今週の時事雑感 11/29~12/13
韓国民主主義のコスパ
韓国の若者は、たいへんだ。受験競争は苛烈で、その挙げ句は就職難。住宅価格はここ数年で2倍になり、超少子化のなかで公的年金は30年後に枯渇するという。そんなたいへんななかで、ときの大統領が乱心したならば直ちに国会前に集結して、人生を棒に振るリスクを恐れることもなく民主主義を守り切る。
韓国の若者は、たいへんだ。男性は徴兵がある。女性は儒教的文化に息詰まりながら、反フェミニズムに叩きのめされたりする。それでも民主主義の危機ともなると男も女も関係ない。肩を組んでフェスのポップなリズムにあわせてシュプレヒコール。
韓国の若者は、たいへんだ。それでも集会場では警察の誘導に従って秩序を守る。無秩序が弾圧の口実になることを知っているからだ。地下鉄は集会場最寄り駅を通過する。誰も文句は言わず、一駅くらいは整然と歩いて集会場に向かう。
韓国の若者は、たいへんだ。イデオロギーに固執することもなく浮動票扱いを受ける。でも権力者がズルをしたら絶対許さない。連日吊し上げて刑務所に送るまで手を緩めない。ひとたび火が付くと、彼らの声はただちに「民心」の核となる。
だから韓国の若者は、たいへんだ。戒厳軍兵士が投入される国会に、野党代表はなんと「集まってくれ」と呼びかけるのだ。なんという無責任さだと、ぼくは驚いた。言うほうも言うほうだが、それで集まるほうも集まるほうだ。
これからも弾劾訴追がどうなるのか、内乱罪容疑捜査がどうなるのか、一方で野党の李在明代表の公職選挙法違反事件の罰金刑確定がいつになるのか、一方は時間を稼ごうとするし、もう一方はそうはさせまいと急ぐから対立と混乱が予想され、するとまた若者たちに出番がまわってくるのだろう。
ぼくは思った。韓国の若者がこれほどまでにたいへんなのは、韓国民主主義のコストがあまりにも高いからだ。それに対して韓国政治のパフォーマンスは、著しく低いのだ。
韓国政治は「年中政局」だ。年中、権力を奪取することと、権力者を引きずり倒すことに政治資源が費やさているように見える。権力が交代すれば、前政権の政策をそれとは正反対の政策で塗りつぶす。それでは韓国社会が抱える戦略的な課題、少子化やエネルギー問題などでは、政策が反転・断絶を繰り返し、投下資源は非効率に浪費されるだろう。この政策の両極化は、例えば脱原発から原発推進へと大きく振れることでその両極に既得権益を生み、その利権が固定化されるだろう。こうしてまた、民主主義のコストが追加されるのだ。
2022年の韓国の出生率は0.78、OECD加盟国で最下位、OECD加盟国平均の半分以下だ。2015年まで、韓国の出生率は日本並み(1.3前後)だったが、16年から急減した。つまりコロナ前からだ。それから8年間で出生数は半減した。この類例無き急激な少子化で、韓国の年金積立金が逼迫している(8月30日付日本経済新聞)。韓国保健福祉省は2023年に、国民年金の単年度収支が41年に赤字に転じて積立金の取り崩しが始まり、55年には枯渇すると予測した。
当時の文在寅政権は少子化対策に莫大な予算を投下したし、尹政権も予算を拡大した。でもその政策の基調は出産および子育て支援の「給付」だった。しかし、給付で出生率が改善した前例はどの国にもない。
この0.78(2023年は0.72)という数字は、子育て資金の不足などだけではなく、韓国の若者の「生きづらさ」を表しているのだ。その生きづらさを急加速させているのが、不動産価格の急騰だ。数年のうちにソウルのマンション価格は2倍に、全国平均でも8割ほど高くなっている。文政権は20を超える住宅価格抑制策を繰り出したがまったく効果が無かった。さらにその間、20代の失業率は7.7%と全世帯平均(3.7%)の2倍以上になり、配偶者のいない30代は42.5%と10年前より13.3ポイントも上昇した。
この都市部若者たちの不満が、あの愚かで危険な尹政権誕生の背景となった。2022年3月の大統領選挙では、全体の得票数の差は0.73という僅差だったが、ソウル市では尹氏が李在明氏に5ポイントの差をつけたのだ。そのなかでも注目されたのが、尹氏は女性家族省の廃止を公約に掲げたことだ。これは兵役義務を負う20代男性のジェンダー政策に対する不公平感を煽ったもので、結果的に20代男性の58.7%という高い得票率を獲得したのだ。少子化で苦しむ韓国でさらに女性の地位を不安定にするというのだから、どんなことでも対立の火種を得票に結びつけようとするその発想から、まともな少子化対策が出てくるわけがない。
こうしたなかでぼくが関心を持ったのが、韓国銀行(中央銀行)の提言だった(8月28日付同上)。韓国銀行は、受験競争の激化が経済の悪循環をもたらすとして、入試改革を訴える提言を発表した。少子化とソウル一極集中は、受験競争に起因するという分析だ。
つまり、ソウルの有名大学への進学熱がソウルへの一極集中を生み、教育費や住居費の上昇を招いた結果、若者に結婚や出産をためらわせ少子化の原因となった。さらに親の経済力の格差が進学格差となり、経済力優位層が受験有利地域に集まることが不動産価格を押し上げているという。そこで解決策として、入学生の地域別比率をあらかじめ設定する「地域別比例選抜制」を提案した。その地域別比率を超えて受験生の住居がソウルに集中すれば、むしろ不利になるということなのだろう。
