週間国際経済2020(38) No.249 12/06~12/12

今週のポイント解説(38) 12/06~12/12

みんながGo toすると、やがてみんなGo toできなくなる

1.合成の誤謬

経済学は、「人間は合理的な選択をする」という怪しげな前提の上に体系が築かれている。その一方で、個人にとって合理的な選択が全体にとって不合理となる場合を認めている。それがいわゆる「合成の誤謬」だ。

ぼくたちが習ったのは、「みんなが預金を増やすと、やがて全体の預金額は減る」という例題だ。雇用や老後が不安で貯蓄を増やす。今消費するか、将来消費するかのトレードオフだ。個人のレベルでは貯蓄を増やすことは合理的選択だろう。しかし「みんなが預金を増やす」ということは今の消費が減るということで、それは売り上げが減るということだから、企業は利益を確保するために経費を削減し、賃金を抑えようとし、所得が減れば貯蓄を食い潰さなくてはならなくなる。

全体の貯蓄が不足すれば、金利が上昇し、投資も消費もコストの負担が大きくなり、財政支出余力も小さくなって福祉が削減される。これは、不合理だ。

2.Go toすることは合理的だ

個人にとって合理的選択とは、「効用(満足度)」の最大化だ。ハイグレードな旅行を格安料金でするか、社会のために自粛するか、どちらの満足度が大きいのだろう。この選択に35%割引にお土産や食事のクーポンが付くという絶大なインセンティブが政策的に付与された。

間違いなく多くの人々にとって、Go toすることが合理的な選択だ。そして「人間は合理的な選択をする」ということは前提とすれば、Go toできる人はみんなGo toする。その結果の不合理とは、感染拡大によってGo toできなくなることだ。

その通りになった。Go toは全国一斉停止となった。Go to付きだからみんな宿泊のランクを上げた(合理的だ)。停止になればキャンセルする(合理的だ)。もう一度、普段通りのランクで予約し直すのか。いや、全国一斉停止という自粛空気が「逆インセンティブ」となる。不合理だ。

3.両輪ではなかった

感染拡大抑制と「経済を回す」は両輪だという。みんな「経済を回すな」とは言えないから、Go toに反対できない。でもこれらは「両輪」ではなかった。

いうまでもなく、Go Toは移動促進だ。菅さんは「それが感染を拡大させたというエビデンスはない」と得意げに言う。まず、そりゃそうだろう。始まったばかりだからだ。エビデンスが出るころには、感染拡大は取り返しがつかない状態になっているだろう。

また、欧米では夏のバカンスによる人の移動が感染拡大を引き起こしたとする専門家たちの合意がある。菅さんは「日本は例外だ」とするエビデンスを示さなければならないが。そんなことはできない。まだ始まったばかりだからだ。なんとくだらない議論だろう。

両輪ではないというのは、感染拡大抑制の車輪がそのままだということからも分る。日本の感染対策は濃厚接触者の追跡によるクラスター潰しだ。ところが移動が急増すると当然、感染経路不明が急増する。つまりGo toは、既存の感染対策を無力化する。

Go toで「経済を回す」つもりなら、移動激増に対応した感染対策を再構築して、ようやく両輪となりえるかもしれない。しかし対策は旅行先での手洗い、マスク、3密回避だという。だとすれば移動しない場合と移動した場合のそれら「対策」の効果を比較しなくてはならない。おそらく「地元と新宿」、「リモートと通勤」くらいの違いがあるだろう。

4.そもそものGo to

4月7日、安倍首相は緊急事態宣言を発出し、その日の臨時閣議で緊急経済対策を決定した。このときぼくは「Go to キャンペーン」という言葉と出会った。政府はコロナ終息後を「V字回復フェーズ」と位置づけ、官民一体型の消費喚起策としてこれを予算に組み入れた。

ぼくは、緊急事態宣言にともなう支出に「コロナ終息後」が入っていることに強い違和感を覚えた。でも、このように解釈した。「これはオリンピック延期コストだな」と。東京オリンピックのインバウンド需要に対応するため宿泊施設が大量に供給されたが、これらはオリンピックが延期されなくても、オリンピック後には過剰供給とならざるを得ない。この需要を下支えするための政策だと。

それにしても、あくまでも「終息後」だという理解だ。ところが第2波が完全に収まらず遠からず第3波が想定されているなかで、始動した。ぼくの勝手な解釈に基づけば、コロナ感染拡大状況に関係なく、オリンピック需要に対する宿泊施設過剰供給に対応する政策が、このとき自動的にオンになったと。

だとすれば(あくまでも、だとすれば)、この政策設計は状況に対応できない。つまりオリンピック需要後の過剰供給対策だとしても、コロナ終息後の消費喚起策だとしても、この車にブレーキは必要ない。反対に、感染拡大中には運転できない車なのだ。

5.Go toで経済は回るのか

さて、感染終息後に制度設計されたGo toは、感染拡大中にも経済効果が期待できるのだろうか。ぼくは、感染拡大中の旅行需要で宿泊施設過剰供給を稼働させることに無理を感じる。なぜならば、Go toインセンティブは価格帯の高い宿泊施設に選択が偏るからだ。

旅行だけではない、宿泊をともなうビジネスの移動でも同じことがいえる。通常なら1泊7000円のビジネスホテルを利用している顧客は、1万円以上のシティホテルにグレードアップしてもおつりと飲食クーポンを得ることができるから、この選択は合理的だからだ。

