今週のポイント解説(33) 10/08~10/14
データ社会の規制と覇権(その1.GAFA規制)
1.米中貿易戦争の本質はデジタル覇権争いだったはずなのだが
アメリカが中国からの輸入品に関税を引き上げるのは、中国の知的財産権侵害に対する制裁だとされてきたし、その最大のターゲットは中国のハイテク産業に対する補助金だ。するとこれは米中の巨大IT企業の代理戦争がごとく、アメリカのGAFA(グーグル、アマゾン、フェイスブック、アップル)VS中国のBATH(バイドゥ、アリババ、テンセント、ファーウェイ)という図式に見える。
最近、この図式を見直さなければならないと考えるようになってきた。例えば10月11日の米中貿易協議における「部分合意」だ。中国はアメリカから大豆や豚肉など400億ドルから500億ドルの農産品を購入する。代わりにアメリカは15日に予定していた制裁関税の引き上げを延期する。制裁関税のターゲットだった中国の産業補助金問題は素通りされた。なのにトランプさんは「貿易戦争の終結は間近だ」という。これはいったい、なんなんだ。
その一方で、アメリカではGAFAに対する規制圧力のテンポが驚くほど加速している。反面ファーウェイは、アメリカによる厳しい禁輸措置を受けながら、しぶとく生き残り、むしろ勢力を拡大している。これはいったい、なんなんだ。
今回に限ったことではないが、ぼくは考えが整理できていない。こんなときは「写生」に務めるのがいい。今週はGAFA規制について、来週はファーウェイ生き残りについて、最近の出来事を並べて、眺めて、考えてみることにしよう。
2.なぜGAFAを規制しなければならないのか
お時間と関心のあるかたは、GAFAについては⇒ポイント解説№154「GAFAの光と影」を、巨大IT企業規制については⇒№181「データ社会の市場と人権」を読んでいただきたい。
ドイツ政府が「インダストリー4.0」を唱えだしたのが2011年、ダボス会議で「第4次産業革命」を議題にしたのが2016年、IoT、ビッグデータ、AI、自動運転…、世界は一気にデジタル化されていった。この変化の最大の特徴は、初めから巨大な独占的企業によって推進されてきたことだ。その源泉は、現代の石油と呼ばれるテータの独占だった。
データ独占の社会的弊害は様々だが、次の三つがまず問題視された。第一は、公正な競争の阻害だ。例えば大手ネット通販モールに出品する中小企業に対して不利な取引条件を押し付けるという懸念、「優決的地位の濫用」というやつだ。
そこまで露骨でなくても、大手ネットは使えば使うほど便利だから(検索履歴や情報提供など)、他のサービスに移りにくい。また巨大IT企業が莫大な収益を資金にして新興企業を買収していくものだから、競争の芽が摘まれていく。
第二は、プライバシー、個人情報保護の観点だ。莫大な量の個人情報が解析されて利用される。巨大IT企業間で、利用者の許しなく共有されたり売られたりしている。第三が、税金だ。巨大IT企業は、店舗や営業所を置かなくても国境を越えて営業できる。だから低税率国に形式的な拠点を置くという税金逃れが横行する。
3.EU対アメリカ
EUは早くからGAFA規制の声をあげていた。きっかけは、税金だった。2012年、GAFAが法人税率の低いアイルランドに利益を集めて税率を圧縮していることが発覚した。また同時に、EUが重視したのはプライバシーの保護だ。
「忘れられる権利」、2014年欧州司法裁判所はネット上の検索エンジンから個人データの検索結果を削除するよう求めることができると認めた。この権利は2018年5月に施行された「EU一般データ保護規則(GDPR)」に明文化され、ここでは個人データのEU域外持ち出しも原則禁止され、違反については罰金も科せられる。
これはデジタル世界の「人権宣言」だと言われる。個人情報はその個人のものであることを明らかにしたからだ。普遍的価値に基づいてもっともなことなのだが、なんせコストが膨大になる。IT企業は情報を集めて解析することはAIに任せて済むのだが、特定の情報を削除することは大変な手間がかかる。
その後も、ドイツはフェイスブックとグーグルをEU競争法(独占禁止法)に違反していると指摘し、フランスはグーグルの課税逃れを追及し続け、EUでまとまらなければと、7月にフランス独自のデジタル課税を単独で導入した。