これぞ政策だ、説得力があると思った。統計資料も客観的だし、どの利権にも偏らず、なにより若者の「生きづらさ」に寄り添っている。このような政策が、政治の外から提案されていることをどう見るのか。かりに政治の中から出ているのなら、わざわざ中央銀行が提言することではないのだ。こうした政策で対立するならばおおいに議論すればいい。しかしどうだろう、印象として韓国の政治を揺らすのは、いつも政策ではなくスキャンダルなのだ。
やはりぼくは、韓国では民主主義のコストがあまりにも高く、それに比して政治のパフォーマンスは残念なほど低いと思わざるを得ないのだ。韓国の若者たちがたいへんなのは、保か革新かという選択の前に、そもそも政治そのもののパフォーマンスが低いからだ。
このコスパの悪さは、どこからくるのだろう。それは韓国民主主義のシステム、制度的欠陥によるものだという指摘がある。戦後長く韓国民主主義とは、すなわち反独裁だった。独裁政権を打倒することが民主主義だった。でもその民主主義はどのようなものになるべきかといった議論が充分だったとは思えない。韓国の民主化は1987年の大統領直選制への移行、「第6共和国憲法」を画期とするのだが、それは世界の脱冷戦を背景として全国規模での市民の街頭行動によって一気に勝ち取られたものだった。
ただし、この民主化を宣言したのが軍部出身のいわゆる保守政権であったこともあって、第6共和国憲法は民主化の英知を練り込んだものというよりも、保革妥協の産物という側面が否定できないと思う。その典型が、大統領への権力集中と、その一方で5年1期という制限だった。やはり休戦下という状況では、大統領に権力を集中せざるを得ない。その象徴が非常戒厳だ。もちろん、尹さんのような独善的二元論者で陰謀論的妄想癖が強い人物がその権力を行使することまで想定していなかったのだろう。2018年には権限の縮小など憲法改正の動きがあったのだが、結果流れてしまっていることが残念だ。
そして、これは本当に噛み合わせが悪いと思うのだが、どうしたわけか国会議員の任期は解散なしの4年なのだ。だから大統領任期中の何年目に総選挙があるかは4通りのケースがある。できれば早い目に済ましておきたいところだろうが、2年も3年もすればボロも出るし、そこで総選挙で追い込まれると再選がないから残り任期はレームダック化してしまうのだ。政策の持続性という観点からは優れたシステムだとは思えない。そして政治はこのレームダック化を狙ったスキャンダル暴露合戦に陥りやすい。また具合の悪いことに権力が集中しているだけに権力周辺に腐敗が発生しがちだ。
こうしたシステムの制度的欠陥のすき間に、韓国でもSNSが侵入する。本来、民主主義の理念とSNS文化は相いれない。言うまでもなく民主主義の前提は多党制だ。自由で競争的な市場を前提にするかぎり、利害の異なる階層が生まれ、政党がその利害を代表する。そしてある階層の利害が他の階層の利害を圧倒することがあってはならないから自由民主主義なのだ。ところがSNS文化は、異なる意見と立場を敵視し、それを圧倒しようとする。
与野党とは、互いに互いが存在理由なのだ。しかし韓国政治の与野党は、互いに相手の存在を認めず、拒否権と弾劾の殴り合いを続ける。尹氏が非常戒厳宣言について「撲滅」という言葉を迷うことなく使ったことに表れているように、相手の存在を認めない政治、そのなれの果てが、非常戒厳騒動だったのだ。だからこそ一方、反転して弾劾攻勢を連発する野党も、そのありかたが厳しく問われるべきだ。まず大統領を弾劾した彼らには国会機能の正常化に努めるべき責任がある。そして司法尊重の態度も示されなくてはならない。報復による他党の完全否定や党利に走ることになれば混迷は深まり、若者たちはまた、たいへんな目にあう。そして韓国民主主義に修復不能な傷が残ることになるだろう。
44年ぶりの非常戒厳。44年前の1980年、非常戒厳令が全国に拡大されようとする中、その暴圧に立ち向った若者たちが求めた民主主義とは、こんなものではなかったはずだ。
日誌資料
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11/29
- ・円上昇、一時149円台 1ヶ月ぶり 日銀利上げ観測で
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11/30
- ・植田日銀総裁インタビュー 利上げ「賃金・米国見極め」「一段の円安リスク大きい」
- ・補正予算案13.9兆円決定 経済対策、国債依存脱せず 税収増でも6.6兆円追加
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12/01
- ・グーグル、分割案に反発 「独占」賠償、15兆円の試算
- ・女性正社員、非正規上回る 人手不足で03年以来 24年上半期 若手の伸び大きく
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12/02
- ・ドル代替通貨「作るな」 トランプ氏、BRICSに要求 「さもなくば100%関税」
