今週のポイント解説(21) 06/23~06/29
経済学教員にとってユウウツなこの世界
知ってる人は知ってるように、ぼくは研究者としては二流以下だ。でもそれなりに懸命に学生たちといっしょに考えてきた。学校で担当するのは国際経済関連科目だ。常識的な現代史と基礎的な経済学を使って、世界経済の現状を分析し課題を見つける、そんな風な授業をしてきた。大切にしているこだわりは、国際経済学とは世界の相互依存とより多くの国民経済の相互利益を考えるための体系だということ。だから、広義の「平和学」に属しているという思いだ。
ところが、その常識的な歴史とか基礎的な経済学とやらでは現状分析がおぼつかなくなってきた。それが、とてもユウウツなんだ。
さて、そろそろ試験問題を考えないといけない時期になったが、この世界、常識的で基礎的な設問では解答できなくなってきている気がする。そんな愚痴を込めて、いくつか設問を立ててみることにしよう。
1.国際金融市場
<設問その1>米中貿易戦争やイラン情勢、イギリスの合意なきEU離脱などで地政学的リスクが高まっています。これは世界の株価にどのような影響を与えますか。
経済学の正解では、株価は下がる。先行きの不透明感はリスク資産(利回りは期待できるが元本割れもある)売りの材料となるからだ。でも現状は、株価は上がっているというのが正解だ。なぜだろう。その不透明感が続く限り、世界の中央銀行が金融緩和(利下げなど)に向かうという予測が強まっているからだ。
では、これに関連した問題を考えてみよう。
<設問その2>6月のアメリカ雇用統計は市場の予想を上回り、景気の堅調さが確認されました。さてNY株価はどのように反応するでしょうか。
景気が良ければ株価は上がるだろうと思うかも知れないが、実際はこの情報を材料にして7月5日、NY株価は下落した。なぜだろう。景気が良いという材料は、FRBによる利下げ期待の後退を意味し、だったら今のうちに株価が高くなったぶんの利益を確定するために売ってしまうからだ。その直前の3日、NY株価は最高値を更新したばかりだ。
<設問その3>さて、NY株価は9カ月ぶりに史上最高値を更新しました。アメリカ企業の業績は好調なのでしょうか。
そりゃそうだろう。でも実際は、アメリカ主要企業の純利益は3期連続で減益見通しなのだ。年間でも4年ぶりに減益となると見られている。今の株高は、企業業績の裏打ちを欠いているどころか、どんどん乖離していっている。各国中央銀行の利下げによって緩和マネーが増大し、アメリカの利下げ期待が先行してリスク投資に向かっているのだけのことだ。
<設問その4>リスク資産にマネーが向かっているということは、安全資産は売られているんですね。
これも、そりゃそうだろう。リスクを取るか安全を取るかはトレードオフだ(どちらかを選択すれば、もう一方は選択しない)。株価が上がると思えば、国債を売って株を買うからだ。金利のつかない金も売られるだろう。ところが安全資産の代表である先進国国債も金も、ほぼ3年ぶりの上昇率を記録している。経済の先行き懸念から長期金利が低下するから国債価格が上がり、景気減退懸念→アメリカ利下げ→ドル安→ドル建て取引商品(金や原油)の値上がりという連想ゲームがその背景にある。
つまり、すべての金融資産が同時に高くなっている、こんな素敵な市場は、とても危険な市場だということができる。さてみなさん、乗り遅れないようにリスクを取りに行きますか?
2.G20大阪サミット
こうしてリスク(不確実性)が高まるなか、大阪でG20(20ヵ国・地域首脳会議)が開催された。G20が毎年開催されるようになったのは、2008年のリーマンショックからのことだ。世界的な金融危機の中で、自由貿易の促進をはじめ世界が協調して危機を乗り越えようとしてきたことに、その意義があった。
<設問その5>G20「大阪宣言」をどのように評価しますか。
焦点は貿易問題だった。2017年にドイツ宣言で打ち出された「保護主義と闘う」という文言は、前回に続いて見送られた。そんなもの、トランプさんが許すはずがないからだ。そのかわりに、「自由で公正かつ無差別な貿易環境を実現する」という「大阪宣言」を打ち出した。
ぼくは、なんとも気持ち悪かった。戦後自由貿易の合意はGATT(関税と貿易に関する一般協定。WTO世界貿易機関の前身)の「3原則」だった。それは「自由(関税は下げて輸入規制は減らしましょう)・無差別(貿易条件は加盟国みな同じにしましょう)・多角的(2国間交渉ではなく多国間で話しましょう)」というものだ。
このガット原則と「大阪宣言」は、似ているけれど正反対だ。まず「多角的」が抜けている。トランプさんが多国間交渉からすべて離脱して2国間交渉しかしないからだ。それよりもっと気持ち悪い言葉が入った。そうれは「公正」だ。
まず、ガット3原則はすべて客観的に判定できる。しかし「公正」かどうかは主観性をおおいに含む。次に、通商交渉に「公正」云々するのはアメリカだけだ。それも1980年代の貿易摩擦から多発されるようになった。
つまり、この場合の「公正」は「保護貿易主義用語」なのだ。そして「公正」かどうかはアメリカが判断する(そういうアメリカ国内法になっている)。これではアメリカの「自国第一主義」を容認する「宣言」になってしまう。
G20の歴史的役割は、大阪で終わった。
3.対韓国輸出規制
少し言い訳をさせていただく。参議院選挙が公示されて、今は国政選挙期間中だ。ぼくは教員として、有権者である学生たちの投票行動に介入したくない(棄権はしないように説得するが)。そしてこの問題は、どうみても選挙がらみの政策だ。そういった理由から、ここからは、<設問>にとどめ、解答は読者のみなさまに委ねたい。
