週間国際経済2021(12) No.262 04/13~04/19

今週のポイント解説(12) 04/13~04/19

不要不急の日米首脳会談

1.バイデンさん初の対面会談

4月16日(日本時間17日)、ワシントンでバイデン米大統領が菅首相と会談しました。これはバイデンさんにとって「初の対面での首脳会談」です。日本のメディアはこの「初の」を大きく取り上げ、日本重視の表れと大喜びです。3月13日に4月前半の菅さん訪米が報じられると、自民党内からはこれを支持率プラス材料にして、早期に衆議院の解散総選挙へと勢いづいています(3月18日、下村政調会長、森山国対委員長)。

ちょっと引いてしまいます。水を差すようで心苦しいのですが、この時期にワシントンに呼び出され、喜んで訪問する主要国首脳が他にいるのでしょうか。ドイツのメルケルさん、フランスのマクロンさん、イギリスのジョンソンさん。ないですね。もちろん習近平さんもプーチンさんも考えられません。

ヨーロッパは変異ウイルスの感染拡大でそれどころではありません。儀礼的な訪米以上の意味付けが必要で、そのためには相応の準備が必要です。なんといってもバイデンさんは就任して3ヶ月も経っていないのです。

あとで述べますが、台湾情勢はかなり緊迫しているとのことです。だとしても、日本国内の感染急拡大もかなりの緊迫感です。実際、招待した方のアメリカも自国の感染拡大を理由に会談予定日直前に日程を1週間延期したくらいです。

日本国内でもとくに大阪を中心に変異ウイルスが猛威をふるい、早急の対策が求められていました。首相不在では緊急事態宣言は発出できません。また発出したあとすぐの訪米も考えられません。ぼくは、この日米首脳会談優先のために日本の医療崩壊対応が遅れたと悔やんでいます。そのあげく、日曜日からの休業要請を含む緊急事態宣言を金曜日に発出です。いったい誰目線なのでしょう。急を要することの優先順位が違うような気がします。

一方、アメリカ国内のワクチン接種は、この日米首脳会談前の4月6日に1億5000万回を超え、18歳以上も接種対象に拡大されました。首脳会談直後の21日には2億回接種を達成したとバイデンさんが胸を張っています。日本ではまだワクチン接種率は1%を超えたところです。なんともやるせない思いでした。

2.「歴史的」共同声明

今回の日米共同声明には「台湾海峡の平和と安全の重要性を強調する」と明記され、日米共同声明に「台湾」が記されるのは1969年以来52年ぶりのことです。その頃はまだ日本と中国は国交を正常化していませんでした。そして尖閣諸島に関して日米安全保障条約第5条の適用対象となることが再確認され、さらに日本が「自らの防衛力を強化すると決意した」と書き込み、これらを菅さんは「日米同盟の羅針盤になる」と強調しました。簡潔にいえば尖閣防衛と台湾有事がリンクされ、それに対応するために日本が防衛力を「全領域で」強化すると約束したということです。たしかに「歴史的」だと思います。

学生のみなさんのなかには「尖閣が日米安保の対象」と聞くと安心するかたが多いようです。でもその第5条はあまり読まれていないようです。「各締約国は、日本の施政の下にある領域における、いずれか一方に対する武力攻撃が、自国の平和及び安全を危うくするものがあることを認め、自国の憲法上の規定及び手続きに従って共通の危機に対処するように行動することを宣言する」。ポイントは3つ、ひとつは「施政の下にある領域」、「領土」については問われていないこと、ふたつ目は「自国の憲法上の既定及び手続きに従って」、即応するのではなくちゃんと議会で議論するなどを経るということ、3つ目は「危機に対処するように行動」、つまり自動的にアメリカが軍隊を派遣して軍事行動を起こすとは限らないということなのだと思います。

一方で、台湾海峡有事です。安倍内閣は2015年に集団的自衛権行使を容認する憲法解釈の変更をしたうえで平和安全法制を国会可決しました。そこには「存立事態危機」という項目があって「日本と密接な関係にある他国に武力攻撃が発生し、日本の存立が脅かされ国民の生命、自由、幸福追求権が根底から覆される明白な危険がある事態」には武力行使を容認するというものです。菅さんは4月4日のテレビ番組で台湾海峡有事がこの「存立事態危機」に当たるかを聞かれ、「仮定のことに答えることは控えたい」とかわしました。

