週間国際経済2023(3) No.337 01/19~01/29

今週の時事雑感 01/19~01/29

異次元の少子化対策

「自白」された少子化政策の根本問題とその模範解答

岸田首相の1月23日の施政方針演説で、「異次元」あらため「次元の異なる少子化対策」が打ち上げられたときから、このテーマで書きたいと思っていた。しかしぼくが指摘したかった少子化対策の根本問題は、奇しくも岸田政権の「自白」によって明らかにされた。

2月3日、荒井首相秘書官のLGBTQに対するあからさまな差別発言。これは岸田首相の衆院予算委員会(2月1日)での同性婚の法制化は「社会が変わってしまう」認識のデリバティブ(派生物)だ。そして、これこそが少子化対策の根本問題だ。

この設問に対する模範解答が、BBCニュースで2月5日に配信された。いわく日本は「いまだに伝統的なジェンダーの役割分担、伝統的家族観に大きく縛られている。G7で唯一同性婚を認めていない」。この解答を採点しようと念のために英語版を読んでみると、残念ながら減点されることとなった。第一に、「伝統的」の原文はtraditionalだった。これがclassical(新しい試みを行わない)だったらなお模範的だ。第二に、「G7で唯一」をより丁寧に「G7はもとより、南アフリカおよびキューバ、アジアでは台湾で合法化され、タイでも法案が下院を通過するなど、世界的な動きの中」と説明した方が良い。

つまり荒井氏が「見るのも嫌で、隣に住んでいるのも嫌で、国を捨てる人もいると思う」ならば、これから日本を捨てていったい彼はどこで暮らすというのか、ということだ。そして岸田氏の言う「社会が変わってしまう」という恐れは、いったい何を前例にしているのかが問われるのだ。

こうした「自白」がある前に、ぼくが指摘したかった少子化対策の根本問題とは、まさに多様な家族形態の受容、家族を構成しない個人の尊重、そして親から独立した子供の権利だった。

「思いつき」と「つぎはぎ」

さて、岸田首相の施政方針演説で表明された「少子化対策の根本問題3本柱」の第一は、児童手当など経済支援の強化だった。これは1月4日の年頭記者会見で岸田氏が「異次元の少子化対策」をぶち上げたときから強調されていた。しかしこれが曰く付きで、というのも少子化対策については昨年末に政府の全世代型社会保障構築会議が報告書をまとめたばかりで、そこには児童手当の拡充は見当たらなかった。これを首相官邸は「地味だ」と見ていたという(2月10日付毎日新聞)。

だから、これは官邸の「思いつき」なのだ。小池東京都知事への対抗心があったかどうかは知らないが、いつのまにか優先順位が大幅に変わったことは事実なようだ。さらに岸田首相はこの対策について「派手さを望む」(毎日新聞、同上)ようで、「子ども・子育て予算倍増」も打ち上げた。これには政府・与党もかなり戸惑ったようだ。

予算「倍増」そのものは、決して大げさな話ではない。日本の子育て支援に関する政府支出はGDPの1.6%、比べてデンマークやスウェーデンは3.4%、イギリスは3.2%、フランスは2.9%だ。しかしこれらは長く積み上げられてきた実績だ。しかし「内容はこれからの話で、とりあえず2倍に」、防衛費もそうだった。

あわてて「内容」を出し合っている。だからどれもこれも政策の「つぎはぎ」になる。財源もあそこからこちらからの「つぎはぎ」になる。はたしてこれは「政策」と呼べる代物か。

「N分N乗方式」

「N分N乗方式」とは、所得を世帯人数で割って所得税率を算出し、それに世帯人数を掛けて税額を決めるから、子どもが多いほど納税額が少なくなるというものだ。以前から自民党内では検討部会もあったようだが、これが世耕さんや維新さんや国民さんから次々と提案される。フランスのその制度が代表的だが、それを丸々パクっている。

