今週のポイント解説(1) 12/26~1/05
株価乱高下とFRB
1.米利上げと株価
FRBは、12月19日のFOMC(米連邦公開市場委員会)で今年4回目の利上げを決めた。同時に年3回と想定されていた2019年の利上げペースを年2回に引き下げた。この決定は、11月時点ではマーケットでは織り込まれていたシナリオだ。むしろ、利上げペースはそれより減速する。経済成長率も雇用も堅調だ。だから今回の利上げは、FOMC投票メンバー10人の全員一致で決められたのだ。
ところがその直後、NY株は一時500ドル近く下げた。その後21日まで3日続落し、週間の下落率は6.9%に達し、これはリーマンショック直後の2008年10月以来、約10年ぶりの大きさだった。
その後も株安は止まらない。NY株価は24日も650ドル以上下げ、25日の日経平均株価は1000円以上下げて1年3カ月ぶりに2万円を割った。ところが26日のNY株は5日ぶりに反発し、1086ドル高で終えた。この上げ幅は4.98%、過去最大となった。
年が明けた1月3日、NY株は反落して660ドル(2.82%)安で終え、4日日経平均株価は452円安をつけた。これを受けて4日、パウエルFRB議長は講演で「金融政策を柔軟に見直す」と述べ、利上げを一時停止することを示唆した。その後NY株は5日続伸した。
こうしてみると、トランプさんが言うように、株価の下落はFRBに責任があるようにも見える。今回はこの問題について考えてみよう。
2.「適温経済」なんて続かない
思えば1年前、2018年のポイント解説は、2月の株価乱高下が「適温経済」、つまり低インフレ・低金利による穏やかな金融市場が潮目を迎えていることを示していると指摘することから始まっていた⇒ポイント解説131、132。
そのなかでぼくは、トランプさんが「ちょうどいい温度のスープ」をぐつぐつと加熱していることを心配している。それが大幅減税だった。景気が持続的に拡大している局面で、トランプ政権は支持率上昇目当てに強烈な景気刺激策を打ったのだ。
法人税の大幅引き下げと、企業の海外資金の国内環流非課税措置による余剰資金の多くは、自社株買いと株主配当増額に向かい、富裕層の所得税引き下げによる余剰資金の多くは株式投資に向かった。こうしてNY株価は史上最高値を連日更新し、これにつられて日経平均株価はバブル崩壊後最高値を付けた。
さらに、もともと堅調だったアメリカの労働市場には人手不足が表れ始め、賃金もじわじわと上がり始める。そこに貿易戦争による輸入物価上昇、イラン核合意離脱と制裁再開による原油価格高騰が重なる。
こうして高まるインフレ圧力のなかで、パウエルFRB議長は「異例の金融緩和」の正常化を進めるとともに、近い将来の景気の反動に備えるため利上げペースを加速していった。減税による景気刺激効果は2019年の後半にははげ落ちる。それでもインフレ圧力が持続的に強まるならば、アメリカ経済は景気後退のなかのインフレ、つまりスタグフレーションに陥る危険性が濃くなっていた。もしそうなれば、打つ手がなくなる。
FRBには、過去の不況時には5%以上の利下げで対応してきたという経験則がある。だから2019年半ばまでに少なくとも政策金利を3.5%程度にまで引き上げて、金融緩和の幅を手札として持っておきたい。
水増しされた株価はいずれ調整される。11月の中間選挙でアメリカ議会はねじれた。トランプさんによる政治的リスクが増大する。このリスクの交差点が12月だったのだが、結果的にパウエルさんはこの調整に失敗した。「市場との対話」に失敗したからだ。
3.FRBと市場の対話
2018年4回目となる12月の利上げは、11月始め時点では市場に織り込まれている(市場参加者の大半が想定している)と思われていた。ところが利上げ決定の12月19日のNY株式市場は、朝方に300ドル超上げていた。投資家たちは利上げペースの早期停止や減速を期待していたからだ。それがパウエル議長の会見中に500ドル安まで落ち込んだ。市場は落胆したのだ。
こうした市場の期待と落胆を、彼らの勝手な思い込みと言うことはできない。明らかにパウエル議長が「思わせぶり」だったからだ。その最大の材料が11月末のニューヨークでの講演だった。そこでパウエルさんは、現状の金利水準が「中立金利」(景気を過熱させることも冷やすこともしない)に近づいていると言及した。10月初旬の講演では、その中立金利とは「まだ距離がある」と言っていたのだから、これは利上げ打ち止めのサインだと受け止められてもしかたがないだろう。
ましてやその直後11月4日、トランプ政権は米中通商交渉が合意できなければ制裁関税を拡大する方針をあらためて示した。そしてこの日、米債券市場で長期金利が短期金利より低くなる逆転現象(逆イールド)が起きた(このイールド・カーブ、利回り曲線についての説明はまた別の機会を設けなければならない)。これは将来の景気後退の予兆だとされている。そして、NY株は800ドル近く下落した。
直後にファーウェイ事件が起こり(5日)、ECB(欧州中銀)の年内朝敵緩和終了が決まり(13日)、イギリスの「合意なきEU離脱」リスクが高まる中、19日FRBは「予定通り」に利上げを決定したのだ。
4.FRBとトランプ政権との対話
けっして大きくない扱い(4段記事)だったが、興味深かったのは1月10日付日本経済新聞夕刊が、その12月のFOMC議事要旨を報じた内容だ。そこでは、会合参加者の多くが株価下落を懸念して、「インフレ圧力も落ち着いており、追加の政策判断を様子見できる」と表明。ようするに、利上げを当面見送る考えが浮上していたというのだ。
