週間国際経済2021(8) No.258 03/14~03/23

今週の時事評論(8) 03/14~03/23

米中関係についてのぼくの少しうがった見方(後半)

1.アラスカ劇場

3月18日、米中外交のトップ会談があった。中国側は楊共産党政治局員と王外相、アメリカ側はブリンケン国務長官とサリバン大統領補佐官。楊さんは駐米大使から外相を歴任した中国きってのアメリカ通、王さんも外相として経験が長い。ブリンケンさんとサリバンさんはともにオバマ政権の外交安保チームだった。みんな旧知の仲だ。だから挨拶は、ブリンケンさん「お久しぶりです。お元気そうでなにより」、楊さん「またお会いできてうれしいです」、これでよさそうなものだ。

ところが冒頭ブリンケンさんは「ウイグル、香港、台湾、サイバー攻撃、経済的な強制行為」と中国の問題点を列挙し、「世界の安定を維持するルールに基づく秩序を脅かしている」と猛烈に批判した。これに対して楊さんは「中国が支持するのは国連と国際法に裏付けられた国際秩序だ。一部の国が提唱するルールではない」、続けて「アメリカ国民の多くが民主主義に対する信頼を失っている」、さらに「内政干渉に断固反対する」と猛反撃した。

するとブリンケンさんは冒頭のやりとりを映し終えて退出しようとするメディアをわざわざ呼び止めて、再び「日本や韓国から深い懸念を聞いている」と「みんなそう言っている論」で言い返し、すると楊さんもやはりメデイアを引き留めて「中国を見下すのか。必要な礼儀作法に従え」とキレ口調でまくしたてた。

「見事なチームワークだ」、さすがにそれはうがち過ぎかもしれないが、テレビを見ていたぼくは思わずそう唸った。どちらも自国メディアを通じて「こう言ってやれ」と期待する自国民に対してアピールすることに成功した。

2.物別れネタ

報道によるとこの外交トップ会談は、共同文書をとりまとめる予定がなかった。つまり初めから物別れで終わるセッティングだったということだ。ただし、「見せたいこと」ではなく「伝えたいこと」は双方サブの立場の同席者の役割だった。サリバンさん、「われわれは衝突を求めていないが、競争は歓迎する」。対して王さん、「内政干渉を通じて主導権を握ろうとすることはやめるよう促す」。

ぼくが今後「2021年3月の米中アラスカ劇場」と言えば、このやりとりを指す。

わざわざ中国がアラスカまで足を運んだのは「中国は経済制裁解除(とくに半導体の輸出規制)を望んでいたはずだ」という専門家の見解を読んだ(3月21日付日本経済新聞)。専門家の指摘なのだからそうとうの根拠があるに違いない。でも素人のぼくはとてもそうは思えない。これは外交トップ会談だから通商問題は持ち場が違うというのもそうだけど、その持ち場であるアメリカ通商代表部は、中国に対しては人権問題を最優先とするとする通商方針を議会に提出している(3月1日)。中国が譲歩するはずがないことを最優先にする、つまりこれはアメリカが当面中国に対して貿易問題でディールをすることはないというメッセージだと思うからだ。

一方中国は、義和団の乱~北京議定書(1901年)から120年を迎え、これを中国共産党100年と重ねている。会談の席を蹴ってこそ、観客は拍手喝采となる。事実、楊さんはアメリカに対して啖呵を切って英雄視されている。彼は来年の党大会で引退するだろうから花道だ。

茶番とはいえぼくはこの演目がとても不気味だ。というのも、高校の授業で習ったように、この北京議定書による巨額の賠償金で清朝を滅亡に追いやった西洋列強の中には、西洋ではない日本が入っているのだから。

3.自由で開かれたインド太平洋構想

トランプさんが貿易戦争ごっこをしている間に、アジアにおける米中軍事バランスは大きく中国に傾いた。アメリカとしてはなんとしても中国海軍のインド洋および太平洋への海洋進出を食い止めなければならない。

3月13日、日米とインド、オーストラリア4ヵ国の首脳協議(オンライン)を開催した。この日米豪印は2017年に局長級会合、2019年に外相会談を実施し、「自由で開かれたインド太平洋構想」の戦略的枠組みと見なされ、4ヵ国だからクアッド(Quad)と呼ばれるようになった。

今回初めて首脳協議に格上げされたのだが、最大のハードルはインド首脳の参加だ。インドと言えば「非同盟」、たとえ中国やパキスタンと国境紛争を繰り返そうと敵の敵と同盟関係を結ぶことはしてこなかった。首脳が参加する「中国封じ込め」協議は避けたいのが建て前だ。バイデンさんの誘いにインドのモディ首相は難色を示していたという。

そこでバイデンさんは、ワクチンを軸とした協力関係ならどうかと提案した。インド製ワクチン増産のために日米が資金面などで協力するというのだ。これでモディさんは誘い出された。ぼくは首をかしげる。ワクチンについてアメリカは国内に囲い込んでいる、日本は供給の目処が立たないでいる。それでも中国製ワクチンの新興国供与という「ワクチン外交」に対抗しようという算段だ。それが「自由で開かれた」日米豪印の「精神」(共同声明)だというのだから(ちなみにその後インドはワクチンの輸出を禁止した)。

あわせてレアアースなどの供給網見直しについても協議するという。中国の独占的世界シェアへの脱依存が意識されたものだ。それにしても、どれもとってつけたような協議内容だ。このどこが価値観外交なのかわからない。ぼくにはとりあえず日米豪印4ヵ国首脳の枠組み成立という既成事実ありきでセットされたようにしか見えない。

