週間国際経済2024(22) No.396 07/20~08/02

今週の時事雑感 07/20~08/02

G20の存在感

ブラジルのリオデジャネイロで開催された20ヵ国財務相・中央銀行総裁会議が7月26日に閉幕した。3会合ぶりに採択された共同声明では超富裕層への課税推進や巨大IT企業へのデジタル課税の多国間協定について明記された。これにおおいに共感したぼくは、G20の存在感について書きたいと思った。それも存在感がすっかり薄くなったG7とのコントラストを描写したいと考えた(6月のG7サミットが一瞥をくれるほどのものでもなかったこととについて⇒ポイント解説№393「落日のG7」参照)。

ところがその下書きの途中で株価が急落した。大暴落と言ってもいい騒ぎにびっくりしたし、呆れもした。ぼくはこの手の話題に、どうしても「いっちょかみ」したがる癖があるから、ためらいもなくテーマは変更された。しかし方針は再び変更されることになる。

8月9日の長崎の平和祈念式典、長崎市はイスラエルの招待を見送った。招待した広島、招待しない長崎、それはいいとして、問題はこれに対してG7(もちろん日本を除く)は「懸念」という圧力をかけ続け、ついに式典を欠席した。この集団欠席を主導したのは在日米大使館だという。そのエマニュエル米大使は、出席が「ロシアとイスラエルを同列に扱うことになる」と、欠席の理由を語る。同列に扱う?いや、むしろ国際世論が疑問視しているのはアメリカのダブルスタンダードだろう。

長崎市(鈴木市長)はイスラエルを招待しないのは「平穏で厳粛な雰囲気の下で式典を円滑に実施したい」からだと語る。そう懸念するにはじゅうぶんな理由がる。昨年11月にネタニヤフ内閣の極右閣僚が、ガザへの核爆弾試用について「選択肢のひとつだ」と発言した。これに対して長崎被爆者協議会の田中重光会長は「何てことを口にするんだ。人の考えることじゃない」と批判し、「被爆者として強い危機感を感じる」と語っている(2023年11月6日付毎日新聞)。しかしネタニヤフ政権は、被爆者たちに対して何一つ謝罪も、釈明すらも行ってはいない。それでどうして被爆地の平和式典に招待しろといえるのか。ネタニヤフ政権の代表が参席するなかで「平穏で厳粛な雰囲気の下で式典」は可能だろうか。

さらに問題なのはG7の連中だ。なかでもアメリカ、イギリス、フランスは、核保有国だ。かれらの建て前は核不拡散条約(NPT)が核軍縮だということだ。しかしイスラエルの核保有を黙認し、この度は核使用発言を看過し、そのうえで被爆地のイスラエル不招待に抗議して欠席し、イタリア、カナダ、ドイツもまたこれに従った。

この日ぼくたちは、G7の戦後史に対する認識が「普遍的価値観」、人権と法の支配から大きく乖離していることを、思い知ったのだった。そのうえで、あらためてG7の存在理由を問い直すべき機会を得たのだった(日本を除くため「G6」と表記する記事も散見したが、そんな枠組みはないし、むしろ日本政府の態度も含めてここで問われるべきだと思う)。

そこで、本題に入ろう。G20は共同声明採択とあわせて、「国際租税協力に関するG20閣僚リオデジャネイロ宣言」も公表した。G20が租税に関する文書をまとめるのは初めてのことだ。ところで、なぜ「租税」なのだろう。

グローバル化の加速と経済格差の問題を語るとき、租税の問題は避けて通れない。グローバル企業は国境を自由に越えて活動するのに、租税は国境の縛りを超えることができないからだ。そのためタックスヘイブンといった租税回避行為はもちろんのこと、法人税率の引き下げが「底辺への競争」となっている。数年前から国際課税ルールが議論の対象となり、OECDを中心にして検討されてきた。

今回G20閣僚会議議長国ブラジルはOECDに加盟していないが、OECD議論を肯定的に評価したうえで、「リオデジャネイロ宣言」でさらに深く踏み込んでいる。それは第一に、国際租税協力の目的が富と所得の不平等問題への対応であり、第二に、それゆえに税制の累進度の回復が求められ、第三に、その租税協力が環境問題など各国共通課題に対応しようとしているところにある。

その象徴的かつ具体的な対応のひとつが、2月の会合でブラジルが提唱した超富裕層への課税強化だ。欧州の調査期間の報告によると(7月28日付日本経済新聞)、10億ドル以上の資産を持つ富裕層は世界で3000人ほどいるが、この層の実質的な税負担は保有資産の0.5%相当に過ぎないという。信じられない話だが、超富裕層になるほど実効税率が低いのだ。

