今週のポイント解説(43) 11/30~12/06
円安・株高・原油高
1.円、1カ月で15円下落
円相場は12日、1ドル=116円を付けた。これは約10か月ぶりの円安水準だが、問題なのは米大統領選の結果が出る前は1ドル=101円前後だったから、わずか1カ月余りの間に15円も円安が進んだというその変動の激しさだ。
しかもこの為替相場取引の材料は「金利」一本なのだ。米10年物国債利回り(長期金利の指標)は2.5%台に乗せた。日銀はこれをゼロ%程度に固定しようとしているから、日米の金利差は2.4%台、これは6年7か月ぶりの大きさだ(12月13日付日経)。
もちろん金利差は重要な為替変動要因のひとつだ。しかし2013年から2年半ほどの間は、円安を演出していたのは間違いなく日銀の量的緩和だった。アメリカが量的緩和を終了させ、日本が通貨供給(マネタリーベース)を急拡大させた。この日米マネタリーベース比率と円相場の相関を示すグラフは「ソロスチャート」と呼ばれている。
一見してわかるように、日銀の資金供給量増大と円安の関係は今年になって完全に崩れた。円相場を動かす主役は資金供給量から金利差へと交代した。それも短期金利ではなく長期金利差に連動するようになった(11月7日付日経)。そしてトランプ次期大統領が決まって以降は、その傾向がいっそう強くなっている。
円ドル相場に円高材料がないわけではない。例えば経常収支、日本の10月経常収支黒字は約1兆7000億円で前年同月比22.7%増、9年ぶりの黒字幅で、経常黒字は28カ月連続だ。例えばインフレ率、日本の消費者物価は8カ月連続でマイナスになり(10月0.4%下落)、アメリカの失業率は9年ぶりの低水準であるうえにトランプ景気刺激策でインフレ圧力が高まっている(9月1.7%上昇)。日本の経常黒字も日米インフレ率の格差拡大もドル売り円買い材料であるはずだ。
しかし、円は一方的に売られている。ケインズの『一般理論』によれば相場は「美人コンテスト」だ。美人の条件はそれぞれの主観だ。市場参加者のより多くが美人だと思って投票すれば彼女が美人なのだ。それが今は、金利差一本なのだ。
2.原油価格、2週間で14%高騰
石油輸出国機構(OPEC)は11月30日の総会で8年ぶりの減産に合意した。さらに12月10日にはOPECとロシアなどの非加盟主要産油国は15年ぶりの協調減産に合意した。両者合計で180万バレルの減産となり、これは世界全体生産の2%弱に相当する。
そして週明け12日、国際原油価格は1バレル=53~54ドルに上昇しOPEC総会前に比べて13.9%高くなった。今年の1月には26ドル台にまで下落していたから、底値からは2倍になったことになる。これで産油国の株価が急上昇したのだ。
市場はこれを好感し、資源国リスクが和らいだと見た相場は強気に転じて日米株式市場にも資金が流れた。原油高は米インフレ観測を強め、日米金利差はさらに拡大して円安を加速させたのだ。
先週も指摘したが、これらの動きは期待先行の「連想ゲーム」だ。そもそもの起点となったトランプ減税・投資は来年度の予算審議を経て、そのまま議会を通過したとしても実行されるのはさらに翌年になる。その間、アメリカの金利上昇が続いたとしても、トランプ政権がドル高を容認し続けるとは思えない。
原油価格にしても減産に合意したのはOPECと非OPEC産油国で、合計しても世界生産量の6割強だ。残りの多くはアメリカが占めている。原油価格上昇はシェール生産の採算性を高める。米石油サービス大手によればシェール掘削装置(リグ)の稼働数は1週間で21基増え、この増加数は1年5カ月ぶりの水準となった(12月10日付日経夕刊)。
3.株高と景気
12月12日日経平均終値は1年ぶりに1万9000円台を付けた。つまり1年前の株価水準だ。円相場は1ドル=116円に下落したが1年前は120円台の円安だった。しかし当時の日本経済はマイナス成長だった。
繰り返し指摘しているが、円安・株高で日本の景気が良くなるわけでもない。仮に日本の大企業の収益が増えてもそれは内部留保となって国内投資や賃上げには向かわず、次の円高局面に備えるだけのことだ。
それ以前に日本の大企業の収益構造はむしろ悪化している。例えば輸出関連企業株は高騰しているが、輸出が増えているわけでも増える見込みが大きくなったわけでもない。同じ1ドル輸出でも円換算で100円から116円に収益が増えるという理屈だ。ところがこれが理屈通りにいかない。
為替予約コスト(ドルを円に替えるコスト)が急上昇し輸出企業の円安恩恵を減殺しているというのだ(12月11日日経)。このコストは日米金利差を中心にして決まり、アメリカのほうが日本より金利が高いほどコストが上がる。このコストがリーマンショック直後以来の高水準になり、1年前と比べても2倍になっている。当時の円相場は1ドル=121円台だったから、足下はまだ5円以上円高であるうえ予約コストが倍増していることになる。
コストといえば米金利急上昇で邦銀のドル調達費用も拡大している。これもリーマンショック以降で最高の水準になっている(12月5日日経)。さらに邦銀が大量に保有している米国債の価格は下落しており、日銀マイナス金利の影響で融資収益環境も悪化している。 それでも、輸出企業も大手邦銀も株価が急上昇しているのだ。これは持続可能な相場だろうか。
それ以上に家計に及ぼす悪影響は明らかだ。少し考えれば分かることだが円安・原油高なのだから、前月は1バーレル(約160リットル)=40ドル台後半で1ドル=100円台だったが、今は1バーレル=55ドル前後で1ドル=115円前後だ。電卓上では1バレル当たり1500円近い原油の値上がりだ。
