今週のポイント解説(18) 06/21~06/30
新型コロナと地球温暖化
1.やはりCOVID-19と呼ぶべきか
ぼくたちが今、「新型」コロナと呼んでいるのは、知られている7番目のコロナ・ウイルスだということだ。そのうち4つは日常的に感染する風邪の原因になるもので、残る3つが動物からヒトに感染して重症の肺炎を引き起こす危険性が高いやつだ。
それが2002年に発生したSARS(重症性呼吸器症候群)と、2012年に発見されたMARS(中東呼吸器症候群)、そして今回2019年の新型コロナ、つまり過去20年間ですべてが発生している。
他にも新型インフルエンザ(2009年)とかエボラ出血熱(2014年)など、動物からヒトに感染するウイルス被害が2000年以降に頻発するのには、何か原因があると思うのがふつうで、だからそう遠くないときにまた新しく発生すると恐れるのが自然だろう。かりにそうなった場合、それも「新型コロナ」と呼ぶわけにはいかない。COVID-30とか、考えたくもないがCOVID-25とか。毎回パンデミックになるとは限らないが、新型である以上また新しくワクチンや治療薬を1年以上かけて開発しなければならないことになる。
さて「何か原因がある」として、それはおそらく人間と自然との関わりに近年大きな変化があったからだろうし、だとすればおおかたの人が思いつくのが地球温暖化だ。京都大学の山極寿一さん(霊長類学者)が、「近年のウイルス性の感染症は、自然破壊によって野生動物との接触を加速したことが原因である」と指摘しているように。
「withコロナ」と言うけれど、次々と新型が現れてはとてもwithしてられない。ウイルスは自然界に存在しているのだから、自然とヒトとの関わりかたを根本的に改めてようやく、それを「新しい生活様式」と呼ぶことができるのだろう。
2.後戻りできない「臨界点」
6月下旬のことだ。シベリアで摂氏38度を記録したというニュースが飛び込んできた。「異常だ」。でもぼくたちは、異常慣れとまでは言わないが、毎月のように異常気象に関わるニュースに接している。あぁ環境に優しくしなければ、レジ袋も有料化されることだし、エコバッグ持参は必須だなとか。いや、事態はそんな悠長なものではなさそうだ。
今回の新型コロナ発生の直前、昨年の11月に学術誌「Nature」に寄せられたレポートについて新聞で見て、ネットでその解説を読んだ。気候科学者による「ホットハウス・アース」の警告だが、怖かったのは地球温暖化の原因が連鎖的に「臨界点」を超えると、もう後戻りができないというのだ。
そのいくつかの原因のうち臨界点に近づいているのが、南極の氷床が融けること、アマゾンの熱帯雨林の喪失、そして永久凍土が融けることの3つだいう。そんな話を聞かされると、シベリアの気温38度は「異常」で済まなくなる。アマゾンの森林の放火や違法伐採は昨年から問題になっていたが、今年になってからも伐採面積は前年同期比32%増えている(6月27日付日本経済新聞)。
温暖化ガスとされる二酸化炭素は増え、それを吸収する森林は減り、太陽熱を反射する氷床も減る。この連鎖が臨界点を超えると、温暖化は不可逆的に進行するという。いわゆるティッピング・ポイント(tipping poinnt)だ。
6月28日のサンデー・モーニングを見ていたら、「風をよむ」コーナーで怖い話をしていた。永久凍土は「地球温暖化の時限爆弾」なんだそうだ。これが溶けると動物の死骸などから有機物が分解され、二酸化炭素やメタンガスが大気中に放出され温暖化が加速する。それだけではない、未知の最近やウイルスも放出される。4年前にはシベリアでトナカイの死骸を感染源とする炭疽菌に集団感染、2015年にはチベットの氷河の中から未知のウイルスが28種も発見されたという。
3.コロナ禍で温暖化ガス急減
IEA(国際エネルギー機関)は2020年のエネルギー関連の二酸化炭素排出量が、前年比8%(約26億トン)の減少になると予測した(5月10日付日本経済新聞)。もちろんコロナの感染拡大で世界で移動が制限され、生産活動も停滞したことによる影響だ。イギリスの科学誌も約7%減少するという論文を掲載している(6月19日付同上)。どちらも現在の移動制限が続くとしたらという仮定のうえだ。こんな状態が年内、あるいは来年と続けばたいへんだ。
ところが「パリ協定」では、「産業革命前からの気温上昇を1.5度にとどめる」ことが目標なのだが、国連環境計画(UNEP)の報告書によるとそのためにはエネルギー関連の二酸化炭素排出量を2030年まで毎年7.6%削減する必要があるとされている。つまり、「現状」が10年続かなければ目標は達成できないのだ。
上のグラフでは、2010年に大きく増加しているが、これはリーマン・ショック後のリバウンドだった。今回もその轍を踏むならば、ティッピング・ポイントが急迫することにもなりかねない。
地球エコのためには人類「ひとりひとりの心がけ」が大切だというモラルを過小に評価するつもりは毛頭ないが、温暖化ガスの排出量削減目標がこのコロナ禍中の水準だというならば、もっと大きな流れの変化が必要なようだ。
4.マネーの流れが変わる
