週間国際経済2020(37) No.248 11/29~12/05

今週のポイント解説(37) 11/29~12/05

ガソリン車、新車ゼロへ

1.2030年代半ばまでにガソリン車ゼロ

12月3日付け日本経済新聞夕刊が、経済産業省が2030年代半ばに国内のガソリン車の新車販売をなくす目標を掲げる方向で調整に入ったと報じた。これに続いて東京都が2030年までに都内でガソリン車の新車販売をゼロにする方針を示した。小池さんは、「大都市の責務」だと強調したそうだ(12月9日付け同上)。もちろんこれは、温暖化ガス削減に向けた取り組みのひとつだ。

脱ガソリン車の流れは、世界で加速している。とくにイギリスの動きが目立つ。イギリス政府は、フランス政府とともに2040年までのガソリン車販売禁止を決めていたが、今年2月にそれを2035年までに、そして11月17日にはさらに2030年までに前倒しした。アメリカでも全米新車販売の10%以上を占めるカリフォルニア州、カナダのケベック州も2035年までに禁止すると表明している。中国もはやり2035年までにすべて環境対応車にする方向だ。

だから日本行政の動きもこの流れのなかでとらえればいいのだろうけど、ぼくには気がかりなことがたくさんある。そのひとつが行政のリーダーシップだ。日誌12/03の資料にあるように、日本の自動車メーカーはとっくに電動化目標を立てている。日本行政の対応いかんに関わらず、かれらは世界市場で戦わなくてはならないからだ。

つまり、欧米や中国のように政府が脱ガソリン車の流れを動かしているのではなく、日本では国内企業の走りにあおられ、慌てて政策目標を掲げている感じが拭えない。このことは、課題の実現性に大きく関わってくる。脱ガソリン車による温暖化ガス削減の流れは、自動車メーカーだけではできないからだ。

2.周回遅れの日本の脱炭素

10月26日に招集された臨時国会で菅さんは初の所信表明にのぞみ、温暖化ガスの排出量について「2050年までに全体としてゼロにする」と表明した。このことについてぼくは、「周回遅れ」だとぼやいた(⇒ポイント解説№244)。「2050年実質ゼロ」目標は2015年の「パリ協定」で掲げられ、すでに世界120以上の国・地域が賛同している。

排出量でいえば、日本の温暖化ガス排出の16%を自動車が占めている。しかし排出量の40%は電力部門だ。温暖化対策としての脱ガソリン車ならば、それを動かす電力の脱炭素化が前提になる。

しかし日本の脱炭素は、25年間停滞していると指摘されている(11月22日同上)。例えば同じGDPを生み出すためにどれだけ二酸化炭素を排出したかを国際比較すると、日本は1990年代から横ばい、この間にアメリカ、イギリス、ドイツ、フランスは2分の1から3分の1に圧縮されている。その結果、電力1キロワットあたりの二酸化炭素排出量はそれら欧米各国の2倍近くになっている。

やはりその原因は、再生可能エネルギーへの取り組みの遅れだ。2019年度の日本の発電量に占める再生エネの割合は18%だが、ドイツは42%、イギリス39%、スペイン38%、中国でも(でも?)28%に達している。

自動車だけを脱ガソリン化しても、それを動かす電力の脱炭素化が進まなければ、脱ガソリン車は「環境車」たりえないことは言うまでもない。

3.山積する温暖化ガス削減課題

まず、本当に2030年代半ばまでにガソリン車の新車販売をゼロにすることができるのか。例えば、軽自動車だ。国内の新車販売台数ランキングの1位から5位までは軽自動車だ。これらをEV化すれば価格面の競争力が失われる。

次に、ガソリン車の新車販売をゼロにしても脱ガソリン車が売れなければ、それまでに販売されたガソリン車の運行年数が延長されるだけのことだ。そうなればむしろ平均的な燃費性能は低下し、温暖化ガス排出量が増える。だからEUは、新車だけでなく2030年までに排ガスゼロ車を3000万台(乗用車の15%程度)普及させる目標を打ち出した(12月10日付同上)。

さらに、自動車産業は関連産業の裾野が広い。代表的なのが製鉄だろう。製鉄業は製造業で二酸化炭素排出量がダントツに高い(42%以上)。また、知らなかったが電気自動車は製造時にガソリン車の2倍近い二酸化炭素を排出するという(12月10日付同上)。

そして誰もが知っていることだが、脱ガソリン車政策の要は電気自動車の充電インフラの整備だ。この点で日本は、周回遅れどころではない。国際エネルギー機関によると、昨年世界の公共充電スタンドは前年比で60%増加して86万カ所を超えたが、その6割は中国だという。EUも走行可能距離に応じたEU全域の充電スタンド網の整備に取り組んでいる。

