週間国際経済2020(39) No.250 12/13~12/19

今週のポイント解説(39) 12/13~12/19

巨大IT企業に身構える国家

<ポイント> 米中貿易戦争は米中デジタル覇権争いに過熱していき、デジタル世界のデカップリングが進展している。2019年から2020年夏過ぎ頃まで、このストーリーには説得力があった。しかしアメリカ大統領選挙以降、このストーリーに大幅な変更が求められるようになっている。デジタル社会の覇権は米中対立ではなく、巨大IT企業対国家というストーリーに移行しているように見える。なぜ国家は巨大IT企業に身構えるのか。なぜ巨大IT企業は予想を超えて急速に強大になったのか。その背景を考えてみよう。

1.米中デジタル覇権争いでは説明ができなくなっている

本格的なデジタル社会の到来を示す「第4次産業革命」という言葉がダボス会議で発信されたのは2016年、それは輝かしい未来なのだろうか。GAFAに代表されるニュー・モノポリーの弊害と、その規制の必要性が早くから指摘されていた。

しかし、同時に米中貿易戦争が米中デジタル覇権争いに過熱していく。トランプ政権によるファーウェイ封じ込めや、Tiktokとウィーチャットの利用禁止のドタバタ(実際に今うやむやになっている)を、ぼくたちは少し冷めた視線で観察していた。    

そうした流れに変化を感じたのは、2020年の夏だ。6月、アメリカ議会下院がGAFA調査を開始したが、まだメデイアの扱いは大きくなかった。しかし7月、アメリカ司法省がGAFA調査を開始し、下院ではGAFAの経営責任者を呼びつけた公聴会が開かれたのだが、この「一大イベント」は大いに注目された。なかでも関心を集めたのが「反トラスト法」の解釈変更だが、ぼくはその意義を肯定的に評価していた。

でも同時に、「選挙パフォーマンスの色合いは濃い」と書いていた。「GAFA叩きは票になる」と見ていたからだ。10月に上院でグーグル、フェイスブック、ツイッター3社に対する公聴会が開かれたときも、ぼくの見方は大きく変わることはなかった。

ところがアメリカ大統領選挙の投票が終わり、まるで堰を切ったかのように巨大IT企業に対する訴訟が連続する。12月9日、アメリカ連邦取引委員会はフェイスブックを反トラスト法違反で提訴し、インスタグラムなどの売却を要求した。12日にはテキサスなど10州の司法長官がグーグルの広告事業を競争排除の疑いで提訴、17日にはコロラド州など38州の司法長官がグーグルを「検索で自社優遇」していると提訴した。

そしてこうした動きは、アメリカにとどまるものではなかった。

2.ヨーロッパの巨大IT企業規制

まずは12月8日、イギリスの競争・市場庁がデジタル市場の新たな規制案を公表した。巨大IT企業を念頭に、公正な競争環境を害したと判断すれば最大で世界売上高の10%にあたる制裁金を科せるようにするという。

12月15日、イギリスに続いてEUが包括的なデジタル規制案を公表した(欧州委員会)。それは「デジタルサービス法」と「デジタル市場法」という2つの法案からなり、自社サイトでの自社サービスの優遇を禁止し、違反すれば世界の売上高の最大10%の罰金、また違法コンテンツに削除などの迅速な対応を義務化し、違反すれば同じく最大6%の罰金を科するというものだ。

対象は4500万人以上の利用者を抱える企業ということだから、名指しこそしてはいないが、事実上のGAFA規制だ(もちろん中国系ネット企業に対するけん制も含まれているだろう)。これまでEUは、事後的な摘発で罰金を科してきたが、それを事前規制に軸足を移したと指摘されている(12月16日付日本経済新聞)。

3.中国、ネット企業独占排除

EUの包括的デジタル規制案公表が12月15日、アメリカ38州のグーグル提訴第3弾が17日、さて中国ネット企業は野放しなのか。そう心配した直後の18日、中国の習近平指導部は2021年の経済運営方針を決める「中央経済工作会議」を終え、ネット企業を念頭に独占を禁じる方針を打ち出した。

