今週のポイント解説(9) 03/11~03/18
中央銀行総裁の受難
1.ECBが追加緩和
ECB(欧州中央銀行)が3月10日の理事会で包括的な金融緩和政策を決定した。ECBに預ける余剰資金に課すマイナス金利を現在の0.3%から0.4%に拡大し、国債購入を中心とした量的緩和も200億ユーロ増やして800億ユーロとすることがおもな内容だ。ECBは昨年12月にマイナス金利を拡大したばかり、わずか3カ月で追加緩和に踏み切ったのは物価がむしろ下落しているからだ。
ECBは金融緩和によってユーロ安が進めば輸入物価は上昇すると期待している。ドラギ総裁は記者会見で「(デフレ回避を)諦めない」との決意を表すのだが、同時に「追加利下げは必要ない」とも発言する。これが一時的なユーロ高を招いた。追加緩和余地がまだあると言っても、ないと言っても市場の反応は思惑通りにはいかない。
ECBはユーロ圏19ヵ国の中央銀行だ。政策決定の受け止めかたは各国それぞれだ。財政赤字に苦しむ南欧諸国は国債利回り低下を歓迎するだろう。一方でマイナス金利拡大は銀行の利ざやを縮めるのだからドイツの金融機関は不満を隠さない。
もはや金融緩和依存には限界が見えている。景気を上向かせるのは積極的な財政政策が求められている。しかしユーロ加盟国の金融政策は1本だが財政政策は各国19本ある。それぞれの財政政策はそれぞれの国の納税者を説得することが前提条件になる。
しかも今ヨーロッパはそれぞれが内向きになり分裂の危機さえ抱えている。(ユーロ圏ではないが)6月に実施されるイギリスのEU離脱国民投票では離脱賛成多数が予想されている。13日に実施されたドイツ地方選挙では与党が大幅に後退し「反難民」政党が躍進した。
こうした欧州経済全体の不透明感のなかでECBがマイナス金利を0.1%拡大したり国債購入を買い増しても何かを解決するとは思えない。しかし何もしなければ市場の「失望」を買ってしまう。
2.FRBが利上げ年2回を示唆
FRB(米連邦準備制度理事会)は3月16日のFOMC(連邦公開市場委員会)で追加利上げを見送り、記者会見したイエレン議長は昨年12月に想定していた年4回の利上げペースを年2回に下げる可能性を示唆した。何らかの見通しが変わったのだろうか。失業率は4.7%と完全雇用状態、実質成長率見通しも物価上昇率予測も据え置きだ。ただ「海外経済にリスクがある」と懸念を表した。とくに「中国の減速に驚きはないが、日本のマイナス成長には驚いた」と、海外リスクの主役として日本が加わったことが印象的だ。
FRBメンバーの中には利上げ論者が少なくない。米景気が底堅く回復していると考えているからだ。それでも利上げを見送り、ペースを下げようと判断した理由は「ドル高」警戒だ。日中欧が揃って景気減速すれば外需が冷え込む。ここで一方的なドル高ともなれば雇用に影響が出ると懸念しているのだ。
昨年アメリカの経常収支は4840億ドル(約54兆円)で2014年比24%増え、7年ぶりの規模に膨らんだ。トランプ候補の「円安、ユーロ安がアメリカの雇用を奪っている」という主張が支持されている中、利上げに踏み切れない政治的背景もあるだろう。それでもイエレン議長は国内のインフレ率上昇に合わせて政策金利を引き上げる責務がある。それまでに海外景気が回復するだろうか。それを待たずに利上げを決断しなければならない状況に追い詰められているのではないだろうか。
3.金融緩和に頼れない中国・韓国
全国人民代表大会(中国の国会)に合わせて3月12日、中国人民銀行の周小川総裁が記者会見をした。全人代で掲げられた(2020年まで)成長率6.5%という目標に対して「過度な金融緩和による景気刺激は必要ない」と述べた。
中国は2月まで48カ月連続で卸売物価が下落するデフレ状態だ。今年1-2月の輸出は前年同期比24%減少し、この減少幅は6年9カ月ぶり。工業生産も5.4%増で7年ぶりの低い水準だ。
個人消費は10.2%増と堅調だが、これが景気を支えているうち過剰設備問題を解決しなければならない。財政赤字の拡大は覚悟しているようだ。それでも金融政策面での景気下支えは必要だろう。しかし金融緩和は資金流出を加速する恐れがある。韓国も同じ問題を抱えている。
韓国銀行は3月10日の金融通貨委員会で政策金利を年1.5%に据え置くことを決めた。景気は著しく停滞している。2月の輸出は前年同期比12%減、小売り販売も鉱工業生産もマイナスを記録している。市場では利下げ観測が大勢だったという。
李柱烈総裁は記者会見で、据え置き決定の理由として外国人投資家の株や債券売りによる資金流出警戒を挙げた。FRBの利上げ観測が遠のくなか、アジア通貨は一時的に落ち着きを取り戻しているが、ウォン安は続き、その傾向は突出している感がある。
とりあえずFRB、ECB、日銀の金融会合の様子見となったのだろうが、4月には利下げに踏み切ると見られている。ただそれで景気が回復するとは見られていない。むしろ家計部門の負債が増加するとも危惧されている。アメリカの利上げは遅くとも夏までに1回目が予想されている。それまでに立て直しが見通されなければ、ウォン売りが加速する可能性が高い。安易に金融緩和に踏み込むことはできない。そして利下げの余地は限りなく小さくなっている。