アメリカに対してはその「仮定のこと」に踏み込んだということではないでしょうか。

さらにアメリカは中国に対抗してアジアにミサイル網を構築するために同盟国と協力すると言っています。日本側はこれを「歓迎」していると報じられています(3月5日付日本経済新聞)。さらには自民党内では安部さんを先頭に「敵基地攻撃能力」保有すべしとの声が高まっています。

どうです、歴史的だといえばたしかに歴史的なのでしょう。だとすれば、そんなに大切なことを、どれだけ準備したの、どこで議論したの、とぼくは思うわけです。

3.準備とタイミング

日米首脳会談に関する4月18日付と19日付の日本経済新聞には、アメリカ側に対する日本側の要求と交渉について少し書かれています。まず菅さんは食事会とイベントを要請したようですが、これは驚きですよね。日本では多人数の会食自粛をお願いしているのに、とことん「会食好き」なんですね。もちろんアメリカ側は断って、それなら「サシ会談」セットをとお願いしたとのことです。これはアメリカ側が「難色を示しても譲らなかった」そうです。それでようやくハンバーガーを置いて20分間、通訳だけの「サシ」が実現したのです。てか、何もギリギリまで決まってなかったのですね。

そんなことはまだいいとして、共同声明案の「台湾海峡の平和と安全の重要性」に「平和的解決を促す」と付け加えたことは肯定的に評価できることですが、なんと記事によるとそれも会談直前まで折衝していたということです。あろうことか結局話がまとまらずに手続きが間に合わなかったために、首脳会談後の記者会見に共同声明を発表することができなかったのです。まさに「異例の事態」です。

また共同記者会見では、バイデンさんが記者の質問に応えて「銃規制」の問題を長く熱弁したのですが、そのあいだ菅さんは蚊帳の外でした。アメリカ世論の関心は「台湾より銃」なんですよね。次に記者が菅さんに「感染拡大のなかでオリンピックを開催するのは無責任ではないか」と質問され、なんと菅さんはそれをスルーしてしまったのです。事前に想定されていて当然の質問だと思うのですが。

その点、バイデンさんは準備もし、タイミングも計っていたように見えます。というのも日米首脳会談があった4月16日、その同じ日に特使を中国に派遣し、気候変動問題で協力を確認しているのです。派遣されたのはケリーさん、バイデン政権で気候変動問題を担当していますが元大統領候補の民主党重鎮です。一方中国が対応したのが韓正副首相、韓さんは中国共産党序列7位の大物です。

バイデン政権は対中国政策について、一貫して「競争と協力」を強調しています。中国は「競争相手」なんですね。そして協力できるところは協力すると繰り返しています。そのひとつがバイデン政権の目玉公約である地球温暖化対策で、これは中国との協力が不可欠です。でも16日の米中高位協議は、扱われたテーマより協議したメンバーの重さが印象的で、なによりそのタイミングです。ぼくはうがち過ぎる性格なので、日米首脳会談の日程が4月9日から16日に延期されたのも、ここの計算だなって思ってしまうのです。

その点、日本の準備はどうでしょう。「台湾」という中国の「核心的利益」つまり虎の尾を踏んづけるわけです。一方で頭をなでるわけにはいかないのでしょうが、なんとか「協力」分野の意思表示だけでもできなかったのでしょうか。

4.問われる日本の安全保障観

トランプさんが「貿易戦争ごっこ」をしているあいだに、東アジアにおける米中の軍事バランスは大きく崩れてしまいました。そう、中国が圧倒しています。このまま中国の海洋進出を許せばアメリカの安全保障リスクはとても大きくなります。そこでバイデン政権の「同盟重視」です。バイデンさんは「同盟国は財産だ」と言っています。日米首脳会談に見られる「日本重視」というのは、日本の防衛力強化重視なのですよね。そこで尖閣防衛と台湾事態対応を結びつけようとしている。

4月23日付日本経済新聞によれば、首脳会談後、菅さんは周囲に「手応えを感じた」と自信を示し、「尖閣と台湾は一体だ」と語ったということです。まんまと乗った、ぼくにはそう感じられます。「尖閣・台湾一体」なんて国内で議論されてもいませんし、準備もされていません。「アメリカとの一致」を優先しすぎているのではないでしょうか。

台湾海峡の安全と平和が、日本の安全保障にとって課題となっていることは否定できません。でもそれは日本の防衛力を「全領域で強化」するが最優先なのでしょうか。アメリカがそうでああるように、日本もコスト&ベネフィットをしっかり考えるべきだと思います。