原油だけではない。食料も衣料品もあまた多くの日用品が輸入に依存しているのが日本経済だ。輸出企業の収益に依存しているのではない。円安は家計コストを膨らませる。そして言うまでもなく日本企業の大半は輸入企業でもある。輸出企業であっても原料や素材を輸入しなくてはならない。15円の円安ということは、これら全ての輸入が1ドル当たり15円のコスト増大なのだから。
なぜ大手メディアは円安・株高で景気が良くなったという空気を作り出すのだろうか。その番組のスポンサー企業を見ながら考えよう。
4.ボラティリティ
変動率、あるいは変動幅を意味する言葉だ。見たように、このボラティリティが甚だしいのが最大の特徴だ。
そしてボラティリティと言えば(私事で恐縮だが)、生涯の研究テーマの中心を「過剰な国際流動性」と定めたきっかけを思い出す。スーザン・ストレンジ『カジノ資本主義』(1986年、邦訳は1988年刊行、したがってバブル経済が誰もバブルとは言わなかった頃に書かれたものだ)がそれだった。その中心テーマはボラティリティ、「浮動性」と訳されていた。「volatile」とは英和辞典によれば「不安定な、変わりやすい」であり、「揮発性の(爆発しやすい)」という意味を伴う。
ストレンジ教授は30年前に指摘していた。混乱とは、為替相場、インフレ率、利子率、石油価格、「これらすべてが不安定になっている。それぞれの価格の不確実性が他の価格の不確実性と変動性を大きくした。それらを相互に結びつけている共通の要素が国際金融システムである」と。
トランプ政権のホワイトハウスには、財務長官として元ゴールドマンサックスの幹部が、国務長官としてエクソンモービルのCEOが入ってくる。金融とエネルギーの規制緩和をオバマ政権に要求し続けてきた代表選手たちだ。「浮動性」が高まる、世界経済のカジノ化がいっそう進むことを警戒しなくてはならない。
ストレンジ教授は警告していた。「入退場が自由である通常のカジノと、グローバルなカジノとの違いは、後者ではわれわれのすべてが日々の営みのなかで、非自発的に関わらざるをえないということである」と。
日誌資料
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11/30
- ・韓国朴大統領、任期待たず辞任 国政介入疑惑 時期「国会に従う」
- 混迷長期化へ 経済低迷拍車も 景気浮揚策、見通し立たず
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12/01
- ・OPEC8年ぶり減産合意(石油輸出国機構総会、30日ウィーン)<1><2>
- 非加盟国の協力条件 原油相場回復を優先 NY原油反発49ドル台 円下落、一時114円
- 減産実行、トランプ氏が影 シェール増産が協調の足かせ
- ・インド7%成長保つ(7-9月7.3%増) 6四半期連続7%台成長
- ・ブラジルは2.9%減 10四半期連続マイナス 投資低調、消費も鈍く
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12/02
- ・米企業の国外移転に警告 トランプ氏、高関税示唆 「NAFTAは災害」
- ・米次期財務長官にゴールドマン・サックス出身ムニューチン氏
- 金融規制改革法を緩和 大型減税も導入
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12/03
- ・米失業率9年ぶり低水準4.6% 雇用増11月17.8万人 月内利上げ強まる<3>
- ・カジノ法案衆院委可決 議論生煮え 審議わずか6時間
- 合法性、経済効果、ギャンブル依存 各党折り合わず 米娯楽大手が関心
- ・トランプ氏、台湾蔡総統と電話協議 79年の米台断交後初 中国けん制
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12/04
- ・日ロ外相会談(モスクワ3日)領土問題で平行線 ロシア「簡単ではない」
- 「共同経済活動」が焦点に 主権問題(課税、労働関連法、犯罪対応など)がハードル
- ・朴大統領退陣求め最大規模の集会(主催者発表170万人) 野党が弾劾案提出
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12/05
- ・米金利急上昇、邦銀に逆風 期待先行のトランプ相場余波
- ドル調達費用拡大 リーマン以降で最高水準 国内マイナス金利とともに収益環境厳しく
- ・イタリア首相辞意 国民投票で改憲否決 EU結束維持の瀬戸際 <4>
- 反移民勢力に勢い 欧州情勢の不安定化懸念
- ユーロ下落、一時1€=1.0505ドル 1年9カ月ぶり安値
- ・オーストリア大統領選 リベラル系が極右を破る
- 予想超す票差 有権者、国際的評価失墜を恐れ反移民極右当選を阻む
- ・トランプ氏ツイッターで中国を批判(4日) 南シナ海問題や為替操作
- 米国外移転企業に「35%課税」警告
- ・まとめ記事(キュレーションサイト)削除広がる DeNAに続きリクルートなど
- 記事の誤りや著作権侵害の疑いも
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12/06
- ・安倍首相、真珠湾慰霊へ 26日からオバマ大統領と 現職首相で初
- ・今年のテレビ出荷台数 中国、初の首位へ 韓国上回ると中国社見通し <5>
- 中国は前年比12.5%増で世界シェア33.9%に 韓国は1.2ポイント減の31.3%に
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