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週間国際経済2018(40) No.167 12/08~12/16

今週のポイント解説(40) 12/08~12/16

覇権の交代 (米中新冷戦その3)

1.世界最大の経済大国の地位

こうした現実的な意見は、アメリカ国内ではたしてどれほど支持されているのだろうか。12月7日付日本経済新聞夕刊には、英フィナンシャル・タイムズへのサマーズ元財務長官の寄稿が掲載されている(ローレンス・サマーズは好き嫌いは別として「高名な」経済学者でハーバード大学の学長を歴任している)。

タイトルは『米、対中戦略に実効性を』、「米国は、自国の経済規模が世界最大の国の半分になっている2050年の世界を想像できるだろうか」、「しかし、これを止める手段があるだろうか」、「世界経済のグローバル化がここまで進んだ今、中国を脅すことはできても抑えつけることはできない」。だから、「実現可能な目標を明確に」するべきだと提言している。

前回は、米中ハイテク戦争が体制間競争となっていることを考えた。しかし、そのことを「冷戦」と呼んで差し支えないのか。それが今回のテーマだ。

サマーズさんの指摘を待つまでもなく、中国が早晩GDP規模でアメリカを抜くという現実を、誰も否定することはできない。世界史における「大きな物語」は、覇権国の交代のプロセスだ。では、今起こっていることは覇権の交代なのだろうか。

ぼくの結論はこうだ。中国は覇権国の準備がまるで足りない、しかしアメリカは、覇権を維持することはもうできない。その混沌を「新冷戦」と呼ぶのならば、ひとまずそれに同意しよう。

2.米中新冷戦と米ソ冷戦

米ソ冷戦は、第一次世界大戦、ロシア革命、世界恐慌、第二次世界大戦を背景にして形成されてきた。戦後40年ほど続き、それが終結して30年近く、アメリカは唯一の超大国だった。そして今、ソ連が中国に代わって「冷戦」が復活するという意見なのならば、ぼくはそれには同意しがたい。

いくつか理由があるが、まず冷戦とは2つの大国による覇権争いではない。米ソ冷戦は「東西冷戦」と呼ばれるごとく、文字通り世界を東西に分けていた。西側にはアメリカの覇権が、東側にはソ連の覇権が、そしてそれぞれに反米帝国主義勢力、反ソ帝国主義勢力が存在していた。

したがってアメリカは、ソ連に対抗するためにも、同時に反米帝国主義勢力を抑えつけるためにも、西側同盟の強化を戦略的な最優先課題のひとつとしてきた。いやむしろアメリカにとって「冷戦」とは、ソ連を圧倒するためにではなく、西側の覇権を維持するために利用されてきたとも言うことができる。

しかしソ連崩壊後に唯一の超大国となったアメリカは、一極繁栄を背景にアメリカ型システムの普遍化を世界に強要していく。反テロ戦争には同盟としてではなく、単独行動主義(ユニラテラリズム)で暴走し、泥沼化し、混迷を深める中リーマンショックに至る。

そのなかで生まれたオバマ政権は、国際協調主義によるチェンジを追求した。「核なき世界」、「パリ協定」、「イラン核合意」そして「TPP」。アメリカ型システムを普遍化するのではなく、アメリカが普遍主義に立ち戻ることによって世界と協調する道を選んだ。

これは理念としては大きな転換だが、グローバル化はむしろ加速した。それは中国をはじめとする新興国の急成長および、同時に先進国ポピュリズムの台頭の背景ともなったのだ。

3.自国第一主義と冷戦

米中新冷戦が「冷戦」なのだとしたら、アメリカは同盟国との関係を強化しなくてはならない。しかしトランプ政権は、オバマ政権の国際協調レガシーを全否定し、自国第一主義のもと、同盟国を軽視あるいは敵視すらしている。

ホワイトハウスの国際協調派といわれるティラーソン元国務長官も、マティス元国防長官もムニューシン財務長官も、彼らに共通しているのは(もちろんオバマ時代への共感ではないが)ブッシュ(子)時代の単独行動主義に対する反省だ。そしてアメリカはもはや、単独では覇権を維持できないという現実認識だ、と思う。

これに対してトランプ大統領の自国第一主義は、理念ではない、現実認識でもない。言ってみたらたまたま「ウケた」だけのことだ。しかしトランプさんにとってたまたまであっても、これにウケた支持者たちにとってはたまたまではない。言いたかったことを言ってくれたのだった。だから、裏切れない。

地球環境問題も自由貿易も、全体の利益のために一部の不利益を強いる。アメリカは最大の温室ガス排出国であり最大の輸入国だから、一部の不利益は多数が被る。トランプさんはこの多数に取り入ろうとした。パリ協定から離脱し、対米貿易黒字国を例外なく敵視した。

理念無き者は、理念ある者のすべて反対を貫くことで体系を保とうとする。「パリ協定」も「TPP」も「イラン核合意」もすべて離脱する。離脱してどうする。なにか新しい別のものはいらない。それが、自国第一主義なのだから。G7もG20もAPECも、何かを合意することを拒絶する。それが、自国第一主義なのだから。

片一方が理念も体系もないなかで、はたして「冷戦」は成立するのだろうか。言うまでもないことだが、本家米ソ冷戦において西側は、言論の自由、法の支配、自由な市場経済、人権の尊重という価値観を東側に突きつけてきた。トランプさんは、この価値観すべてに反抗している。それでどうしてアメリカを「再び偉大に」できるのだろうか。

4.最後の砦「公約」

いわゆるポピュリズム政党の勢力拡大は、既存政党に対する深い不信感が動機のひとつとなっている。そして既存政党は実現不可能だと思っている「公約」で人々を魅了する。自分たちを代弁し、約束を守る。そうでなければ、ポピュリストは、一気に見放される。

