今週のポイント解説(25) 7/28~8/8
ガソリン車を売らなくなる日
1.フランス、イギリスが2040年までに販売禁止
政治的パフォーマンスの要素が大きいと感じていた。フランスのエコロジー担当相のユロ氏は7月6日、2040年までにガソリン車とディーゼル車の販売を国内で禁止する方針を表明した。
「米抜きパリ協定」合意を形成したハンブルグG20(8日閉幕)の直前だったからだ。マクロン仏大統領はトランプ氏がパリ協定離脱を表明した直後の記者会見で、わざわざ英語で「Make our planet great again」と訴えて喝采を浴びた。もちろんこれはトランプ氏の「アメリカを再び偉大に」に当てつけたものだ。
結果的にフランスはハンブルグG20は議長国ドイツと並んで「脱トランプに向かう世界」⇒ポイント解説№107を印象付けることに成功した。「メルクロン」(メルケル&マクロン)という言葉を生んだほどだ。
しかし7月25日、脱トランプとは一線を画すイギリスがこれに追随した。次期も同じ2040年だ。さらにフランスはどうもハイブリッド車は例外にするようだが、イギリスはこれも販売禁止にする方針だと報道されている。
そしてこれは何もフランスに乗っかった話ではない。イギリスでは毎年、大気汚染に関連して4万人が死亡しているといわれる(7月26日付日本経済新聞、正確には本来の寿命より早く亡くなっているという意味だそうだ)。イギリス高等法院はこれを違法レベルと判断し、政府に対策を命じていたのだ。
それでもなお、政治的パフォーマンスの匂いは消えない。まずは「2040年」という時期だ。それが早いのか遅いのか、なぜ英仏が同じ時期なのか。ドイツはこれに反応しないのはなぜか。
うがちすぎは生来の傾向だが、メイ首相もマクロン大統領も支持率の大幅な低下に追い込まれているという共通項が気になる。メイ氏の場合、福祉削減政策に対する不満から6月の総選挙で保守党は過半数を割り労働党の躍進を許した。マクロン氏は既成政党不信の受け皿として登場し下院選挙でも6割の議席を獲得したものの、労働規制緩和、財政削減方針によって支持率を記録的な下落率で低下させている。
中道保守の両者が支持率を回復させるためには、極右に対抗し左派を取り込まねばならいないだろう。そのためのキーワードは、「環境」だから、ではないだろうか。
なぜここまでうがった見方をするのか、その理由はそう、EV(電気自動車)全盛の世界はまだ遠い未来だと思い込んでいたからだ。実際2016年のEV販売台数は全体の1%にも及ばない。
しかし、火のない所に煙は立たぬ。政治は市場の利害を表現している。
2.EVの未来を決めるのはガソリン車の未来
T型フォードが誕生して110年、かつて大量生産・大量消費は資本主義そのものだった。今もなおガソリン車は製造業の主役だ。莫大な雇用を抱えている。かれらはどこへ行く。そうだ石油はどうなる。世界の石油消費の65%はガソリンで動く車両が使っている。ガソリンスタンドはどうなるのだろう。そうだリチウム電池の走行距離では不便だ。高速充電のインフラも整備しないといけない。
どうやら今、この「問い方」を変えないといけないようだ。問いを替えてみよう、「ガソリン車は持続可能なのか」と。つまるところはコスト&ベネフィットなのか。
衝撃的だったのは2015年9月に発覚したフォルクスワーゲン(VW)ディーゼル車の排ガス規制不正事件だった。アメリカ環境保護局が摘発し1台当たり3万7500ドルの制裁金を科した。対象は48万台だから最大180億ドルに達する。2兆円だ。
謀略説は脇に置いておくとして、VWが不正をしたのは事実だ。なぜそんなことをしたのか。VWは氷山の一角だというではないか。ディーゼル車は温室効果ガスである二酸化炭素ではなく窒素酸化物を排出するという理由で欧州では主流となってきた。
EUでは1993年から自動車の排ガス規制を導入し、それはEURO1から始まって段階的に規制を厳しくして2017年のEURO6では窒素酸化物規制を大幅に強化した。VWはこれにコスト面でついていけなくなったのだ。もちろん二酸化炭素の排出規制も厳しい。2020年基準だと日本仕様プリウスはアウトだという。
つまり環境規制に内燃機関動力はコスト面で対応できなくなっているのだ。日本の燃費規制も同様だ(三菱自動車の不正はそれ以前の問題だ言われてるが)。ガソリン車やディーゼル車の環境技術に投資するくらいなら、いっそのことEV開発の先陣を切ったほうが生き残れる。「ガソリン車は持続可能なのか」の問いに答えたのは自動車メーカー自身だったのだ。
3.中国、インドのEV市場
7月初めスウェーデンのボルボが2019年以降に全車種をEVやPHV(プラグインハイブリッド)にすると宣言した。ボルボは中国資本(吉利汽車)傘下だ。大気汚染に苦しむ中国にとってEV化は国策だ。優遇措置だけではない、来年以降は自動車メーカーに一定規模の「新エネルギー車」生産を義務付ける方針を示している。インドも2030年をEV化の目標時期に据えている。
8月9日から3日間連続で日本経済新聞は「EV大転換」という特集を連載した。「欧州発ドミノ」、VW、ダイムラー、BMWの独3社は2025年に販売台数の最大25%を電動車にする計画を打ち出した。「下剋上狙う中印」、中国はすでにEVの世界シェア3割を占めている。EVはガソリン車に比べて構造が単純だから水平分業が進み参入障壁が低いとされている。
「さらば石油」、原発大国のフランスは自動車の排ガス規制で温室効果ガスを大幅に削減できるが、石炭発電の比重が高いインド、中国ではいくらEVを増やしても根本的な地球温暖化対策につながらない。しかし再生可能エネルギーによる電力をEVに供給するシステムが「欧州ではすでに商用段階に入っている」そうだ。
どうやら驚異的なテンポで進むEV化の背景が見えてきた。中国、インドの優遇措置によるEV市場拡大、この需要に欧州の環境コスト対応要求によるEVドミノが重なり、参入障壁が低くなったそのEV市場に中国資本が参加する。
