今週のポイント解説(39) 11/19~11/25
GSOMIAの憂鬱
1.韓国、GSOMIA破棄通告を延期
韓国政府は11月22日、GSOMIA(日韓軍事情報包括保護協定→日誌資料<5>参照)について失効を停止する方針を日本側に伝えた。23日午前0時の効力停止の直前のことだった。表向き、日韓間でなんらかの交渉の進展があったという情報はない。表向き目立ったのは、アメリカの韓国政府に対する圧力の急加速だった。つまり、韓国政府はアメリカの圧力に屈して、日本に対して引き下がったということだろう。
ぼくはこの結果に驚くことはない。韓国のGSOMIA破棄によって日本が対韓輸出管理強化を停止することは考えられないし、日韓GSOMIA失効をアメリカが容認するはずがない。そうしたなかでGSOMIA破棄を強行するだけの論理的説得力を韓国政府は持っていない。韓国は失うものはあっても、得るものがない。かりに得るものがあるとしたら、まったく別のところから話をしなければならない。
日本政府は7月1日、韓国への半導体材料の輸出規制を厳しくすると発表し、同4日に規制措置を発動した。その理由は「安全保障のための適切な運用」であり、韓国向けの輸出に安全保障上の「不適切な事案が発生した」が、その事案については「守秘義務がある」と明かさない。続いて8月2日には安全保障上の信頼関係がある国を輸出管理で優遇する「ホワイト国」指定から韓国を外すとした(8月28日施行)。
これに対して韓国政府は8月22日にGSOMIA破棄を決めた。2016年に締結された日韓GSOMIAは1年ごとに自動更新されるが、破棄する場合は90日前までに相手国に通知しなけれなならない。だからこの日がタイムリミットだったのだが、それをぼくはその日に知った。日本政府が安全保障上の懸念を理由にするのならば「敏感な軍事情報の交換を目的とした協定を続けることは国益に合致しない」からだと説明された。
一見、筋が通っているようにも聞こえるが、ぼくは納得がいかなかった。
2.文在寅さんに同情はするが
日本政府は韓国への輸出管理強化の理由は安全保障上の懸念だと言うのだが、これは明らかに元徴用工問題と絡められたものだった。菅官房長官は7月2日、元徴用工訴訟に触れ「信頼関係が著しく損なわれ、この状況下で韓国との信頼関係の下で輸出管理んに取り組むことが困難」と強調した(7月2日付日本経済新聞夕刊)。続く3日には安倍首相は輸出規制は元徴用工訴訟への事実上の対抗措置だとの認識を示し、「国と国との約束をたがえたらどうなるかということだ」と指摘した(7月4日付)。
ここまではっきり言っているのに、いざWTO提訴で韓国側が輸出規制は政治的報復措置だと指摘しても、日本側は「全く関係ない」としらを切る。でも安倍政権首脳のこの発言は、当然韓国世論に影響を与える。そこにGSOMIA破棄通告の期限が迫る。
この対韓輸出規制は、日本国内外で評判が悪かった。日本経済新聞の見出しを拾えば、「恣意的運用の恐れ」、「自由貿易に逆行も」(7月1日付)、「半導体国際供給に影響も」、「報復の連鎖に勝者なし」(同2日付)。2日には経済同友会代表幹事が「早く正常化を」と記者会見で述べたように、日本国内経済界からはまったく支持されていなかった。識者からも「日本企業離れ懸念」、「WTO協定違反も」(同3日)と指摘され、海外メディアも規制強化発表の当日に「日本は自ら墓穴を掘っている」(ウォールストリート・ジャーナル)と手厳しい。
しかし、日本政府はいわゆる「ホワイト国」からの韓国外しを8月2日に閣議決定した。これに対して文在寅さんは「相応の措置を断固として取る」と警告した。韓国も優遇対象国から日本を外し、WTO提訴の準備を進めた。ここまでは正攻法だ。しかし、GSOMIA破棄通告期日が目の前だ。安倍政権の挑発に乗ったのか、反日世論に乗ったのか、GSOMIA破棄を手札として切った。残念ながら、これは正しい選択ではなかった。
3.文在寅さんは何も説明していない
同情はさておき、ぼくがそれを正しい選択ではないと思った理由は第一に、文在寅さんは「韓国にとってGSOMIAとは何であるのか」という大切な問題について、何も説明していなかったということだ(今もしていない)。
