今週のポイント解説(31) 09/04~09/13
対話なき国際政治
1.外交日程は目白押し
まず9月上旬の外交日程を整理しておこう。
2日、日ロ首脳会談(ウラジオストク)
3日、米中首脳会談(中国杭州)
4日、G20首脳会議開幕(杭州)5日まで
5日、日中首脳会談、米ロ首脳会談、中韓首脳会談(杭州)
6日、米比首脳会談(杭州)
6日、ASEAN首脳会議(ラオス、ビエンチャン)8日まで
7日、日韓首脳会談(ビエンチャン)
20か国・地域首脳会議が中国杭州で開催されることを機会に、それぞれ重大な懸案を持ち合う首脳たちが個別の会談を設定していた。結論から言えば、そこに対話はなかった。
2.習近平国家主席の対話
習近平氏にとって中国が初めて議長を務めるG20は、任期前半の外交の集大成と位置付けられていた。「世界の指導者」というイメージを確立したい、国際舞台で「威信」を誇示したい、しかし対話の相手は世界にではなく国内にいたようだ。
来年の秋には5年に一度の共産党大会が予定されている。ここでは新しい最高指導部が選ばれる。現在トップ7人のうち5人は年齢上の内規で引退する見通しだ。開催地杭州は習氏がかつてトップを務めた浙江省にある。このG20は諸刃の剣だ。最悪の事態は、南シナ海問題が議題になって中国が各国首脳から批判を浴びることだった。
南シナ海問題に言及したのは安倍首相だけだった。ほかの首脳たちは慣例に従って議長国に配慮を示した。これに対して習氏は中国艦隊をフィリピン近海に展開することで強硬な外交姿勢を見せつけた。
中国は、南シナ海問題で国際社会と対話する気がないことを示したのだ。代わって焦点となったのは世界経済リスクへの対応だったのだが、採択された首脳宣言のなかには目新しい言及はほとんどなかったと言ってよいだろう。唯一、G7で繰り返し表明されていた為替相場の安定に関する文言がG20では3年ぶりに盛り込まれたくらいなものだ。アメリカに対するささやかな譲歩だったのかもしれない。
こうしてG20を乗り切ったかにみえた習氏だが、その直後の10日、側近とされてる天津市トップの黄氏が失脚し、代わって江沢民派に近いとされる李氏が就いた。権力闘争は混沌としてきた。習氏はますます世界と対話する余裕を失うだろう。
3.オバマ大統領の対話
オバマ氏にとって最後のアジア外交となるだろう。まもなく新しいアメリカ大統領が選ばれる。誰もオバマ氏との対話に利益を感じていないようだ。
3日の米中首脳会談で習氏は「パリ協定」(2020年以降の地球温暖化対策)同時批准を持ちかけオバマ氏は合意した。世界の温暖化ガスの約4割を占める二大排出国の批准はたしかに成果だ。しかしこのテーマはこれまでの米中首脳間で何度も確認されてきたものだ。
同時批准合意のタイミングはG20直前に設定された。オバマ氏はこれをレガシーのひとつに加えたいだろう。習氏はこれで「責任ある二大大国」を演出することができた。その他の懸案事項、中国の海洋進出や在韓米軍への迎撃ミサイル配備などについては何ひとつとして進展がなかった。期待されていた投資協定の合意も先送りされた。習氏は次期米大統領との交渉材料にそれを残したのだろう。
メディアでは、中国入りしたオバマ氏に対する「冷遇」が話題になっていた。やれ到着した飛行機にタラップが用意されていなかった、慣例の赤いじゅうたんがひかれていなかったと。その後もオバマ氏はプーチン氏との首脳会談でも、懸案のシリア、ウクライナ問題を巡る協議で一歩も前進することができなかった。
最悪だったのは米比首脳会談の中止だ。南シナ海問題における要は米比関係だ。フィリピン前政権は中国を仲介裁判所に訴えて勝訴している。その過程で新大統領に就任したドゥテルテ氏は麻薬捜査で容疑者殺害を繰り返し、当然オバマ氏はこれに懸念を表明する。これに怒ったドゥテルテ氏は暴言を発し、オバマ氏は会談を拒否した。
ドゥテルテ氏は「後悔している」と落ち込んだ様子だったが、直後のASEAN首脳会議でオバマ氏が再びフィリピンの人権問題について発言すると、ドゥテルテ氏は比外務省が用意していた声明を投げ捨てて叫んだ、「米統治時代、たくさんの祖先が殺された、何が人権だ」。捨てられた声明には「(南シナ海問題で中国の主張を否定した)仲介裁判所の判決を重視する」と書いてあった。
