週間国際経済2020(24) No.235 08/23~09/03

今週のポイント解説(24) 08/23~09/03

ロックダウン世代

1.オンライン授業

ZOOM上に資料画面を共有し、音声を録音する。コーナーワイプに自分の姿も動画として録画する。レコーディングされたものを大学のWebに登録してオンディマンドで配信する。なんてことはないのだろうけど、ぼくにとってはパニックだった。そう、新しい職場に転職したような気分だ。

幸い、複数の友人の献身的協力によって技術的な問題は少しずつクリアしていけたのだが、授業のイメージが定まらない。はたして「伝わるのだろうか」、不安だ。

ぼくは教員に成り立ての頃、自身の基礎学力の不足を痛感して、密かにNHKの高校講座で「地理」や「数学Ⅱ」などを視聴した。天下のNHKだ、それなのに少し退屈で、そうとう根気のいる学習だった。それをなんと、素人のぼくが似たようなことをやろうとしているのだから。

テレビやネット、新聞でも、大学生たちのオンライン授業に対する不満の声があふれている。どれも至極ごもっともな意見だ。ましてやぼくなんか、売れない芸人よろしく声を張って汗をかいて、なんとか拍手をいただいているようなものだから、ライブでしか通じない。

そして、大学生たちが支払っている授業料は、サービス業界のなかでも突出して高額なのだ。

8月27日付日本経済新聞の見出しを拾ってみよう。「世界の大学『封鎖』解けず」、「秋も遠隔中心、質低下に懸念」、「世代の不利益長期化も」。国内大学も遠隔が続く。7月1日時点で全1012大学のうち対面授業を全面的に実施しているのは15%にとどまっている。遠隔のみが24%、残りが併用だ。

いささか神経質に過ぎるようにも感じる。たしかに中高生と比べて大学生の行動範囲は広い。でも、大学の授業でクラスターが発生したと聞いたことがない。授業以外の行動で感染が広がった大学が世間で袋だたきにあっていることに対する過剰な警戒があるのかもしれない。

ろくでもない対面授業もあれば、すぐれて効果的なオンライン授業もあるから、遠隔すなわち質の低下とはいえない。また大学が負担するコストもいくぶんアップしていると思われる。それでもやはり、大学生たちが受ける不利益は明らかだ。

2.教室から消えた13億人

5月11日付日本経済新聞の見出しだ。ユネスコによると、4月末時点で新型コロナ感染対策による全国的な休校は177カ国・地域で続き、全世界の72%、約13億人が登校できていなかった。7月半ばになってもやはり、全世界の6割超、約10億7000万人がまだ登校できていない(7月26日付同上)。

この秋に始まる学年で、アメリカの小学生の算数の習熟度は本来の37~50%にとどまるという研究もある。とくに低所得世帯の子ども学習は遅れる。世界銀行は有効な手を打たない場合、5ヶ月間の学校閉鎖が子供たちの生涯収入を10兆ドル(約1060兆円)低下させかねないと推計する。

この若者の生涯収入減少によって、アメリカだけでも将来的に被る経済損失が2.5兆ドル、年間GDPの12%に上るという試算もある(米ブルッキングス研究所など)。

もちろん所得水準が低い国ほどオンライン授業の実施率も低い。セーブ・ザ・チルドレン(NGO)の推計では、途上国で約1000万人が将来も学校に戻れず、児童労働や女子の若年結婚のリスクにさらされるという。

8月4日国連は、休校の長期化や家計収入の減少などを通じ、2400万人の子どもや若者が「来年以降、学校に通えなくなる」と試算した(8月6日付同上)。今教育は、世界中でかつてない危機に直面しているのだ。

3.もっと教育に財政投資を

しかたがないでは済まされない。問題は、教育に対する財政支出が決定的に不足しているということだ。先の国連の報告でも、新型コロナ感染拡大前から中所得や低所得の国では年間の教育予算が1.5兆ドル不足していたという。若い世代の生涯収入が10兆ドル減るということは、日本の年間GDPの2倍の需要が減少するということだ。

中・低所得国に限らない。高所得国でも教育への大胆な財政支出は見当たらない。とくに日本のコロナ対策予算では、過去最大規模の財政支出というのだけれど、教育に振り向けられる額は微々たるものだ。子ども、若者はかけがえのない経済資源でもある。今あるべき公共投資を見送れば、将来その埋め合わせは間に合わない。

ぼくは9月入学を支持していた。もともとそうだったとか、国際化の流れだとか、そんなこと今はどうでもいい。緊急事態なのだから、学校教育期間を半年間だけ後にずらしてほしかった。小学校、中学校は登校させればいい。教室で文学、音楽、絵画などに親しめればいい。給食も提供しよう。教員たちはしっかりとリモート授業の準備をすればいい。

高校生も大学入試制度が混乱しているのだから、受験準備期間に余裕ができればいい。高校生も大学生も就職活動を求人が回復するのを待てばいい。留学を断念させたくない。図書館が、実験室が使える環境で卒論を書かせてあげたい。

