「 2020年02月 」一覧

週間国際経済2020(3) No.214 01/23~02/03

今週のポイント解説(3) 01/23~02/03

アトランティックの孤立とユーラシアについての雑感(その3.大ユーラシア)

1.ユーラシアという概念

このシリーズを書き始めるにあたって、ひとつ不思議な違和感があった。ぼくには今まで、「ユーラシア」という単語を書いたことやタイプしたという記憶がないのだ。

Eurasiaという言葉は、Euro(ヨーロッパ)とAsia(アジア)という二つの名詞を結んだ造語、いわゆる「かばん語」だ。しかしこの二つが実体として一つのカバンであったのは、オスマン帝国にまで遡らなくてはならない。ヨーロッパの帝国主義は世界を分割し、この再分割闘争が第一次世界大戦であり、オスマン帝国は解体された。

第二次世界大戦後、この分割はさらに細分化され、それを覆う東西冷戦によって色分けされて各陣営に組み込まれた。ヨーロッパも東西に分かれ、ソ連と中国は対立し、つまりヨーロッパとアジアを一体のものとして語ろうとする動機が、少なくともぼくのなかではなかったからだ。

そして今、ぼくは初めてその動機を得たのだ。ユーラシアという言葉でヨーロッパとアジアを一体のものとして語ろうとする動機を。なぜだろう。

2.一帯一路とロシア

さて、ヨーロッパとアジアを結ぶといえば「シルクロード」だ。習近平さんは国家主席に就任した2013年、「シルクロード経済ベルト」を掲げ、2014年11月のAPEC(アジア太平洋経済協力首脳会議)で「一帯一路」構想として大々的にアピールした。当時、ぼくはこれを大言壮語としか受け止められなかったことを覚えている。

「一帯」というのは中国西部から中央アジアを経由してヨーロッパに通じ、「一路」とは中国沿岸部から東南アジア、インド、アフリカ・中東、そしてヨーロッパに連なる。習近平さんはそれぞれを「陸のシルクロード」、「海のシルクロード」と呼んだ。

なるほどアジアとヨーロッパを結ぶのだが、これだけで「ユーラシア」という言葉が思い浮かぶはずもない。

再びさて、ヨーロッパとアジアをまたがる大国といえばロシア帝国だ。ロシア帝国の存在がヨーロッパとアジアの地理上の境界を歴史的に無意味にしている。2015年、ロシアのプーチンさんが「ユーラシア経済連合」構想を提唱し始めた。旧ソ連の経済圏再建を目指したものだ。旧ソ連、そしてロシア帝国あってのユーラシアでもある。

ぼくはこれを中国の「一帯一路」に刺激され、これに対抗するものだと感じた。時期的にもそうだが、なによりもこの二つの構想のどちらにも「中央アジア」が含まれているからだ。ソ連崩壊後に独立したとはいえ、カザフスタン、キルギス、タジキスタン、ウズベキスタン、トルクメニスタンはロシアにとって「裏庭」だ。そしてカスピ海を通じてイランと接する。

勢いづく中国と衰退したロシアとはいえ、いやそれだけにこの利害調整は極めて難しい。新たな対立の火種ともなりかねない。だからぼくはまだ、ユーラシアという言葉を使う動機を持ちえなかったままだった。

3.「大ユーラシア・パートナーシップ」

米中貿易戦争が過熱する昨年10月、プーチンさんはロシアのソチで開催された国際会議で、その「ユーラシア経済連合」と「一帯一路」を結び、中東を含む経済圏を構築していくと提唱した。それが「大ユーラシア」構想だ。

そしてその席で、中国を「同盟国」と呼んだのだ。旧ソ連にとって中国は国境をめぐる軍事衝突を経験した「仮想敵」のひとつだった。この劇的な変化に弾みをつけたのは、やはりトランプさんだ。トランプ政権は2019年2月に中距離核戦力(INF)全廃条約からの離脱をロシアに通告した。

中国はINF条約の外にあって、アジアにおけるミサイル配備を着々と進めてきた。トランプさんはそれが気に入らない。だからアメリカも離脱するというのだ。アメリカのINF離脱はロシアにとって脅威だ。そこでプーチンさんは、中国とミサイル防衛で協力する道を選んだ。