- ・マイナ保険証きょう一本化 利用率なお1割台 利便性の浸透課題
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12/03
- ・「ウクライナ領土割譲も」 前NATO事務総長 早期和平へ言及
- ・半導体規制 中国140社追加 米政府、韓国・台湾の対中輸出も要許可
- ・FRB理事「利下げ支持」 次回会合(17~18日) 市場織り込み加速
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12/04
- ・韓国大統領が非常戒厳(3日)44年ぶり宣言 一切の政治活動禁止
- 国会は解除決議 ウォン一時2年ぶり安値 韓国株も下落
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12/05
- ・韓国大統領の弾劾案提出 野党、「内乱罪」と主張 与党は反対方針 <1><2>
- 尹氏、孤立招いた「分断政治」 多数野党に歩み寄らず スキャンダル相次ぎ失速 支持率17%
- ・フランス内閣の不信任案可決 総辞職へ 緊縮予算に反発 左派連合に極右同調
- ・NY株初の4万5000ドル 利下げ観測高まり長期金利低下
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12/06
- ・米国株マネー総取り 時価総額は世界過半 一極集中リスク懸念 <3>
- ・「106万円の壁」撤廃26年10月 パート、週20時間以上で保険料 政府案
- 年金・健保、支え手拡大 「企業規模要件」は27年10月
- ・世論、「弾劾」賛成7割 民間調査 尹氏の非常戒厳受け 「退陣」ソウルでデモ
- ・実質賃金、マイナス脱却 3ヶ月ぶり、10月横ばい 実質消費支出1.3%減
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12/07
- ・尹氏停職、与党代表が要求 米国務長官、訪韓見送り
- ・学生バイト「103万円の壁」上げ 自公国合意 親の税負担増えず 引上げ幅は調整
- ・米雇用11月22.7万人増 災害の影響薄まる 失業率上昇、4.2%
- ・米中が招く原油供給過剰 OPECプラスが減産延長 「勝手に増産」の内憂も
- 中国景気減速とアメリカ産原油の台頭で価格下支え息切れ
- ・韓国、退陣迫るスト拡大 自動車や鉄道労組20万人動員 生産減、企業活動に影響
- ・韓国大統領、国民に謝罪 「政局安定、党に一任」
- ・TikTok規制法「合憲」 米控訴裁 事業売却かサービス停止迫る
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12/08
- ・韓国大統領の弾劾廃案 与党投票せず不成立 野党は再提出方針 長引く混乱
- 尹氏、権威失墜で「死に体」 与党、世論にらみ時間稼ぎ 野党、早期の選挙実施狙う
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12/09
- ・ロシア侵略終結トランプ氏探る ウクライナ・仏大統領とパリで会談
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12/10
- ・シリア アサド政権崩壊 反体制派が首都制圧 大統領ロシア亡命 <4>
- 政府軍離反、10日で首都陥落 ロシア、中東の重要拠点失う イランは影響力低下
- ・エヌビディア株急落 一時4%安 中国「独禁法巡り調査」
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12/11
- ・デジタル赤字最大6兆円 巨大テックへ支払い膨張 今年見通し <5>
- クラウドサービス 著作権料 コンサルティング OECD加盟国最大の赤字国
- ・5年に1度年金改革の狙いは 給付を底上げ 将来世代、多くは受給増 <6>
- ・シリア、暫定政権樹立 来年3月1日期限 首相にバシル氏
- ・イスラエル、シリア領侵入 緩衝地帯越す 停戦協定に違反 緊張一段と <7>
- ・韓国前国防相を逮捕 検察 尹大統領と共謀、内乱容疑
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12/12
- ・103万円の壁 来年上げ 自公国合意 国民民主、補正予算に賛成 <8>
- 「178万円めざす」 幅は協議継続
- ・「非常戒厳は正当」主張 韓国大統領、内乱を否定国民向け談話
- ・ナスダック初の2万超 米利下げ継続に期待 日経平均一時4万円 <9>
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12/13
- ・ECB、0.25%利下げ 3会合連続、来年も継続 貿易摩擦「経済に重荷」 <10>
- ・補正予算成立 衆院通過 国民民主、維新も賛成 13.9兆円
- 学生バイトの壁(特別扶養控除の年収要件)150万円に
- ・英首相、EU首脳会議出席 来年2月 20年の離脱後始めて
- 14年ぶりの労働党政権 世論調査、55%がEUと緊密な関係望む より希薄な関係望むは10%