ブラジルのアダジ財務相が唱えるのは(パリ経済学院のズックマン教授に報告書の作成を委託)、彼ら超富裕層(資産10億ドル超)はアジアと北米にそれぞれ800人以上、欧州には約500人いて、世界全体で計12兆ドル超の財産を保有しているという。この資産に2%課税すると、毎年2000億ドルの税収が見込まれるというものだ。もちろん課税対象を資産保有額5億ドル以上、さらに3億ドル以上に引き下げれば、それだけ税収は増える。

「リオデジャネイロ宣言」のもう1本の柱は、デジタル課税だ。これもOECD主導で2021年に140ヵ国・地域が導入に合意している。その基本的内容は、売上高200億ユーロ超で利益率10%超の企業が対象で、企業拠点がなくてもサービス利用者がいる国・地域に10%を超える利益のうち25%分の課税権を配分するというものだ。

しかし2023年中の多国間条約の発効を掲げたものの、アメリカとの調整が遅れ、今は膠着状態に陥っている。「リオデジャネイロ宣言」では「できるだけ早期に多国間条約の署名が可能になるように促し」、「速やかに実施することを決意している」と明記した。 

この「リオデジャネイロ宣言」では、「公正な世界、持続可能な地球、より安定的で公平な租税制度を構築する」と強調され、会合をリードしたアダジ財務相は26日の記者会見で「声明は、飢餓、貧困と不平等に光を当てている」と語っている。どれもG7サミッでは見当たらなかった哲学だ。そしてウクライナ戦争以降、こうした国際的取り組みは合意の形成すら困難だったことを思えば、重ねて今回のG20の意味は大きい。

その推進力は、議長国ブラジルだった。昨年1月に大統領に返り咲いたルラ氏は、G20に向けて社会包摂と貧困・飢餓の解消、気候変動を含む持続可能な開発、国際的なガバナンス改革を課題として掲げていた。国際社会の不平等是正には国連改革が必要であるとし、新興国のなかでもとくにアフリカおよび中南米の意向を安保理に反映させるべきだとしている。

ルラ大統領は筋金入りの労働組合活動家で、「労働者党」の創設者だが、これらは「左派の主張」ではなく、新興国で広く合意されている主張なのだ。とくに国連改革ついてブラジルは、インドのモディ首相とともにG4(ブラジル、日本、ドイツ、インド)による取り組みを重視している。

G20議長国は2022年インドネシア、2023年インド、今年ブラジルとリレーされ来年は南アフリカにバトンが渡される。これらグローバル・サウスがG20という舞台で、世界的課題について中心的役割を果たすようになっている。G20構成国のうち新興国10ヵ国の名目GDP合計は先進国合計に迫り、人口では4.5倍に達している。昨年からはアフリカ連合(AU)が正式に加盟した。11月にはG20サミット(首脳会議)が開かれる。その存在感はますます大きくなっている。

そもそもそのG20とは何か。G20はまず、1997年のアジア通貨危機の教訓から国際金融システムの安定には新興国の参加が必要との認識から、1999年のG7財務相会議でG20財務相・中央銀行総裁会議の創設が合意され、1999年から毎年開催されるようになった。さらに2008年にリーマン危機に対応するため、G20首脳会談がワシントンDCで開催された。

つまり、G7だけでは対応できない問題をG20で協議するようになったのだ。それでもG7は自分たちを「主要国首脳会議」と呼び、G20を主要国とは呼ばない。課題を限定して「金融・世界経済に関する首脳会合」と呼んでいる。いやどう見ても今G20は、提案力およびその影響力、そして理念においても、主要国会議に違いない。まさに「落日のG7」とのコントラストが浮き上がる。

G7の、ロシアを弱らせれば、中国さえ封じ込めれば、これからも「先進国」が世界を仕切ることができるという世界観がいかにも貧しく見苦しい。その先進国連中は、自らが先進国として振る舞う世界秩序がすでに古いものとなっていることに気がつかないのだろうか。対して新興国は、我ら新興国による新しい世界秩序を語り、具体的に創造し始めている。

G7にとって、イスラエルへの招待状のあるなしに比べれば、人類史上最後の核兵器被爆地で平和を祈ることの意味は軽いのだろう。そうした態度が、国際社会におけるG7の存在感のあきれるほどの軽さを、鮮明に示しているのだ。

日誌資料

  1. 07/20

    ・トランプ氏指名受諾演説(18日) ウクライナ仲裁に自信 対中関税
    物価高対策ちぐはぐ 減税主張、外交は「孤立」再び
    ・バイデン降ろし拡大 米民主党 新たに12議員が要求
    ・トヨタHV、米国で独走 シェア6割、主要全車種に搭載へ 割高なEV敬遠追い風
  2. 07/21