これに激怒したのはトランプさんだ。「マクロン(呼び捨て)の愚行に重大な報復を考えている」と、ワインに対する追加関税を示唆していた。「アメリカ企業に課税するのはアメリカ政府だ」、というのが彼の論理だった。
ところが、どういう風の吹き回しか、あの何も決まらなかった8月のG7サミットで、突然アメリカはフランスのデジタル課税について一定の合意に達したというのだ。
4.風が吹いたのは確かだ
まさに「どういう風の吹き回しか」、だった。もちろんアメリカ世論のGAFAに対する風当たりは強くなっている。2016年大統領選挙におけるロシアの介入を許した疑惑、2018年春のフェイスブックによる8700万人個人情報の流出。トランプ政権とGAFAとの関係も良好ではない、むしろ移民排斥政策を巡って険悪だ。
だからといって、トランプさんが「マクロンの愚行」と言って、その1か月後に「一定の合意」なのだから。おそらく、トランプさんは何もわかっていない。少なくとも、風を読めていなかった。「パリ協定」離脱以降、マクロンさんとトランプさんの関係は最悪だ。トランプさんはマクロン嫌いの感情に任せて、例によって報復関税のコブシを振り上げただけのことだったのだろう。
風の吹き回しは、すでにアメリカで変化していた。今年6月、野党民主党が多数となった下院の司法委員会がGAFAへの反トラスト法調査を開始した。7月には司法省が調査を開始し、連邦取引委員会もフェイスブックを調査していると公表された。そして9月、グーグルが司法省の調査を受けていると公表、ニューヨーク州などがフェイスブックの調査を開始、ついに9月9日までに一気に全米50州・地域がグーグルとフェイスブックを反トラスト法を巡って調査を開始していると発表した。
5.反トラスト法の解釈と選挙の風
EUの競争法、日本の独占禁止法にあたるのがアメリカの反トラスト法だ。しかしアメリカでは「値上げなどで消費者が不利益を受けているか」が問われる。グーグルもフェイスブックも無料サービスだから、法律を適用するのが難しい。
しかしこの夏以降、アメリカでは議会下院も司法省も取引委員会も、「競争排除によって、結果的に消費者に不利益となっている」ことを問題にし始めた。9月11日付日本経済新聞によれば、テキサス州の司法長官は「広告の売り手も買い手もすべてをグーグルは支配している」、テネシー州司法長官は「競争をなくすために新興企業を買収してきたのでは」、アラスカ州司法長官は「州内の企業がコスト増になっていないか」を問題視している。
9月13日には米議会下院の司法委員会が反トラスト法調査としてGAFA幹部たちのメール履歴を提出するように要請した。ポイントは、競争阻害だ。もっと言えば、次期大統領選の民主党後方の指名争い支持率トップに立ったウォーレン上院議員は、GAFAの分割を訴えている。
下院議員も州の司法長官も、みんな来年の大統領選挙と同時に選挙を迎える。それらが一丸となってGAFA規制に立ち上がった。トランプさん一人、この風圧を受け止める気はさらさらないだろう。風向きは、明らかに変わったのだ。
6.風で規制の壁は高くなる
G7での米仏合意が弾みをつけたのだろう、OECD(経済開発協力機構)は10月9日、グローバル企業に対する新たな国際課税の枠組み案を公表した。拠点の有無にかかわらず利益の一部にかかる税を、その企業の国別の売上高に応じて各国で分け合うというものだ。対象は消費者向けで高収益の企業に限られる。これはGAFAを意識したものに違いない。
10月11日、カリフォルニア州が新しい個人情報保護法の来年1月施行を正式に決めた。同州の住民のデータを保有する企業に対して、消費者からのデータの開示や削除、売却停止の請求に応じるよう義務付ける。個人だけでなく世帯のデータも含むなど、EUの規制(GDPR)より規制の範囲が広い。
対象企業はシステム改修などの初期対策費だけでも全体で最大6兆円近くに上るとの試算もある。これはカリフォルニア州に限っての額だ。これからニューヨーク州など10を超える州でこのカリフォルニア州新法をモデルにしたルール作りが進んでいるという。この上に、国際課税がのしかかる。
7.GAFA規制は票になる
もちろんぼくは、データ独占規制に賛成だ。でもアメリカでは規制の歩みは遅いと思っていた。なんといってもNY株価を押し上げているのは、GAFAだからだ。しかしアメリカの有権者たちはGAFA規制に傾きだした。票になれば政策になるのが民主主義だ。
