今週のポイント解説(23) 08/12~08/22
コロナ株
1.アップル時価総額2兆ドル
8月19日、アップルの時価総額が初めて2兆ドル(約210兆円)を超えた。2兆ドル超えはアメリカ企業としては初めてだ(サウジアラビアの国営石油会社サウジアラムコが昨年末に記録したことがある)。アップル株の年初来上昇率は5割を超える。
アマゾン株の上昇率はそれを上回る76%だ。マイクロソフトやネットフリックスの株価上昇率も30%を超えている。フェイスブックもグーグル(アルファベット)も株価は急伸している。そう、もうお気づきのように「巣ごもり需要」がその株高材料のひとつだ。在宅勤務、オンライン授業、ネット通販、クラウドサービス。新型コロナ感染が災禍であるがゆえの需要が急拡大し、収益を急増させた「コロナ株」たちだ。
ただ、それだけではこれら「コロナ株」株価の急上昇は説明がつかない。
2.買われない株がはっきりしている
ハイテク株が買われる理由はわかるとして、これだけ資金が集中するのは、その対照として「買われない株」の理由がはっきりしているからだ。買われる理由が「巣ごもり」ならば、買われない理由は「移動」だ。そう、自動車と飛行機だ。GM株の下落率は20%、フォードは26%、ボーイングは48%以上になる。
移動市場が萎縮すれば、とうぜん燃料市場も萎縮する。同時に環境問題から脱炭素の動きが加速しているから石油関連企業株は売られる。ここに最近急拡大しているESG(環境・社会・企業統治)投資家による選別が加わる。かれらはハイテク株の運用組み入れ比率を大幅に増やしている。エネルギー分野の株価下落率は年初から30%を超えている。
次に、世界的な金融緩和政策による異例の低金利によって金融分野が苦しんでいる。JP・モルガン・チェース株が30%前後、ウェルズ・ファーゴ株にいたっては50%以上下落した。金融株は年初から20%近く下落している(日誌資料08/20参照)。
これらは「逆コロナ株」だといえるだろう。
3.実体経済と乖離
それにしてもだ、世界経済は戦後最悪の状態だ。米欧日主要国の経済成長率は年率で何10%ものマイナスを記録している。なのにNY株は8月12日に半年ぶりの高値を付け、これにつられて日経平均も13日、2月以来の水準に回復した。
なんと世界全体の株価の動きを示すMSCI全世界株指数は8月12日に、新型コロナ感染が拡大する前の2019年末比で上昇に転じたのだ。ワクチン開発への期待から投資家が強気になっているとされているが、彼らの心理は企業業績からも一般家計の心理からかけ離れている。
4.例えばテスラだ
電気自動車のテスラは連日のように最高値を更新し続け、その時価総額は8月21日に約3800億ドルと、トヨタ、フォルクスワーゲン、ダイムラーの自動車上位3社合計を上回った(8月23日付日本経済)。言っておくが、テスラは一年を通して黒字になったことのない企業だ。それがこのコロナ禍を経ながら、テスラ株価はこの1年で5倍になっている。
自動車株が下落する中でテスラの時価総額が突出して巨大化しているのは、電気だから、だけではない。いち早く「コロナ後」となった世界最大の電気自動車市場である中国で売り上げ(4-6月)を前年同期比で3倍に増やしているからだ。テスラの車は3台に1台を中国で売っている。アップルだって収益の15%以上は中国市場だ。これら時価総額モンスターは、中国リスクと不可分だ。
時価総額を予想利益で割った数値をPER(株価収益率)と言うが、テスラはこのPERが160倍に達する。つまりテスラの年間純利益の160倍、投資しているということだ。言い換えれば投資家は、現在の予想純利益を前提にして投下資金を回収するのに160年かかるということを意味する。
これをふつう「割高」と呼ぶ。しかし世界の上場企業のうち245社がPERが100倍以上で、これは2月時点に比べて6割増えているという(同上)。日経平均で26倍、NY株で25倍になる。
そしてテスラもアップルも、1株を分割して小口の個人投資家が取引アプリで買いやすいようにしている。個人投資家は、なぜか上がっている株が好きだ。
コロナ感染収束後の、あくまでも有効で安全なワクチンが開発されるということを前提にした、「リベンジ株高」への期待が先行していると見られている。これは果たして希望のしるしなのだろうか。「割高」が「希望」ならば、株式投資なんか簡単だ。実際は、マネーに行き場がないから株式市場に流れ込んでいるだけのことだ。
そう、マネーに行き場がないということならば、それが問題なのだ。
5.悲観的な緩和マネーによる楽観的ゲーム
あれこれ理由をつけても、結局これはゲームだ。期待先行のリスクの大きい、株高ゲームだ。
この楽観的なゲームを成立させているのは、実は皮肉なことに、悲観的な先行き感を背景として膨れる緩和マネーだ。コロナ禍のなか、企業活動と家計を支えるために世界は戦後最大の財政支出を決行し、感染拡大がなかなか収束しないために財政赤字はどんどん拡大する。これら国債を中心に主要中央銀行は6兆ドル(約640兆円)の資産購入に踏み切った。この購入代金がマーケットに供給されたのが緩和マネーだ。
FRB(米連邦準備理事会)は、景気悪化の長期化を懸念してゼロ金利を維持して量的緩和も拡大するだろうという観測が、7月初めにはマーケットを支配していた。アメリカの実質金利(10年金利)はマイナス0.9%と過去最低の水準に低下した。実質金利とは、名目の金利から物価上昇率を差し引いたものと考えていい。すると預金は目減りする。借金をして投資をしたくなる。
