週間国際経済2020(7) No.218 03/04~03/14

今週のポイント解説(7) 03/04~03/14

続・コロナショック

1.株価は高すぎた

高すぎるというのは、株価が実体経済から乖離しているということだ。ぼくが高所恐怖症に襲われだしたのは昨年の夏だった。FRBが7月、10年半ぶりの利下げに踏み切り、9月に追加利下げを実施した。このアメリカの利下げを追いかけるように、世界の中央銀行が緩和ドミノを起こしていた。当時のブログ(⇒ポイント解説№198)の結論は、トランプ関税によって世界貿易が縮小するなかでは、この追加的な資金供給に見合う需要が足りないということだった。だから緩和マネーは株式市場に流れ込む。

こうして株価と実体経済との乖離は加速するなか昨年11月、ぼくは「今の株価は高すぎる」と唸った(⇒ポイント解説№206)。そのころNY株価は連日史上最高値を更新し続け、ついに11月15日初めて2万8000ドル台を上回ったのだ。アメリカのそして世界の主要上場企業の純利益が、前期比でマイナスになっているにもかかわらず。

アメリカの株高につられて日経平均株価もおよそ1年ぶりに2万3000円台を回復した。この時、ぼくは学生から質問を受けた。「ネットではみんな2万5000円までは行くって言ってますが、先生はどう思います」。ぼくは「消費が減って、輸出も減って、投資も縮んで、企業業績見通しも下方修正されてるのに、どうして株価が上がるとみんなが言ってるのか考えてみよう」と答えた(その学生は優秀で、この答えに満足していた)。

実際この時期(2019年10~12月)の日本のGDPは年率7%以上のマイナスだったのだ。でも株価はぐんぐん上がっていた。そう、「みんな」上がると言っていたからだ。アメリカも日本も財政赤字を拡大させ、つまり政府債務を増やし、低金利マネーが膨張して企業債務を増やし、アメリカでは企業収益以上の自社株買いで株価を引き上げ、日本では日銀や年金が株価を買い支えている。

株高の実体は、利益ではなく借金だった。そんなこと、みんな知っていた。それでも「見て見ぬふり」をしていた。それが「みんな」の正体だった。

2.それにしても下がりすぎる

ザ・パニックだ。3月9日、NY株価は2013ドルという過去最大の下げ幅を記録し、日経平均は一時2万円を割り込んだ。3月10日、NY株は反発して1100ドル高、11日に1464ドル安、そして12日に2352ドル安、この日の下落率(9.98%)はリーマンショック時を上回る。13日は1985ドル高。日経平均は一時1800円安でバブル末期以来約30年ぶりの下落率で週間3318円安は過去最大だった。

足し算引き算がたいへんだが、結果的にこの週3月9日から13日までで、世界の株式時価総額は約10兆ドル減少した。ピークの1月20日からは19兆ドル(約22%)が吹き飛んだ(3月15日付日本経済新聞)。

この乱高下の主役はやはり、前回紹介したAIさんだ。あらかじめプログラム化されたアルゴリズム取引が超高速で繰り返された。このプログラムは過去のデータの蓄積だ。それはおよそ人知の及ばない膨大なデータだ。でもだからこそ、過去にデータがなければ錯乱する。これはヤバイと思ってコンピューターのスイッチを切れば、売買が減少して値動きが激しくなる。

AIのやつめ!いやいや違う、AIさんだけの責任ではない。AIさんはただ真面目に「みんなの不安」と「みんなの期待」に反応して働いているだけのことだ。ただ、反発局面(株高)での期待材料は怪しく、反落局面(株安)の不安材料はリアルなのだ。

3.なにがパニックを引き起こしたのか

まず反発局面での期待材料だが、10日はトランプ政権の給与減税を含む大型減税提案に反応したものだった。でもこの巨額の財政出動には与党からも慎重論が強く、減税規模など具体的な内容はまるでわからない。AIさんは「わら」をつかんだ。13日の反発局面はトランプさんの国家非常事態宣言に対する反応だ。でもこれは大きく遅れていた検査体制の強化が中心だ。AIさんはその「やってる感」を好感した。

さて一方で、不安材料はリアルだ。なにが今週のパニックを引き起こしたのだろう。

第一の材料は、原油価格の急落だ。3月6日、OPEC(石油輸出国機構)の減産強化案をロシアが拒否した。これを受けてNY先物は3年7カ月ぶりの安値を付けた。9日のNY市場では原油価格が25%下落し、これは29年ぶりの下落幅で金融市場の混乱に拍車をかけ、NY株価は2013ドル下げた。

