今週のポイント解説(2) 1/11~1/20
キャンペーン・プロミス
1.期待された公約破り
ハーバード大学卒のタレント、パックン(パトリック・ハーラン)が『ニューズウィーク日本語版』で少し残念なことを教えてくれた。
「さて、ここでクイズ!ウソは英語でなんというでしょう?」
「正解はcampaign promise。いや、冗談じゃなくてれっきとした慣用句だ」
本当かなぁ、一部のインテリのなかの話じゃないかなぁ。選挙中の約束というのは公約だから、政治家にとっては生命線みたいなものだ。でも、アメリカでも政治家はウソつきだというのが常識なのだろうか。でも、パックンはマジメな話をしている。トランプ氏が新大統領に選ばれて今、その悲しい常識から「希望の種を見つけ出そうとしている方々が多い」、つまりトランプ候補の公約はウソであって欲しいということだ。
パックンは民主党支持だから、いやそうではなくてトランプ支持者もそんな人が少なくないというのだ。「だいじょうぶだよ、大半ウソだから!」。
これは残念を通り越して本当に恐ろしいことになる。というのは、アメリカの大統領はいくらウソをついても反対派は安心し、支持者も怒らないですむということになる。この傾向はアメリカに限ったことではない。日本でもよくテレビで評論家先生方がしたり顔でこう言っていた、「大統領になれば変わりますよ」。つまり公約破りを前提にしているのだ。
アメリカ民主主義をディスるのは勝手だが、世界最強の権力者のウソが許され、ことによっては期待すらされるようになったのだ。すると世界はウソに振り回される。
言葉が通じない世界。バベルの塔が崩壊した絵画を見ているようだ。
2.有言実行?
当選したトランプ氏は予定されていた記者会見をキャンセルし、ツイッター恫喝ばかりを重ねていた。初会見は1月11日まで伸びた。次期大統領は確定したのだからキャンペーン期間は終わっている。果たして何がウソで何はウソではないのだろう、あるいは新しいウソが追加されるのだろうか。
このありえない関心を受けながら、トランプ新大統領は就任式直後から次々と大統領令(議会承認不要の権限)を連発していく。皮肉なことに「有言実行」が世界を揺らす。
おそらくは、おおかたの人々がウソだと思っていたことの代表は「メキシコの壁」だっただろう。国境線の長さは3200キロ、ここに通行不可能な壁を建設しその費用をメキシコに負担させるという「公約」だ。トランプ大統領は1月25日に「直ちに建設」するよう政府に指示をした。そのためメキシコ大統領との首脳会談は中止になった。
日本が、誰よりも安倍首相がウソであって欲しいと願っていたことは「TPP離脱」だっただろう。トランプ氏は就任式直後にホームページでTPP離脱とNAFTA再交渉を一方的に発表し、23日にはTPP「永久離脱」大統領令に署名した。
そしてオバマケア(医療保険制度改革法)の廃止と制度見直し、エネルギー関連環境規制の撤廃などいわゆる前任者オバマ大統領のレガシー(政治的遺産)潰しにも着手した。
3.不言不実行?