はたしてインフラなき市場で新規需要が拡大するだろう。

4.問われる日本行政の本気度

日本の脱ガソリン車の流れは、自動車メーカーが先行して、これにあおられるように行政が後追いしている感じだと書いた。そして、それが課題の実現性に大きく関わってくると。

たしかに日本の自動車メーカーは、流れに遅れてはいない。心配なのは、しかしかれらは日本で売るつもりなのだろうかということだ。例えば日産は、中国向けの販売を2025年までにすべて電動車に切り替えるという(11月1日付同上)。

またその中国は、電気自動車(EV)の世界への輸出拠点になっている。すでに世界のEV生産の約4割を中国が占めている。テスラもBMWも日産もトヨタも、続々と中国での生産拠点を稼働あるいは計画している。これにともなってリチウム電池など部品・素材企業も中国現地生産を進め、そうした部材集積がまた本体生産を呼び込む。

ぼくは心配だ。日本は脱ガソリン車の流れから取り残されるのではないだろうか。日本企業は、間違いなくこの流れに乗るだろう。でも、日本市場は、日本の生産はどうなるのだろう。

ぼくは心配だ。2030年代半ばの日本国内ではガソリン車の軽自動車と、車検更新を重ねた乗用車が走り続け、日本の自動車メーカーは海外で生産し海外に販売する。すると、日本政府あるいは東京都が新しいガソリン車販売を禁じても、古いガソリン車が増えることになる。全体として、ガソリン車はゼロどころか減らない。

大きなビジョンが見えないと言われた菅さんは「温暖化ガス2050年ゼロ」をぶち上げた。経産省はこれにあわせて「2030年代半ばまでにガソリン車ゼロ」と続いた。すぐさま小池さんは「大都市の責務」と5年早くゼロにすると負けん気をだす。

この人たちは、本気なのだろうか。情勢に後追いで、その場限りの「目玉政策」でしのごうとする。そんな新型コロナ対策の行政責任者でもあるこの人々の、本気度が心配だ。

日誌資料

  1. 11/29

    ・リブラ「米ドル版から」フェイスブック デジタル通貨、来年にも発行
  2. 11/30

    ・バイデン政権、広報の中枢7人全員女性に 多様性を重視
    ・「最高裁持ち込み困難」トランプ氏発言 法廷闘争は継続
  3. 12/01

    ・財務長官にイエレン氏 米経済再生、女性に託す 主要2ポストも
    ・NY株、11月11.8%高 87年1月以来の上昇率 <1>
    ・Zoom純利益90倍 8~10月、企業の利用定着
    ・失業率3.1%に悪化 10月、求人倍率上昇も雇用なお厳しく <2>
  4. 12/02

    ・米、早期に大型公共投資 バイデン氏、中小・雇用に重点
    対中関税・合意「当面維持」
  5. 12/03

    ・英、コロナワクチン承認 ファイザー、7日にも接種
    ・EU、対米関係改善へコロナ・環境など4分野で協力提案
    ・中国がアプリの個人情報収集を規制 巨大IT企業けん制も
    ・ガソリン車新車ゼロへ 経産省目標30年代半ばに 電動車に切り替え <3>
    HV含む 20年代後半、自動車に排出枠取引制度 販売目標課す
    ・香港、周庭氏禁固10月 昨年のデモ巡り実刑判決
    ・新興国への資金流入最大 11月8兆円、株高・通貨高に <4>
  6. 12/04

    ・追加経済対策、支出積み上げへ 34兆円「需要不足」穴埋め 量ありき効果に懸念
    ・ドコモ、本体で値下げ 20ギガ月2980円、来年3月から
    ・EU、政治広告規制へ 「民主主義行動計画」の柱に 偽情報拡散罰則も <5>
    ・世界の死者150万人超 新型コロナ 米は1日2800人 医療人材不足問題に
    ・協調減産を縮小 OPECプラス、来月から 日量770万バレルから720万バレルに
  7. 12/05

    ・首相、脱炭素支援2兆円基金 デジタル化1兆円 <6>
    経済成長へ大型基金 使途や効果検証、課題に
    ・大飯原発 許可取り消し 大阪地方裁判所「(地震規模)審査不十分で違法」
    ・バイデン氏、財政出動要請 超党派の9000億ドル(約93兆円)案支持
    NY株248ドル高 最高値を更新 追加経済対策に期待
    ・米、対中輸出が最大 10月 トランプ氏重視の大豆増(約3倍)
    ・英EU、FTAで首脳協議 年末期限、漁業権などで溝
※PDFでもご覧いただけます
ico_pdf