9月入学は、いつのまにか立ち消えになった。ぼくは日本教育学会の反対意見表明がその契機になったと見ている。そのご意見はしっかりと検討されたのだろうか。その日本教育学会は9月入学に反対する声明の中で「5ヶ月間の学費分の空白は私立大学だけで1兆円近くになる」と強調していた(5月13日付同上)

ぼくは、ならば財政支援をすればいい、そう思った。4月に成立した第1次補正予算では感染収束「後」の対応として例の「Go to キャンペーン」予算1.7兆円が計上された。いやその前に、感染拡大「中」の対応として子ども・若者の教育に投資を考えるべきだろう。かれらも、待ったなしの苦しみのなかにいる。

票にならないところには、予算は付かないのか。

4.ロックダウン世代

国際労働機関(ILO)は5月の報告書で、新型コロナ感染の影響で教育や就職の機会を失ったことで、将来にわたって労働市場で不利益を受ける可能性のある若い世代を「ロックダウン世代」と表現した。ILO報告によると、世界の若者のうち65%は学習量が減少し、働いていた18~29歳のほぼ6人に1人が仕事を辞め、雇用され続けている人でも労働時間が23%減った。

ぼくはこの「ロックダウン世代」という言葉を知って、感じるところが3つある。

第一に、まずは違和感だった。というのも、例えば「ミレニアム世代」だとか、日本では「団塊の世代」だとか、つまり後になって振り返って特徴付ける用語法として馴染んでいるからだ。しかしILOとしては、そうなりかねないから状況を改善するための対策が必要だと警告しているのだろう。

第二に、あえてこの言葉を使う意味もある。若者たちは新型コロナに対して無症状感染が多く、活動も活発なため、えてして感染拡大を媒介する宿主として見られがちだ。小池さんも吉村さんも西村さんも、毎日「若者が」と眉をひそめて指さしする。

それはあまりにも一面的な見方だ。若者たちは、もちろん加害世代などではなく、深刻な被害世代なのだ。財政の教育支援は「見捨てられている」に等しく、それでも莫大な財政赤字のツケを背負う。

第三に、だからこそ、そうだ、この言葉を後生に残してはならない。かれらを「ロックダウン世代」にしてはならない。

日誌資料

  1. 08/23

    ・習氏、早期訪韓へ 高官合意 コロナ後、初の外遊
    ・時価総額、将来期待で高騰 テスラ株PER160倍 100倍超、コロナで6割増
    ・中国、豪の農産品狙い撃ち 食肉・大麦に加えワインも 香港・南シナ海、批判牽制
  2. 08/25

    ・「米雇用1000万人創出」 トランプ氏、再選へ公約発表 共和党大会開幕
    「史上最重要な大統領選」 トランプ氏正式指名 予告なく登場、演説
    ・TikTok、米を提訴 取引禁止の大統領令「違憲」
  3. 08/27

    ・米航空、政府雇用支援終了なら アメリカン、1.9万人従業員削減
    ・イスラエル・アラブ結ぶ米 ポンペオ氏、バーレーンなど歴訪 イラン反発
    ・南シナ海軍事化 米が制裁 中国24社に禁輸措置
    ・中国、南シナ海にミサイル  米偵察機に警告か 米は制裁、応酬激化
  4. 08/28

    ・EV普及にらみ新車競争 ホンダなどテスラ・中国勢追う 各国、補助金で後押し
    ・アップル新OS個人情報保護を強化 ネット広告に制限 FB「望まぬ変更」 <1>
    ・貿易圏「インド抜き」現実味 RCEP閣僚会議欠席 参加呼びかけ発効後も
  5. 08/29

    ・安倍首相辞任(28日)持病再発で職務困難 来月中旬までに総裁選
    ・「米を製造業の超大国に」トランプ氏受諾演説 経済への自信全面 <2>
    「バイデン氏は社会主義者、雇用の破壊者」
    ・EU外相会合 ベラルーシ制裁で合意 対トルコでも準備
    ・NY株161ドル高、6ヶ月ぶりに昨年末上回る
  6. 09/01

    ・求人倍率1.08倍 7月雇用悪化 6年3ヶ月ぶり水準 失業率2.9% <3>
    ・インド成長率、最悪水準 4-6月マイナス23.9% 全土封鎖で供給網不全
  7. 09/02

    ・世界株時価総額最高に 8月末9400兆円 <4>
    米国:ハイテクけん引 中国:昨年末比1.4倍
    ・ユーロ圏物価0.2%下落 8月 16年5月以来のマイナス
    ・米ズーム、売上高4.6倍 在宅勤務関連企業追い風
  8. 09/03

    ・米、中国軍増強に危機感 国防省報告書「一部は米軍を凌駕」 <5>
    ・日米欧中銀の資産増、リーマン後の4倍 コロナ対応の半年 株価堅調も副作用懸念
    ・米財政赤字、前年度比3倍の3.3兆ドル(約350兆円) 今年度、債務最悪に
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