習近平さんは6月、中ソ国交樹立70周年行事に出席するために訪ロし、そこで中ロ関係は「過去最高水準だ」と語った。ロシアにとって中国は最大の貿易相手国となっている。昨年12月にはロシアから中国へ天然ガスを供給するパイプラインが稼働した。さらに2018年から中国人民解放軍はロシア軍の軍事演習に参加している。注目すべきはここにはモンゴル軍も参加したことだ。中ロ国境は「緊張」から「蜜月」へと変化した。

さらに旧ソ連諸国に対するトランプ政権の影響力は著しく低下している。なによりも「ウクライナ疑惑」が対米不信の種となっている。トランプさんは自分の選挙のためなら軍事支援停止の圧力をかけてくるのだから。そこに中ロ経済圏構想が重なる。トランプ政権は慌ててウクライナ、ベラルーシ、カザフスタン、ウズベキスタン4ヵ国にポンペオ国務長官を派遣するのだが(1月30日~2月4日)、なにか具体的な提案があるわけではない。

4.イランそしてトルコ

中国とロシアはともにアメリカによるイラン制裁に反対している。そしてペルシャ湾における緊張が高まるなか12月27日から30日にわたって、中国、ロシア、イランの海軍がオマーン湾で合同軍事演習を実施した。この3国による合同演習は初めてのことだ。中国国防相は「海洋運命共同体の意思と能力を作り出す」と主張し、イランの海軍幹部は「イランは孤立しない」と語った。

さて、トルコだ。トルコとイランはガス田開発協力をはじめとして経済関係は悪くない。トルコのエルドアン大統領とプーチンさんは、2016年のトルコのクーデター未遂事件以降から急速に関係を改善してきた。しかしシリア内戦を巡ってはロシア・イランとトルコは対立してきた。その3国が2019年9月、トルコのアンカラで首脳会談を持った。シリア和平協議におけるトルコとイランの仲介をプーチンさんが演出したかっこうだ。

トルコとロシアの接近、そして中国を結ぶキーワードとなっているのが「S400」だ。ロシア製の地対空ミサイルシステムS400を海外で最初に導入したのは中国だが、トルコもこれに続き、昨年12月に一部搬入が完了した。

世界は驚いた。トルコはNATO加盟国だ。NATOとロシアはウクライナ問題で緊張関係にある。トランプさんは激怒した。アメリカ軍はトルコがS400を配備すればアメリカ製ステレス戦闘機F35プログラムからトルコを排除すると表明している。トルコの空軍基地は対中東爆撃作戦の要だ。だからエルドアンさんは、トルコがF35プログラムから排除されることはないといっている。その一方で、ロシア初のステルス戦闘機「スホイ57」の購入にも意欲を見せている。

東西冷戦が崩壊し、アトランティックの孤立とユーラシアの相互接近は「旧西側」の同盟関係を液状化させている。素人目には、そう映る。

5.NATOとドイツ

アトランティックといえばNATO(北大西洋条約機構)だ。北アメリカと西ヨーロッパの軍事同盟だ。この2つの大陸を安全保障で結合させる上でイギリスの存在は欠かせなかった。そのイギリスがEUから離脱した。著しい影響力の低下は免れない。北アメリカにおいてもアメリカとカナダの関係がNAFTA見直しで大きく揺れ、少なくとも自由貿易圏ではなくなった。トランプさんは大統領候補のときから「NATO不要」論者だ。

フランスはドゴール大統領の軍事ナショナリズムから1966年にNATOを離脱し、2009年に復帰した。そして今、マクロン大統領はアメリカとヨーロッパの意思決定の協調が全くなくなったという認識から、「NATOは脳死した」と発言した。

こうして第二次世界大戦の「戦勝国たち」がNATOから後退し、これと入れ替わるように突出した影響力を持つようになったのが「敗戦国」ドイツだ。歴史は皮肉屋だ。NATO結成の目的は「ロシアを締めだし、ドイツを抑え込む」、つまり「東西冷戦」と「ドイツ問題」だった。

