「 2021年12月 」一覧

週間国際経済2021(40) No.290 11/28~12/04

今週のポイント解説(40) 11/28~12/04

オミクロンと金融政策

1.得体の知れないもの

暗い道をビクビクしながら歩いていて、いきなり得体の知れないものか飛び出してきたら心臓が止まりそうなショックを受けます。萎縮するし、警戒するし、いつまでこの暗い道をビクビクして歩かなくてはならないのかと、憂鬱になります。

11月下旬になって、新型コロナ感染は再拡大していました。アメリカでは1ヶ月で感染者が4割増え、WHOは2022年春までに欧州で新型コロナ感染による死者が約70万人増える恐れがあると発表しました。暗い道です。

11月25日、南アフリカで新型コロナの新たな変異型が確認されました。その翌日26日です、WHOがその「懸念される変異型」を「オミクロン」と命名しました。スパイクタンパク質に30カ所以上の変異が見られ、そんなに変異が多いと再感染の恐れがあって、感染力も強く、ワクチンも効きにくいというのです。得体が知れません。

その26日、NY株は急落し欧州株も全面安となりました。経済再開によって上昇していた旅行やレジャー関連株を直撃し、原油や暗号資産などリスク資産が売り飛ばされ、アメリカ国債に買いが集中し、世界の金融市場は一気にリスクオフ一色になります。

オミクロン型は28日までにドイツ、イタリア、オーストラリア、オランダ、カナダで確認されます。12月4日には世界40ヵ国・地域に拡大しました。かなりの伝播力であることは間違いないようです。従来型と比べた重症化リスクも、ワクチンの効果も不明です。冬を迎える北半球では、従来型の感染拡大も警戒しなくてはなりません。

この1週間で、世界の株式時価総額は3%ほど(約3.7兆ドル、約410兆円)減りました。無理もありません。でもこの株価下落は、実体経済を反映したものでも景気の先行指標でもありません。あくまで市場心理、最初に例えた「暗い道をビクビクして歩いていて」そのものです。とりあえずその「得体の知れないもの」から飛び退いているのです。

2.オミクロン的リスク

しかし12月6日、NY株が大幅に反発しました。前週末比647ドル(1.9%)高で終えます。材料は、バイデン政権の医療顧問のファウチさんがオミクロンの「重症化の具合はそれほど高くないようだ」と言ったことです。やれやれ、ではありません。ビクビクしているからこその楽観バイアスです。そしてまだオミクロン型のリスクは不透明であり、一方で「オミクロン的リスク」は明瞭になりました。

今回は南アフリカでしたが、多くの途上国ではワクチン接種が進んでいません。ですからまたどこでいつ変異が起きるか分かりません。しかもどのように変異するのかは予想を超え、さらに変異株が確認されると10日ほどで世界に拡散し、行動が制限され、株価が暴落するということも実証されました。暗い道は、さらに暗くなったのです。

3.FRBと市場の対話

金融緩和は景気刺激策ですからサプライズ効果を狙います。でも金融引締めはショックを与えすぎないように、事前に市場がそれを織り込むように「対話」が大切です。FRBの金融正常化への政策転換は、道のりの先行きは険しいもののおおむねこの対話に成功したと評価されています(⇒ポイント解説№283№287参照)。

中央銀行の使命は「物価の安定」です。FRBはこれに加えて「雇用の安定」にも責任を感じています。ワクチン接種が広がり、行動規制が緩和されるとインフレ圧力が高まります。FRBは、インフレは「一時的なもの」だが雇用は「まだ回復していない」という判断から、金融正常化は緩やかに進めるとアナウンスしてきました。

量的緩和(中央銀行が国債など資産を購入して資金を供給する)については資産購入額を少しずつ減らし(テーパリング)、その量的緩和が終了してから金利を少しずつ上げ、様子を見ながら保有資産を減らしていくというシナリオです。

投資家たちは胸をなで下ろしました。資産購入額は減らしても量的緩和はまだ続くし政策金利が上がるのはまだ先だ。経済再開関連株は買っておこう。でも、不安です。インフレは本当に一時的なのか、感染再拡大はないのだろうか、そして、FRBが金融正常化を加速したりしないだろうか。ビクビクしています。

4.FRBの「変節」

ぼくは本当に臆病で、ゾンビ映画など絶対に見ません。暗い道には必ず得体の知れないものが潜んでいると思い込むタイプです。ですからインフレは一時的だと思っていませんし、感染再拡大は事実起きていますし、バイデン政権に再任されたパウエルFRB議長も、民主党に支持されているブレイナード副議長も、いつでも「タカ派」に転じると見ていました。

金融政策におけるタカ派とは、インフレ予防に軸足を置いて金融引締めに前向きな金融政策担当者のことです。もちろんマーケットはタカ派が嫌いですから、金融政策担当者はハト派の仮面を常備しています。一方、政権担当者はインフレを恐れるものです。デフレが続いても得意の財政バラマキで支持率を維持することはできるでしょうが、インフレはだめです。ガソリン価格が高くなるだけも支持率は下がることがありますから。

南アフリカでオミクロン型が確認される前日、11月24日にFRBは11月2日に開いたFOMC(公開市場委員会;FRBの政策決定会議)の議事要旨を公開しました。そこでは量的緩和縮小のペースを加速するべきだという意見が出ています。事実、11月19日には複数のFRB首脳が緩和縮小ペース加速に公の場で言及しています。パウエルさんの再任は11月22日に決まりました。

臆病なぼくはビクビクしていました。11月24日にFOMC議事要旨が公開され、25日にオミクロン型確認が発表され、そして11月30日、パウエルさんは議会証言で「私の見解では資産購入を数ヶ月早く終了させることを検討することが適切だ」と表明したのです。

