今週のポイント解説(10) 4/3~4/10
危険な取引
1.地政学リスク
地政学リスク(geopolitical risk)といえば、何か国際政治学用語かに見えるがそうでもない。この用語を使い始めたのは2002年9月のFRB(米連邦準備制度理事会)だとされている。9.11同時多発テロから1年を経てなお世界経済に不透明感が強い状態をこう表現した。
つまり特定地域における政治的軍事的緊張が世界的なリスクに連鎖し、投資家にとって不確実性が高いことを説明しようとしたものだ。現在ウクライナ、シリア、IS、南シナ海、北朝鮮など世界中にリスクの種はあるのだが、それが地域限定的なものである限り地政学リスクとは呼ばない。
そしてそれらが株価や原油価格など国際市場価格変動における重大な材料となったとき、地政学リスクの高まりと見なされるのだ。
しかし、トランプ相場が変調を見せたのは3月21日NY株が200ドルを超える下げ幅を記録したあたりからだ。材料はオバマケア見直しを巡るトランプ大統領の政策運営に対する不透明感だった。大幅減税プラス大型インフラ投資に対する期待先行の株価高騰から失望売り、利益確定売りへの反転が起こった。ここに地政学リスクが加わったと見るべきだろう。
それがシリア空爆と朝鮮半島への原子力空母派遣だ。支持率が大きく下がり国内八方ふさがり⇒ポイント解説№94のトランプ政権が「力の外交」でこれを突破しようとしていると、投資家たちは受け止めた。そしてそれは突発的な事態を引き起こしかねないと警戒している。
だから、この地政学リスクの本質はやはりトランプ・リスクなのだ。もとより支離滅裂な政策公約(市場もそう評価していた)が就任わずか2カ月でほころびを露呈しだした。そしてトランプ氏は政策を変更しても、その手法は変わらない。
それがディール(deal)、取引だ。不動産ビジネスよろしく「強く出て譲歩を勝ち取る」スタイルだ。ただこの地政学リスクには妥協点が見えない、極めて危険な取引なのだ。
2.何も決めない米中首脳会談
トランプ大統領と習近平主席の初の会談が4月6日に始まった。今週のポイント解説はこの首脳会談をテーマにするつもりだった。ところがその夕食会のタイミングで米軍がシリアを空爆した。習氏はこれをスルーした。
北朝鮮の核問題では協力強化で一致した。どのような協力かは示されない。貿易問題では「100日計画」策定で合意した。その具体的内容は示されない。共同の発表も中国の記者会見も一切なかった。
内政でつまづいたトランプ政権は不公正貿易に対する強硬策で挽回を狙っていた。もちろんその標的はアメリカ貿易赤字の40%以上を占める中国だ。トランプ大統領は「中国は通貨切り下げのチャンピオンだ」と通商問題で圧力をかけると語っていた。
しかし、会談前に気になる記事があった。4月2日付フィナンシャル・タイムズのインタビューだ。ここでトランプ氏は「もし中国が北朝鮮問題を解決しなければ我々がする」と単独行動も辞さない考えを示したことはよく知られている。じつは気になるところは別にもあった。トランプ氏は「今回は関税についてまだ話したくない」と語っていたのだ。
トランプ・ディールは後日明らかになる。4月11日トランプ氏はツイッターで「もし中国が北朝鮮問題を解決するなら貿易問題で米国とははるかによい取引をすることができると説明した」と、12日付のウォールストリート・ジャーナルのインタビューでも「あなたは大きな取引をしたいのでしょう。それならば北朝鮮問題を解決してほしい」と語った。
そして米財務省は14日発表の報告書で、中国を制裁対象の「為替操作国」と認定することを見送った。
こうしたなかでも原子力空母カール・ビンソンは朝鮮半島に接近する。13日には超大型爆弾をアフガニスタンの「イスラム国」トンネル施設に投下した。初めて使用されたこの核兵器を除けば最大級という爆弾は地下の軍事施設破壊に有効だという。そして14日には複数の米メディアが米国家安全保障会議(NSC)が北朝鮮の「体制転換を求めない」方針を確認したと報じた。
単純なディールを幾重にも組み合わせているのかもしれないが、そこには北朝鮮問題に対する戦略が、まるで見えない。
