週間国際経済2020(12) No.223 04/21~05/01

今週のポイント解説(12) 04/21~05/01

政府はコロナから市場を守れるか

1.価格が壊れた

目を疑った。4月20日のNY原油先物市場で史上初めて価格がマイナスになったという記事を見たときだ。なんと在庫が増えて保管場所が枯渇し、ファンドが投げ売りに出たという。その結果、1バレル=マイナス37.63ドル。ということは売り手は1バレル当たり約4000円支払って原油を引き取ってもらうということになる。これではまるで産業廃棄物扱いだ。

マーケットでは「逆オイルショック」という言葉が飛び交う。1973年の第一次オイルショック、1979年の第二次オイルショックでは原油価格が何倍にも急騰した。今回は逆に4分の1ほどにまで急落したのだ。

振り返って見ると、原油価格は3月20日に一時20ドルを割り込んだが、4月2日に減産見通しから27ドル台まで回復し、また9日に22ドル台にまで下落した。減産しても需要縮小を補いきれないという見方が強まったからだ。そして20日、正午過ぎに10ドルを割ると午後2時過ぎにはゼロに、場が引けるその30分後に一気にマイナス40ドルまで崩れた(4月21日付日本経済新聞夕刊)。

その比率が低下傾向にあるとはいえ、それでも世界のエネルギー消費の30%以上は石油に依存している。その石油が一時的だとはいえ、おカネを払わなければ引き取ってもらえなくなったのだ。「価格が壊れた」と、ぼくは思った。価格が壊れるということは市場が壊れるということであり、それは資本主義が壊れる、すなわち恐慌を意味する。

さて、政府はコロナから市場を守れるだろうか。

※詳しくは⇒補足説明①

ニューヨークで取引されている原油はWTI(West Texas Intermediate)と呼ばれ、おもにテキサス州で産出され、オクラホマ州だけで受け渡しがされます。ですから沿岸部に受け渡し場所がないので保管キャパシティが極めて限られています。産出シェアも小さいことから値動きが激しく、投機の対象になりやすいと言えます。しかし代表的な原油価格指標であり、世界の原油市場(北海ブレント、ドバイ原油など)に波及し、それに金融市場も敏感に反応します。

2.原油価格とトランプ・ディール

世界が人の移動を制限したことで、石油需要は急減した。ここで減産による供給調整がなければ原油価格は下落する。しかし、ある国が減産した空白を減産しなかった国が埋めればシェアを奪われる。3月初めにサウジアラビアが減産を呼びかけたが、ロシアがこれを拒み、ならばとサウジが増産に転じた。

この原油価格の急落は、比較的コストの高いアメリカのシェール業界を直撃した。そこでトランプさんがサウジアラビアとロシアに減産を要請し、これを受けてサウジなどOPECとロシアなどが、4月9日に開いた緊急テレビ会議で5月からの日量1000万バレルの協調減産を決め、アメリカにも協力を求めた(500万バレル減産)。

ところがこれにアメリカは難色を示した。4月12日付日本経済新聞によると、アメリカは「いいとこどり」を狙い、原油安歯止め効果に「ただ乗り」しようとの思惑もにじむ、としている。

しかたなくOPECとロシアなどは13日に再び緊急テレビ会議を開き、メキシコなどに配慮して、協調減産の規模を日量970万バレルに圧縮した。そのうえで再度アメリカに協力を求めることにした。ところがアメリカはまだ態度を明らかにしない。そして20日、NY原油先物価格がマイナスになったのだ。

さてトランプさんの駆け引きは、いいとこどりのただ乗りの賭けに勝ったのだろうか。とんでもない。そもそもアメリカのシェール企業は1バレル=40ドル以下で赤字になる。減産どころか生産停止に追い込まれる。かれらが発行する低格付け債は、FRBに買ってもらわないとたいへんなことになる。