<設問6>G20大阪では、貿易について「透明、予見可能で安定した貿易環境になるように努力する」と宣言されました。さて、この韓国に対する輸出規制は「予見可能」で「安定した貿易環境に向けた努力」だと言えるでしょうか。
<設問7>今回の措置で韓国の半導体および有機ELパネル生産に死活的打撃を与えます。ところでサムスン電子やSKハイニックスはそれらの分野で世界的なシェアを持っています。こうした国際供給網に影響が出るとき、誰の利益になるでしょうか。
<設問8>この措置について日本政府は「安全保障上の不適切な事案が発生した」ことを理由に上げています。そしてその事案については「守秘義務がある」と説明しません。さて日本の安全保障に関わることならば、なぜアメリカは動かないのでしょうか。また国連制裁決議に関わることならば説明するべきではないでしょうか。
<設問9>安倍首相は元徴用工問題に触れ「国と国との約束を守れないのだから、貿易管理も守れないと思うのが当然だ」と正当性を主張しています。はたして韓国は、この制裁措置で安倍さんが求める「反省」をするのでしょうか。また、アメリカは自ら主導して協定に調印したTPPから一方的に離脱し、国連のとりまとめであったパリ協定からも離脱しました。国と国(または国連)との約束を守っていないように見えますが、それでは貿易管理も守れないと思うから、アメリカに貿易制裁するのが当然でしょうか。
<設問10>米紙ウォール・ストリート・ジャーナルは「日本は墓穴を掘っている。日本企業が韓国での仕事を失うからだ」と分析していますが、その心配はないのでしょうか。また、日本政府は今回の制裁による日本企業への影響について「しっかり状況を注視する」と言っていますが、状況を注視して悪影響が出たとき、どうするつもりでしょうか。
<設問11>安倍政権は大切な選挙の直前に、どうしてわざわざこんな経済的にリスクのある政策を持ち出すのでしょうか。もしこれが「選挙に有利になるから」と考えているとしたら、それはなぜでしょうか。
日誌資料
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06/23
- ・イラン攻撃撤回 再選影響懸念か トランプ氏に「弱腰」批判も
- ・英離脱 浪費の3年 世論・議会分断なお 英首相候補再交渉望む、EU対応焦点
- ・「軍民融合」スパコンに禁輸 米、中国政府の中枢標的 首脳会談控え強硬策
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06/24
- ・米の中小企業、猛反発 対中関税第4弾「黒字でも廃業」<1>
- ・米「パレスチナへ5兆円」 10年でGDP倍増へ投資計画 イラン包囲の狙いも
- ・トランプ氏、北朝鮮に親書 正恩氏「素晴らしい内容」
- ポンペオ米国務長官「米朝交渉の土台に」
- ・「イランと交渉に前提条件なし」 米大統領
- ・フェイスブック仮想通貨 国際決済銀行(BIS)巨大IT金融進出に警鐘
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06/25
- ・ハメネイ師制裁対象に 米、イランに対抗措置 イラン、反発強める <2>
- トランプ氏、強硬派に配慮 攻撃回避への批判意識 「圧倒的な力で対処する」
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06/26
- ・ファーウェイ取引停止 中国半導体の技術向上も 米欧勢、拭えぬ不安
- ・日本株、外国人保有比率3年ぶり低下 昨年度29.1% 頭打ち感鮮明に
- ・フェデックス、米政府を提訴 ファーウェイ輸出規制「理不尽な負担」
- ・ヘイト投稿者の個人情報保護提出 フェイスブック、仏と合意
- ・英自動車界推計 合意なき離脱なら「損失1日95億円」
- ・FRB議長「過剰反応せず」 過度な利下げ圧力けん制
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06/27
- ・スマホ関税 日米韓に打撃 ファーウェイ部品の5割、アップルの8割<3>
- ・関税第4弾公聴会 米企業は「反対」<4>
- 対中依存、スマホなど平均4割 「代替調達が困難」
- ・安倍首相、参院選で「改憲問う」 来月21日投開票 国会閉幕で会見
- ・トランプ氏、米メデイアに日米安保に不満示す 「多くの国、米を利用」
- 「米国が攻撃されたとき、日本はソニーのテレビで見ていられる」 貿易交渉けん制か
- ・国民年金保険料納付率 昨年度、実質では4割 免除や猶予4割、未納1割
- ・家計金融資産0.3%増 3月末1835兆円 現預金1.9%増 株式は9.5%減
- ・記者殺害「サウジの責任」 国連人権理事会報告 さらなる調査訴え
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06/28
- ・G20大阪開幕 日米、貿易交渉を加速 首脳会談 参院選後成果へ<5>
- ・フォード、1.2万人削減 欧州工場5カ所閉鎖へ
- ・トヨタ、自動運転で中国百度連合に参画 中国に独自の開発体制
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06/29
- ・EU・南米(メルコスル)FTA合意 保護主義拡大に対抗、7億人貿易圏に
- ・米大統領選 民主党候補者討論会「反トランプ」競う 富裕層減税や移民対策批判