成り行きを眺めていた日本メーカーも変わり身が早い。トヨタは2019年にも中国でEVを量産する検討を始めた(7月22日付日本経済新聞夕刊)。そして8月4日トヨタとマツダは資本提携を発表し、アメリカでEV共同生産の可能性に言及した。GSユアサはEVが1回の充電で走れる距離を2倍に伸ばす新型電池の量産を2020年にも始める(8月8日付)。現状リチウムイオン電池の生産シェアの6割を中国が占めている。日本の部品、素材技術の真価が試されている。
4.遅肉早食
こうして少し調べてみると、マクロン氏やメイ氏の「2040年」はむしろおっとりしているように見え出す。それだけEV転換のテンポは速い。各自動車メーカーの本気度も疑う余地がないように思える。遅れれば、食われる。
それでもなお、調べてみる前の疑問は残り、調べてのちに疑問は増える。EV充電インフラはまた別の問題だ。その電力供給のエネルギー源は本当に再生可能エネルギーなのだろうか。だとすれば産油国の脱石油は急がなくてはならない喫緊の課題となる。しかし脱石油が可能な産油国ばかりではない。むしろ多数だろう。中東情勢混迷にまた危険因子が増えるのではないだろうか。
ガソリン車製造が抱える雇用はどうなるのだろうか。構造が比較的単純なEV生産ではより急速な省力化が進むだろう。鉄鋼需要にも大きな影響がありそうだ。ハイブリッド車がそうだが電池を積めば車体は重くなる。重くなればエネルギー効率は悪くなる。重い鉄の在庫が増えるだろう。
もちろん原油価格や排出権相場にも大きな材料となるろうし、それが投機を誘うだろう。
中国に続く自動車市場であるアメリカはどうするのだろうか。地球温暖化は「でたらめだ」と放り出したトランプ氏は排ガス規制もエコカー補助もやめてしまう勢いだ。企業はこれを黙って見ているのだろうか。トランプ政策によって「二度と再び偉大になれないアメリカ」となることに焦りはないのだろうか。その焦りはどのように表れるのだろうか。
ガソリン車の需要が枯れるにはまだそうとうな時間がかかるだろう。しかし今、ガソリン車が環境規制に対応するコストが限界に達している以上、EVのコストダウンに比例して現在の99:1の比率が50:50に近づいていくことは間違いない。その転換点が今年だったと記憶されるだろう。
それは容易に予測できることなのだが、その転換が急激であることの反動はどのようなリスクをとなって現れるのか、それを予測することは容易なことではない。
日誌資料
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07/28
- ・韓国、消費に薄日 4~6月、GDP0.6%増 個人消費が0.9%増加
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07/29
- ・米、2.6%成長に加速(4-6月年率) 景気拡大、9年目突入 <1>
- 戦後最長視野 伸びは鈍化、所得格差拡大、構造問題も
- ・北朝鮮、弾道ミサイル発射 28日深夜に強行、奇襲性高める
- ・「税の国境調整」見送り トランプ政策逆風強まる 宙に浮く大型減税
- オバマケア見直しも3回目の否決 共和党から造反、議論膠着
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08/01
- ・世界の上場投信4兆ドル超 残高5年で倍増 低金利で資金流入
- ・米広報部長10日で解任 トランプ政権、混乱際立つ
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08/02
- ・ユーロ圏緩やかに回復 4~6月、年率2.3%成長 緩和縮小後押し <2>
- ユーロ一時131円台 1年半ぶり高値 NY株は5日連続最高値、2万2000ドル突破
- ・米新車販売7月7%減 今年、前年割れの可能性
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08/03
- ・インド、10か月ぶり利上げ 7年ぶり水準 インフレ率低下、個人消費を刺激
- ・韓国、格差解消へ税制改正案 富裕層・大企業に増税 <3>
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08/04
- ・安倍首相「最優先は経済再生」 第3次改造内閣発足(3日)
- ・英中銀、金利据え置き 総裁「EU離脱が経済に影響」
- ・トランプ氏再び移民標的 規制法案支持を表明 雇用確保強調も立法化は不透明
- ・名目賃金6月0.4%減 1年1カ月ぶり ボーナス減額響く
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08/05
- ・米雇用20.9万人増 7月、失業率4.3%に改善 FRB、資産縮小追い風 <4>
- 追加利上げは小休止の見方 物価上昇率1.4%、賃金上昇率に鈍さ
- ・トヨタ・マツダ相互出資 500億円ずつ 米でEV共同生産も
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08/06
- ・習氏、権力集中に執念 「北戴河会議」始まる 2期目へ体制固め
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08/07
- ・国連安保理、北朝鮮制裁を決議 石炭など全面禁輸 中ロも賛成
- 中国、石油禁輸は応じず 米に配慮、北朝鮮にはクギ
- ・米国務長官 ミサイル停止が対話の条件 河野外相と初会談(マニラ)
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08/08
- ・日本1~6月経常黒字リーマン後最大10.5兆円 海外投資の収益増 <5>
- 第1次所得収支前年同期比2%増の9.7兆円 貿易・サービス収支は15%減の1.7兆円
- ・ASEAN結成50周年 マニラで記念式典
- ・メキシコ、車生産11%増(1-7月) 米向け輸出が好調、14%伸びる
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