さて、安全保障とは「国民の生命と財産守る」ことですよね。すると今、コロナ感染対策こそ最大かつ最優先するべき安全保障政策となっているのではないでしょうか。「まんぼう」や「緊急事態宣言」をなるべく遅く始めたり、なるべく早く終わらせたり、ズルズルと経済を締め付けたり、ワクチン接種が大幅に遅れたり。

4月22日付日本経済新聞では、ワクチン接種記録の一元管理(2回目接種のため)システムが「複雑すぎて入力できない」、「接種券の汚れでタブレットが読み取れない」事例が続出して「手作業で打ち込み」しているとか、ワクチンの配送・在庫管理システムのデータ表示トラブルで機能停止になっていると報じられています。接種予定の2%にも達していない段階でこのざまです。

この安全保障政策をまともにできないのに、どうして台湾海峡の安全保障に責任が負えるというのでしょうか。それどころか、結果的にコロナ対策は後回しにされているのです。そこでぼくは日米首脳会談が「不要不急」だったと、言わざるを得ないのです。

9月には自民党総裁選が、10月には衆議院任期が迫っています。4月25日には北海道、長野、広島で補欠国政選挙があります。オリンピックができるかどうか不透明ななか、3月25日から聖火リレーをスタートして、ワクチン接種「開始」だけを大きく報道し、日米首脳会談で支持率を大きく引き上げたかった。そういう意味では、日米首脳会談は菅さんにとって「不要不急」ではなかったのでしょう。

菅さんには珍しく「先手」でした。でもぼくはこの先手が後々取り返しのつかない「後手」になるようで、それが心配でならないのです。

日誌資料

  1. 04/13

    ・福島第一原発 処理水の海洋放出を決定 政府、2年後めど実施
    ・バイデン政権の法人増税に米経営者団体が「反対」 「雇用・投資に悪影響」
    ・台湾の防空識別圏 中国軍機、最多25機侵入 米に強く反発か
  2. 04/14

    ・米消費者物価、伸び加速 2年7ヶ月ぶり2.6% 財政出動で需要過多も <1>
    ・中国、輸出入とも最高 1~3月 マスク、パソコン、ワクチンなどけん引 <2>
    ・半導体、台湾依存リスク 1年停止で50兆円打撃(米団体試算)
    ・イラン、ウラン濃縮60%に 兵器級目前に きょう作業開始
  3. 04/15

    ・「米最長の戦争を終結」 バイデン氏、アフガン撤収表明 安保政策、中国に重点
    対テロから中国シフト 戦費700兆円、軍立て直し
    ・インフレ圧力、難局の中銀 新興国が利上げ、景気下振れリスク
  4. 04/16

    ・中国、GDP18.3%増 1~3月 コロナ反動、伸び最大 <3>
    輸出50%増、貿易黒字9倍、生産24.5%増 小売売上高33.9%増
    ・変異型、世界で猛威 欧州で8割超 新規感染70万人超 3ヶ月ぶり
  5. 04/17

    ・日米声明「台湾」を明記 両首脳、初の対面会談 対中国、結束を強調 <4>
    「日米が脱炭素リード」菅首相 「五輪開催、支持得た」
    ・中国副首相、ケリー米特使と協議 気候変動で協力確認
    ・米経済、個人消費がけん引 3月小売売上高、過去2番目の伸び
    ・COCOA無責任の連鎖 多重委託 厚労省に専門知識なく 不具合報告書
    ・中国製IT利用許可制に 米政権、企業に規制 情報漏れ阻止 最大450万社に影響
  6. 04/18

    ・日米、中国と対峙鮮明 日本「防衛力を強化」 共同声明を「羅針盤」に <5>
    菅首相が求めた「サシ会談」 解散・総選挙にらむ 米大統領との信頼、政権安定を左右
    6G開発で巻き返し 中国に対抗、4900億円投資
    ・「台湾・香港は内政問題」 中国、日米声明に強い不満
    ・ワクチン追加供給要請 菅首相、ファイザーCEOと電話協議
    ・ドル、実力より14円高 理論値と乖離 揺り戻し、市場動揺の火種
  7. 04/19

    ・防衛強化「全領域」で 共同声明受け日本の役割拡大 対ミサイル・離島防衛
    「日本は自らの防衛力を強化することを決意した」明記
    ・世界新規感染、最多76万人(17日) インドや南米、変異型が猛威
※PDFでもご覧いただけます
ico_pdf