4.安倍首相の対話
9月6日付日本経済新聞の見出しは、「日中、解なき対話継続」、日中首脳は約30分会談した。昨年4月以来だった。合意したのは「対話を重ねる」ということだった。両国間の懸案は数多くかつ深刻だ。尖閣諸島周辺での中国公船の行動、東シナ海ガス田開発、東シナ海での偶発的衝突を避ける連絡メカニズム運用、すべて「早期協議再開」、「協議加速」という平行線に終わった。
その首脳会談の写真には違和感があった。あるべき両国の国旗が映っていないからだ。習氏はオバマ氏とは夕食を含め計3時間共にした。安倍首相とは32分間、そのなかで「日本は南シナ海問題の当事者ではない。言動を慎むべきだ」とぶつけた。対話にならない。
習氏の強い態度は国内向けポーズというだけではなさそうだ。直前の日ロ首脳会談に対してかなり神経質になっていたようだ。そのプーチン氏は年末に安倍氏の地元山口県を訪問する。習氏はこれを安倍氏が投じたけん制球と感じたようだ。
その安倍氏にとってもウラジオストク入りは賭けだった。オバマ米大統領が懸念を隠していなかったからだ。ウクライナ問題で米欧日の対ロ制裁姿勢を崩したくはない。しかし安倍氏は北方領土問題での進展を優先課題とした。これまではあいまいにしてきた優先順位を明確にした。
安倍氏はプーチン氏をファーストネームで親し気に呼び、毎年会おうと呼びかけた。米大統領選挙が佳境に入っているこの時期だけは、アメリカとの対話に空白を設けることができると考えたのかもしれない。安倍氏はプーチン氏を巧く抱え込むことができるのだろうか。12日から中ロは南シナ海で合同軍事演習を始めた。
5.ASEAN内の対話
ASEAN首脳会議において本来最も重要なテーマは昨年末に発足したASEAN経済共同体(AEC)の中身だろう。しかしこれまで焦点となってきたのは南シナ海問題だった。フィリピンのアキノ前大統領が強く中国を批判し、ベトナムがこれに続き、ラオス、カンボジアがこれを冷やし、インドネシアが揺れる。このパターンを繰り返し、AECについては具体的な議論に入れなかった。
ところが今回の首脳会議では二日目に南シナ海問題が議題に設定されたが、予定より30分短いわずか1時間で終了した。フィリピンのドゥテルテ大統領が発言を控えたからだ。
すると対中批判に傾いていたインドネシアも「腰砕け」(9月8日付日経)だったという。結果的に議長声明でも、中国の主張を完全に否定した7月の仲介裁判所判決にいっさい触れなかった。
議論は封じ込められたのか。避けられたのか。いずれにせよ対話は生まれなかった。
6.北朝鮮の「対話」
G20期間中、世界の注目を集めたのは習氏ではなく金正恩氏だったのでなないだろうか。北朝鮮はG20の首脳宣言が習氏によって発表される5日に弾道ミサイル3発を発射、一連の外交日程が終了した9日に5度目の核実験に成功したと発表した。
世界に「脅威」を与えることが目的だったとすれば絶妙のタイミングだったのかもしれない。しかし北朝鮮の目的は「脅威」を示すことではなくアメリカとの「対話」を引き出すことだとされてきた。だとすれば、このタイミングはどうだったのだろう。この「核エスカレーション」は対話を生むのだろうか。
中国のメンツは丸潰れだ。「世界の指導者」を誇示できたと思っていたら、強い影響を持つ友好国を抑制することすらできないと世界に見なされた。国連安全保障理事会における非難声明や制裁強化について中国はその態度を問われるようになってしまった。
さて北朝鮮が対話の相手としているのは、もはやオバマ氏ではないことは明らかとなった。「核なき世界」のオバマ氏はもう任期が残っていない。では次期大統領を相手にした行動なのだろうか。いや次期大統領が決まる前に「核保有国」としての実態を固めたかったのだろうか。
アメリカはグアムからB1戦略爆撃機2機を13日、韓国上空に飛来させた。日本近海の上空では航空自衛隊のF2戦闘機との訓練も実施した。それがアメリカの対話というものだ。アメリカ国内ではオバマ政権の対中国「弱腰」外交に対する批判が高まっているという。次期米大統領はこの問題についてどの世論と対話するのだろうか。