4.日銀総裁「すでに効果」
日銀の黒田総裁は3月15日の記者会見で、導入から1カ月経ったマイナス金利政策について「貸出金利や住宅ローン金利が低下し、政策効果が表れている」と分析した。胸中察するに余りある。サプライズ効果まで演出された金融政策「最後の一手」の効果が、住宅ローン金利の低下だったとは。
もちろん今後は設備投資など実体経済にもプラスの効果が「波及していく」と自信を示した。ただし波及時期については「ある程度の時間はかかる」と言わざるを得なかったようだ。そうだろう。住宅ローン金利低下から設備投資増加に波及するまでにはそうとうの時間がかかるだろう。
一週間前(7日)の講演では黒田総裁はマイナス金利政策導入が「株高・円安に力を持っている」と語っていた。しかしECB追加緩和、FRB利上げ観測鈍化、さらに原油価格回復などでドル安が加速し、円高によって日本株には売り圧力が強まっている。日銀はその15日に開いた金融政策決定会合で景気判断をおよそ2年ぶりに引き下げ、追加緩和は見送られた。何とか見つけた「効果」が住宅ローン金利低下だったのだろう。
3月23日、政府も景気判断を下方修正した。「消費マインドに足踏みがみられる」とし企業収益についても判断を下げた。強気一辺倒だった政府日銀がにわかに弱音を吐くようになった。どうも消費税率引き上げ延期がその裏に見える。
安倍首相は18日の参院予算委員会で2017年4月の消費税率引き上げについて「経済が失速しては元も子もない」と強調した。おかしなことを言う。前回延期の時には「再度延期することは絶対にない」と断言して解散総選挙に打って出た。改憲への意欲を隠さなくなった安倍首相。今回も同じ戦術で衆参同日選に賭けるつもりなのか。
増税延期に反対する納税者は少ないだろう。財政再建は遠のくだろうが選挙戦には決定打となるかもしれない。そうなれば改憲という争点もぼやかされるだろう。野党共闘を引き裂く効果もあるだろう。アベノミクスの挫折も覆い隠すつもりだろう。
黒田日銀総裁の「異次元緩和」政策には安倍政権と合意されていた前提条件があった。それは消費税率引き上げによる財政再建だった。それまでの時間稼ぎとしてバズーカを撃ち続けるつもりだったはずだ。ついにはマイナス金利にまで手を付けた。
そのツケを払い、莫大な国債を抱え込んだ。黒田総裁が憲法改正に意欲があるとは思えない。「すでに効果は表れている」、「住宅ローン金利が低下している」、「実体経済にも波及するだろう」、ただ「時間はかかる」。胸中察するに余りある。
日誌資料
03/11
・欧州中銀が追加緩和 マイナス金利拡大、量的緩和も拡充 <1> <2>
焦るECB 物価低迷、3カ月で追加緩和 デフレ回避へドラギ総裁「諦めない」
・韓国、政策金利据え置き 海外資金流出を警戒
景気停滞で利下げの見方も外国人投資家の売り加速を警戒
・日本大企業景況感(景況判断指数)1-3月3期ぶりマイナス 株安や円高響く
2016年度設備投資は前年度比で6.6%減る見通し
03/12
・周小川中国人民銀行総裁会見 成長率6.5%実現 「過度な緩和不要」
過度な金融緩和による景気刺激は必要ない 人民元安による輸出の後押しも否定
03/13
・中国工業生産低い伸び 春節含む1-2月5.4%増 設備過剰で7年ぶり水準<3>
卸売物価は48カ月連続で下落 輸出は25%減少 個人消費は10.2%増と堅調
03/14
・米産業界トランプ氏憂慮 関税や移民政策問題視 シリコンバレーも動く
・民間資金で東南アジア整備 ASEANと日中韓の基金で <4>
信用保証・投資ファシリティ(CGIF)で鉄道・発電の債券保証
・ブラジルで反政府デモ 全土300万人超
経済低迷や国有石油会社を巡る汚職疑惑で国民の不満高まる
03/15
・日銀、景気判断引き下げ 1年11カ月ぶり 追加緩和は見送り
・ドイツ地方選で反難民政党躍進 EU政策に影響も 4期目狙う首相に痛手
・トルコでテロ 政権に打撃 アンカラ中心部で爆発、37人死亡
03/16
・マイナス金利導入1カ月 日銀総裁「すでに効果」
住宅ローン金利など低下「実体経済に波及する」ただ「時間はかかる」
03/17
・米利上げ年2回示唆 イエレン議長「海外リスクなお」 <5> <6>
日中欧の景気減速懸念でFRB、ペース下げ 今回も見送り 米は堅調、一部に積極論
「中国の減速に驚きはないが日本のマイナス成長には驚いた」
・独英の取引所、統合合意 デリバティブ強化 時価総額世界2位に <7>
取引所、4強に集約 アジアは再編に遅れ
・日本貿易黒字2カ月ぶり 2月2428億円、原油安影響
輸入は14カ月連続の減少 輸出も4.0%減5カ月連続の減少
03/18
・米経常赤字24%増 昨年4840億ドル、7年ぶり高水準
・NY原油40ドル台回復 ドル安進行で3ヶ月半ぶり高値
・北朝鮮、弾道ミサイル発射 日本海向け 中距離「ノドン」か