「 2018年 」一覧

週間国際経済2018(9) No.136 03/25~04/01

今週のポイント解説(9) 03/25~04/01

トランプ「犬笛」は誰に届くのか

1.もっとたくさんの「犬笛」が必要になってきた

トランプ政治の特徴を米英メディアが「犬笛」(dog-whistle politics)と表現していることを紹介したのは、4カ月ほど前のことだ⇒ポイント解説№124。犬笛は犬にしか聞こえないことから、ある特定の集団にしか理解できない政治という意味だ。

トランプさんは、アメリカを苦しめているのは「移民」と「輸入」だと訴え、これらを排斥すると約束した。これが特定の集団の共感を得て、それが支持層となった。アメリカにはこうした人々が3人に1人ほどいるようで、それが底堅い支持率となっている。

今年の11月には中間選挙がある。今与党共和党は議会の過半数を握っているが、大統領信任を兼ねたこの選挙で反トランプ議席が過半数になれば、ロシア疑惑に関連して大統領弾劾の可能性が浮上する。そして世論調査では、トランプ支持率は30%台で、支持しないがそれを大きく上回っている。大統領選挙での公約が、どれだけ果たされたかも問われる。

だからトランプさんには、もっとたくさんの犬笛が必要になっていきた。そして次から次へと音色の違う犬笛を吹きまくる。

ところが、だ。犬笛は犬にしか聞こえないはずなのだが、じつは犬でなくても聞こえている。そして犬の中にも利害の対立がある。たくさんの音色の犬笛を吹けば、市場と有権者は、それぞれの笛に対してそれぞれの利害に応じて反応する。

移民排斥は、白人至上主義者に聞こえればいいのだろう。パリ協定離脱は石炭産業関係者に聞こえればいいのだろう。エルサレムへの大使館移転はキリスト教福音派に聞こえればいいのだろう。大幅減税は富裕層に聞こえればいいのだろう。

しかし「貿易」は、利害関係がより複雑だ。TPP離脱も、NAFTA見直しも、それでアメリカの輸入が減ったわけでも輸出が増えたわけでもない。実際のところ、トランプ政権のもとでアメリカの貿易赤字は増え続けている。

そこでトランプさんは、3月2日のツイッターでこう吹いた。「貿易戦争、上等じゃないか。簡単に勝てるぞ」。この犬笛は誰に届くのだろうか。

2.米中報復関税合戦

第一ラウンドは、アメリカによる鉄鋼・アルミ輸入制限だった。3月1日に方針が表明され、3月23日に発動された。まだ、この段階では貿易戦争にほど遠い。アメリカ鉄鋼輸入における中国のシェアは2%ほどだし、中国にとってアメリカ向け鉄鋼輸出は全体の1%ほどだ。

トランプさんは、なぜかこの措置で中国からなにがしらの譲歩を引き出せると考えていたようだ。しかし中国は、その23日にアメリカから輸入するワインや豚肉に対抗関税を準備すると発表した。でもこれも、たいした金額ではない(30億ドルほど)。アメリカが鉄鋼などに課した関税ぶんとほぼ同額にする。これならWTOルールで認められている緊急輸入制限への対抗措置だと、中国は考えている。

この程度に収まったならば、この犬笛は「不発」だ。支持率が上がるわけでもないし、ロシア疑惑から世論の目をそらす効果もない。もっと大騒ぎにしなくては。だから鉄鋼輸入制限発動の前日に、知的財産権侵害を理由に中国からの輸入品1300品目に高関税を課す制裁措置を決定した。

これもあまり考えて喋っていないと思う。1300品目と言うが、そのリストは4月6日までに決めるとし(それも原案)、中国との交渉期間は「30日間」と言っていたものを60日間に延ばした。どうだ、これで中国も譲歩するだろう、とでも思ったのか。

ところが中国は4月1日、アメリカの鉄鋼輸入制限への対抗関税を発動した。これに対してただちにアメリカは3日、中国の知的財産権侵害制裁関税の原案を発表した。標的になったのは産業用ロボットや航空宇宙分野など、習近平政権が国家戦略で掲げる10分野の重点産業を狙い撃ちにしたのだ。どうだ、参ったか、とでも思ったのか。