日韓GSOMIAは、じつは2012年に署名直前にまで行って韓国国内の強い反発を受けて延期された。2016年の署名、協定発効時は北朝鮮ミサイルに対する危機感からいくぶんおさまったとはいえ、やはり反対意見は根強かった。
そのGSOMIAが日本の輸出規制への対抗手段として使われたのだ。破棄を通告し、輸出規制が撤廃されれば、破棄しないという取引だ。韓国の安全保障においてGSOMIAはどのような位置づけになるのか。破棄しても良いものなのか、あるいは延長しても良いものなのか、何も説明していないのだ。
第二に、日韓GSOMIAは日韓関係であるばかりではなく、むしろすぐれて米韓関係なのだ。軍事機密情報のほとんどはアメリカの持つ情報であり、これにアクセスする資格とその情報共有についての協定だ。だから韓国政府は日韓交渉と同時並行して、米韓交渉というコストも負うことになってしまう。
韓国政府がGSOMIA破棄を日本に通告した8月22日直後、ポンペオ米国務長官は「失望した」と異例の表明をし、27日には米国防次官補が破棄の通告についてアメリカに対して「事前通告はなかった」と明言した。
ただでさえ米韓軍事同盟はぎくしゃくしている。日米を中心とした「自由で開かれたインド太平洋構想」への参加を韓国はためらっている。ファーウェイ排除にも関わらない。なにより文在寅政権は、朝鮮戦争以来アメリカ軍が握ってきた有事の韓国軍指揮権について、米韓間の合意に基づき2022年までの韓国軍への返還を要求している。
説明も事前通告もないGSOMIA破棄は、GSOMIAだけにとどまる問題ではない。またアメリカにとって韓国との関係にとどまる問題でもない。ファーウェイ排除に対する同盟国との亀裂に見られるように、アメリカと同盟国との機密情報維持管理は大きく揺さぶられている。だからアメリカは失効間近になると全力でこれを阻止しようとした。
GSOMIAは、日本などよりアメリカと、さらに中国、北朝鮮に対しても「取り扱い注意」の代物だ。説明なしで破棄したり、延長したりできるものではない。
4.トランプ政権、放置から一転圧力
トランプさんは7月19日、文在寅さんから日韓間の緊張緩和に向けた仲介を依頼されていることを明らかにした。そして「もし双方が求めるなら、関与するだろう」と述べた。前提条件は「双方が」なのだが、安倍さんが仲介を求めるわけがない。さらに「日韓関係に関わるのは、とても骨が折れる仕事だ」とボヤき、「どれくらい私は関わる必要があるのか」と面倒くさげだった。さらに駐韓米大使は「いまは介入するときではない」と発言したと報じられた(7月20日付同上夕刊)。
額面通り受け止めれば、トランプ政権は日韓関係不介入のシグナルを出していた。それは同盟軽視・孤立外交の基本スタンスと齟齬はない。しかも貿易問題に安全保障を絡めて交渉するのは、他でもないトランプさんの常とう手段だ。実際に9月23日にニューヨークで開かれた米韓首脳会談でも、「トランプ氏からはGSOMIAについて全く言及がなかった」(韓国側同席者)という。しかし複数のアメリカ軍関係者の証言によれば、トランプさんは軍事に関しても基本的理解がないということだから、GSOMIAのなんたるかを理解していたかどうかは疑わしい。ましてやアメリカ国防長官は昨年末のマティスさん辞任以来半年以上空席だった(今のエスパーさんが就任したのは7月23日だ)。
ぼくの知る限り、こうしてトランプ政権は日韓関係の泥沼化を放置していた。ところが11月になって、GSOMIA破棄阻止の圧力が急加速する。その前兆があったとすれば、10月24日の「ペンス演説」だろうか(⇒ポイント解説№203参照)。これを対中強硬派の巻き返しだと見る向きが多かった。
たしかに11月2日のナッパー米国務副次官補のインタビューから、6日スティウェル国務次官補、12日エイブラムス在韓米軍司令官、13日ミリー統合参謀本部議長、15日エスパー国防長官のメッセージに共通していたのは、「喜ぶのは中国と北朝鮮だ」だった。
つまりアメリカは今回、日韓問題のあいだに入ったのではない。日韓関係混乱のなかで中国の影響力が増大することを阻止しようとしたのだ。そう結論付けるならば、果たしてそれは成功したのかという次の問いを生む。
5.韓国の日本離れ