    ・投機筋の円売りブレーキ 売り越し幅 為替介入観測で急減
  3. 07/22

    ・市場、「米国第一」の再来警戒 トランプ氏、半導体・関税上げに言及
    日独株の急落招く 米株、資源・金融にシフト テック、時価総額150兆円消失
    ・中国、5ヶ月ぶり利下げ 今月、1年・5年超同時に
  4. 07/23

    ・バイデン氏撤退 米大統領選「国・党に最善の利益」 ハリス氏支持広がる
    ・トランプ相場揺り戻し 米株反発 テック買い・資源売り
    ・イーサリアムETF承認 米SEC 仮想通貨2例目、上場へ
  5. 07/24

    ・米大統領選 ハリス氏が演説 トランプ氏批判を前面 「中間層築き上げる」
    米労組、支持表明相次ぐ
    ・テスラ、2四半期連続減益 4~6月最終45% 欧米中で販売低迷 <1>
  6. 07/25

    ・日経平均3万8000円割れ 一時1100円超安 米テック株急落が波及
    円上昇、152円台 ナスダック大幅安 業績期待剥落
    ・カナダ中銀、連続利下げ インフレ鈍化に対応
  7. 07/26

    ・米GDP2.8%増に加速 4~6月、個人消費底堅く
    ・日経平均1285円安 下げ幅今年最大 円、一時151円台後半
    ・ホンダ、中国生産3割減 日野はエンジン撤退 EV攻勢受け不振
    ・銅下落 投機マネー流出 4ヶ月ぶり節目9000ドル割れ 需要減退、在庫は高水準
    ・オープンAI、検索サービス 対話型、グーグルに対抗 試用版「サーチGPT」
    ・共和バンス氏に批判 ハリス氏は「子どものいない猫好き」 過去に中傷
  8. 07/27

    ・日経平均、週間6%安 下落率、今年2番目
    ・ハリス氏、ネタニヤフ氏に停戦合意迫る 若者票を意識 オバマ夫妻、ハリス氏支持
    ・中国スマホ出荷台数 アップル、トップ5陥落 4~6月 5年ぶり、現地勢が独占
  9. 07/28

    ・G20閉幕、超富裕層課税へ声明 新興国、先進国を先導 <2>
    ・イエレン氏「問題は通貨安誘導」 円買い介入は別
    ・トランプ氏ネタニヤフ氏と会談 イスラエル支持強調 ハリス氏との違い鮮明<3>
  10. 07/29

    ・三菱自、ホンダ・日産と合流 協議開始  トヨタと2陣営に <4>
    ・トランプ氏、親・仮想通貨に 「米国をビットコイン超大国に」
    献金・支持の拡大狙う
    ・株急落 反転は業績次第 円高追い打ち 米テック集中に修正
  11. 07/30

    ・9月討論会の開催不透明 米大統領選 トランプ陣営「計画は白紙」
    ・英、緊縮財政にカジ 前政権予算の財源「4兆円不足」 増税の布石か
    ・韓国総人口3年ぶり増 外国人労働者、少子化補う
  12. 07/31

    ・新NISA7.5兆円流入 制度開始から半年 日本の個別株に4割 <5>
    エヌビディア買いはトヨタ超え
    ・中国企業、しぼむM&A 1~6月15兆円、ピークの5分の1 反スパイ法など響く
  13. 08/01

    ・日銀、0.25%に利上げ 決定会合「金利ある世界」回帰 <6> <7> <8>
    量的引締めも開始 国債購入3兆円に減額 円急騰、一時149円台 1日で5円超
    植田総裁「景気の失速ない」 賃上げ拡大、消費に自信 「0.5%の壁、意識せず」
    国債、脱・日銀依存へ一歩 購入額半減 銀行保有、現状は1割
    ・日経平均1300円超安 一時、円は148円台半ばに
    ・ハマス最高指導者殺害 訪問先のイラン、報復宣言 イスラエルに
    ・ネタニヤフ氏「敵には代償」ヒズボラ幹部殺害「戦果」 ハマス幹部死亡、言及せず
    ・FRB金利据え置き 議長「9月利下げも」 インフレ・雇用勢い鈍化 <9>
  14. 08/02

    ・円売り・ドル買いに転機 日米、金利差が縮小 円、一時148円台
    ・英中銀、5%に利下げ 4年5ヶ月ぶり「インフレ率大幅低下」
    ・トランプ氏差別発言 ハリス氏「突然黒人になった」 不法移民「黒人の仕事奪う」
    ・金上昇、初の2500ドル台 中東情勢の緊迫化意識
    ・日経平均、一時2000円安 米景気に減速懸念 <10>
    ・英首相「法と秩序が崩壊」 極右が反イスラム暴走扇動
    ・インテル2400億円赤字 4~6月最終 AI向け不振、1.5万人削減
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