週間国際経済2018(16) No.143 05/21~05/27

今週のポイント解説(16) 05/21~05/27

トランプ政権の通商政策を「保護主義」と呼ぶのはもうやめよう

1.自動車関税25%上げ検討

トランプ政権は5月23日、自動車や自動車部品に追加関税を課す検討に入ると発表した。米メディアによると乗用車の関税を現行2.5%から25%に引き上げる案が浮上しているという。驚くことに、この一方的輸入制限の理由が「安全保障」だと言うのだ。

自動車はアメリカの全体の15%以上を占める最大の輸入品目で、先に輸入制限が発表された鉄鋼(約1%)とは比較にならない。アメリカ国内自動車販売の4割以上が輸入車で、自動車販売は国内のモノの消費の11%を占めている(5月25日付日本経済新聞)。

トランプ政権は、高関税を武器に次々と通商圧力をかけているのだが、もうこれ以上のものは考えられないという意味で「最後のカード」を切ったといえるだろう。

もちろん日欧など主要対米自動車輸出国は反発している。「保護主義だ」と批判しているのだが、はたしてこのトランプ政権の振る舞いを「保護貿易主義」、「自由貿易主義」の図式のなかでとらえてよいものであろうか。

2.国内雇用を「保護」できるのか

かりに輸入車に高い関税をかけ、国内生産車がより多く売れるのならば雇用は増えるだろう。しかし、アメリカの国内新車販売の増加率はすでに頭打ちだ。あるいは、外国メーカーが高関税を避けるためにアメリカ現地生産を増やしたならば、雇用は増えるだろう。しかし、自動車工場の新設には1000億円規模の投資と2~4年程度の期間が必要だ。

さらに、完成車だけではなく部品にも高関税を適用するというのだから、アメリカ国内生産コストも跳ね上がる。つまり、結局のところアメリカ消費者が高い車をどれだけ買うのかという問題になる。

今まで以上に買ってくれなければ、生産現場の雇用は増えない、むしろ減ることの可能性が高い。売れなければ、深刻な事態になるのが自動車ディーラーたちだ。その雇用者数は生産部門の2倍、とてもこの雇用を守ることができるとは思えない。

3.国内衰退産業を「保護」できるのか

保護貿易政策なしで工業化を達成した国はない(これからもありえない)。国内「幼稚産業」を高関税と輸入制限で保護育成する必要があるからだ。

輸入車が高くなれば、国産車の競争力が高まるというものではない。製造業の雇用減少は貿易黒字国も例外ではない。そこで見られるのは価格競争力だけではなく、技術革新分野の競争力だ。

国産車の競争力を高めようとするのならば、この技術革新の大胆な導入が不可欠だ。つまり、IoTや産業ロボットだ。だからロボット雇用は増えても、むしろ労働者は減らされる。

さらにこれからの自動車市場は環境技術が競争を左右する。しかしトランプ政権は、自動車燃費規制をどんどん緩和している。「パリ協定」から離脱しただけではなく、例えばカリフォルニア州の独自規制を認めない方針を示した(5月26日付同上)。

イギリスもフランスも2040年までにガソリン車の販売を禁止する。中国もインドも一定量のEVの生産・販売を義務付ける。トランプ政権は、こうした世界市場動向に逆行して、環境技術に後れをとると見られている。

したがって高関税で国産車を「保護」できたとしても、それを育成することはできない。

4.世界はトランプ圧力に屈するのか

トランプ・ディールは条件を提示せずに強い圧力をかけ、相手の譲歩を待つやり口だ。前々回のポイント解説では、このやり口はアメリカの孤立をもたらすだけだと指摘した⇒ポイント解説№141

トランプ政権が自動車輸入関税引き上げ検討を発表した前日、中国が7月1日から輸入自動車に対する関税を25%から15%に引き下げると発表した。米中貿易摩擦でアメリカに歩み寄りを見せる一方で、世界に「開かれた市場」をアピールするしたたかな戦術だ。 中国の年間新車販売台数は約2900万台、アメリカと日本を合計してもはるかに及ばない。そのうち輸入台数は約120万台にすぎないが、2017年は対前年比17%増と急増している。その中国の自動車輸入関税がアメリカよりも大幅に低くなるかもしれないのだ。

その中国はEV普及に大きく舵を取り、完全自動運転のためのスマートシティ建設も予定している。ドイツのメルケル首相は5月24日に訪中し、李克強首相と自動運転の分野で協力を強化することで合意した。同じ日、ホンダがEV電池を中国企業と共同開発すると報道された。

EUもカナダも6月1日、アメリカの鉄鋼輸入制限発動に対して一斉に報復措置に動き出し、WTO提訴の手続きに入った。その日、カナダで開かれたG7財務相・中央銀行総裁会議では、アメリカの輸入制限に批判が集中し「1対6」の反目が明らかになった。