フランスのN分N乗方式は1946年、戦争で人口が大幅に減ったことに対する政策だという。今では所得が多いほど有利になるため評判は芳しくなさそうだ。もちろん良いものならパクってもいい。しかし「つぎはぎ」はいけない。

たしかにフランスの少子化対策には実績がある。出生率は1.6台にまで落ち込んだ1990年代から1.88にまで回復させた「お手本」だ。それは戦後間もない頃の税制が貢献したわけではない。そう、フランスもかつてBBCの言う「伝統的家族観」が重んじられていた。変化は税制ではなく、「多様な家族形態」へのトレランス(受容)だった。

フランスでは現在、出生数の半分以上がいわゆる「婚外子」、結婚していないが共に暮らす両親の子どもたちだ。どのような形態の家族であれ、生まれてきた子どもの権利は同等なのだ。いまだに選択的夫婦別姓すら認められない日本が、「この税制は面白そうだな」と食いついて少子化対策に「つぎはぎ」しようとすることが、どれだけ虚しいことか。

婚姻が減れば出産は減るという固定観念に縛られ、そもそも「子どもの権利」から発想しようとしない。そのフランスでは20年前に同性婚が認められ、2021年には独身女性や女性同士のカップルの人工授精や体外受精をも合法化した(2021年7月12日配信毎日新聞デジタルなど参照)。

今日のフランスの基準から見れば、日本の少子化対策は極右勢力の主張に分類されるのだろう。キューバは、バイデン政権によれば権威主義国家に分類されるのだが、昨年9月に家族法の改正案が国民投票で圧倒的多数で承認された。その改正案のなかに美しい言葉を見つけた。これまで結婚は「男女の間で可能」としていたものを、「2人の人間の間で可能」と明記した(1月30日付日本経済新聞夕刊)。

子育ての社会化

異次元の少子化対策の第一に掲げられているは児童手当の拡充だが、これを受けて茂木自民党幹事長は児童手当の所得制限撤廃を求めた。ここで問題となったのが2010年に民主党政権が所得制限のない「子ども手当」を導入しようとした委員会で発せられた丸川珠代議員の「愚か者め」という野次だった。丸川氏は「反省すべきところは反省する」と言う。そこで気になるのは安倍氏の発言だ。2019年3月28日付毎日新聞では、「あの頃、愚か者と考えた人は多いのではないか。私もその1人だ」と語っていた。

ここで問題にするべきは所得制限なき児童手当が愚策かどうか、愚か者という発言が野次かインタビューかではなく、なぜ児童手当の拡充が「愚か」だと考えた人が自民党に多くいたのかということだ。

忘れられない発言がある。安部氏は児童手当政策について「子育てを家族から奪い去り、国家化しようとするものだ。これはポル・ポトやスターリンが行おうとしたことだ」とした。この発言に対して岡田民主党代表(当時)が衆院予算委員会で安部氏に直接その真意を問い、対する安部氏の答弁は「私はすべてを社会化あるいは国家が担うことは間違っていると申し上げた」というものだった(2016年3月1日付産経新聞)。

つまり、「子育ての社会化」に対する過剰なアレルギーがそこに見られる。

スウェーデンは、深刻な出生率の低下からその回復に成功したのだが、その政策の理論的基礎となったのがミュルダール夫妻著『人口問題の危機』(1934年)だったという(2022年8月2日付日本経済新聞)。当時、働く女性が出産しないことに問題があるとされるなか、働く女性が子どもを産み育てることが難しい社会にこそ問題があり、子育ての責任やコストは社会全体で負うべきだとした。これが「子育ての社会化」だ。

こうした発想から1970年代にスウェーデンがとった政策に、それまで家族ごとに課税する制度から個人ごとの課税制度に変えた。これで既婚女性も自分の所得にインセンティブが働いたという。