世界の二酸化炭素排出量がこれだけ減ったということは、もちろんそれだけ化石燃料の需要が減ったということだ(森林などによる二酸化炭素吸収量が増えたとは思えない)。エネルギー関連企業はたいへんだ。米エクソンモービルや英蘭ロイヤル・ダッチ・シェルといったいわゆる石油メジャー6社が、今年の投資を合計313億ドル(約3.3兆円)圧縮すると報じられた(5月23日付同上)。IEAは27日、2020年の世界のエネルギー関連投資が前年比で約4000億ドル(約43兆円)減るとの予測を発表した(5月28日付同上)。
いいぞ、化石燃料投資が減れば温暖化ガス排出量も減るだろう、いや、そんな簡単な話ではなさそうだ。というものエネルギー関連企業の投資減少は、再生可能エネルギー分野でも起きているのだ。最も減ると見積もられているはシェール関連で50%減だが、再生可能分野も10%減る。
それでもコロナ禍は、石油メジャーに脱炭素への転換を突きつける。BPやシェルが2050年までに二酸化炭素排出量ゼロを目標に掲げ、再生エネ投資の拡大や排出した二酸化炭素の地中封じ込め技術開発などに向かう(6月22日付同上)。
心をあらためたのか、いや、マネーの流れが変わったのだ。例えば6月26日付日本経済新聞によれば、世界の大手銀行20行の2030年までの計画集計では、環境・社会を考慮した投融資が320兆円にのぼるという。金利も優遇するという。
背景のひとつは国連の責任銀行原則(PRB)だ。「パリ協定」やSDGs(持続可能な開発目標)と整合的な事業戦略を銀行に求めるもので、2019年に発足し世界で170以上の銀行が署名している。
ならば、銀行が心をあらためたのか。いや、脱炭素を進める企業が長期には勝ち組になるという考えに立っているという。IEAは2021年からの3年間で3兆ドルを環境重視の施策に投じれば、温暖化ガスを45億トン削減し、世界の経済成長率を1.1%押し上げ、年900万人の雇用を生むと分析している。
銀行だけではない。ESG(環境・社会・企業統治)貢献度を重視したアメリカ運用大手などが設定したファンドは、1年で2倍以上のペースで伸び、世界で5000億ドル(約54兆円)を上回る規模に拡大している(5月10日付同上)。
5.コロナが問う社会システム
前回の結論は、「こんな社会システムでいいのか。こんな資本主義でいいのか」と、政権選択時だけではなく、企業・消費者が持続的に問い直さなければならないということだった。
『ショック・ドクトリン』で有名なナオミ・クラインさんは、地球温暖化の元凶は二酸化炭素ではなく資本主義そのものだと断じる(『これがすべてを変える』2017年)。ここでいう資本主義とは、「強欲」な資本主義だ。とにかく、現状の社会システムに問題があるということに反論の余地はないだろう。過去20年間の気候変動は、その間の資本主義のありようと無関係ではなく、コロナ・ウイルスの連続的発生とも無関係ではないだろう。
ぼくは、資本主義そのものを否定する議論をここでするつもりはない。ただ資本主義の前提は所与の地球環境であり、その前提が大きく変化しているのだ。気候変動はウイルス感染だけではなく、水不足、食糧不足、自然災害をもたらしている。そうした市場経済の「負の外部性」のコストを、経済格差の下部ある大多数に負わせているのだが、これが市場システムによる資源配分を著しく歪めていることを、厳しく問わなくてはならない。
今回のコロナ・パンデミックは、資本主義300年の曲がり角で、地球環境のサステナビリティ(持続可能性)と資本主義のサステナビリティが、互いにリンクし始めたことをも示しているのだ。
①アメリカ
トランプさんが「パリ協定」を離脱したのは、温暖化ガスを大量に排出する産業の支持を得るためでした。しかし、トランプさんが地球環境に配慮しなくても、投資マネーは配慮します。ましてやシェール・オイルは燃焼時のみならず採掘時のフラッキングで大量のメタンガスを排出します。コストも高く環境にも悪い、そんな産業の未来に投資が続くとは思えません。実際、シェール業界では新規開発の7割が中止に追い込まれています。
コロナ・パンデミックは「シェール革命」の挫折なのです。これはトランプ政権の外交・安全保障政策の挫折も意味します。シェール増産によってアメリカは石油輸出国になりました。トランプさんは「もう中東の石油はいらない」と豪語して、シェール頼りの世界戦略に踏み出しました。その見通しは、完全に的外れだったというわけです。
このことは、大統領選挙を前にして、トランプさんの支持岩盤の一部をフラッキング(破砕)することにつながるだろうと思います。
②EU
気候変動対策の先頭を走るEUですが、その取り組みはコロナ感染によって加速しようとしています。まずは、金融。EUでは、持続可能な地球資源の活用を目指す「サステナブル金融」の拡大に向けての基準作りが本格化しています(6月11日付日本経済新聞)。 温暖化ガス排出量ゼロ目標は、公的マネーによる投資だけでは困難です。そこで民間の投資家にサステナブルな商品を判別する基準を与えてマネーを誘導し、またそうすることで企業が環境に貢献しようとするという取り組みです。
次に、コロナ禍からの復興のための基金の財源です。温暖化ガス排出量取引制度の拡充や再利用できないプラスチックへの課税と並んで、ぼくが注目しているのは「国境炭素税」です(6月19日付同上)。