今、国際商品市場(価格)を壊さないようにするためには、そうとうな覚悟の国際協調が必要だ。「自国第一主義」は市場を、価格を壊す。

3.あちこちで価格メカニズムが壊れている

需要と供給が均衡を見つけられないのは国際商品市場だけでない(穀物価格も心配だがまたの機会にしよう)。日本国内でマイナス価格になりかねないのが、不動産だ。

営業自粛で中小店舗が賃料を払えなくなると需要がなくなり、テナントは供給過剰になる。所得を大幅に減らした家計にとっての家賃も同様だ。徐々に、そしてこのままでは一気に不動産所有者の収入はなくなり、銀行借入返済負担や物件の維持費といった支出はなくならない。これは原油の保管コストと同じ理屈だ。

だからこうした状況が長期化すると、不動産価格がマイナスになっても不思議ではない。

そうなれば当然、銀行は大量の不良債権を抱えることになる。家賃の問題は、慈悲ではないのだ。野党は共同で家賃支援の法案提出を準備しているが、安倍さんは与党案を待つという。待てない、5月の家賃が問題なのだ。

今支えなければ、テナントビルの需要は回復しない。ライブハウスや居酒屋なんて、とてもじゃないが怖くて誰も始められない。街にクルーズ船が突っ立ているようなものだ。

※詳しくは⇒補足説明②

野党案は、家賃の支払いを政府系金融機関が肩代わりして1年間の支払いを猶予し、かつ家主が賃料を減額した場合は政府がその一部を補助するというものです。これに対して自民党はあくまで直接支援が重要だから助成金や補助金が必要だと言っています。

ぼくは、まずは賃料肩代わりと猶予を決めて、その後に助成金などを追加すればいいと思います。どちらにせよ資金供与は手続きも複雑で時間もかかることは実証済みですから。

さて、原油と家賃のケースは過剰供給という価格の壊れかただ。一方では、供給不足による価格の壊れかたもある。すぐに思いつくのが、マスクだ。日本のマスク市場はその80%を輸入に依存している。輸入が止まれば国内供給は4分の1になる。一方で需要は、例えば5倍になったとしよう。するとマスクの価格は20倍になるだろう。さらに将来のマスク不足を見込んで買い占めれば、当面の必要量以上の需要が発生するから価格が50倍になっても不思議ではない。

マスク市場の価格メカニズムが壊れたのは台湾や韓国も同じだ。だからマスク供給を市場に任せることをやめた。生産と消費を政府が管理して、マスクマップなどでそれを補完した。配給制に似た政府の市場介入だ。これと日本の転売禁止とかアベノマスクと比較するのはもういいかげんイヤミになるから、ここではドン・キホーテと比べよう。

マスク売り場の値札に「1点目まで298円、2点目以降は9,999円になります」(4月30日付同上)。この記事を読んだ日は、久しぶりに気分が良かった。「賢い話」を久しぶりに聞いたからだ。

ここの店長は、需給のパニックはまだ、小さなアイデアで補うことが可能だということを教えてくれている。例えばぼくは、一斉休校はやむを得ないとして、どうして給食を部分的でも再開をしないのかが不思議でならない。学年別でもいいし、時差をつけても、中学に広げてもいい。ソーシャル・ディスタンスに配慮して、子育て家庭に需要があり、教育現場に需要があり、ここに野菜や牛乳を供給すれば資源は効率的に配分されるのに。

4.「最も恐れるべきは、恐怖それ自体です」

4月7日の安倍さんの会見をボーッと見ていたぼくは、このフレーズにハッとした。かの有名なフランクリン・ルーズベルト大統領就任演説(1933年3月)からの引用であることは、ぼくでもわかる。だから続く安倍さんの言葉に、愕然とした。

「SNSで広がったデマによってトイレットペーパーが店頭で品薄になったことは皆さんの記憶に新しいところだと思います」(キリトリだと言われないようにもう少し)「恐怖に駆られ、拡散された誤った情報に基づいてパニックを起こしてしまう」。日本政府は、価格が壊れている原因は、SNSデマ情報にあると決めつけているのだ。