こうしてアメリカは圧力によって韓国のGSOMIA破棄を阻止したのだが、それが外交的成功だったのかと言えば極めて疑わしい。まず、日韓関係はいっさい改善されてはいない。安倍政権は輸出管理とGSOMIAは絶対リンクさせないという姿勢を崩さないから、GSOMIA延長は輸出管理見直しのきっかけにならない。むしろリンクさせないように規制を緩めない恐れがある。
ぼくは文政権が「南北和合」を志向するなら、「日韓和合」にも気配りが必要だと書いた⇒ポイント解説№197。1965年日韓条約は、植民地時代に対する歴史的評価を日韓双方の解釈に委ねてしまった。この齟齬を埋めようとしたのが1995年の「村山談話」だった。ここに立ち返るべく努力しなければならない。もちろん相手のあることだから、粘り強さが必要だ。少なくとも安倍政権時代のダメージを最小限にとどめなければならない。
しかしぼくには文政権の対日戦略が見えない。それが「反日」と受け止められれば「嫌韓」が煽られる。そうなれば「反日」も「嫌韓」も「票になる」という悪循環に陥ってしまう。これは決して「南北和合」の助けにならない。歴史的な南北首脳会談や米朝首脳会談が連続する中で、日本を「蚊帳の外」に置き去りにすることも心配だった。
ぼくには文政権の対日戦略に丁寧さが見えない。元徴用工判決について司法尊重は理解できる。しかし政治的妥協案を示すならば、それは資産差し押さえの前にあってしかるべきだった。こうした対日戦略に共通して見えるのは、対日「軽視」ではないだろうか。
たしかに昨今、日韓貿易は中韓貿易の3分の1程度に過ぎなくなった。しかし国際分業の利益は、決して貿易数量で測るものではない。日韓の産業内水平分業体制は、今もこれからも日韓双方にとって利益であることに変わりはない。
日韓双方がこの利益を軽視するならば、それはそのまま日韓双方の雇用と所得を軽視することにつながるこということは、あまた統計を参照するまでもなく、明白だ。
6.韓国のアメリカ離れ
アメリカは、GSOMIAの説得と同時に在韓米軍維持費負担増額を要求する交渉を並行させた。さらに在韓米軍削減についても複数のメディアで取り上げられた。これが韓国世論には「恫喝」と受け止められた。
トランプ政権世界戦略のジレンマは、中国と覇権を争いながら、その一方で同盟国との関係を甚だしく軽視しているというところにある。これはトランプ大統領個人の短絡的思考に起因する。彼は中国に対しては弱らせて取引をする、同盟国に対しては負担増を要求する。それが「わかりやすければ、票になる」と信じている。
韓国に対しては在韓米軍撤収を匂わせて在韓米軍維持費5倍増を韓国に要求する。日本に対しては日米安保見直しをちらつかせて在日米軍維持費4倍増を要求する。それでも東アジアにおける中国の軍事的拡張を抑え込めると思っている。
同じことはヨーロッパでも、すなわちNATOでも見ることができる。今NATOにとって最大の脅威はロシアのウクライナ侵攻だ。そのウクライナに対してトランプ大統領は軍事支援と引き換えに、自身の政治的ライバルのネガティブ情報を得ようとする。今NATOにとって最大の懸案はシリア情勢だ。トランプ大統領は突然シリアからの米軍撤退を決め、丸腰になったクルド人をトルコ軍の攻撃にさらした。そのうえでNATO諸国の防衛費負担増額を要求し、自身はNATO脱退をあからさまにする。
こと韓国に限らない。これでは世界でアメリカ離れが起きかねない。これを引き留めようとするならば、アメリカは「ボス」の役割を見せつけなければならない。ボスの役割とは、相手と、つまり中国と、ロシアと、北朝鮮と、交渉を成立させることだ。しかしそのどれも、まったく見通しが立っていない。
韓国は、アメリカからは関税引き上げ、日本からは貿易管理強化、安全保障上の懸念を突きつけられ、安全保障上の圧力をかけられる。GSOMIAの騒動は、日米韓の経済安保協力の土台が液状化しつつあることを示した。その一方で韓国は、中ロの「上海協力機構」、「ユーラシア経済連合」に強い関心を示している。
追い詰められた文在寅さんは、悲願の「南北和合」の枠組みとしてどちらを選ぶだろうか。どちらかを選ぶということは、朝鮮問題の対立の図式が変化しただけのことになってしまう。「南北和合」には、この地域の対立の図式を終わらせるという歴史的使命があるにもかかわらず。
「GSOMIAの憂鬱」は、まだ続く。
日誌資料
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