3.対ロシア「史上最低の関係」
対「イスラム国」を最優先にするロシアはシリアのアサド政権を維持しようとしている。そのアサド政権軍事施設をアメリカは空爆した。プーチン氏はこれを「侵略だ」と強く批判した。だからトランプ氏は米ロ関係は「史上最低だ」と話している。
ティラーソン米国務長官は12日モスクワを訪問し、プーチン大統領とラブロフ外相と会談した。この3人はエネルギー利権を通じて旧知の仲だ。なのにみな一切笑顔を見せなかった。
FBI(米連邦捜査局)はトランプ氏の「ロシア疑惑」捜査を本格化している。ロシア疑惑とはプーチン氏の指示のもとロシアがトランプ候補が有利になるようにアメリカ大統領選挙に介入したという重大な疑惑だ。
そしてロシアはトランプ氏のスキャンダラスな弱みを握っているとCNNなどが繰り返し指摘している。トランプ氏はこれらすべてが「フェイク・ニュース」だと怒鳴りつけている。
ティラーソン氏は「アサド政権が化学兵器を使ったと確信している」というが、証拠はなにも示さない。空爆は「1回限りだ」そうだ。とうのアサド政権はトマホークを59発射ち込まれても「無責任な行動だ」という批判にとどめて、反体制派への爆撃を継続している。ティラーソン氏がモスクワ入りした12日、トランプ氏は「我々はシリアに入っていかない」と発言し、軍事介入を否定した。
ここでもシリア問題に対する戦略が、まるで見えない。シリアでもアフガニスタンでも空爆によって多くの市民が犠牲になっている。北朝鮮はまたミサイルを発射した。習近平氏もプーチン氏も、トランプ氏の見え透いた「取引」に付き合っている。
4.瀬戸際リスク
トランプ支持者には移民排斥やメキシコの壁に同調した人たちも少なくなかっただろう。大幅減税や大型インフラ投資に幻想を抱いた人たちも多かっただろう。それだけ、だろうか。
トランプ候補は「アメリカは世界の警察ではない」と約束した。「シリアはロシアに任せる」、「北朝鮮は中国が解決しろ」、「日米安保もNATOもコストは同盟国が負担しろ」、そう訴え続けた。
有権者たちはその「孤立主義への回帰」に共感したはずだ。介入主義のコストは確実にアメリカ社会経済を蝕んできたからだ。
支持率低迷に苦しむトランプ政権の「力の外交」への後戻りは、たとえそれが小賢しい取引だとしても、いやならばなお、支持者たちを納得させることができるだろうか。公約違反、裏切り行為ではないのか。
茶番のごとき取引だとはいえ、瀬戸際戦略には極めて高度なリスク管理が求められる。不動産ビジネスならば「強く出て譲歩を勝ち取る」ディールに成功体験もありうるだろう。ことは軍事行動だ。突発的な事態を引き起こすリスクをコントロールできるのだろうか。 国防総省はマティス長官以外の幹部がほとんどまだ決まっていない。「任命が遅れ、格下の職員が代行し、なんとか政策を切り盛りしている」(4月8日付日本経済新聞)。国務省も同様だ。いやもっとひどいかもしれない。「大半の政治任用ポストが空席なうえ、トランプ氏が予算の3割減を決め、士気が下がっているという」(同上)。
ほとんどのプラグが埋まっていない暴力装置をギリギリまで稼働させているのだ。
トランプ候補勝利の立役者、最側近で「黒幕」とまで言われたバノン上級顧問が米国家安全保障会議(NSC)常任委員から外された。極右メディアの元会長で「移民排斥」の旗手だったが、徹底した孤立主義者でもあった。バノン氏はシリア攻撃に反対だった。
代わって発言力を増してきたのがトランプ氏の娘婿クシュナー氏だ。敬虔なユダヤ教徒でもちろんイスラエル支持者だ。かれの周りにを軍出身者と金融界出身が固めだしているという。
トランプ・ディールは危険だ。リスク管理体制が全く不備だ。そのうえリスク利権者が政策決定の中枢を占め始めている。
日誌資料
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04/03
- ・対北朝鮮「単独行動も」 米大統領、中国に対応促す FT紙報道
- ・日本企業、昨年度海外M&A(合併・買収)過去最高の11兆円
- 低金利で大型化 国内人口減少を背景に
