週間国際経済2017(30) No.115 9/18~9/24

今週のポイント解説(30) 9/18~9/24

「国難」、その風景

1.国難突破解散

安倍首相は9月25日の記者会見で、28日召集の臨時国会冒頭に衆議院を解散すると表明し、これを「国難突破解散」と名付けた。今やすでに世論の関心は選挙へと向けられているが、このとき違和感を覚えた人もさぞかし多いことだろう。

国難とは「国家の存亡にかかわる危機」を意味する。いつの間にそんなことになっていたのだろう。だとすればそれはどんな危機なんだろう。政権はそれにどう対応するのだろう。そうしたことに対する説明責任は国会討論において果たすべきものであり、街頭演説で済まされるものではない。

首相はその国難の内容として、「急速に進む少子高齢化」と「北朝鮮の脅威」を挙げた。だから、わからない。たしかに少子高齢化は進んでいる。だから国会でしっかりと議論してほしい。たしかに北朝鮮情勢は緊迫している。であるならば国会の同意が必要な事態にも備えなければならない。

国会で議論を重ね、それでも結論が出ず、あるいは国会から内閣不信任案が提出されれば、内閣総理大臣は国会を解散することができる。それが解散権であり、首相が好きな時にできる「専権」ではない。

こんなふうに真正面から論じることすら空しいのかも知れない。「モリカケ隠し」だとか「勝てるとき」だからだとか言われたくないから、とってつけたような「国難」なんだと世間に見透かされているからだ。

でも、果たしてそうなのだろうか。これで来年度予算編成も宙に浮いた。そもそも安倍政権では国会召集が例外的に少ない。おととしは「安保法制」一色の本会議一度きりだったが、これは戦後前例のないことだ。今年も「疑惑」一色の本会議一度きりで、野党が憲法の規定に則って要求する臨時国会も冒頭解散となってしまった。

この国が直面する困難について議論を尽くすことがないがしろにされているのならば、それは「国難」に違いない。

衆議院選挙は政権選択選挙だとされている。本来与党は政策の成果を強調して政権継続の是非を問う。ましてや安倍政権は絶対多数の政権だ。与党単独可決も連発した。つまりやりたいことはなんでもできた。その結果、国難に陥ったという。だとしたら解散ではなく総辞職だろう。

憤りはこのへんで抑えておかねばならない。学生には有権者が多い。選挙が始まれば、教員は不偏不党に努めなければならない。ここは政権の言う「国難」を一蹴するのではなく、真摯にそれを受け止めて、説明がないのならば、自らその国難について冷静に考えるのが教員としてあるべき態度だろう。

2.国難の風景

「国家存亡の危機」は、さすがに大げさすぎてイメージしにくい。でも存亡の危機に瀕している「村」ならリアルな実例が多くある。ここは日本をひとつの村に例えてその風景をスケッチしてみよう。

村の人口の3分の1は高齢者だ。子供はピーク時の半分も生まれない。若者の5人に2人は非正規雇用だ。もちろん女性の多くも働かなくてはならないが正規雇用は望み難い。村の財政は大変なことになっている。借金は村全体のGDPの2倍以上になっている。

村には大災害が連続し、その復旧には莫大な費用をかけているのだがはかどらない。高齢者の医療も介護もそうとうな負担だ。子供を産んでも働きに出るときに預けるところが不足している。

新しい産業も出てこない。さまざまな規制が足を引っ張る。いくつか景気のいい会社もあるのだけれど、その収益は村の外に投資される。村の中には消費が不足しているからだ。無理もない。老後も雇用も不安だから増えない賃金を貯蓄に回しているのだから。

村の周囲は、北も西も南も隣接する村との境界線でもめている。そのために喧嘩に備えて武器も揃えておかねばならない。そんなときに村長や村長夫人が友人や親しい人が学校を作ると言うので土地や運営費に村の税金で便宜を払ったとか払ってないとかで村議会は混乱している。

そこで村長は議会を解散して選挙をすると言いだした。この選挙にもかなりの税金が費やされる。村長は何度も選挙に勝ってきた。予定されていた増税を延期してくれると言うからだ。村の借金が増えることは不安だが、当面の減税はありがたい。でも村の将来は心配だ。今の減税分は将来の増税にまわされるだけのことだ(ここで2.の初めに戻る)。

3.村長の約束

前の村長は増税と村議会定数削減を条件に議会を解散して選挙にボロ負けした。今の村長は景気を良くしてくれるという。

景気が悪いのは物価が上がらないからだと説明してくれた。よくわからなかったが偉い学者さんたちもそういうから。物価が上がるならみんな今のうちにモノを買うから消費が増えて、すると会社も投資を増やして、だから雇用も賃金も増えるから、税収も増えて村の借金は減っていくと言ってくれた。

