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週間国際経済2019(27) No.195 08/16~08/26

今週のポイント解説(27) 08/16~08/26

不安定なドルと東アジア(リブラとドル、その5)

1.ジャクソンホール会議

毎年8月にはワイオミング州でカンザスシティ連銀主催のシンポジウムが開催される。ここには主要国中央銀行総裁や国際金融に影響力のある政治家やエコノミストが参加する、いわゆる「通貨マフィア」のボスたち集まりで、世界中の国際金融関係者が注目する。

ボスの中のボスは、もちろんFRB議長だ。そのパウエルさんがついに泣きを入れた。過熱する米中貿易戦争について「政策対応の見本となる先例がない」と(8月24日付日本経済新聞)。これではドルの信認はますます危うくなるだろう。

そう思って関連外信を漁っていたら、別の主役がいた。イングランド銀行のカーニー総裁だ。カーニーさんは講演で「ドル依存を終わらせるべき」と発言し、ドルが基軸通貨でなくなる最善の解決策は技術によってもたらせうる金融システムの多様化だと提言した(ロイター通信)。そして大胆にも、リブラのようなデジタル通貨がより良い選択肢になると主張したのだ。

この時期、執拗に「リブラとドル」を続けたぼくは、それが見当違いでもなかったと少し安心したのだが、同時に不安が膨らんだ。この「脱ドル依存」の動きに東アジアは「間に合わない」かもしれない。

2.最大のドル圏としての東アジア

東アジア経済における生産の国際分業体制は、北米や欧州に勝るとも劣らない。しかし域内の国際取引決済は、貿易も投資も、東アジア通貨ではなくほとんどドルが用いられている。東アジアは日本にとって最大の貿易相手だが、円をドルに替え、そのドルをアジア通貨に替えて取引することが普通だ。だから外貨準備(中央銀行や財務省が保有する外貨)におけるドルの比重は必然的に高くなる。

世界の外貨準備保有高ランキングの1位と2位は、他を大きく引き離して中国と日本だ。これに続くのは台湾、韓国、香港がトップ10に、シンガポールやタイも15位以内に入っている。外貨準備は国際収支の帳尻で増減するから、これら東アジア諸国の経常収支黒字の大きさと連動する。

経常収支黒字の世界ランキング1位はドイツだが、日本、中国、韓国、台湾、シンガポール、タイが(年度によって違いはあるが)トップ10入りしている。これらの国々は例外なく対米貿易黒字国だから、ドルが手元に残る。

ドルの過剰供給を支えているドル需要、つまりドルの信認を支えているのは、最大のドル圏である東アジアなのだ。

3.東アジアの過剰貯蓄がアメリカの貯蓄不足を埋めている

黒字だからといって喜んでいられない。経常収支=(国内貯蓄)-(国内投資)+(財政収支)、つまり経常収支は国内貯蓄と国内投資の差額に等しいから、東アジアの経常収支黒字は、東アジアの貯蓄過剰を表している。それが外貨準備増減に反映され、その外貨準備の大半はドルだから、アメリカ国債で運用されることが多い。つまり東アジアの過剰貯蓄は、対東アジア投資不足を表している。

さてアメリカ国債はアメリカの財政赤字であり、アメリカの経常収支赤字はアメリカの貯蓄不足を表してる。アメリカは財政赤字のもとでも減税や公共投資などで総需要を刺激し、アメリカの家計は借金を増やしながら消費する。この需要に対して東アジアが輸出をして、その黒字がアメリカの財政赤字を埋めている。トランプさんは貿易赤字相手国がアメリカの雇用を奪っていると激怒するのだが、アメリカは財政赤字で雇用を増やし、そのツケを黒字国が支えているのだ。

しかし最近では貿易戦争激化によるリスク回避で、アメリカ国内投資家などのアメリカ国債買いが急増し、ついに長短金利の逆転まで引き起こしている。この「逆イールド現象」(長期国債利回りが短期国債利回りを下回る)はアメリカの景気後退のサインとされ、同時に東アジア過剰貯蓄の運用利回りが悪化していることを意味している。