続く21日、全国人民代表大会(中国の国会に相当)の報道官は、21年の法改正を審議する重点法案として独禁法を挙げた。改正案では罰則規定が強化されただけではなく、新たに公安当局も調査に参加できるなども盛り込まれたという(12月24日付同上)。

そして24日、中国の規制当局がアリババ集団を独禁法違反の疑いで調査を始めたと発表した。ネット通販で、取引先の企業にライバル企業と取引しないように求めた疑いで、立件に向けた調査だという(具体的な違反内容の詳細は明かされていない)。

4.なぜ巨大IT企業は国家にとって脅威なのか

第一に、政治だ。巨大IT企業の政治的影響力は弊害を超えて脅威となっている。EUの欧州委員会は12月3日「欧州民主主義行動計画」を発表し、SNSに掲載される政治広告の規制がその柱になっている。とくに「マイクロターゲティング」と呼ばれる個人の好みや行動を分析して把握する手法が、投票行動の操作に使われかねないと警戒している。偽情報には罰金を科す方針も打ち出した(12月4日付同上)。

アメリカでもSNS政治広告は、2016年の大統領選挙へのロシアによる干渉が議会で問題になり、大統領選期間中にはツイッターの政治広告掲載中止やグーグルの自主規制といったように、企業側を譲歩に追い込んでいる。

巨大IT企業の政治的脅威は、民主主義に対してだけではない、強権的な国家でも結論は同じだ。中国政府にとって最大の関心は、共産党による指導の堅持だ。それは世論の監視を基礎としているが、その世論の収集、分析をいつしかネット企業に依存するようになっている。ネット企業が世論を形成する潜在的脅威は高まっている。

第二に独占、つまり競争の排除だ。アメリカもヨーロッパもコロナ・ショックからの立ち直りには雇用の回復が大前提になっている。しかし巨大IT企業による市場支配は、雇用を増やさない、むしろサービス部門での省人化を促進する。そのサービス部門における中小企業の復活のためには、独占による弊害を取り除かなくてはならない。

いち早くコロナ感染を終息させたという中国経済も、同じ課題を抱える。当面、外需(輸出)の伸びが期待できないなかで、習近平指導部は巨大IT企業が零細小売店の利益を圧迫していると見ている。ネット企業による独占は、内需と外需の「双循環」型経済成長にとって有害だと認識しているのだ。

第三に、金融。巨大IT企業の利用者は、それぞれ優に10億人を超える。それぞれのネット空間上の取引決済に、それぞれのデジタル通貨が利用されれば、一気にいくつもの巨大通貨圏が誕生する。フェイスブックのリブラは「ディエム」に改名して発行を目指しているし、アリババ集団傘下アントの「アリペイ」やテンセントの「ウィーチャットペイ」は、その気になればいつでも一部金融機能を代替することができる(アント、テンセントなどは中国当局の指導により12月21日に預金仲介サービスを停止した)。

主要国中央銀行によるデジタル通貨構想にとっても、最大の脅威はこれら巨大IT企業だ。主要国のコロナ対策財政支出の膨張と、異次元の金融緩和が長期化する見通しの中で各国法定通貨の信認は著しく低下し、その警戒心はいっそう強くなっている。

5.なぜ巨大IT企業は急速に強大化したのか

第一に指摘するべきは、国際的規制の破綻だ。巨大IT企業は文字通り国境なきグローバル企業だから、かれらのデータ独占とその弊害を制御するためには国際的協調が不可欠だ。しかしトランプ政権の「自国第一主義」は、G7、G20およびOECDなどによるこの分野の国際協調にも背を向けた。そして「中国封じ込め」に血眼になり、デジタル・デカップリングを追究した。その結果、アメリカではアメリカIT企業に、中国では中国IT企業に競争なき独占市場を与えた。

