週間国際経済2022(38) No.331 11/25~12/02

今週のポイント解説 11/25~12/02

ゼロコロナとワン習近平

ワン習近平

10月の中国共産党大会で、習近平氏は「1強」体制を固めた(⇒ポイント解説№326「そして習近平さんだけが残った」参照)。ここ数年の中国はすべてのことがこの習1強(ワン習近平)に向かって動いていた。そして少なくともこれから数年の中国は、すべてのことがここから始まる。

中国共産党において1人1強体制を固めることは、並大抵の仕業ではない。ライバルたちを蹴落とし、長老たちの影響を無力化し、国民世論を統制しきらなければならない。ワン習近平のためには「ワン中国」を背景にする必要があると考えたのだろう。香港世論を封殺し、台湾を武力で威嚇する。

そして何よりワン習近平を納得させるためには「手柄」が必須だ。新型コロナ感染拡大が世界で始めて報告された中国の武漢。このピンチをチャンスに変え、都市封鎖による感染ゼロ化を、習氏はすべて自身の手柄にしてしまった。圧倒的な動員力と統制力で人もコロナも封じ込め、2021年の新年の演説で「戦いに勝利する偉業を成し遂げた」と威張り、中国政府も「主席の陣頭指揮」を讃えた。

その勢いのまま、2022年の冬季北京オリンピックを成功させた。こうしてゼロコロナ政策は、習氏個人の崇拝化の、「1強」固めの大きな要素となっていったのだ。

ゼロコロナ

なぜゼロコロナは実施可能だったのか、その理由がすなわちゼロコロナを止められない理由となった。まず、ゼロコロナ政策とは何か、整理してみよう。12月7日、習指導部はゼロコロナ緩和策を発表した。少し長くなるがその内容を具体的に見てみよう(12月8日付日本経済新聞)。

無症状者の自宅隔離を認める。濃厚接触者の隔離期間を8日間から5日間に短縮。感染者発生時に封鎖対象を建物や住戸などに限定。高リスク地域外での移動制限や企業活動停止を禁止。公共施設や商業施設に入る際の陰性証明不要。流行地域での全住民PCR検査をやめる。国内移動での陰性証明や目的地到着時のPCR検査もやめる。

裏返せば、こんなことを全国でやっていたのだ。そして長期に渡る大都市上海ロックダウン。なぜ実現可能だったのか。一言で言えば、警察力だ、監視と懲罰による統制だ。習氏は欧米の民主主義国の自由ゆえの混乱、感染拡大と死者増大、これと対比して強制的に管理された社会の優越性を唱えていたのだった。それだけに、感染拡大の危険性が残る限り、統制を緩めることができなくなった。

次に、習氏の言う「強国」の柱である「中国製造2025」。これは当初(2015年)ハイテク分野の国産化比率向上を目指していたものだったが、トランプ政権との貿易戦争によって拡大解釈され、その象徴となったのが国産ワクチンだった。

しかしそのシノファーム・ワクチンはファイザー製やモデルナ製と比較して重症化予防効果が20%程度低いことが香港などで実証されている。そのため新興国を対象にしたワクチン外交も早々と頓挫してしまっている。だからといって今さら外国製を輸入するわけにはいかない。したがって、ゼロコロナを緩和することができなかった。

反ゼロコロナ

11月26日以降、ゼロコロナに対する抗議活動が中国全土で起きる。ウルムチで発生した10人が死亡した火災が、ロックダウンによる消火活動の遅れが原因だというSNS拡散がきっかけとなったと言われている。しかし、何が火種になっても不思議はなかっただろう。むしろこれまで耐え忍んできたことのほうが不自然だとは言えないか。

それにしても抗議活動は、一気に広がった。北京、上海、武漢、成都、広州そして50以上の大学で。しかも移動制限に対する不満は、習指導部に対する批判へと高まる。公然と政権批判の声を上げる人々の姿は、極めて異例のことだ。そして何も書かれていない「白紙」を無言で掲げる、言論統制に対する抗議活動も広がっていった。

物理的閉塞が、長く蓄積されてきた政治的閉塞感を強烈に刺激したのだろう。ワン習近平だからこそ、ゼロコロナの不満は習1強への不満へと直結しがちだ。ワン習近平体制は無謬性をまとい、それが政策の修正能力を奪う。ワン習近平体制は「習派」で固められたために、責任転嫁の余地を奪う。

中国に民主主義はないが、それでも中国共産党が恐れるのは民衆の不満だ。慌てた中国政府は、オミクロン株の弱毒化を口実にゼロコロナ政策の緩和を急ぐ。むしろ、混乱は必至だ。

こうして効率的と見えた1強体制の非効率性が、浮き彫りになる。

ゼロコロナのツケを払う

ゼロコロナとワン習近平はセットメニューだった。このメニュー変更は容易ではない。民衆は、なぜこのメニューがセットになったのかを知っている。どちらも食えないことも。

習近平氏が毛沢東個人崇拝の時代に先祖返りしようとしても、国民はそれに付き合えない。毛沢東時代から人口は1.5倍に増え、かつ急増期から減少期に転換している。中国国民は、自由な移動も消費も起業も就業も、なにより「改革・開放」による高度経済成長を長く体験している。もちろん情報収集能力も情報発信・共有能力も比べものにならないほど強化されている。