※詳しくは⇒補足説明①

OPECとロシアなどOPEC非加盟国が、石油の供給量を協調するために2016年末に設立した「OPECプラス」は、世界石油生産の4割を占めています。世界的な需要減退を受けて、OPECのプロデューサーであるサウジアラビアが供給量を減らして石油価格を維持しようと提案したのですが、これをロシアが拒否して協議が決裂し、それならばとサウジアラビアも増産に転じたのです。当然、石油価格は急落します。

ロシアは価格維持よりシェア維持を重視しました。プーチンさんは政権延命のための憲法改正を目前にしていました。そのプーチンさんの支持基盤はエネルギー産業です。かれらが減産してシェアを奪われることを嫌がったわけです。これで原油価格は下落しますから、サウジアラビアは低コストを武器にシェアを獲得することにしました。

日本では石油が安くなればみんな喜びますから良いことのように見えます。しかしロシアやサウジアラビアがシェアを争う相手はアメリカのシェール開発企業です。シェールは高コストですから、石油価格が急落すると採算が悪化します。

さらにアメリカの低格付け(信用の低い)債権の多くは、アメリカのエネルギー企業が発行していました。その低格付け債に金融緩和のマネーが流れ込んでいたのです。このリスクを圧縮(売りまくる)しようとして、市場全体の混乱を招いたのでした。

第二はWHO(世界保健機関)の「パンデミック」表明だ(3月11日)。これが主犯扱いされているが、ぼくはこれを嫌疑不十分として不起訴にする。そもそもパンデミックに明確な基準があるわけでもなく、WHOもその気配を小出しにしていて、表明は時間の問題だと市場は織り込み済みだったからだ。

※詳しくは⇒補足説明②

「パンデミック」とは「すべての人々」という意味で、インフルエンザの世界的流行を指す用語です。過去にコロナウイルスで使ったことはありません。ですからWHOも「パンデミックとみなせる」と表現しています。ここで大切なことは、パンデミックとみなせるというのは、ウイルスの「封じ込め」ではなく影響の緩和へと対応の軸足が移ったという判断を意味しているということです。ですからWHOは繰り返し「入国規制は有効ではない」と指摘しています。ただちに感染の拡大を前提にした取り組みを急がなくてはならないということを言いたいのだと思います。国ごとで検査、治療体制に大きな違いがあればこれを克服し、相互の支援が求められているということだと思います。

隔離すべきは感染者であり外国人ではない、だから何よりも症状のある人の検査が大切だ、こうしたメッセージは届かず、世界は入国規制ドミノに陥っていきました。国際機関の無力さが露呈し、各国の感染対策はダブル、トリプル・スタンダードが乱立し、それぞれが孤立分散していきます。

でも心配なのは、怒りのやり場がないとか責任を誰かにかぶせたいとかでWHOを吊し上げる世論だ。こうなると世界の感染対策が軸を失い、科学ではなく各国の政治状況で対応が決まり、国際協力の方向が見えなくなるだろう。

第三は、入国禁止だ。WHOのパンデミック表明の直後(3月11日)、トランプさんはホワイトハウスからテレビ演説をした。なんとヨーロッパ(イギリスを除く)からの外国人の入国を30日間全面禁止すると言い出した。それも「貿易と貨物も対象だ」と言明して、あとでツイッターで「人だけだ」と言い直す狼狽ぶりだ。それも実施は2日後からだ。事前にEUには何も伝えていない。

翌12日、NY株価は2352ドルも下落し、欧州株も軒並み10%以上安くなった。金も国債も投げ売りが始まった。みんな手元資金を確保しようと大慌てだ。これでアメリカと中国とヨーロッパが分断された。そんなこと、AIさんのデータにもないだろう。だって第二次世界大戦中にもなかったことなのだから。

※詳しくは⇒補足説明③

ホワイトハウスの大統領執務室からのテレビ演説といえば、国家的な危機に際したときの慣例で、アメリカ国民にアメリカ大統領は今ここにいると知らせるための演出です。

そこで示され経済対策は、中小企業の資金繰り支援、納税申告期限の延長、自宅待機者への給与支援、みんなを期待させていた給与減税は意欲を示しただけでした。どれもテレビ演説をするほどのものではありません。すべて入国禁止のインパクトで吹き飛んでしまいます。