第二に、金融緩和とコロナ・パンデミックの相乗作用が巨大IT企業をさらに強大化させた。トランプ政権はFRBの金融正常化(利上げと資産縮小)を疎ましく思い、緩和政策継続へと政治的圧力をかけた。そして緩和マネーが株式市場に流れ込むなかで米中貿易戦争を仕掛け、株は買われる株と売られる株に分れ、IT株は買われた。

その後のコロナ対策でさらに金融緩和は強化され、国債利回りの低下もあってNY株価は高騰した。これをけん引したのもIT株だった。移動の制限は買われる株と売られる株を峻別し、やはりIT株は買われた。

資金力だけではない。コロナ・パンデミックは「第4次産業革命」、つまり社会のデジタル化を急加速させ、独占的な巨大IT企業の社会的影響力は予想をはるかに超えて強大なものにしていった。

第三に、この背景には「政治の劣化」があるとぼくは感じている。学生たちの多くは、授業でいくら独占の弊害を説明しても(プライバシー保護には少し反応しながらも)、身近で便利なGAFAに対する政府の規制を支持しない(中国のネット企業規制は大賛成なのだが)。彼らにとって、いやぼくを含む多くの人々にとって、政治は賢くなく、GAFAは賢いのだ。多くの人々にとって政治はまったく信用できず、GAFAはある程度信用できるのだ。そして彼らの判断材料は、そのGAFAたちが提供しているのだ。覇権とは「合意された支配」なのだ。

はたして巨大IT企業に身構える国家は、自らに何を問うべきなのだろうか。デジタル社会の覇権の行方は、そこにかかっていると思う。

日誌資料

  1. 12/13

    ・今年度新規国債112兆円(過去最大は09年度52兆円) 政府調整 <1>
    ・ワクチン格差 貧困国国民9割、来年接種できず 公平な分配課題に
  2. 12/14

    ・英EU、FTA交渉継続で合意
  3. 12/15

    ・Go to全国一斉停止(14日政府決定)トラベル28日~来月11日 <2>
    東京・名古屋などは先行 年末年始の旅行・外食直撃 首相、支持率低下に危機感
    現場混乱、支援拡充へ 時短要請、地方に拡大
    ・アプリの個人情報利用開示 アップル、開発者に義務化 <3>
    ・米コロナ死者30万人超 NY市、屋内の飲食を規制 ロンドンも店内営業禁止
    ・医療費「2割負担」閣議決定 年収200万円以上 75歳以上の23%が対象
  4. 12/16

    ・米大統領バイデン氏確定 民主主義修復へ試練 来月20日就任 <4>
    ・EU、巨大ITに包括規制 20年ぶり抜本策 自社優遇禁じる <5>
    違法コンテンツへの対応も義務化 摘発・罰金から事前規制に 小規模企業には規制緩く
    ・輸出、マイナス幅拡大 11月4.2%減、自動車低迷 <6>
    ・バイデン氏、運輸長官にブティジェッジ氏起用 同性愛者公言する初の閣僚
    大統領選予備選公約「気候変動は脅威」 燃費規制、再び強化
  5. 12/17

    ・日米欧、GDP下振れ(10~12月民間予測) 感染再拡大 観光・外食打撃
    ・英、食品や日用品高騰も FTA決裂なら EUへの依存強く <7>
    ・グーグル広告事業提訴 米10州、競合排除の疑い
    ・米、量的緩和を長期維持 FRB「今後数ヶ月」から「完全雇用近づくまで」に
    ・東芝、5年で1兆円投資 再生エネ買収など検討
  6. 12/18

    ・グーグル提訴第3弾 米38州司法長官 「検索で自社優遇」独禁法違反
    グーグルは反論「手数料は業界平均以下」
    ・ベトナム対米黒字、日本超え 中国から生産移管 米は「為替操作国」で警戒
    ・ファイザー、コロナワクチン日本初申請 年度内接種めざす
  7. 12/19

    ・中国、ネット企業念頭独占排除 経済の最重要会議で方針
    金融参入、監督を強化 TPP加入を検討 不動産市場は安定はかる
    ・米、モデルナ製承認 コロナワクチン2例目 来週以降に接種開始
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