今週のポイント解説 05/24~05/30
4年半ぶりの日中韓首脳会談、なぜ今なのか
4年以上セットできなかったのに、どうして今会う気になったのか
前回、前々回(⇒ポイント解説№387、388)をお読みいただいた方々は、このブログのバイアスをご理解いただいているだろうから、「どうせまた、内向きのアメリカの先行き不透明さがアジアでも作用していると言いたいのだろう」と見透かされていることだろう。申し訳ないが、その通りだ。他に説明がつかないとすら、思い込んでいる。
日中韓首脳会談(日中韓サミット)は2008年から3ヵ国持ち回りのかたちで定期的に開催され、2019年の第8回を最後に途切れてしまっている。表向きはコロナ・パンデミックが不開催の理由だが、とにかく仲が悪かった。ましてやロシアのウクライナ侵攻以降は、まるで日韓と中国は敵陣営かの仕切りだった。昨年11月にはとりあえず4年ぶりに日中韓外相会議が釜山で開催されたのだが、中国外相を兼任したばかりの王毅氏は、議長国韓国が用意した晩餐会の出席を断り(多忙なため)、共同記者会見すらもできなかった。日本と韓国は「首脳会談を早期に」と呼びかけるのだが、王氏はこれに言及しなかった。
中国は警戒していた。日韓は仲直りをしてアメリカとの連携も整え、中国包囲網を形成しつつある。そして岸田政権はまだしも韓国の尹大統領までもが「台湾海峡の安定」に言及するようになっている。2対1(日韓対中国)で会っても、良いことは期待できない。
この3者の関係が、大きく変わったわけではない。5月28日付日本経済新聞では、「経済停滞に苦しむ中国がFTA交渉の再開を繰り返し働きかけてきた」、日韓には「安保分野での中国からの歩み寄りを少しでも引き出したいという思惑があった」と説明している。一方、毎日新聞(電子版5/27)は、「中国にとってこのタイミングで米国抜きに日韓との実務協力を仕切り直す機会を得たことは渡りに船だった」と説明している。かなりニュアンスが異なる。「どうして今なのか」について、情報が共有されているようでもなさそうだ。ならば会談の結果から、どうして今なのかについて類推することにしよう。
安保はそこそこに
その日本経済新聞も「安保は深入り避ける」という見出しだ。そして「関係修復を優先」としている。安保については3者サミットではなく2国間会談に持ち出された。岸田首相は李強首相に「台湾の安定は重要だ」と伝え、いわゆる「処理水」に関する輸入停止措置について即時撤廃を求めた。尹大統領は北朝鮮の核・ミサイルについて中国が「常任理事国の役割を果たすよう」求めた。
そもそもそうした問題を李強さんと話をしても何も出てこない。かれは中国の首相だから経済問題は担当しているかもしれないが、安保と外交は習近平氏しか決めることはもちろん、語ることすら許されていない。だから習さんに伝えてください、という要件だ。
さてそれが3者サミットに舞台が移れば、岸田さんはもう台湾という言葉も使わない。「世界のどこでも一方的な現状変更は認められない」と指摘した。この表現に中国が同意することになんら問題はない。そして北朝鮮の核・ミサイル問題については前回2019年の表現より「後退」した。つまり共同宣言では「朝鮮半島の非核化および拉致問題についてそれぞれ立場を強調した」にとどめた。これは「深入り避ける」どころか「棚上げ」だろう。
やはり目玉はFTA交渉の再開だった
日中韓といえば安全保障だろう、という「空気感」からすれば肩すかしを食ったようなものだ。しかし、この「空気感」は少し偏りすぎてはいなかっただろうか。というか、日中韓といえば経済協力だろう、という空気が軽んじられすぎていたような気がする。
日本と韓国にとって中国は、最大の貿易相手国だ。それぞれ貿易総額の20%以上を占める。中国にとっても日本は第2位(第1位はアメリカ)、韓国は第3位だ。日韓はそれぞれ第4位の相手だ。そこまで密接な貿易補完関係にありながら、まだFTA(自由貿易協定)が結ばれてもいないのだ。それどころか2019年以降はFTA交渉すら中断したままだったのだ。