すぐさま中国は4日、報復関税を準備するアメリカ産106品目を公表した。大豆、牛肉、綿花、トウモロコシなどだ。このカウンターパンチは効くだろう。これらの産地は与野党支持率が拮抗し、中間選挙の行方を左右する地域だ。

こうなったら、意地だ。翌5日、トランプさんは対中制裁を1000億ドル追加することを検討すると発表した。前回と合わせて1500億ドルだ。中国からの輸入額は約5000億ドルだから、全体の3割に制裁関税をかけることになる。

3.国内からの批判

犬笛はまず、国内産業に届いた。しかし、対中制裁についてはほとんどが批判的な反応だ。まず鉄鋼輸入制限だが、とくにエネルギー産業からの反対が強い。パイプラインのコスト上昇懸念からだ。知財侵害に対する対中制裁も、小売業界からは製品価格の上昇が消費者にしわ寄せがいくと批判、IT業界も部品調達コスト上昇を心配している。

これらは当然の反応だ。トランプさんは大統領選挙中、「中国からの輸入に45%の関税をかける」という犬笛を吹いた。これが支持を得たことのは確かだが、それは誤解と被害妄想によるものだった。海外からの輸入に対して一方的に関税を引き上げても、それら輸入品をすぐさま国内で供給できるものではない。結果的に輸入物価が上昇して国内消費と投資の足を引っ張るだけのことだ。

こうして物価が上げればインフレ懸念から利上げを加速しなくてはならなくなる。金利が想定以上に上がれば景気の腰は折れる。それだけではない。相手国の報復措置による損失も生まれる。

アメリカが中国の重点産業を狙い撃ちするならば、中国は農産物を標的にして反撃に出る。とくに大豆はアメリカの主力輸出品だが、約6割が中国向けで、ミシシッピ州、ワシントン州、オレゴン州、テキサス州などは90%以上が対中輸出に依存している(4月8日付日本経済新聞)。

だからこれら中西部選出の議員たちは黙っていられない。そしてこれら地域の農家は共和党支持者が多い。つまり、トランプさんの犬笛は支持基盤からの反発を招いているのだ。

4.市場の否定的反応

トランプさんは、きっとレーガン大統領に憧れているのだろうと思う。減税、軍拡、そして貿易保護主義だ。でも、それは幻想だ。レーガンさんが大統領になった1980年代初めは東西冷戦の緊張に包まれていた。そしてレーガンさんはこれを瀬戸際にまで刺激した。だから同盟国はある程度までアメリカの政策を甘受しなくてはならなかった。

今は、違う。西側がなければ東側もない。だからアメリカは東西交渉のボスではなくなっている。ましてやトランプさんは、世界に関わることを拒んでリーダーシップを放棄している。

そもそもレーガン政権も、制裁をちらつかせた貿易保護主義によっておもに日本からの大幅な譲歩を勝ち取ったのだが、その結果、貿易赤字はむしろ増えたし、失業率も上昇した。こうした歴史観も経済学リテラシーも、トランプさんになくても市場にはある。犬笛はトランプ支持者に届く前に、トランプ・リスクに敏感な市場に届いたのだった。

トランプ政権が知財侵害に対する対中制裁を発表した3月22日、NY株は724ドル安と大幅に急落した。鉄鋼輸入制限発動の23日にはさらに424ドル続落した。週間下げ幅は1413ドル、これはあのリーマンショック直後以来の大きさだ。

さらに中国が報復関税を4月1日に発動したあとの2日、NY株は458ドル下落した。この報復関税は、先に説明したようにすべて適用しても30億ドル規模に過ぎないものだ。それでも市場は、これが米中貿易戦争につながるかもしれないと警鐘を鳴らしたのだ。

そして中国が、アメリカの知財侵害制裁に対する報復関税を発表した4月4日、NY株は一時500ドル超下落した。それだけではない。商品市場ではアメリカ産大豆とトウモロコシ価格が5%から4%という異例の大幅下げを記録した。船運賃も大幅に下げた。

5.それでも犬笛は止まらない

ホワイトハウス高官たちは、火消しに必死だ。4月4日、国家経済会議のクロドー委員長は交渉によって関税発動を見送る可能性は「ある」と指摘する。ロス商務長官も6日、「交渉を続ける意思がある」と、発動回避に向けて話し合いを続ける方針を示した。しかしその日、持ち直していたNY株は反落し572ドル安をつけた。かれらは、信用されていない。