もちろん納得がいかない村人も少なくなかった。高齢者も多いし子育ても大変だ。物価が上がるならモノを買う人もいるかもしれないが、かえって節約する人も多いはずだと。 ところで景気が悪い中でどうやって物価を上げるのだろうか。村の銀行がたくさんおカネを刷り増しするのだという。村に出回るおカネを2年間で2倍にするそうだ。そんなことをするとおカネの値打ちが下がるから物価が上がるらしい。

これにはさらに素敵な効果があるという。村のおカネの値打ちが下がることを円安と言う。すると村の特産品がたくさん他の村で売られるようになる。でも心配だ。今の時代はグローバル化とか言って、どの村でも同じものが作られる。村のモノが売れるとは限らない。

さらに村では作れないものもあるから、これは他の村から買わなくてはならない。食料とか石油だ。すると村のおカネは値打ちが下がっているからこれらを買うのに余分なおカネが必要になる。やっぱり節約しないといけない。

なんだか不安になってきた。でも村の議会は違う話ばかりする。村の秘密を洩らしたら逮捕されるとか、他の村の喧嘩にも加勢できるようにするとか、村にたてつくことを計画しただけで捕まるとか。

なんか怖くなってきたけど、隣の村の奴らは大嫌いだ。奴らとの喧嘩の準備なら仕方がない。そしてなんといっても村長は2度も増税を延期してくれた。「今増税しますか?あとにしますか?」って聞かれたら、そりぁあとのほうがいい。

増税すれば景気が悪くなるそうだ。それはわかる。2%余分に払うのは嫌だ。あれ?物価は2%上げるらしいがそれは景気が良くなるらしい。でもテレビでは頭の良さそうな人たちがみんなそう言っているのだから、そうなんだろう。

4.村長の決断

今の村長には誰も逆らえない、「1強」と言われるほどだ。村長の夢は70年以上守られてきた「村の決まり」を変えることらしい。よくわからないが、今の村長ならばできそうだ。「村の決まり」をどう解釈するのかはもう変えているし。

そんな村長の人気が急に怪しくなっていた。なんでも村長の友達の商売に特別なお得を与えたらしい。役人たちも自分の出世がかかっているから手を貸したらしい。さすがに村長も少し反省したらしく、ちゃんと説明してくれると約束した。

みんな次の議会で説明が聞けると思っていたところが、村長は議会を解散してしまった。「国難」だからだそうだ。なるほどこれは国難だ。

でも正直なところ、じつはそんなことはどうでもよくなってきた。もちろん隣村のミサイルは心配だが、先に手をだしてやっつけるわけにもいかない。お互い大怪我ではすまないだろう。話し合っても無駄らしい。だったらどうするのか、ちゃんと説明してほしいけど「圧力」をかければそのうち向こうが折れるという作戦らしい。向こうが折れるとも思えないのだけれど。

いやいや話がそらされた。心配なのは年老いた親の介護、不安定な職場、子育てコスト、老後の備え、この村にまかせていいのだろうか。

おカネの刷り増しはもう5年続けているが物価は上がらない。賃金が上がらなかれば消費も増えないし、消費が増えなければ物価も上がらないという当たり前のことにみんな気が付いた。村の銀行はどうなるのだろう。

増税も結局5年ほど延長された。増税していたら年に5兆円以上税収があったはずだった。そのうち4兆円は借金の返済に、1兆円は社会保障の充実に使うと決められていた。5年だから20兆円と5兆円だ。そのぶん村人の不安は軽くなったはずだった。

どうかしていた。買い物のたびに2%多く払うことを嫌がっていた。今日び5%引きセールでも何とも思わないのに。村の借金はどんどん増えている。村長は景気が良くなるから2020年にはその年の税収でその年の支出を賄っておつりがくると言っていたのに、「それはもう無理だ」と言っている。

それどころか2%増税の4兆円分は借金返済に使うと約束していたのに、そうではなくて「人づくり革命」とやらに2兆円使うと言い出した。悪い話ではなさそうに聞こえるけど、考えてみればそのぶん後で増税になるだけの話だ。

5.税で票を買う

今度の選挙では村長にいきなりライバルが現れた。それまでの野党は「村の決まり」を守れとか、他の村の喧嘩に関わるなとか頑張ったかもしれないが、増税延期で多数を得た村長にはかなわない。ましてや村人の多くは隣村が大嫌いだから、そんなやわな話はネットで叩かれるだけだ。