今回の日中韓首脳会談共同声明では「協力」という単語が63回使われたという。前回2019年の成果文書では46回だったそうだ(5月28日付同上)。懸案の安保問題には深入りせず「未来志向」が前面に、とくにFTA交渉再開については「交渉を加速していくための議論を続ける」と強調している。
東アジアにはRCEP(地域包括的経済連携)が緩やかな経済協力枠組みとして存在しているが、日中韓FTAが実現すれば巨大経済圏をけん引すると期待することができる。地域には人口減という共通の課題を抱えているのだから域内の人的交流が欠かせない。もちろんコロナ・パンデミックによって寸断されたサプライチェーンの再構築も急がれるし、インバウンドについても課題を共有できるだろう。そしてエネルギー分野での協力、なかでもぼくが大いに期待しているのが日韓の水素エネルギー協力構想だ。
経済安保というアメリカの影
域内で協力できるし協力すべきことはいくらでも挙げることができるだろう。それがこれまでまったくといっていいほど協力できなかったのは、内には領土・歴史認識問題があり、外からは経済安保というアメリカの圧力があった。したがって共同宣言でも「先端」技術については「腫れ物」扱いとなった。
しかし半導体および半導体製造装置、環境技術、AI分野における日中韓それぞれの得意分野の協力があれば、さぞ有望なビジネスチャンスが生まれるに違いない。またそうしなければ、アメリカの巨大テック企業においしいとこ取りを許すままになるだろう。
政府が「腫れ物」扱いならば、そこは民間の出番だ。首脳会談の同日ソウルでは日中韓の経済団体によるビジネスサミットが開かれた。そこでの共同声明には「パンデミックや保護主義の台頭が供給網の不安定化をもたらした」と指摘し、「先端産業の育成などで協力していく」と明記しているのだ。
3ヵ国の首脳級や閣僚級の会談を定期的に開催する必要性が確認される中、ビジネスサミットでもワーキンググループが設立されることになった。先端産業だけではない、アニメやゲームといった文化コンテンツ産業の一層の活性化に向けて「2025年から2年間を日中韓文化交流年とする」ことも表明された。
分断と対立より分業の相互利益を
世界の貿易・投資制限措置は、過去5年間で約3倍に膨らんだという民間政策監視機関の報告がある。IMFは貿易の分断が深まった場合、世界のGDPの最大7%分の損失が生じると計算している。日中韓およびASEANは、ほぼ例外なく輸出工業化を基礎とする外向的成長戦略で驚異的な経済成長を達成してきた。東アジア域内での貿易および投資の補完関係も高いレベルにある。
今アメリカは内向き姿勢を強め、孤立に向かっている。その孤立を避けるために分断を焚きつけようとしているのではないかと心配されている。そこにトランプ・リスクが重なる。
興味深い一風変わった調査があった。シンガポールの研究所が年初にASEAN各国の識者らに行った調査なのだが、米中いずれかとの同調を余儀なくされた場合、どちらに付くかというものだ。前年は60%以上がアメリカだったのに、今年になってそれが50%を割り込んだ。中国に付くとの回答はとくにマレーシアで75%、インドネシアで73%、つまりイスラム圏ではパレスチナ連帯意識が強く、それが影響していることは間違いない(5月24日付同上)。記事はASEAN、揺らぐ「中立」とある。そこに日中韓協力が目に見えれるようになれば、地域の求心力は強まるだろう。
少し長くなっているがもうひとつ、どうしても取り上げたい新聞記事がある。5月20日付の日本経済新聞のインタビュー記事、相手は「日中韓3国協力事務局」の李事務局長だ。日中韓協力事務局(TCS)については長く情報を得ていなかった(もちろんぼくの怠慢だ)。TCSは2009年の第2回日中韓サミットで設置が提案され、2011年から活動を開始している。それ以降も地道な活動があったのだろう。
話を戻そう、李事務局長のインタビューだ。李氏は、輸出規制などで相互に報復を与える「貿易の武器化」を繰り返すべきではないと強調したという。なるほど「貿易の武器化」、李氏は例として中国の日本に対するレアアース禁輸、日本の韓国への半導体輸出管理および韓国の報復などがそれで、「双方が敗者になる」ものであり、「このような愚行を繰り返してはいけない」と主張している。はげしく同意する。
