3.作戦変更また変更
先にふれたように、安倍首相は「アメリカ抜きのTPPはありえない」と言明していた。しかしアメリカは離脱すると言っている、アベノミクス成長戦略の目玉なのではないのか、こう野党から突き上げられる。ずいぶん困ってことだろう。
そこで昨年11月15日の参院TPP特別委員会で自民党議員の質問にこう答弁していた、「TPPがなかなか進まないということになれば軸足はRCEPに移っていくのは間違いない」と。
RCEPはアールセップと読むが、東アジア地域包括的経済連携の頭文字だ。日本、中国、韓国にASEAN10か国、さらにインド、オーストリア、ニュージーランドが交渉に参加している。域内人口34億人、合計GDPが世界の3割を占める巨大経済圏構想だ。
ある試算によれば実質GDP押し上げ効果は、TPPが1.37%に対してRCEPは2.8%と2倍以上になるという。成長戦略として据えるのならばTPPとなんら遜色ない。
またTPPが「最も高水準な」経済圏を目指していることと違って「比較的緩やかな」ものを目指している。アメリカが入る入らないでずいぶんと違うものだ。保護するものは保護して譲れるものは譲り合って得るものを互いに得ましょうという枠組みで、じつはパートナーシップとは本来そういうものだと思っている。
だから安倍首相が「軸足はRCEPに」と答えたときには安心したものだ。というのも理由はいろいろあるが、何よりもTPPには安全保障的色彩が強すぎることに懸念があったからだ。いうならば「中国封じ込め」の意図が隠されてもいない。
第一に、日本経済の成長にとって中国封じ込めにはメリットがない。むしろ相互依存関係を築くほうがメリットがはるかに大きい。第二に、通商交渉に安全保障的観点を組み入れると、どうしても安全保障上立場が強い国が有利な展開になる。これらは切り離して論じるべきだし、また中国封じ込め的経済圏形成が安全保障に寄与するとも思えない。
しかし、こちらが安心したことに安倍首相は心配しだしたのだろうか。勢いで(そうでもないかもしれないが)「軸足を移す」と言ってしまったものの、そうだTPPと集団的自衛権はセットで世論形成されてきた。そこでアメリカを抜いて中国を入れるのでは政策論理が破たんしかねない。
2月27日に神戸でRCEP事務レベル協議が開催された。「軸足を移す」には絶好の舞台だ。しかし、日本側に議論を前に進める様子はなかった。むしろ3月1日には安倍首相は衆院予算委員会で「TPPをモデルにすることをRCEPに訴えていきたい」と強調した。これは、実質的にRCEP潰しだ。
4.作戦会議
2月の日米首脳会談では難問が先送りされた⇒ポイント解説№89。日米通商および為替問題は4月18日に東京で開かれる日米経済対話で取り扱うことになっていた。
その直前4月13日に「TPP11作戦」が決定された。4月23日付日本経済新聞によると、この日安倍首相は官邸にTPP関係6閣僚を集めた。複数の閣僚が慎重論を唱えたが、安倍首相はTPP11を進め、いずれアメリカを迎え入れようという方針を決定したという。つまりは対米通商交渉戦略のためのTPP11作戦だったといえるのだ。
トランプ大統領は「TPPは最悪だ」と切り捨て、日米は2国間で交渉すると明言していた。そのアメリカ側キーパーソンはジャスター大統領副補佐官だと見られている。ジャスター氏は3月の水面下交渉では「厳しい交渉をやりたい」と農産物や医薬品などの市場開放を迫ったという。日米経済対話の事前調整の席でもジャスター氏は「3カ月以内に成果を」と詰めてきたという。
そこでTPP11を日米交渉の防波堤に使おうとしたのだ(4月27日付日本経済新聞)。だとすればそれは時間稼ぎに過ぎない。しかも、その時間は稼げるのだろうか。
どうも、あれこれ小賢しい作戦は立てているようだが、肝心の戦略が見えてこない。例えばロス米商務長官は「NAFTA交渉が最優先」と表明していたが、与党共和党は対日交渉も一気に進めるべきだと主張しているという。そして4月26日にトランプ大統領は3か国電話協議でNAFTAを撤廃しないことに賛同した。どうもカナダとメキシコが時間稼ぎに成功したようだ。
また、トランプ氏に近い共和党関係者は「TPP11ならば、対日FTAを急ぐ必要が出てくる」と話しているようだ。そうだろう、アメリカには先手を打つべき事情ができたということなのだから。
麻生財務相が戦略らしきものをインタビューで語っている(4月28日付日本経済新聞)。「(日本は)2国間交渉で譲ることはあり得ない。(アメリカは)条件がより厳しくなると分かったらTPPに入ってくればいい」、本気だろうか。
過去の日米通商交渉で日本が譲歩しなかったことなどない。ましてやトランプ政権にとって支持率低迷挽回のための最大課題となっている。そしてアメリカはTPP交渉では一度もテーブルに乗らなかった「為替問題」を前面に打ち出してきている。まんがいつにも為替操作国に指定されれば、2国間FTAどころか報復措置を食らうことになる。
5.作戦倒れの危険性
日米交渉の時間稼ぎだと見え透いたならば、TPP10か国は日本のTPP11作戦に乗るはずがない。そして日本の通商戦略の立て直しには時間稼ぎの猶予はない。