異例のゼロコロナは、異例の「ゼロコロナのツケ」を生む。ゼロコロナの中国には集団免疫もなく、ワクチン接種率も低く、そのワクチンの有効性も低い。イギリスの医療調査会社は11月28日、「中国がゼロコロナを解除すると130万~210万人が死亡するリスクがある」という推計を示した。これは中国政府が4月にゼロコロナを緩和した場合「200万人の死者が出る」という試算値と一致する(12月3日付同上)。

ゼロコロナは、ウイズコロナの医療体制を準備しない。医療なき行動制限の緩和が、自由な移動と消費を刺激するとは思えない。仮にそうなっても大きな反動が避けられない。

中国の10月の小売売上高は0.5%減少し、11月は4%近く減ると予想されている。11月の輸出は8.7%減少、成長をけん引してきた不動産部門もマイナスに転じた。そして債務残高はGDPの3倍近くに膨れ上がっている(12月5日国際決済銀行)。

ワン習近平ゆえに現場でのゼロコロナは徹底され、ワン習近平ゆえに11月11日に発表されたゼロコロナ緩和策も現場に届かなかった。中国政治システムから弾力性が失われた証左だ。人々のゼロコロナに対する不満は解消されず、それは「政策不況」に対する不満へと形を変えてさらに高まるだろう。

ワン習近平に伴う改革派の一掃は、経済政策立案エリートの一掃でもあった。上海ロックダウンの責任者だった李強氏が党序列№2に引き立てられ、首相就任が予想されている。中国では首相が経済政策を担当するが、彼にはそのための実績が一切ない。

おそらく経済政策もワン習近平なのだろう。しかしワン習近平は、この「政策不況」に対しても有効なワクチンを持ち合わせていない。ゼロコロナは、世界経済にとって大きなリスクだった。ポスト・ゼロコロナは、あるいはより大きなリスクとなるのかもしれない。

日誌資料

  1. 11/25

    ・FRB、利上げ減速示唆 11月議事要旨 効果見極め局面に <1>
    ・東京都区物価11月3.6%上昇 40年7ヶ月ぶりの高さ 全国でも加速見込み
    ・韓国、通貨防衛か景気か ウォン安圧力、異例の高速利上げ <2>
    6会合連続利上げ 半導体の市場不況 輸出・投資・消費振るわず
  2. 11/27

    ・台湾地方選、与党が大敗 蔡英文総裁、民進党主席辞任 親中の国民党に勢い
    ・米で中国5社のIT機器が事実上販売禁止 ハイテク分離加速 <3>
  3. 11/28

    ・ゼロコロナ、異例の抗議 北京・上海など複数都市で <4>
    緩和策、市民に届かず 習指導部への批判も
    ・エルサルバドル、FTX破綻で債務不安 中国が国債購入を打診「米の裏庭」で影響力
    ・カナダ、アジア連携深化 経済・安保で新戦略 中国警戒にじむ
    ・LGBTQの人権保護 欧米、カタールを批判 価値観の違い、浮き彫りに
  4. 11/29

    ・原発、建て替え推進に転換 経産省 電力安定・脱炭素を両立
    ・韓国の不動産、一転下落 11月1.1%安 利上げで逆風強まる
    ・英首相「中国との黄金時代終わった」、講演で明言
    ・NY原油、年初来安値 一時73ドル台 中国の感染拡大懸念
    ・日銀、保有国債に含み損 8749億円、異次元緩和下で初 金利上昇に脆弱、露呈
  5. 11/30

    ・世界半導体4年ぶり縮小 来年4%減 IT大手、投資抑制
    ・仮想通貨融資ブロックファイが同じく破産法 ビットコイン急落懸念 <5>
  6. 12/01

    ・江沢民元国家主席死去 96歳 中国の経済成長実現
    自宅厳戒態勢 当局側 追悼集会開催を警戒か
    ・米利上げ減速「12月にも」FRB議長 引き締めは継続 到達金利の上げ示唆
    NY株737ドル上昇 7ヶ月ぶり高値 円が上昇一時136円台、3ヶ月ぶり水準
    ・円、月間9円超上昇 11月、24年ぶり大きさ 米利上げ鈍化予想で買い戻し
    ・米の求人、2ヶ月ぶり減 市場予測下回る
  7. 12/02

    ・仮想通貨、時価総額25兆円減 FTX危機1ヶ月、投機筋が撤退
    ・習氏、ミシェルEU大統領と会談 対中包囲網切り崩し <6>
    ・米仏首脳会談 バイデン氏「プーチン氏と話す用意」 米仏、中国抑止へ協力強化
    ・米消費支出物価6.0%上昇 10月、2ヶ月ぶり伸び鈍化
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