これは、環境規制の緩い国からの輸入品に事実上の関税を課すというものです。本文で書いた「負の外部性(外部不経済)」のコストを「内部化」しようという、まさに経済学入門テキストの方法論ですね。
金融の基準作りも、課税も簡単ではありません。そりゃ地球温暖化対策は簡単なはずがないですからね。でも、奇をてらわない定石だと思います。
③日本
昨年末、マドリードで開催されたCOP25では、国連事務総長が暗に日本を「石炭中毒」と批判しました。また世界120ヵ国のNGOが「気候変動対策で最も後ろ向きな国」に贈る「化石賞」がありますが、これを日本は2度目の受賞を果たしました。これが国際世論です。
経産省は、「低効率」な石炭火力発電所の休廃止に乗り出すようです(7月3日付同上)。でも「高効率」の設備に置き換えるようです。政府の計画では2030年度の電源構成に占める石炭の割合26%はそのままです(現在32%)。イギリスは2025年に全廃、石炭依存が高いドイツも2038年までに廃止する方針です。
どうも政治は既得権益の前では動けないようです。でもマーケットがその既得権益を崩しそうです。例えば先日、NTTが自前の発送電網を整備して再生可能エネルギー事業に参入すると報じられました(6月30日付同上)。これは電力市場の競争を一変させるとあります。
マネーは、正直です。みずほフィナンシャルグループなどは、新規の石炭火力発電所には資金を出さない方針を打ち出しています。この流れに政治も応えて欲しいものですが、目先の選挙で未来を見る眼が曇っているようです。
日誌資料
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06/21
- ・国際商品に緩和マネー 原油や非鉄、3カ月ぶり高値 実需の回復道半ば
- ・中国感染、昨秋から拡大か 分析相次ぐ「武漢発生源」異論も
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06/22
- ・トランプ氏、挽回見通せず 選挙戦再開、集会には空席 <1>
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06/23
- ・EU、香港問題に懸念 中国と首脳会談(22日) 中国はEUつなぎ止めに腐心
- ・米、就労ビザ一部停止 年末まで 米国民の雇用優先
- ・NY原油40ドル台 3ヶ月半ぶり高値
- ・コロナ感染900万人 死者46万人 増加ペース速まる
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06/24
- ・中国版GPS「北斗」完成 脱・米依存「宇宙強国」めざす
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06/25
- ・世界損失、2年で1300兆円 IMF試算 今年マイナス4.9%成長 <2>
- ・英車産業5兆円損失 EUとFTAなしなら 業界試算
- ・IT個人情報の保護加速 グーグル、履歴18カ月後消去 アップル、データ申告
- ・家計資産0.5%減1845兆円 3月末残高 コロナで株安響く
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06/26
- ・日米株高「実体経済と乖離」 IMF報告書 中銀が大規模緩和 過大リスクも
- ・新興国、ドル建て起債最高 コロナで財政逼迫 信用リスク懸念
- ・テキサス、経済再開中断 米の新規感染4万人超
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06/27
- ・アマゾン森林伐採32%増 ブラジル、1~5月面積 欧州とのFTAに影
- ・EU、渡航受け入れへ 日本や韓国来月1日から
- ・米個人消費8.2%増 5月前月比 反動で最大の上げ幅
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06/28
- ・米、香港巡り初の対中制裁 ビザ規制 国家安全法の審議再開へ
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06/29
- ・コロナ死者、世界50万人 米やブラジルで拡大 外出・営業再規制も <3>
- ・米シェール大手破綻 コロナで原油需要急減 シェール新規開発7割中止 <4>
- ・国民年金納付率69.3% 免除、猶予含め実質は40.7%
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06/30
- ・NTT、再生エネ本格参入 1兆円超投資 自前で発送電 電力市場の競争一変
- ・北京近郊で都市封鎖 河北省の一部 市場で集団感染か
- ・香港国家安全法案を可決 中国、過激な抗議封じ込め
- 米、香港に輸出制限 軍民両用技術、優遇見直し
- ・求人倍率46年ぶり下げ幅 5月1.20倍 失業者200万人迫る <5>
- ・鉱工業生産「最低」続く 5月8.4%低下、車減産響く