12月2日の日本経済新聞の見出しです。「タカ派FRBに市場混乱」、「FRBと市場、蜜月に幕」、「変節」。散々ですよね。そんなこと、薄々気がついていたくせに。

5.解なき金融政策

ここで優秀な学生の皆さんは、優秀であるがゆえに当惑するでしょう。皆さんはこう考えます、「デルタ型の感染拡大にオミクロン型警戒が加わり景気に下押しのリスクが高まるなかで、持続的金融緩和は求められても引締めに前のめりになることは避けるべきである」。さらに「実際に、11月にも利上げが予想されていたイングランド銀行はさらなる利上げ先送りに傾いている」と論述を進めれば、ぼくは80点付けるでしょう。

でも皆さん、現在のインフレ圧力最大の要因が「供給制約」にあることを見逃していませんか。政治家たちは、もうロックダウンはしないつもりです。ワクチンやマスクの義務化とかワクチンの3回目接種とか、とにかく「ウイズ・コロナ」に向かっています。すると感染者数が増えても、需要は政策的に抑制されません。でも供給は制約されているのです。

半導体もコンテナも運輸の人手も足りません。世界のサプライチェーンの混乱は収まらず、むしろ感染拡大によってさらに混乱するでしょう。またオミクロン型の重症化リスクが小さければそれだけ消費を刺激し、どちらにせよインフレ圧力は強まるでしょう。

ですから、FRBがそれまでの「インフレは一時的」を撤回したことは正解だと思います。でも解決したわけではありません。まず、供給制約によるインフレ圧力をFRBの緩和縮小によって抑え込めるものなのかはおおいに疑わしいということ。次に、しかし緩和縮小が景気の腰折れをもたらす可能性はおおいにありうるということ。さらに今後、FRBと市場との対話にギクシャクした齟齬がうまれるだろうということです。

パウエルさんは、インフレは一時的という見解を取り下げる一方で、次のようなレトリックを使い始めました。30日の議会証言では「良好な労働市場に戻るには長期の景気拡大が必要であり、それには物価の安定が欠かせない」。だからインフレ抑制に軸足を置くのだということのようです。

この発言に対する市場の反応を債券市場から見てみましょう。ざっくり言うと、短期金利は急上昇し、長期金利は明らかに低下しています。これをそのまま翻訳すれば、「このままではインフレは抑えられないし景気は悪くなる」となります。つまり市場はスタグフレーション(不況 stagnation + インフレinflation)の発現を警戒しているということであり、そうなれば金融政策は処方の術を失います。

ぼくは、金融政策が「解」を見失っていると心配しています。なぜ、そんなことになったのでしょう。まず、中央銀行が政治権力の顔色をうかがいすぎたこと、同時に投機的な投資家と対話しすぎたこと、そして経済が金融緩和にあまりにも依存しすぎた結果ではないかと思っています。

つくづく中央銀行の金融政策の政治的独立というものは、本当に大切なのだと痛感します。あれ、そうなると日本がますます心配になってきます。

日誌資料

  1. 11/28

    ・オミクロン新変異型で世界株安 感染力強い恐れ 経済正常化に影
  2. 11/29

    ・新変異型、独伊蘭豪加でも 仏では疑い例8件
  3. 11/30

    ・アリババ、時価総額が半減 アント上場延期から1年 政府統制で失速 <1>
    ネット通販、稼ぐ力衰え 売上高伸び最低
    ・オミクロン型 外国人新規入国を停止 きょうから1ヶ月 全世界対象
  4. 12/01

    ・生産年齢人口ピーク比13.9%減 国勢調査確定値 生産性改善急務 <2>
    1人暮らし世帯拡大 5年前から14.8%増 高齢者では5人に1人 介護や安全網課題
    外国人43%増最多274万人 総人口に占める割合2.2%に
    ・ユーロ圏物価、上昇最大 11月4.9% エネ高騰や供給網混乱
    ・米緩和縮小 前倒し議論 FRB議長「今月FOMCで」 <3>
    米インフレ「一時的」撤回 新変異型にらみ政策柔軟に NY株反落652ドル安
    ・米軍、対中シフト急ぐ 24年めど具体化 対ロ、対イランと両にらみ
  5. 12/02

    ・「台湾有事は日本の有事」安部元首相 台湾シンポで講演 中国は猛反発
    ・ミサイル射程1000キロに 防衛相20年代後半に配備 抑止力を強化
    ・EU、域外でインフラ支援 38兆円規模 中国「一帯一路」に対抗
    ・タカ派FRBに市場混乱 緩和縮小加速や変異型警戒 中期債が乱高下
  6. 12/03

    ・FRBと市場、蜜月に幕 雇用よりインフレ鎮圧へ リスク資産、支え失う <4>
    ・女子テニス、中国ツアー全て停止 対中国スポーツ界に一石 IOCは批判に及び腰
    中国、五輪ボイコットに危機感
    ・在韓米軍の戦力維持 国防相協議 対中国も念頭に
    ・独、2月にも接種義務 欧州で規制強化 未接種者は入店禁止
  7. 12/04

    ・産油国、増産ペース維持 OPECプラス NY原油一時5%安
    ・米就業者、11月21万人増止まり 失業率は4.2%に改善 <5>
    市場予測(53万人)下回る 人手不足続き賃金上昇
    ・中国配車アプリ最大手「滴滴(ディディ)」 米上場5ヶ月で廃止手続きへ <6>
    「香港上場を準備」と声明 習指導部、情報統制を優先
    ・米EU高官協議「台湾と協力深化」 コロナ、人権でも連携
    ・英中銀「タカ派」筆頭委員 利上げ先送り論言及 新変異型の影響「証拠待つ」
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