もちろん安全保障上の有事という「非日常」に備えなくてはならないことは理解できる。ただ、「日常」にも備えなくてはならない。その「日常」のための経済協力が後退しないように、くれぐれも「愚行」を戒めなくてはならない。それがまた「非日常」を回避する備えともなるのではないか。
アメリカの保護主義は収まりそうもない。国際分業が分断されても、アメリカ経済なら当面持ちこたえることができるかもしれない。あるいは分断によって超過利益を得る分野もあるだろう。分断は地政学的リスクを高めるが、ウクライナでもパレスチナでも、何かあったときのアメリカの内向きの態度は世界を失望させている。ましてやトランプ復権には、安全保障上の大前提をひっくり返してしまうリスクがある。
東アジアにとって、そうしたアメリカとの距離感を測ることは、かつてなく難しい問題となっている。あるいはその解は、東アジア域内の隣近所との距離感に求めるべきではないのだろうか。
日誌資料
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05/24
- ・中国、台湾を軍事威圧 「台湾封鎖」能力誇示 <1>
- ・貿易制限、5年で3倍 G7財務相・中央銀行総裁会議開幕へ <2>
- 経済分断リスクを議論 米財務長官「中国過剰生産に対処を」
- ・ASEAN、揺らぐ「中立」 ガザ問題、米へ反発広がる <3>
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05/26
- ・ウクライナ支援合意 G7財務相 ロシア凍結資産を活用 合意形成を優先
- 制度・手段は議論継続 米選挙の影響回避 中国過剰生産、制裁関税で温度差
- ・国際司法裁判所が攻撃停止命令 イスラエル、孤立深まる ラファ侵攻継続
- ・日中韓対話再開 背景に共通課題 人口減や経済停滞 <4>
- ・新車販売、中国勢10位に 1~3月吉利が初 海外市場でEV拡大 「デフレ輸出」
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05/27
- ・ラファに空爆、35人死亡 イスラエル 避難民らの密集地域
- ・台湾包囲「成功難しい」 中国軍演習めぐり米国防総省
- ・北朝鮮、「衛星」打ち上げ失敗 空中爆発、エンジン原因か
- ・「サムスンの対中投資歓迎」 中国首相、李会長と会談
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05/28
- ・日中韓首脳会談(27日、ソウル)FTA交渉再開 関係修復を優先 <5>
- 経済停滞の中国、歩み寄り 安保は深入り避ける 供給網やエネ協力、3ヵ国経済団体共同声明
- ・ラファに空爆「悲劇的な誤り」 イスラエル首相が釈明 国際社会が一斉非難
- ・日本の対外資産最高 昨年末471兆円 円安、評価額押し上げ
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05/29
- ・ラファ進軍拡大 「人道地区」標的か 中心部に戦車
- イスラエルは攻撃否定 米高官「大規模侵攻にあたらず」と武器供与制限せず
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05/30
- ・長期金利上昇急ピッチ 1.075%、12年半ぶり水準 市場、日銀政策に警戒感
- 4月末は0.87% 7月利上げか 国債買い入れ額減額か不透明感
- ・定額減税、事務負担重く 自治体、追加給付の対象特定 企業、扶養親族再確認
- ・独仏、防衛産業の統合探る 安保協力で首脳合意(28日、ベルリン) <6>
- 欧州防衛産業の「国境を越えた大きな統合目指す」 米大統領選にらみ結束
- ・英下院解散、7月総選挙 野党・労働党が支持先行 14年ぶり政権交代現実味
- ・北朝鮮が弾道ミサイル 短距離数十発 日本EEZ外落下か
- ・日経平均一時900円超安 長期金利は1.1%に上昇
- ・ガザ・エジプト境界を制圧 イスラエル「地下トンネル掌握」 エジプト軍と銃撃戦