感染終息後ならば、高価格帯供給を上回る需要があるだろうから、低価格帯にも恩恵が期待できる。しかしこの時期にGo toが作動すると、低価格帯宿泊施設は従来の固定客も高価格帯に奪われてしまう。それでも、そこに感染対策コストが重くのしかかってくる。こうした低価格帯宿泊施設はおおむね資金余力もなく、追加コストの単価も高くなる。

低価格帯に特化した旅行業者でも、追加コストが発生する。例えば修学旅行だ。単価は小さくても大人数だから、この費用の割引分は当面旅行業者が負担し、借り入れを行う。Go to資金が振り込まれるまで何ヶ月もこの負債を抱えなくてはならない。

6.求められる政策の「賢さ」

アメリカを対象にした分析だが、12月2日付日本経済新聞にハーバード大学教授の提言が紹介されていた。今回は過去の不況よりもダメージを受けた地域・所得層が偏っているのが特徴で、「ピンポイントで狙った支援」が求められ、規模ではなく「賢さ」こそが政策の効果を決めるというものだ。

安倍政権も菅政権も、財政支出の総額とその対GDP比などを誇る。いうまでもなく日本の財政赤字は対GDP比で世界最大だ。それだけに規模ではなく効果を追究するべきだろう。

所得が減らず余暇のある人々にGo toの恩恵が与えられる。非正規雇用の人々にはどうだろう。資本力のある宿泊施設には恩恵が与えられる。大多数の小規模業者にはどうだろう。

Go to予算のうち1.7兆円のうち0.3兆円はすでに業務委託費として支出されている。のこる1.4兆円のうち0.3兆円が消化されているという。

さて、移動のインセンティブはおおいに刺激され、自粛のモチベーションは著しく低下した。感染拡大との因果関係にはエビデンスがないとおっしゃるのだけれども、結果的に感染は急増し、感染拡大時の制度設計(ブレーキ)がないGo toは、強制的に停止させるしかなくなった。

宿泊業者も旅行業者も本来アテにしていた年末年始需要が吹き飛ぶ。Go toを利用しているサービスをキャンセルすることは消費者にとって合理的な選択だし、あらためてグレードを下げた宿泊を予約するモチベーションは自粛ムードで大きく低下する。予約の半分を政府が補填したとしても、飲食の仕入れや人員の増加など、Go toゆえの追加コストはとても埋まらない。なにより、業務量の追加が半端ではない。

これは、想定外の事態なのだろうか。レース用の車が混雑する公道を走行すればエンストを起こす。それで事故になれば、それは運転手の過失だ。政府は7~9月の「需要不足」を年換算で34兆円と試算している。この1.7兆円の消費喚起策が「経済を回す」目玉政策で、他にはこれといった政策が見当たらない。そしてそのGo toも急停止された。

みんながGo toすれば、やがてみんながGo toできなくなる。合理的な選択が不合理な「逆Go to効果」が発生する。ぼくはここで政策の「賢さ」を問い直しているのではない。「無策」を指摘しているのだ。

日誌資料

  1. 12/06

    ・バイデン氏、正式に選挙人過半数 トランプ氏、訴訟・造反に最後の望み
    ・デジタル人民元 スマホ接触で送金 中国が蘇州市で実証実験拡充
  2. 12/07

    ・コロナ重症、第一波の1.6倍 経産相
    ・欧州のEV電池25年に生産1.5倍 韓国勢先行 日本勢「全固体」開発急ぐ
    ・米ワクチン「数日で許可」 一般向け来年2~3月 米国民「接種しない」4割
  3. 12/08

    ・米国防長官にオースティン氏 米報道、初の黒人起用へ
    ・経常黒字、10月15.7%増 輸出3.2%減、輸入15.2%減で貿易黒字4.3倍 <1>
  4. 12/09

    ・税収8兆円下振れ 今年度55兆円 国債、初の100兆円超
    ・共和党「郵便投票無効」を米最高裁認めず トランプ氏に痛手
    ・英、巨大ITの規制案公表 「公正な競争阻害」制裁金最大、売上高10%
  5. 12/10

    ・年収200万円から2割負担 75歳以上医療費 22年10月導入 <2>
    対象者370万人 現役世代負担年880億円減
    ・EU,排ガスゼロ車3000万台 30年まで、普及15%目標 運輸部門で脱炭素 <3>
    ⇒ポイント解説№248「ガソリン車、新車ゼロへ」参照
    ・米、インスタグラム売却要求 フェイスブックを提訴 独禁法違反 <4>
    「競争潰し」過去買収も追究 米連邦取引委員会 「ワッツアップ」も
  6. 12/10

    ・フランス当局 グーグル、アマゾンに罰金 利用者同意なく閲覧履歴取得
    ・米通商代表タイ氏 バイデン氏が起用 アジア系女性
  7. 12/11

    ・日鉄50年に排出ゼロ 水素利用や電炉導入 製鉄は製造業CO?排出量の4割超
    ・欧州中銀が追加緩和 資産購入枠60兆円拡大 期限も延長
    ・大阪万博建設費最大1850億円 当初試算から5割増、人件・資材費高騰
    ・英首相、FTAなし「強い可能性」 EUに圧力
    ・国土強靱化に5年で15兆円 閣議決定、123事業に
    ・イスラエルとモロッコ 米仲介で国交正常化に合意 アラブ諸国4ヵ国目
  8. 12/12

    ・「勝負の3週間」減らぬ人出 自粛に緩み 店も客も <5>
    ・EU復興基金95兆円規模 景気回復へひとまず結束 <6>
    ・次期戦闘機、開発体制固まる 三菱主導、ロッキード支援 約90機、5兆円規模
    ・世界感染、半月で1000万人増 米の死者連日3000人超す
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