このマイナス金利と、アメリカの景気低迷長期化の懸念が重なって、ドル(ドル指数)は7月に4%以上下げ、これは月間の下落率としては10年ぶりの大きさだ。とくに対ユーロの下落率が大きい。
ドルは下落する、しかも金利はマイナスだ。金利の付かない、でも国の信用力に左右されない「無国籍通貨」、金にマネーが向かうのもこのためだ。すべてはアメリカ経済やアメリカ政治への悲観を背景にして、世界の株価は上昇しているのだ。
6.コロナ株と格差
言うまでもなく、アメリカの莫大な財政支出は国民の雇用・生活・健康を支えるためのものだ。そして言うもでもなく、それはまだ足りない。しかしこの財政赤字を埋めるための国債発行は中央銀行によって購入され、低金利の資金がマーケットに供給されコロナ株を生んでいる。ハイテク関連株は驚異的な上昇率を記録するが、これらハイテク関連企業はたいして雇用を生まない。反対に「逆コロナ株」関連企業からは大量の失業者が出ている。
ブルームバーグのビリオネア指数によると、アメリカのトップ8の資産家(もちろん全員が世界のトップ10に入っている)、アマゾン、マイクロソフト、フェイスブック、グーグルそしてテスラなどのCEOあるいは創業者の資産は、年初から14兆円増えて80兆円を超えた。
コロナ株がけん引する株式市場の活況。これが将来に対する投資だなんて、とんでもない。むしろコロナ感染収束後の世界に暗い影を落としている。ぼくは、そう思う。
日誌資料
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08/12
- ・米副大統領候補ハリス氏 民主・バイデン氏 黒人女性起用
- ・ドイツ製造業、回復の兆し 中国依存に危うさも
- ・香港民主派の周庭氏保釈 新聞創業者も 捜査は続行か
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08/13
- ・中国、ハイテクで存在感 19年世界市場調査 シェア首位12品目 日本抜き2位
- ・ベラルーシ抗議続く 大統領6選 当局、6000人以上拘束
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08/14
- ・中国ハイテクに圧力強化 5社製品扱う企業 米、取引排除発動
- ・株高 コロナ後の期待先行 日経平均・NY株、半年ぶり高値 業績と乖離広がる
- ・イスラエルとUAE国交 米仲介、イラン包囲網 中東の構造転換映す <1>
- トランプ氏成果誇示 パレスチナ不在に危うさ
- ・中国工業生産4.8%増 7月、車やスマホけん引 <2>
- ・ドイツテレコム ファーウェイ製品排除に反対表明
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08/15
- ・アフリカ、ファーウェイ依存 南アで5G専用サービス 米の排除方針と一線
- ・米、イランタンカー拿捕 4隻 ベネズエラ向け石油押収
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08/16
- ・開発中の中距離ミサイル 米、アジアと配備協議へ 高官「日本も候補」
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08/17
- ・GDP27.8%減(4-6月年率) 戦後最悪 消費停滞・輸出も コロナ自粛響く<3>
- 3四半期でGDP54兆円消失 低い潜在成長率 今後も重荷
- ・イラン大統領「重大な過ち」 イスラエルと国交 UAEを批判
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08/18
- ・民主、バイデン氏指名へ 米大統領選 党大会が開幕 <4>
- 行事はオンラインで 巨大企業増税 「脱・分断政治」へ 格差是正財源に
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08/19
- ・対中輸出7ヶ月ぶり増 7月8.2%増 全体は19.2%減 <5>
- ・欧州、コロナ対策再び強化 感染増で第2波懸念
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08/20
- ・アップル時価総額2兆ドル 米国勢で初 年初来上昇率5割超え <6>
- IT好調、米株二極化 車・航空、低空続く
- ・EU、ベラルーシに制裁 首脳会議で承認 再選挙要求はせず
- ・ゼロ金利長期維持へ FRB、来月にも指針導入へ
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08/21
- ・コロナ後意識 世界でM&A 1000億円超案件続々
- デジタル関連、成長分野を買収 エネルギー、生き残りへ売却
- ・トランプ氏元側近を逮捕 バノン元首席補佐官 国境の「壁」建設巡り詐欺容疑
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08/22
- ・バイデン氏 民主党大統領候補受諾演説「同盟国と協力」国際協調で脅威に対抗