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04/04
- ・ロシア爆発11人死亡 3日サンクトペテルブルク 地下鉄自爆テロの可能性
- ・米新車販売3カ月連続減 3月マイナス1.6%
- ・シリア空爆サリン使用疑惑 アサド政権批判広がる <1>
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04/05
- ・北朝鮮、ミサイル発射 日本海へ60キロ飛行 米中会談前にけん制
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04/06
- ・米金融引き締め新段階 日欧との違い鮮明 <2>
- FRB(米連邦準備制度理事会)3月のFOMC(連邦公開市場委員会)議事要旨公開(5日)
- 「株価は割高」と警戒感 保有資産縮小「年内に開始」
- 日経平均が年初来安値 投資家、リスク回避に動く
- ・ヘッジファンド資金流出膨らむ 昨年度、11カ月で6.7兆円 <3>
- 運用成績の低迷、高額の運用手数料など響く 流出額2008年(約47兆円)以来の規模に
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04/07
- ・米、シリア攻撃 巡航ミサイル59発 アサド政権側空軍基地に(米東部時間6日)
- 「化学兵器使用、疑いない」トランプ大統領、非難声明 中東政策見直しへ
- 対ロ関係悪化必死 市場警戒、原油と金上昇、円高も
- ・トランプ氏・習氏初会談 米中首脳が北朝鮮や貿易など協議(パームビーチ6日)
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04/08
- ・米、力の外交回帰 ロシア「侵略」と反発 攻撃は「一回限り」
- 欧州、米の攻撃に理解 難民問題へ波及警戒
- ・米中首脳会談 北朝鮮核「深刻な段階」 対応で協力強化 <4>
- ・市場、地政学リスク警戒 投資資金、安全資産に <5>
- 円急伸、韓国ウォン一時急落 アジア株下落、金先物・先進国債券買い
- ・米失業率10年ぶり低水準、3月4.5% 雇用増9.8万人どまり 労働市場に逼迫感
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04/09
- ・米中、緊張下の再出発 首脳会談、新たな関係示せず 習氏、想定外の連続
- 貿易是正「100日計画」合意 日本にも要求へ
- ・「在韓米軍、核再配備を」 NSC(米国家安全保障会議)が大統領に提案
- ・トランプ政権勢力争い 側近バノン氏更迭か 娘婿クシュナー氏を軍出身者支持
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04/10
- ・米、北朝鮮に圧力強める 朝鮮半島に原子力空母派遣
- ティラーソン国務長官「脅威なら対抗措置」
- ・日本経常黒字、2月では最大の2.8兆円 中国向け輸出増加 <6>
コメント
18日にトランプ氏が米国人の雇用を増やすために、就労ビザを厳しくするというニュースがあったが、これによりトランプ相場もまた変動し、地政学リスクも変わってくるだろうか、と思った。
北朝鮮への核投下 北朝鮮とアメリカとの関係がもつれている。米中首脳会議で中国が米国への理解を示したことは大きな出来事であると思う。
北朝鮮と中国は支援され するの関係にあり中国が北朝鮮を手放すということは冷戦かの名残で韓国の背景にあるアメリカとの距離が保てなくなるという政治的な面がある。しかしそういった面があるにもかかわらず中国がアメリカへ理解を示したことは北朝鮮への威圧をかけるチャンスの第一歩であるが、半島内にアメリカ人が多くいるという状況では核を落とせないということも考えられる。
このような問題は政治的な問題だけでなく地政学のリスク このような軍事的な問題が経済にも(マーケット)影響を及ぼすということが理解できた。地政学のリスクという言葉は国際経済あってこその言葉となるため今後とも時事や国際経済に興味を持って学んでいく必要があると思った。