7.通商自由化「対話」の中断
世界が内向きになり、国際政治に対話がない状態で、世界経済協調が進展するはずがない。世界貿易の停滞、金融緩和依存のリスク、通貨安競争の気配、不安定なエネルギー価格。国際分業の利益は大きく損なわれ、世界市場の需要は伸びることなく、したがってデフレの影踏みが続く。若者の職はなく、老人の蓄えは脅かされている。
対話中断の典型は通商自由化交渉だ。あの雄弁なオバマ氏にして言うべき言葉が見つけられなかったのだろうか。東アジア首脳会議に出席したオバマ氏は6日、ラオスで演説し、後任の米大統領のもとでも「アジア重視」政策は不変だと訴えた。何か根拠があるのだろうか。
さらに、TPPは「アジア政策の核心だ」として「任期中の議会承認を目指す」との考えを示したという。参席者の表情はさぞかし冷ややかだったことだろう。
その東アジア首脳会議では8日、東アジア地域包括的経済連携(RCEP)の年内大筋合意を正式に断念した。これまでもRCEPは妥結目標時期を延長してきたが、今回の共同声明では目標時期を一切示さなかった。
難題の多いRCEPだが、これまではTPP交渉の進展に追われるかたちで早期妥結機運が高まっていた。そのTPPの先行き不透明感が「負のドミノ」現象をもたらしたと見られている(9月9日付日経)。
内向きの世界は、それに一定期間耐えられる国民経済とそうではない国民経済を分ける。内需での成長に余地はあるのか。資源、人口、食糧などが関数となるだろう。アメリカは「自国優先」を大統領選挙で明らかにした。中国も外交的に孤立しても内政に拘泥する時期に入る。「耐えられる国」なのだろう。
じつは、「そうではない国」の危機感が世界の方向を決するというのが、歴史の教訓なのだ。政治的指導者に「対話する責任」を問い続けなくてはならない。
日誌資料
09/04
・米中、パリ協定同時批准 温暖化ガス二大排出国が協調(杭州、3日)
年内発効へ思惑一致 オバマ氏、政権の歴史的成果に 習近平氏「責任ある大国」誇示
09/05
・G20首脳会議開幕(杭州、4日)成長底上げへ政策総動員 保護主義けん制
自由貿易協定を推進 為替の安定、3年ぶりに宣言で言及へ
・黒田日銀総裁「マイナス金利なお余地」追加緩和に含み 緩和限界論けん制
「必要なら躊躇せず」 金融機関の副作用にも言及、姿勢に変化も
09/06
・習近平氏、G20で「威信」誇示 党大会控え次は「内政」 外交姿勢より強硬に
・日中首脳会談 解なき対話継続 関係改善なお曲折 <1>
尖閣・南シナ海・ガス田は平行線、道筋見えず
・米比首脳会談が中止 人権問題ドゥテルテ氏が暴言 対中連携、出足に冷水
09/07
・「米利上げ9月説」後退 世界株、静かな上昇 円、一時101円台前半
09/08
・ASEAN首脳会議声明発表(ビエンチャン、7日)南シナ海「判決」触れず<2>
当事国の比が批判抑制 インドネシアも腰砕け気味 「南シナ海」に手詰まり感
対中圧力、攻め手欠く日米 中国の巻き返し奏功、議論封じ込め
・日本経常黒字8%増(7月)原油安や円高影響 増加は25カ月連続
09/09
・アジア通商自由化足踏み 東アジア経済連携(RCEP)年内合意を断念 <3>
共同声明で目標時期示さず TPP早期批准厳しく、交渉停滞のドミノ
09/10
・北朝鮮「核弾頭実験に成功」核兵器の現実味増す 安保理、非難声明
核実験「国際平和の脅威」制裁強化協議へ 安倍首相「脅威は新段階に」
・NY株2か月ぶり安値 長期金利上昇を嫌気 394ドル安
・中国新車販売24%増(8月)6カ月連続で前年実績を上回る
09/11
・中国で半導体投資5年間で5兆円 基幹産業へ国主導 需給悪化の懸念も<4>
政府、国内企業育成と外資メーカー投資促進も 過去5年間の2倍以上の投資額に
09/12
・クリントン氏、肺炎と診断 健康問題が大統領選の争点に急浮上
09/13
・日米欧で超長期金利上昇 市場、緩和姿勢の変化意識 <5>
・ブレイナードFRB理事 米利上げ「慎重さ必要」
市場利上げ観測後退 NY株反発239ドル高
・米爆撃機2機、韓国飛来 北朝鮮けん制 米韓高官が追加制裁など対応協議