たとえ日本がRCEPに背を向けたとしても、中国はすでに韓国、ASEAN、オーストリア、ニュージーランドとFTAを締結している。韓国もまたそれぞれに加えてアメリカともFTAをとっくに結んでいる。日本がTPPルールを持ち込むというのならばRCEPは日本抜きで緩やかに進むことだろう。
アメリカ抜きのTPPを訴えながら、日本抜きのRCEPが進めば、日本は孤立したままアメリカとの2国間交渉にさらされることになりかねない。
そうするあいだに、米中関係は改善しつつある。北朝鮮核問題協議(米中首脳会談)以降、トランプ氏の習近平氏に対する評価は豹変した。ほめすぎるくらいだ。中国に対する為替操作国指定は見送られた。米中「100日計画」では、中国がいくつかの配慮を用意している。そして為替問題だ。
トランプ氏はドル高が嫌いだ。しかしムニューシン財務長官は「長期的には強いドルが良い」という。莫大な財政赤字を抱えるアメリカにとってドル高は資本調達手段となっている。しかし行き過ぎたドル高は共通の懸念材料に違いない。
さて、短期的にはこれ以上のドル高を避けたいアメリカ。そして中国は、資本流出を促すドル高人民元安を食い止めたいと考えている。両者がドル高是正でなんらかの合意をすることは十分に予想されることだ。
そうなれば、日本はトランプ保護主義のターゲットとして絞り込まれる危険性が高まる。短期的には自動車と農産物だろう。昨年アメリカの対日貿易赤字は約690億ドル、そのうち自動車が520億ドルを超える。今年1-3月、アメリカの成長率は0.7%と3年ぶりの低水準にとどまった。原因は自動車販売の頭打ちによる消費の低迷だった。
就任100日を歴代大統領最低の支持率で終えたトランプ氏は、明確な成果がどうしても欲しい。そうしたなかTPP11で日米交渉の時間稼ぎをしながら、TPP11が発効すればアメリカを迎え入れるというその作戦は、はたしていかがなものだろうか。
日誌資料
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04/18
- ・中国、6.9%成長に加速(1-3月)政府主導で投資拡大 <1>
- 公共投資で成長かさ上げ 不動産バブルの懸念も
- ・東南アジア「不公正貿易」に反発 トランプ政権が4か国名指し
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04/19
- ・日米経済対話 米、対日FTAに意欲 日本と溝 為替問題、なお警戒
- ペンス米副大統領「TPPは過去のもの」 協力分野で議論深まらず 3分野、年内再協議
- ・英、6月8日総選挙 メイ氏「安定政権を」 EU強硬離脱に支持訴え <2>
- ・中国不動産、止まらぬ過熱 3月、9割の年が上昇 価格抑制策の効果見えず
- ・雇用・調達で「米国第一」 トランプ氏が大統領令署名 ビザ厳格審査
- 米、高度人材確保に懸念 ビザ厳格化でIT業界に打撃 競争力低下の恐れ
- ・日銀委員に緩和積極派 政府人事案、強まるハト派色 出口戦略に影響も
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04/20
- ・日本貿易黒字6年ぶり 昨年度4兆円 東日本大震災後で初 <3>
- 輸出は前年度比3.5%減、輸入は10.2%減 3月は輸出、輸入ともに大幅増
- ・中国、新たに6兆円減税 景気下支え 農業・中小企業を対象 <4>
- 公共投資には資産バブルや債務依存悪化の懸念 代わりに大型減税で
- ・米大手銀、大幅増益相次ぐ(1-3月) 市場活況・利上げで
- 金融規制緩和、議論遅れ 政策効果、具体像見えず
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04/21
- ・TPP、米抜きでも変えず 関税や通商ルール 日本、10か国と調整へ
- ・G20(20か国・地域財務相・中央銀行総裁会議)開幕(20日、ワシントン)
- 日米、為替問題は財務相間で議論、方針を確認
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04/22
- ・G20、通貨安競争の回避確認 世界経済回復も先行きは懸念
- 米財務長官「公正な通貨体制を」 IMFに監視強化要請
- ・米大型減税案26日公表 21日にトランプ大統領語る、就任100日へ実績作り
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04/23
- ・トランプ氏 税制・金融巡り大統領令(21日) 規制緩和へ熱意強調
- 100日への焦り 大統領令連発も実現に議会の壁厚く
- ・G20閉幕 緊迫の国際情勢 リスクに備えを
- ・TPP11 安倍首相「いずれ米国迎え入れ」 日米対話後に照準 <5>
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04/24
- ・仏大統領選 マクロン氏(中道無所属)ルペン氏(極右政党)5月7日決戦投票
- 既存政党への不満が噴出 EU統合問う
- 格差が極右台頭招く 移民多き地方支持 都市部は中道 <6> <7>
- ・海自、米空母と共同訓練 護衛艦2隻 北朝鮮の抑止狙う
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