ネタ元のルーズベルト演説は、まさに世界恐慌によって価格が壊れている惨状に向き合ったものだった。金融資本の利己的な強欲を糾弾し、偏狭なナショナリズムに対する警戒を呼びかけた。そして、「最大の優先課題は、国民を職に就けることである」と断言した。かのフレーズに続く言葉は「理不尽で不当な恐怖は、撤退を前進に転換させるための必要な努力を麻痺させてしまう」。そして壊れた価格を建て直すために、まずは最低賃金と農産物価格維持を保障すると約束した。

安倍演説のライターが誰なのかには興味がない。ただ、誰の言葉であろうと「今、恐れるべきは恐怖それ自体」ということには同意する。そして「恐怖それ自体」の正体は、「無症状者による感染拡大」なのだ。それがクラスターを作り、院内感染を広げ、そのために映画も演劇も場を失い、妊婦は実家に帰省もできないのだ。

検査だ。検査の需要に供給が間に合わないでいる。ソウルや台北では今、夜の屋台で盛り上がっている。平気なのか。そう、それは恐怖と検査という需要と供給が均衡している風景なのだ。SNSデマ情報拡散の威力で言えば、韓国は決して日本に負けない。デマを検査が上回っているだけのことなんだ。

政府はコロナから、命だけではなく市場も守らなくてはならない。だからほとんどの政府は、検査拡充に政治生命を賭けている。そこから逃げれば、消えるだけだ。

日誌資料

  1. 04/21

    ・NY原油、初のマイナス 5月先物投げ売り 在庫増え保管場所枯渇 <1>
    金融市場動揺再び 株・債券にも不安波及 在庫急増で「持つリスク」
    ・EU、企業買収規制強める 中国念頭に審査共有も コロナで株急落、危機感
  2. 04/22

    ・米、52兆円対策で政権と与野党合意 新型コロナ第4弾 中小の給与補填拡充
    ・経済再開3つの条件 米独、制限緩和探る <2>
    感染拡大鈍化 検査拡充 医療体制
    ・伊首相、「封鎖」を段階解除 来月4日から 経済活動、徐々に再開
  3. 04/23

    ・韓国、基幹業種に3.5兆円 航空・自動車など 融資や支払い猶予
    1-3月1.4%減 リーマン後最悪 全国民に災害支援金、所得制限から転換
  4. 04/24

    ・大企業支援、欧米迅速に 米、40兆円拠出 独は11兆円基金
    ・中国、WHOに32億円追加寄付 運営支持を明確に
    ・米経済再開党派で温度差 共和知事、規制緩和前向き 民主知事、慎重姿勢<3>
  5. 04/25

    ・米、死者5万人超す 新型コロナ 世界で20万人に迫る
  6. 04/27

    ・米欧、経済活動再開探る NY州まず建設・製造業 <4>
  7. 04/28

    ・日銀、国債を無制限購入 社債・CP買い入れ枠3倍 総裁「何でもやる」
    ・イタリア、経済活動再開 スペインも緩和へ 感染第2波に懸念
    ・感染者、世界で300万人超す 死者20万人 新興国での増加懸念
    ・トランプ氏「検査、近く倍増」 来月中に週200万件 経済再開急ぐ
  8. 04/29

    ・消毒薬注射発言巡り混乱 トランプ氏「責任ない」
    ・ブラジル大統領 求心力低下 コロナ対策・汚職疑惑で主要閣僚の離反相次ぐ
  9. 04/30

    ・米GDP4.8%減 1-3月 4-6月は戦後最悪の2ケタ減が予測
    ・欧州、経済活動再開相次ぐ 仏も外出制限緩和  <5>
    ・9月入学検討表明 首相、休校長期化を考慮
    ・FRB議長、米経済「復元に時間」 ゼロ金利維持 追加策の検討強調 <6>
  10. 05/01

    ・首相「7日から日常困難」 緊急事態宣言延長へ 補正予算が成立
    ・米、失業保険申請383万件 6週間で3000万件超 6人に1人離職
    ・中国による買収 G7財務省が対策協議 米、日欧に規制強化要請
    ・NY株、33年ぶり上昇率 4月11%、実体経済と乖離
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