ところが突然現れたライバルは、やわどころか村長よりこわもてなくらいだ。だから今の村長と違いがないように見える。ただ、今の村長は増税分の使い道を変えると言うのだが、ライバルは増税そのものに反対する。

これには今の村長も困るだろう。なぜなら増税反対は景気が悪いからこそ人気が出る約束で、景気が悪いのは今の村長の責任だからだ。

ところで国難はどこへ行ってしまうのだろう。村の借金は非正規で結婚も出産も望めないうえに高齢者の介護に追われる若者たちにツケがまわされる。このツケの重さが景気の足を引っ張っているのだ。

おカネの刷り増しも続かない。続かないとき村の銀行はどうするのだろう、なにも説明してくれない。このまま村の借金が増え続ければ、出口も見えなくなるだろう。銀行の偉いさん方は、ただ祈っているのだろうか。
 

じつは、この国難の責任は、村人たちにある。なぜなら主権者だからだ。国会とは、税金の集め方と使い方を納税者の代表が話し合う場所だ。だから主権者は税で票を売り渡してはならないのだ。国難は、村長ではなく村人が変わることによってしか解決しない。

皮肉なことに、村人たちが向き合うのは「希望の」ための総選挙なのだ。

日誌資料

  1. 09/18

    ・中銀仮想通貨でBIS報告 中銀を通じた大口決済をブロックチェーン手法に
    ・消えるガソリンスタンド 20年で半減 EV普及の好機 地方でじわり、税収減も
  2. 09/19

    ・安倍首相 対北朝鮮「新段階の圧力を」 イスラエル首相と一致
  3. 09/20

    ・安倍首相意向、財政黒字化目標(PB20年度黒字化)先送り 規律の緩み一段と<1>
    消費増税分、教育に1兆円超 膨らむ使途 歳出の拡大止まらず
    ・英政権、EU離脱で内紛 外相、清算金巡り政府批判 「メイ降ろし」観測も
    ・家計の金融資産最高に 6月末1832兆円(前年同期比4.4%増)
    現預金が2.6%増の945兆円(42四半期連続増) 現金は5.3%増の82兆円
    ・日銀の国債保有が銀行・保険上回る 6月末で437兆円(前年比9.9%増)
    ・「ならず者国家」と批判 北朝鮮やイラン トランプ氏国連演説
    北朝鮮は「向こう見ずで下劣」 米国や同盟国を守ることに迫られたら「完全に破壊する」
  4. 09/21

    ・FRB(米連邦準備理事会)、金融危機対応完了 資産縮小来月から開始 <2><3>
    20日FOMC(米連邦公開市場委員会)決定 年内追加利上げも示唆
    賃金と物価上昇鈍く 低インフレ懸念残る 日本、出口戦略に遅れ 円安、一時112円半ば
    ・安倍首相国連演説 対北朝鮮「対話ではなく圧力を」
    ・訪日客 最速の2000万人(9月15日時点) 年3000万人に迫る 個人旅行が増加
    8月は247万人 中国21%増の81万人 1~8月総計で1891万人(前年同期比18%増)
    ・銀行口座即座に開設 3メガ、フィンテックで情報共有 本人確認手間省く
    ・韓国が北朝鮮人道支援を決定 時期は先送り、国際社会に配慮か
  5. 09/22

    ・日銀、金融政策決定会合(21日)で緩和政策維持決定 物価・賃金が誤算
    ・FRB資産縮小で新興国にくすぶる火種 ドル債務膨張、急変にもろさ <4><5>
    ・マクロン改革に強まる逆風 労働法改正・緊縮財政に反発 支持率低迷、上院選に影響
    ・対北朝鮮で米が独自に追加制裁 取引ある外銀排除 中国も銀行の取引停止<6>
    ・独ダイムラーが米でEV 環境規制対応 1100億円投じSUV量産
  6. 09/23

    ・英、2年の移行期間提案 EU離脱でメイ首相演説
    離脱費用支払い、EU市民権利保護などで歩み寄り 移行期間中の単一市場参加を要求
    ・対北朝鮮金融封鎖、米中足並み 制裁強化、過去イランには効果
    ・「超強硬措置」正恩氏が検討 トランプ氏演説に反発 円上昇、111円台
    ・インドネシア利上げ 2カ月連続で景気刺激を FRB資産縮小は「織り込み済み」
  7. 09/24

    ・仮想通貨「採掘(マイニング)」日本勢も ネット証券続々、中国主導に対抗

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