ということは、景気の先行き不安というFRBと市場との「対話」の前提は成立していたということだ。それでも結果的に市場との対話は失敗した。なぜだろう。ぼくは、その最大の理由が、トランプさんとの「対話」のなかにあった思う。
アメリカに限らず、先進国では政府が中央銀行の金融政策にコメントすることすら異例だ。しかしトランプさんは、つねにFRBの利上げシナリオを批判し続けていた。
そもそもパウエルさんのFRB議長就任は、トランプさんの肝いり人事だった。前任者のイエレンさんは「適温経済」を演出したとして高く市場に評価されていた。それを過去に例がないほど短い任期で交代させ、その後任にパウエルさんを押し込んだ。
トランプさんはそれでイエレンFRBの「金融政策の正常化」路線を潰すことができるとでも思っていたのだろう。しかしパウエルさんは、FRB内部ではもちろん、広く市場と合意されていた中立金利へ向かう利上げシナリオを踏襲していく。むしろトランプ政権によって加熱されていくインフレ圧力を前に利上げペースを加速させていた。
トランプさんの政治圧力は日増しに激しくなる。これに対してパウエルさんは中央銀行の政治からの独立性を堅持する考えを示す必要性にかられるようになる。「大統領と金利に関しては何も議論していない」、「金融政策の判断に政治情勢を加味することはない」と、言うまでもないことをあえて言わなければならなくなっていた。
ついにトランプさんは、12月のFOMC会合初日(18日)に、「間違いを起こすな」とツイートして露骨な圧力をかけた。最悪だ。ぼくは少しパウエルさんに同情する。市場との対話に最大限配慮するのか、トランプさんの圧力に屈しない態度を見せるべきなのか。ジレンマに追い詰められながら、政策を決定しなくてはならなくなっていたと推察するからだ。
5.中央銀行の政治からの独立性
ここで少し整理しておこう。中央銀行とは、ひとつの通貨に対してひとつの中央銀行があるわけで、その使命は通貨価値の安定、すなわち物価の安定だ。
これに対して政府は、つねに選挙を意識するから物価より雇用を重視する。そのためインフレには寛容だ。ところが理論的にはインフレ率と失業率は短期的にトレード・オフの関係にある。
中央銀行は、中長期的な物価の安定を志向し、専門性が問われる。政府は選挙を意識して短期的な(あとで反動が起きるとしても)好況を望み、財政のバラマキは素人でもできる。だから中央銀行の政治からの独立性は大切だと習う。
またその独立性は、金融引き締め局面でとくに注目されることになる。名前は忘れたが、戦後のあるFRB議長の面白い例え話を覚えている。中央銀行は、「パーティーが盛り上がっているときに、お酒を引き上げることができる」というものだった。みんな酔いつぶれたり、取り返しのできない騒ぎになってはいけないからだ。
だからといって、勝手にお酒を召し上げられたら困ることもおおいにありうる。タイミングを間違えば場もしらけるだろう。そこで主催者や来賓との「対話」が欠かせない。だから金融論のテキストは、政策目標は政府と調整するべきであり、そのうえで政策手法や時期や規模などで独立性を持っているのだと教える。
また、その主要な政策は金利の上げ下げだ。これは非対称的、つまり貸し手と借り手の損得に関わる。いくら物価安定のためだからといっても金利が高いと借り手が辛い。そして貸し手は裕福で、借り手てはそうでないことがありがちだ。こうしたことから、ジョセフ・スティグリッツ教授は「中央銀行は究極的には国民に仕える」として、所得格差に気を配らないといけないと教える。
こうして「独立性」とはいっても、ブンデスバンク(ドイツ連邦銀行)ごとくに厳然たる政府からの独立を守るものもあれば、アメリカのように決して政府による介入と受け取られない範囲で政策調整をするものもある。
6.FRB信認リスク
政府と中央銀行のインフレに対する態度の違い、そうした話を寸劇で説明するならば、トランプさんとパウエルさんは適役だろう。それにしてもトランプさんの金融政策に対する介入は、あからさまに過ぎる。逐一FRBの政策決定を批判し、それをツイッターで撒き散らしているのだから。それはエスカレートして、金利をゼロにしろとか、パウエルさんをクビにしようかなとか。こんな不用意な話が漏れ伝わって、株や債権や為替の取引を任されているAIプログラムのアルゴリズムの網に引っかかり、市場は超高速の売り買いにさらされる。
一方、パウエルさんも話が下手だ。ぶっきらぼうで、そのうえ一言多い。弁護士出身だから無理もないのだろうけど、歴任者たちと違って経済学的な権威もまったくない。この二人は授業の寸劇には適役だが、リアルな金融市場の舞台では、これ以上ないほどのミスキャストだ。
今回の株価乱高下では、パウエルさんが対話に失敗したことは事実としても、それでトランプさんに「俺が言ったとおりだろう」とドヤ顔されてはたまらない。なにも中央銀行の金融政策は株式市場のためだけにあるのではない(これを材料に売り浴びせて買い戻して儲ける利得機会にしているからこその乱高下なのだ)。
問題は、それとは別のところで深刻だ。12月の利上げが大幅な株安を招き、金融政策の修正が株高をもたらしたという経緯は、FRBに対する信認をおおきく落とし込めた。このFRB信認リスクは、そう、とりもなおさず国際通貨ドルに対する信認リスクだ。それがどれほど国際金融リスクを増大させていくのか、トランプさんは無関心なのだ。
二人の滑稽な、しかし深刻な寸劇から、まったく目が離せない。
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