今年になってNY株価は連日最高値を更新し続け、1月25日には初の2万ドル大台を達成した。このトランプ相場のきっかけはやはりキャンペーン・プロミスだった。
トランプ候補(当時)は、1兆ドルのインフラ投資と最大20%の連邦法人税率引き下げを公約していた。これはもちろん議会で審議される事項だ。そして大統領選挙とともに実施された上下院選挙での共和党過半数獲得というニュースをきっかけに相場は反転高騰し始めた。
つまり市場は、他の公約については半信半疑ながらもこのキャンペーン・プロミスについてはなぜか従順に反応したのだった。それは財政赤字を拡大させ国債価格が下落し長期金利が上昇してドル高になる。期待先行の思惑相場だった。
しかしどういうわけか、トランプ新大統領はこのインフラ投資と法人税減税については語らなくなった。その理由は憶測の域を出ない。与党共和党との交渉が理由のひとつになるだろうが、いずれにせよこと数字に関する公約は小さく変更するくらいなら触れないほうがいい。失望売りのリスクをともなうからだ。
それでも公約を超えてNY株価は続伸していった。保護主義と移民排斥はそれだけでもインフレ圧力だ。ホワイトハウスが何も言わなくてもFRBが利上げをするだろう。ホワイトハウスは金融規制緩和の姿勢を市場に発信し続けているし、エネルギー規制緩和も追い風になる。
ただこれはトランプ候補が激しく攻撃していた「既得権益層」を肥え太らせているだけのことなのだ。ほんの一例だけれど、ホワイトハウスに3人の高官を送り出したゴールドマン・サックスの10~12月期決算純利益は前年同期比で3倍に膨れ上がった。
4.キャンペーン・プロミスまだ終わっていない
トランプ大統領には致命的な弱点が少なくとも3つある(少なくとも、だ)。
その第一は、不人気だ。そもそも選挙は投票率50%台で僅差で勝利した。つまり25%の支持票でかつ総得票数ではクリントン候補を下回っている。就任直前の好感度は過去最低の40%、前任者オバマ氏は84%だった(CNNテレビ世論調査)。就任直後の支持率も過去最低の45%で、50%を下回るのは初めてだった(ギャラップ調査)。
大統領就任式への参加者(観客数)は2009年のオバマ大統領が180万人を動員したのに比べてトランプ大統領は25万人、逆に抗議デモ参加者は50万人と報道された。トランプ氏はずいぶんこのことを気にしている。報道は「嘘」だと決めつけ、「150万人はいた」と言い張った。
第二は、利益相反だ。世界中でビジネスを展開するトランプ氏は自身の経営上の利益と米国民の利益が一致しない場合が多いと予想される。これに対してトランプ氏は最初の記者会見に資料を山積みにして「経営権はすべて二人の息子に譲渡した」、だから利益相反は起こらないと言う。「茶番」だ。ましてや過去長きにわたる納税証明書を公表していない。そんな大統領はアメリカでは初めてだ。
第三に、ロシアとの関係が極めて不透明だ。CIAが確信しているプーチン氏指示による大統領選介入のためのサイバー攻撃。さらにはロシア情報当局によるモスクワでの破廉恥な盗撮ビデオの存在など。
これらの問題を抑え込むためにトランプ氏は、大手メディアのほとんどすべてを敵に回している。そしてワシントン・ポストやNYタイムズなどは絶対に読まないだろう人々にSNSを通じて発信し続けている。その意味では先行き不透明な政権だと言うことができる。
だからこそ、大統領に就任してもなおキャンペーンを終えることができないのだ。トランプ大統領にとって支持とは個人サイトへのアクセス数なのだろう。選挙中は移民排斥と保護主義が効果的だった。はたしてこれからもそうだろうか。
来週からしっかりと分析を積み上げていこう。「米国第一主義」はアメリカを豊かにするだろうか。保護主義と移民排斥はトランプ支持者の雇用と賃金を増やすだろうか。
トランプ氏のキャンペーンが続く限り、キャンペーン・プロミスも再生産されていく。最近では「もう一つの事実」という言葉まであみだした。ウソは再生産されながら、あるものはより滑稽に、一方であるものはより巧妙になっていくだろう。そしてしばらくの間、世界は最強権力者の言葉に振り回されるのだ。
オバマ氏は「言葉の力」を誰よりも信じ、高い理想主義を語り続けた。しかし「塔」を築き上げることはできなかった。トランプ氏はこの理想主義に対抗し実利を強調する。ただしこの実利は他者の利益と相反するものとして語られる。言葉は力を失い、疑わしいものとなっていく。世界は同じ言葉を話さなくなるだろう。そのとき「塔」は崩れるのだ。
そもそも「バベル(混乱)の塔」は、人々を洪水から守るためのものだったと語られる。引き合いに出した手前、それを立ち返るべき教訓のひとつとしよう。
【お知らせ】
後期授業が終了しましたので、3月末まで10日間更新にさせていただきます。「週間」を名乗って実は「旬間」となりますが、よろしくお願いいたします。
日誌資料
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01/13
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