そもそも男女の役割分担や伝統的家族など、そうした日本社会はとっくに「変わってしまっている」。だから今国会でも、共稼ぎ家計のいわゆる「年収の壁」、「働き損」が議論されているのだ。その現状に則した制度設計の前提として、「子育ての社会化」は避けては通れない課題となっているということなのだ。

日本の少子化対策には、「思いつき」や「つぎはぎ」ではなく土台から、まさに「異次元」の問い直しが求められている。それは「子どもを増やす」ことが第一義ではなく、これから生まれる子どもたち、子どもを産む女性たち、そのひとりひとりの「人権に寄り添う」ことから議論を始めるべきなのだ。

日誌資料

  1. 01/19

    ・債券市場、続く機能不全 日銀操作に近づく限界 金利、強まるゆがみ
    低利融資で国債購入促す 前例なき債券市場管理 金融機関に損失リスク 副作用マグマ蓄積
    ・貿易赤字最大19.9兆円 昨年 円安・資源高響く 輸入初の100兆円突破 <1>
    貿易赤字定着も 輸出、円安でも停滞 輸入は資源高で4割増
  2. 01/20

    ・FRB早期利下げ否定 副議長「路線維持を決意」
    ・米、台湾軍の訓練拡大 州兵活用、種類も多様に 中国抑止急ぐ
    ・米、ウクライナに追加武器支援3200億円 装甲車や戦闘車
    ・消費者物価12月4.0%上昇 41年ぶり、通年は2.3% エネ・食品伸び続く <2>
  3. 01/21

    ・米中古住宅販売17.8%減 昨年 利上げで8年ぶり低水準
    ・FRB理事「0.25%利上げを」 来月FOMCで希望明言
  4. 01/22

    ・ドイツ、戦車供与二の足 対ウクライナ 「欧州分裂」批判の声も
  5. 01/23

    ・独仏が共同軍事演習へ エネルギー分野も連携 首脳会議で結束演出
  6. 01/24

    ・首相、少子化対策3本柱 施政方針演説 財源に社会保険料想定 <3>
    ・ブラジルとアルゼンチン 共通通貨協議で一致 首脳会談 実現は不透明
    ・ウクライナ「反汚職」強調 軍調達にも疑惑 EU支援にらむ
    ・インドネシア南シナ海開発へ 石油・天然ガス採掘容認 中国と新たな緊張も
  7. 01/25

    ・巨大IT規制米で再燃 子供の有害情報制限、大統領が要請 ねじれ議会、実現に壁
    米テック主要5社 ロビー活動費過去最高 独禁法改正を警戒
  8. 01/26

    ・米、グーグル広告事業標的 司法省、反トラスト法で提訴 <4>
    ・独、ウクライナに戦車の供与決定 米も主力戦車31両供与
    バイデン氏「米欧、完全に団結」 ゼレンスキー氏が謝意
    ・カナダ、利上げ0.25%に縮小 一時停止表明、物価を注視
    ・韓国、2.6%成長に失速 昨年 過去最大の貿易赤字響く 今年1.7%成長へ
    高金利重荷、住宅ローンが家系圧迫
    ・中南米カリブ海諸国共同体(CELAC)、左派で結束演出 首脳会議にブラジル復帰
  9. 01/27

    ・IMF、日銀緩和に修正案 市場の歪み、対日審査で指摘 長期金利操作「柔軟に」
    ・都区部物価1月4.3%上昇 前月から伸び率拡大 家電・洋服にも波及
    ・世界スマホ出荷18.3%減 10~12月 落ち込み過去最大
    ・コロナ5類 5月8日移行 政府 イベント規制解除先行
  10. 01/28

    ・米消費支出物価、伸び鈍化 12月5%
    ・「台湾有事は2025年」米空軍高官、内部メモで準備指示 高まる警戒、浮き彫り
  11. 01/29

    ・対中半導体規制導入へ 米と協調、先端品対象 政府調整 <5>
    ・干上がる国債 副作用拡大 日銀操作、取引コスト2倍
    債券指数から一部除外 社債、5年債以下7割に
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