5.トランプ「保護主義」は通商政策なのか

このトランプ政権の自動車関税引き上げには、与党共和党から「深刻な間違いだ」と指弾され、全米自動車労組ですらこの「犬笛」に対して「100%支持するわけではない」と及び腰だ(5月26日付同上)。

いくら中間選挙向けとはいえ、あまりにも見え透いた「茶番」だ。

この自動車輸入関税引き上げ検討の発表は5月23日だが、5月20日に米中貿易戦争は「一時休戦」で合意した。ムニューシン米財務長官がテレビ番組で「当面保留する」と明言したのだ。18日までの米中貿易協議では何も決まらなかったのだ。トランプ支持者たちはさぞかし不満だろう。

そして5月24日、トランプ大統領は突然、米朝首脳会談の中止を発表した。その直前にトランプ大統領は、これだけ重大な政策(自動車輸入関税引き上げ検討)を従来の大統領令ではなく「口頭で」指示したのだ(その指示を受けたロス商務長官は同日予定されていた講演をドタキャンしている)。「非核化」交渉頓挫のダメージを、なにかでカバーしようとしたのだろう。それが、準備されたものとはとても思えないから「茶番劇」なのだ。

アメリカ中間選挙に対するトランプ政権の柱は「貿易戦争」と「安保」だ。このふたつを強引に絡ませる取引だ。だからこのふたつの「出し入れ」が交錯する。それも、極端なほうがいい。「ロシア疑惑」と「女性スキャンダル」から世間の目をそらすためだ。

つまり、トランプ政権には「通商政策」も「対北朝鮮政策」も体系化されてはいない。取引の材料に過ぎない。11月以降のことは、考えてもいない。

こうしたやり口を「保護主義」と呼んではいけない。また一方で、「貿易自由化」を無条件に「善」と風潮にも警戒しなければならない。紙面(と能力)の制約があるから詳しくは述べないが、本来「保護主義」とは理論的にも歴史的にも含蓄深い、今もなお学ぶべきところの多い政策体系なのだから。

日誌資料

  1. 05/21

    ・貿易黒字2カ月連続 4月6260億円 輸出7.8%増 4.2%円高(前年同月比)
    輸出6.8兆円のうちアジア6.0%増の3.6兆円、中国10.9%増の1.3兆円 それぞれ4月最高
  2. 05/22

    ・社会保障費190兆円に 40年度6割増 介護は2.4倍 <1>
    65歳以上3人に1人 生産年齢人口1500万人減 就業者数930万人減
    ・米中、貿易摩擦は「休戦」 米朝会談控え波風立てず
  3. 05/23

    ・中国、車の輸入関税下げ 一律15%に(現行25%)米に歩み寄り
    ・中朝境界、制裁に緩み 海産物や労働者の往来増え始め、不動産に投機マネー
    ・欧州・中東、プーチン詣で 対米不信、ロシアに追い風
    ・実質賃金0.2%減 17年度、2年ぶりマイナス 名目上昇もエネルギー高などで
  4. 05/24

    ・米、車関税25%上げ検討 大統領23日指示 安保理由に調査 WTO違反の恐れ
    円上昇、一時109円台半ば 米保護主義への懸念再燃
    ・米、来月利上げ示唆 FOMC(米連邦公開市場委員会)要旨
    ・トルコ3%緊急利上げ リラ急落(年初比23%安)受け16.5%に
    ・伊首相にコンテ氏指名 極右「同盟」・ポピュリズム政党「五つ星」連立発足へ
  5. 05/25

    ・米朝首脳会談中止 トランプ氏「今は不適切」(24日)非核化で溝 <2>
    トランプ氏「大きな後退」 議会は会談中止を支持 野党批判「孤立を深めた」
    ・北朝鮮、核実験場を爆破 「完全廃棄」発表、検証難しく
    ・貿易戦争本丸・自動車に 日欧から譲歩狙う 保護主義のギア加速 <3>
    米、経済外交も強硬 関税引き上げ案に内外から反発
    ・中独、自動運転で協力 首脳会談(24日北京)対米摩擦を意識
  6. 05/26

    ・米政権、燃費規制緩和 世界に逆行 州独自の強化策認めず <4>
    環境技術地盤沈下も カリフォルニア州反発「訴訟の用意」交渉長期化も
    ・産油国減産緩和を模索 OPECやロシア イラン供給減で
    NY原油急落67ドル台 需給緩和観測広がる
    ・トルコ大統領選・総選挙まで1カ月 エルドアン氏思わぬ苦戦 通貨安が争点に
    ・米朝会談へ協議継続 トランプ氏「やるなら6月12日」
    ・米紙サイト、EUで停止 新規制に対応遅れ
    ・ZTE制裁緩和合意 米中首脳、1400億円罰金条件 米メディア報道
  7. 05/27

    ・南北首脳再び会談 事前公表せず 「米朝」巡り協議
    ・日ロ首脳会談(26日モスクワ) 北朝鮮問題を協議 イラン核合意支持へ<5>
    ロシア、米同盟分断に標準 領土絡め日本に圧力 安保の根幹、問われる交渉

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