4.東アジアの貯蓄を東アジアの投資に

肥大化する東アジアの外貨準備は、このように東アジア経済にとっては非効率な資産だ。しかしそれが必要以上に増大するのにはワケがある。東アジア域内の国際取引決済がドルに依存しているということは、東アジア通貨の対ドル為替レートの安定が求められる。だから東アジア各国の通貨当局(中央銀行・財務省)は、いざというとき手持ちのドルで自国通貨を買い支える(介入する)ために充分以上のドル=外貨準備を保有しようとする。

この過剰貯蓄は、ドル建て資産で運用されてアメリカの貯蓄不足を埋める方向ではなく、東アジア域内投資に向かってこそ効率的運用だと言えるのではないだろうか。なぜ、そうならないのか。一言でいえば、東アジアがまとまらないからだ。

1997年の東アジア通貨危機は、タイ、インドネシア、韓国などの通貨が投機売りにさらされ、これを買い戻すための外貨準備が枯渇して連鎖的に発生した。

この事態から東アジア経済が得た教訓は、大きく二つ。①東アジアは域内各国通貨の安定のために協力しなくてはならない。次に、②東アジア域内通貨による域内投資環境を共同で育成していかなくてはならない。

こうして日中韓+ASEANの枠組みで、東アジア域内金融協力の取り組みが本格的に始動した。2000年5月、タイのチェンマイで日中韓+ASEAN10か国の財務相会議が開催され、各国中央銀行が外貨準備を互いに融通する2国間協定ネットワークの形成が合意され、2002年にはアジア通貨建て債券市場の育成に向けての取り組みが開始された。

ぼくは希望を見いだした。ドルへの極端な依存は、あまりにもリスクが大きい。ドル・円レートは1985年のプラザ合意(ドル高是正)によって1ドル=240円前後から1ドル=120円前後に、1994年には1ドル=80円にまでドル安が進み、1995年にアメリカ財務省が「強いドル政策」に転換したことによって1997年には1ドル=120円を突破する。この不安定さが日本にバブル→バブル崩壊→金融機関の連鎖倒産→東アジア資金流出→アジア通貨危機を引き起こしたのだ。

こうしたアメリカの通貨・金融政策に振り回されないようにするためには、東アジアの潤沢な外貨準備を使って域内通貨を安定させ、域内貯蓄を域内投資に向かわせなくてはならない。東アジアが、その「必要性」に合意した意義は大きい。

5.「歴史認識」と「領土問題」

しかし、こうした合意はいとも簡単に破たんした。2001年8月、小泉首相が靖国神社に公式参拝をした。1985年の中曽根首相の靖国参拝以降、1996年に橋本首相が一度参拝しただけだったが、小泉さんは6年連続で参拝し、この間に日中首脳会談は一度も行われなかった。そして2005年、島根県が「竹島の日」を制定する。竹島が島根県に帰属して100周年を記念するという。その100年前の1905年は日韓保護条約で韓国の主権が喪失された年だ。

こうして東アジア域内金融協力の取り組みは、その軸となるべき日中韓の相互反発によって身動きできなくなってしまった。そして2008年にリーマンショックが起こり、東アジア金融市場は激震した。この反省から東アジア域内金融協力の必要性が再認識され、再始動する。2009年2月には東アジア外貨準備相互融通ネットワークは2国間から多国間に再編され、規模も拡大された。

しかし、またもやその直後だった。2009年9月、尖閣諸島沖で中国漁船と日本海上保安庁巡視船との衝突事件が起こった。この「尖閣事件」は、それまで事実上棚上げにされてきた日中間の領土問題に火をつけてしまった。

もう金融協力どころの話ではなくなった。そして安倍政権は、それまで自民党が批判していたTPPへの参加推進に舵を切る(2013年)。東アジア域内金融協力の取り組みの前提は日中韓FTAだったが、日本はその中国も韓国も外れているTPPを通商戦略の基本と定めたのだ(その後中国と韓国はFTAを結んだ)。

そして今、世界は米中貿易戦争で激しく揺れている。ドルの信認という意味ではアジア通貨危機当時より、リーマンショック当時より深刻な状態だ。東アジアの貯蓄と投資(雇用)を、あまりにも不安定なドルにこのまま一方的に依存してよいものだろうか。この問題を解決していくためには、東アジアの相互協力が不可欠だ。