すぐにイギリスも入国禁止の対象に加えられました。そりゃそうでしょう。ヨーロッパ大陸の人々はイギリス経由でアメリカに行けるからです。こうしてついに、米英同盟の間に、アトランティックに壁が築かれたのでした。

トランプさんは「アメリカはだいじょうぶだ」、「コロナは温かくなったらなくなる」と言って、大好きな集会を繰り返していました。突然の入国禁止でみんな空港に殺到し、あちこちでクラスター感染危険区域が生まれます。米欧間の空輸貨物の6割は旅客機が運び、そのなかでも医療品や精密部品がが多いといいます(3月15日付日本経済新聞)。「人だけだ」と言っても、ヒトの移動を止めれば、ただちにモノは足りなくなります。

マーケットはあらためて思い知りました。この世界最強のリーダーに、リーダーシップを求めることはできないのだと。

そしてアメリカの消費は株価と強く連動している。いわゆる「資産効果」というやつだ。株価の連動は「逆資産効果」すなわち消費の急減をもたらす。アメリカの消費急減は、世界の需要急減に結びつく。同時にアメリカの行き過ぎた借金体質が深刻なリスクとなる。

4.だから、まだ下がる

今取り込んだ夕刊(3月17日)の一面「NY株暴落2997ドル安」。FRBは15日、1%の緊急利下げでゼロ金利を復活させた。日銀は株(ETF)購入を2倍に増やすと決めた。ぼくは前回のポイント解説にこう書いた。「(3月5日)この日ついに明らかになったのは、中央銀行の緩和政策がもう頼りにならないということだった」と。

そんなことはFRBも日銀もわかっている。そんなことは投資家もわかっている。株価対策では株価は維持できないと。それでも、やらずにおれない。その錯綜が失望を生む。次回また、続きを書くしかない。

日誌資料

  1. 03/04

    ・米、0.5%緊急利下げ(3日) 景気下振れ回避 G7「あらゆる手段活用」
    利下げでもNY株785ドル安(3日) 市場、中銀の限界見透かす
  2. 03/05

    ・大統領選スーパーチューズデー(3日) バイデン氏躍進9勝、サンダース氏4勝
    4日NY株急反発1100ドル高
  3. 03/06

    ・習氏来日延期を発表(5日) 秋以降に
    ・中韓から入国2週間待機 首相表明 ビザも効力停止 経済停滞避けられず
    ・米、9000億円投じ感染抑制 新型コロナ治療薬開発マスク供給
    ・市場、米の感染拡大警戒 NY株969ドル安 円、半年ぶり105円台
  4. 03/07

    ・米雇用2月27.3万人増 市場予測超えも先行き懸念 月内利下げ観測なお
    ・英・EU、漁業や司法で対立 離脱「移行期間」後巡り初交渉 出口見えず
  5. 03/08

    ・OPEC減産強化案、ロシアが拒否 協調崩壊の危機 NY先物3年7カ月ぶり安値
    ・中国貿易新型コロナ打撃 1~2月輸出17%減 操業再開遅れ
  6. 03/09

    ・日経平均2万円割れ 円も急騰、一時101円 NY原油急落、27ドル台 <1>
    ・GDP年7.1%減に下げ 10~12月改定値 設備投資下振れ
  7. 03/10

    ・感染拡大、欧米で加速 中国では急減 <2>
    ・NY株2013ドル安(9日) 下げ幅最大 NY原油25%安 <3>
  8. 03/11

    ・米政権、給与減税を提案 NY株反発、1100ドル高(10日)
    ・サウジが2割増産 来月、石油価格戦争へ
  9. 03/12

    ・WHO、新型コロナ「パンデミックとみなせる」 包括的対策求める(11日)
    ・米、欧州から入国禁止 トランプ氏表明 30日間、英は除外
    ・NY株、1464ドル下落 1カ月で2割下げ(11日)
    ・プーチン体制 安定へ禁じ手 ロシア改憲案。任期「24年以降」に道
  10. 03/13

    ・NY株2352ドル安(12日) 下げ最大 欧州も10%超安 <4>
    日経平均、一時1800円安 週間3318円安
    ・原油価格予想3割下げ 米当局、サウジなど増産で <5>
  11. 03/14

    ・米、国家非常事態を宣言 検査強化に5.4兆円 NY株上げ幅最大1985ドル高
    ・世界で時価総額10兆ドル減 激動の1週間 実体経済悪化を不安視
※PDFでもご覧いただけます
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