共同声明では、「海洋秩序に対する挑戦に対応する」と記したが、中国名指しは避けたし、「対応する」であって「批判」はしていない。菅さんは中国海警法を「深刻に懸念している」と訴えたが、声明には反映されなかった。

4.米韓2プラス2

ブリンケン国務長官とオースティン国防長官が3月16日に日本、18日に韓国を訪問しそれぞれ外務防衛担当閣僚協議(2プラス2)を開いた。ヨーロッパよりアジアを先に訪れたのは、もちろん13日のクアッドも含めてアラスカ劇場につなげるシナリオだ。

今回はまず先に米韓2プラス2について見てみよう。正直言ってぼくは、任期残り1年を切って支持率が低迷する文在寅政権に、バイデンさんは多くを期待していないと思う。核開発問題についても、北朝鮮は韓国を対話する気がまったくない。文在寅さんがアメリカ議会で共和党はもちろん民主党からも信頼されているとは思えない。

かといって日本を訪れて韓国を素通りするわけにもいかない。バイデンさんは「同盟は財産」だと言っているのだから。とりあえずはトランプさんの残した宿題、在韓米軍縮小や維持費分担についてのいざこざを棚上げしておかなくてはならない。

さらに次期政権(韓国来年春に大統領選挙、現職は再任できない)も見通して布石は打っておきたいところだ。共同声明では米韓同盟は「地域平和、安保、繁栄の核心軸」と定義した。なんと当たり障りのない表現だろう。そしてもちろん、対中依存を深める文政権に配慮して中国名指しの批判はしない。共同声明に中国の文字は一切入らなかった(3月19日付同上)。それどころか、明らかに中国を意識したと受け止められるような表現すら見当たらない。

バイデン政権が文政権の対中包囲協力に多くを期待していないということは明らかだ。問題はバイデン政権の北朝鮮非核化についての戦略が見えないということだ。トランプ流のトップ会談方式は失敗した。かといってかつての日米中韓あるいは6者といった多国間協議に戻るとも、戻れるとも思えない。心配なのは、バイデン政権がこの問題において中国の協力を求めない方向だ。だとすると、中国はアメリカがこの問題で中国に協力を求めるように動く。それは北朝鮮の挑発的な外交姿勢を抑制せず、むしろ誘発することになるだろう。

さて問題は日米2プラス2だ。共同文書には中国名指しの批判が4カ所もあった。これは異例のことだ。バイデン政権の同盟国・パートナー(インドは同盟国ではない)協議のなかで、日本の対中批判の熱量は明らかに突出している。

2回続けて同じ終わりかたでばつが悪いのだが、日本は「前のめり過ぎ」に見える。それを伝えたくてここまでその背景を描いてきたようなものだ。それを筆が滑ってつい長くなってしまった。申し訳ないが、「前のめり過ぎる日本」については、またしても次回に持ち越される。

4月には授業が始まる。するとこのブログも教材の一部になるから、こうして自由気ままに「うがった見方」を書くことはできなくなる。したがって、次回このシリーズは必ず完結しなければならない。

日誌資料

  1. 03/14

    ・日米豪印、価値観で結束 13日共同声明、中国名指しせず <1>
    ・アントCEO辞任 中国当局、圧力一段と スマホ融資も規制強化
    アリババにメディア売却要求か 米紙報道 香港の言論に影響も
  2. 03/15

    ・中国、生産35%増 1~2月、コロナの反動 <2>
  3. 03/16

    ・EU,英に法的措置 離脱協定違反で 北アイルランド移送食品検査猶予延長に
  4. 03/17

    ・日米2プラス2(16日東京)中国海警法「深刻な脅威」 <3>
    尖閣侵入を批判 台湾海峡巡り連携 東シナ海で日米防空訓練
    ・輸入、1年10ヶ月ぶり増 2月貿易統計 原油など持ち直し
    ・家計の金融資産1948兆円 12月末、最高更新 消費抑制続く
  5. 03/18

    ・米、23年までゼロ金利 物価、年内2%突破予測 <4>
    FRB、景気「一時過熱」容認 政策運営、雇用に標準 日経平均3万円回復
    ・EU、中国に制裁へ ウイグル族人権問題 天安門事件以来 米と歩調
    ・半導体供給リスク広がる 世界シェア5%サムスン工場停止 テキサス停電で
    5Gスマホ3割減産 車・パソコン用も品薄
  6. 03/19

    ・米韓2プラス2結束演出(18日ソウル) 対中国、直接批判避ける 韓国に配慮
    ・米通商、対中強硬を維持 USTR代表と商務長官承認 関税・禁輸、交渉カード
    ・新興国、利上げに転換 ブラジル・トルコ 通貨安インフレ加速で
    ・米長期金利一時1.75%に 1年2ヶ月ぶり高水準 予想物価上昇率2.3%強に
    ・日銀決定会合 緩和維持へ政策見直し ETF購入目安撤廃へ
  7. 03/20

    ・米中外交トップ会談(18日アラスカ)「人権」「台湾」巡り異例の応酬
    ・土地投機、韓国政権揺らす 議員や公社職員に疑惑噴出 選挙目前、火消し躍起
  8. 03/21

    ・米中、ぶつかる国家観 人権・安保で隔たり 台湾やウイグル問題 <5>
    ・尖閣防衛へ年内にも日米共同訓練
  9. 03/23

    ・EU,対中制裁を採択 ウイグル人権侵害 30年ぶり 米と協調示す
    ・邦銀の海外投融資最大 昨年末530兆円 国内低金利、背景に <6>
    ・脱炭素30年目標策定 削減幅拡大 首相、米に説明へ 政府、月内に有識者会議
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