まさにその時期に、日中韓FTAどころか日韓は貿易対立の泥沼に、東アジア金融協力の要のひとつである香港で非妥協的混乱が生じている。東アジアは、今こそまとまるべきときに、どのときよりも対立を激化させる。

6.サンフランシスコ体制

戦後東アジア国際関係の原点は、サンフランシスコ講和条約(連合国の対日講和)だが、ソ連(現ロシア)は調印していない。最も長く日本と戦争していた中国は呼ばれもしなかった。終戦直前に対日参戦した韓国だが、講和に参加する資格を与えられなかった。

だから講和でありながら、「領土」は確定せず、戦争に対する「歴史認識」も東アジアでは共有されなかった。戦後日本の領土はポツダム宣言にもサンフランシスコ条約にも曖昧にしか記されず、したがって北方領土も竹島(独島)も尖閣諸島も、互いにどちらのものとも言える状態を残した。

こうして「まとまらない」戦後東アジアが形成された。もちろん多くの人々が長年この状況を克服しようと努力を積み重ねてきた。それが「交流」であり「友好」だった。それは誰にとっても有益なはずだが、道のりは険しく、壊されやすい。

またもや、なのか。誰が怒っているのかを見るのは、もううんざりだ。誰が笑っているのだろう。そして、誰が泣くのだろう。

日誌資料

  1. 08/16

    ・米景気後退 意識する市場 長短金利逆転・NY株不安定に
    米中雪解け見通せず 30年債、初の2%割れ 逆イールド世界でも
    ・米国債保有 日本首位に 6月、2年ぶり中国抜く 生保、年金が購入 <1>
  2. 08/17

    ・米、台湾にF16売却へ 中国反発「断固として反対」
  3. 08/18

    ・輸出8カ月連続減 7月1.6%減 中国向け9.3%落ち込む
    ・リスク資産回避強まる 新興国株・原油・銅など下落 景気後退を懸念
  4. 08/20

    ・貿易縮小 世界景気下押し 日、独、英も 米中摩擦で落ち込み <2>
    ・東南ア、経済成長に陰り タイ、4年9カ月ぶり低水準 中国向け輸出減
    ・米、ファーウェイ禁輸強化 関連46社追加
    ・ドイツ、景気後退の恐れ 連銀報告7~9月もマイナス成長 輸出が低迷
    ・米企業「株主第一」を修正 従業員や地域配慮宣言 格差拡大批判かわす
  5. 08/21

    ・金高騰、買い手は中銀 6年ぶり高値 ロシアや中国、脱「ドル依存」
  6. 08/22

    ・FRB「政策柔軟に」 7月議事要旨 追加利下げに含み
    ・アップル、スマホ用有機ELに中国大手採用 部品の勢力図に影響も
  7. 08/23

    ・日韓軍事協定を破棄 韓国、輸出管理に反発 米政府が懸念表明
  8. 08/24

    ・中国、米関税第4弾に報復 750億ドル分最大10% 来月から2段階
    ・米、対中関税30%に上げ 10月 発動済み2500億ドル分 <3>
    中国報復に対抗「第4弾」は15% NY株急落、623ドル安
    ・アマゾンで大規模森林火災 温暖化影響 G7提起へ ブラジルは責任否定
    仏、EU・南米FTAに反対
    ・日米貿易交渉大枠合意 車関税の撤廃先送り 牛・豚肉はTPP並み
    ・北朝鮮、弾道ミサイル発射 トランプ氏は容認する姿勢
  9. 08/25

    ・米中経済分断に拍車 関税合戦 米、生産移管促す 中国、農産品狙う
    米産業界が懸念 自動車・農業に打撃
    ・韓国、保革の分断広がる 軍事協定破棄巡り賛否
  10. 08/26

    ・日米首脳、貿易交渉で合意 農産物関税TPP並み トランプ氏成果誇示 <4>
    ・韓国軍、竹島で訓練 菅官房長官「受け入れられぬ」
    ・市場「米中警戒」やまず 円上昇、一時104円台 日経平均が大幅反落 <5>
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