そして今、アメリカとドイツがロシア絡みで揉めている。ロシアとドイツを結ぶ天然ガスのパイプライン建設計画「ノルドストリーム2」について、アメリカが制裁を警告して計画中止を迫っている。しかしロシアは今年末までに稼働させると言っている。

ドイツがロシアのエネルギーに依存し、アメリカに制裁を科せられれば、マクロンさんの言うとおりNATOは「脳死」するだろう。いや、それでもドイツのメルケルさんはNATOは「必須」の存在だと強調する。誰にとって必須なのか。ドイツにとってだ。少なくともアメリカにとってではない。

アトランティックという言葉にぼくは、戦後世界秩序を象徴する響きを感じていた。今やその響きはすっかり色あせている。その一方で、ユーラシアには求心力が形成され、朝鮮半島から中央アジア、中東、そして中欧へと渦を拡大させている。それはやはりアトランティックの孤立による遠心力がもたらした渦なのだ。

そろそろ「コロナ・パニック」の経済的影響とかについて整理するのもアリかもしれない。ぼくは、まったくそんな気になれない。

少なくとももう一回、次回もこの「雑感」を続けるつもりだ。ブログ閲覧者は急減しているが、それも当然だろう。でもぼくは、これを座標軸として今年の世界を観察することになる、そんな気がしてならない。

日誌資料

  1. 01/23

    ・デジタル通貨、中銀も備え加速 日欧など年内に報告書
    「現金コスト」削減に利点 FRBは独自研究へ
    ・苦境の韓国経済、財政頼み 昨年2%成長、金融危機後最低 選挙にらみ歳出増
    ・19年貿易統計 輸出・輸入、3年ぶり減 米中対立が影響
    ・武漢、交通機関を停止 新型肺炎感染封じ込め 経済に新たな重荷
  2. 01/24

    ・仏デジタル税、年内見送り 米と合意 米の報復関税も回避
  3. 01/25

    ・プーチン氏、相次ぎ首脳会談 中東での仲介役視野
  4. 01/27

    ・EU炭素税に米が報復示唆 環境問題、貿易に影
  5. 01/28

    ・新型肺炎、上海・蘇州で休業延長 産業集積地に打撃 世界の供給網に不安
    ・感染警戒、世界で株安 NY453ドル 日経平均一時200円超 <1>
  6. 01/29

    ・OPEC、協調減産強化 ロシアと協議へ ブラジル参加も <2>
    ・米シェール開発鈍化 掘削装置2割減 投資家は化石燃料離れ <3>
    ・英、ファーウェイ一部容認 5G関連 完全排除せず、米「失望」
    ・パレスチナ国家の建設 米、条件付きで容認 新和平案 親イスラエル色強く
    パレスチナ議長が拒否 中東諸国に懸念広がる 地域分断に拍車
  7. 01/30

    ・米、政策金利据え置き FRB議長「新型肺炎の影響注視」
    ・欧州委「5G」勧告を公表 ファーウェイ完全排除せず
  8. 01/31

    ・新NAFTA(USMCA)、米が署名 割れる評価 管理貿易の側面色濃く <4>
    ・米、投資・消費とも減速 10~12月、GDP2.1%増 <5>
  9. 02/01

    ・英、EU離脱(31日) 首相「新時代の夜明け」 通商協議焦点に
    移行期間入り(12月末まで) FTA逃せば流出加速も
    ・ユーロ圏減速 10~12月年率0.4%成長 仏伊ともマイナス
    ・ブラジル・レアル、最安値更新 南米通貨総崩れ 対中輸出の鈍化警戒
  10. 02/02

    ・トランプ氏、無罪濃厚に 弾劾裁判、ボルトン氏招致せず 遠のく全容解明
  11. 02/03

    ・中国株一時9%安 春節明け、新型肺炎懸念 人民元18兆円供給 <6>
    中国戦略都市機能不全 武漢、車・ハイテクの中核 世界貿易縮小リスク
    マネー流出 債務問題、警戒再び
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