GAFAは強くなりすぎた。日本で「ググる」といえば検索することだが、ウィクショナリーでは「グーグルする」と引けば「圧倒する。絶滅させる」と出てくる。「アマゾン・エフェクト」といえば、小売業を脅かすことを意味している。そう、第4次産業革命は雇用を増やさないのだ。
そしてGAFAの莫大な収益は自社株買いと新興企業買収に向かい、勝者と敗者がはっきりと分かれ、所得格差を拡大させている。米民主党左派はここに批判を集め、世論を動かしている。
そこで、だ。米中貿易戦争、その本質であるハイテク覇権争いはどこに向かうのだろう。中国では、民主主義が政策になることはない。規制なき国内市場も広大だ。来週は、このことを「写生」することにしよう。
日誌資料
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10/08
- ・景気指数(内閣府発表)、8月は4か月ぶり「悪化」 製造業の停滞響く <1>
- 外需低迷、景気にブレーキ 政府の公式判断「回復」 指数とズレ 経済対策に影響
- ・日米貿易協定に署名 来年1月にも発効 国会承認が条件
- ・米、中国監視カメラ禁輸 ウイグル弾圧で制裁 貿易協議影響か
- ・GMスト、4週目突入 労組硬化、損失1000億円規模
- ・サムスン、営業益56%減 7~9月、6900億円 半導体の不振影響
- ・経常収支黒字、8月2.1兆円 旅行収支の黒字、過去最大 <2>
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10/09
- ・世界GDP「0.8%失う」 貿易摩擦で IMF、見通し修正へ
- ・FRB、資産購入拡大 議長講演 NY株続落 米中摩擦懸念で終値313ドル安
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10/10
- ・強まるリブラ監視網 英中銀「事前の監督、適切に」
- ・米大統領選 民主党候補混戦に ウォーレン氏、初の首位 バイデン氏失速
- ・トルコ、シリア空爆 クルド勢力標的 米軍撤収で混迷 テロ連鎖招く恐れ
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10/11
- ・米中が通商閣僚級協議(ワシントン、2か月半ぶり)トランプ氏「よい交渉だった」
- ・FRB、金融規制を緩和 小規模銀行の自己資本制約軽減
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10/12
- ・米中、農産品など部分合意 貿易協議 対中関税引き上げ延期 <3>
- ・FRB、短期国債を月6.5兆円購入 金利の安定狙う マネー制御難しく
- ・ノーベル平和賞 エチオピア、アビー首相 民族紛争解決に尽力
- ・中国の対外投資が岐路に 欧州向け64%減 技術取得警戒される <4>
- 一帯一路は11%減 昨年、債務のワナ巡り自重か
- ・イランのタンカー爆発 サウジ沖「ミサイル攻撃受けた」 <5>
- ・リブラ発行時期、不透明に 米イーベイとビザ、参画見送り
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10/13
- ・米中、景気懸念で休戦 中国の産業補助金棚上げ 「第4弾」が焦点 <6>
- スマホなど関税撤回明言せず 家電など1000億ドル分の中国製品に15%の関税上乗せ
- ・中印、貿易拡大で一致 首脳会談(ニューデリー、12日)対米念頭に協調演出
- ・RCEP閣僚会合(バンコク、12日)来月妥結向け協議 関税引き下げ中印焦点に
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10/14
- ・人材・資金「脱香港」の動き 混乱や政府の抑圧嫌気
- 6~8月預金4300億円シンガポールに流出試算 台湾への移住急増、居留許可47%増
- ・カリフォルニア州個人情報保護法 データ売却停止 企業に削除請求対応義務
- 来年1月施行 世帯情報も対象 初期対策費5.9兆円との試算も
- ・台風19号、21河川で堤防決壊 東日本、広範囲で氾濫
- ・日本、初の8強 ラグビーW杯 スコットランド破る