無理もない、トランプさんが止まらないのだ。4月5日には対中制裁1000億ドル追加検討を発表した。6日には輸入車のみを対象にする環境規制の強化を検討していることが明らかになった。

さらにこの間、トランプ・ツイッター砲はアマゾン批判をエスカレートさせている(この問題についてはまた別に扱うと思う)。ITの巨人アマゾン株は8.4%下落した。時価総額にして6兆円以上が吹き飛んだことになる。

中間選挙に向けて、なりふり構わない様子だ。犬笛は、ひとつめよりふたつめがより大きな音に、それでも足りなければ別の音の笛を鳴らす。そしてそれは支持者を増やすどころか、支持層の中にも利害の対立を生み、市場の反発を受け、メディアは既存の白人高齢者たちのトランプ離れを報じている。
 

これほどまでに世界を混乱に巻き込んだアメリカ中間選挙を、ぼくは知らない。それほどトランプさんには弱点が大きすぎるのだ。ロシア疑惑、利益相反、反対派の強さ。これはツイッター犬笛を何千発撃っても挽回できるものではない。

そして次々と側近を追放し、周囲をイエスマンで固めようとする。これも、すなわちトランプ・リスクの「純化」に他ならない。もう犬笛を笑ってはいられない。次の犬笛は、取り返しのつかないものになるかもしれないからだ。

日誌資料

  1. 03/25

    ・対中制裁、米産業界が反発 小売り・IT 価格上昇を警戒
    ・日本株、下落率が突出 主要市場 米中摩擦や円高懸念 <1>
  2. 03/26

    ・米、韓国と鉄鋼数量枠合意(25日) 韓米FTAも見直し <2>
    米、WTOルール骨抜き 事実上の数量規制 FTA再交渉はわすが3カ月で合意
    ・中国、米国債でけん制 制裁受け購入減に含み 市場の反応は冷静
    ・中国で原油先物上場 元建て ドル建て取引に一石
    ・内閣支持率42%に急落 不支持49%と逆転 総裁選支持、安倍氏急落24%
  3. 03/27

    ・米、中国製機器禁止も 国内通信会社に規制案 スパイ活動懸念
    ・佐川氏証人喚問「理財局で対応」 改ざん、官邸支持否定 誰がなぜ、証言拒否
    ・ロシア、外交官ら追放 110人超22ヵ国に拡大
  4. 03/28

    ・金正恩氏、習主席と会談(北京25日)「非核化実現へ尽力」 <3>
    中朝和解、圧力路線に試練 核、段階的措置で解決 米朝首脳会談に意欲
    ・米、韓国の通貨安誘導禁止 FTA見直し付帯協定に「為替条項」
    ・日銀前副総裁の岩田氏 緩和推進「単純すぎた」 財政政策の重要性強調
  5. 03/29

    ・日銀のETF(上場投資信託)購入最大 3月8309億円 株下落で回数増やす
    ・米、対韓FTA押し切る(27日) 米軍撤収もカード <4>
    「為替条項」(報復関税)異例の明記 国際協調崩す恐れ
  6. 03/30

    ・英EU離脱まで1年 通商ようやく協議 最難関、時間との闘い <5><6>
    ヒト・カネ英国離れじわり 欧州予算に穴、EU結束に試練
    ・南北首脳会談4月27日 11年ぶり、非核化が焦点
    ・米、期限切り譲歩迫る 「対中知財制裁まで2カ月」 中国と綱引き激しく
  7. 03/31

    ・トランプ大統領、米韓FTA棚上げ示唆 非核化合意まで 韓国の融和傾斜にクギ
    ・中国、「段階的な非核化」言及 金正恩氏を評価
    ・東証時価総額647兆円、年度末として過去最高 17年度末13.8%増
    世界株高(14.4%増)受け 世界株時価総額は推計85兆ドル(約9000兆円)
  8. 04/01

    ・中国、摩擦回避へ輸入拡大 天然ガス・半導体・車を軸に 対米黒字圧縮狙う
    市場開放では金融市場の外資参入拡充も
    ・日本、米との通商「取引」慎重 輸入制限の除外要請継続
    日米FTAの要求にも応じない構え 「TPP11」発行と米復帰促す方針

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