中間選挙で下院過半数を失った共和党の立て直しは、次期大統領候補の選定から始まる。様々な疑惑追及が迫るトランプさんにとって、最後の砦はトランプ支持者たちだ。つまり彼らに対する「公約」だ。そのためには何でもするだろう。

その象徴が、「メキシコの壁」だ。トランプさんは2019年度会計年度予算に50億ドル以上の「壁」建設費を求めている。米連邦予算の一部は12月21日に期限を迎えるため、つなぎ予算の可決成立が必要だ。トランプさんはその前日20日になって、「壁」費用が計上されていない予算案に署名しない方針を共和党に伝えた。その結果、22日に一部政府機関の閉鎖が始まった。

この政治的意味は大きい。年明けから下院多数を握る民主党とはもちろん、上院共和党とも対立することになる。政権内の混乱を露呈することになっても、いやだからこそトランプさんは「公約を守る大統領」を支持者に強くアピールすることができると思っているのだろう。

さらに深刻なのは、シリア駐留米軍の撤退開始だ。たしかにそれはトランプさんにとって公約だったが、期限を明示していたわけではない。それを12月19日、ホワイトハウスが突然声明を出したのだ。ニューヨーク・タイムズによると、この撤退案は数日間で急浮上したという。そして翌20日、トランプさんはマティス国防長官が来年2月に辞任すると発表した。さらにマティスさんの辞表が気味喰わないのか、辞任時期を1月1日に前倒しすると23日に明らかにした。

5.覇権と軍事同盟

第二次世界大戦後、世界唯一の債権国となったアメリカは、戦時に肥大した生産力を稼働させるために莫大な対外援助を西側に与え、それをもとにした復興需要に輸出することよって自国の過剰生産恐慌を回避しようとした。同時に、援助と引き換えに従属的な軍事同盟の網を世界に張り巡らせた。これが戦後アメリカ覇権の基礎のひとつとなったことは言うまでもない。

1960年代後半にはすでに、それが「オーバー・コミットメント」であり、アメリカ経済にとって負担であることは明らかになっていた。そこから同盟国の応分の負担を要求するようになる。それでも従属的軍事同盟は、アメリカの覇権にとってハード面だけでなくソフト面でも礎であることをアメリカ歴代政権はよく理解していた。

しかし、トランプさんの目にはそれは便益を上回るコストにしか映らない。NATOにも日本にも、さらなる軍事支出の追加を要求し、アメリカ製の武器を売り込んできた。つまり、損得勘定でしかない。同盟の理念は薄れ、したがってアメリカの覇権は弱体化していく。

ましてやシリア駐留米軍はIS(いわゆるイスラム国)撃退が目的だった。そのISの台頭は、アメリカの無分別な対イラク戦争の産物だ。そしてシリア駐留はアサド政権のテロ支援やイラン軍の勢力拡大を封じ込める意味合いが濃くなっていた。またシリア撤退は、クルド人勢力への支援停止を意味する。そうなればトルコは容赦なくクルド人に対する攻撃を強めるだろう。

トランプさんは「アメリカは世界の警察官ではない」と言う。いやいや、そんな格好をつけてもらっては困る。あなたの行為は、自ら火を付けた火事場を消そうともせず、消火にあたっている仲間をその場に見捨てることなのだ。撤退することではなく、撤退できる状態を作ることがアメリカの責任なのだ。

アメリカの同盟は、道義を失った。

これはシリアにとどまらない。例えばシリア撤退開始の翌12月20日、日本海能登半島沖で日本海上自衛隊の哨戒機が韓国海軍の艦艇からレーダー照射を受けたとして、やったのやらないの言い争っている。在日米軍と在韓米軍は、どうしてこの泥仕合を放置しているのだろう。なんらかの意図があるにせよ、ないにせよ、専門外から言えることは、このお粗末な事態は、同盟規律の緩みであることに違いない。

6.覇権とドル

これは専門に近いので、トランプさんのFRB(米連邦準備制度理事会)に対する露骨な介入に関しては、また別のところでしっかり検討しなくてはならない。ただ、今回のテーマでどうしても言及しておかねばならないことがある。

中央銀行の政治的独立性は、大前提だ。しかし、アメリカの中央銀行(FRB)はただの中央銀行ではない。そう、世界基軸通貨ドルを発行する国の中央銀行だ。そしてドルは、戦後アメリカ覇権のもうひとつの礎だった。

たかが一人のアメリカ大統領が、FRBの金融政策に逐一文句を言い、果ては議長解任の報道まで漏れるとは、ドルの信認に関わる重大な行為だ。トランプさんは、その意味が分かっていない。ただ、株価下落の責任をFRBに押しつけたいだけのことだ。

そうして既存の権威を敵に回すことが、たとえトランプ支持者たちに受け入れられたとしても、世界金融市場はこれを受け入れない。世界の貯蓄と投資に多大な実害を与えるツイートなのだ。
さて、こうしてトランプ政権の中国に対する覇権争いは、アメリカ覇権の急速な失墜をもたらしている。しかし、だからといって覇権交代というわけにはいかない。今の中国は覇権にほど遠い。

「覇権なき世界秩序」、それが次回のテーマとなる。

日誌資料

  1. 12/08

    ・米賃金、11月3.1%増 FRB、月内利上げ検討 <1>
    賃上げと輸入関税が物価上昇圧力に 貿易戦争で設備投資鈍化 スタグフレーション警戒

    ・防衛費5年総額27兆円 19~23年度中期防 過去最大 対米配慮にじむ
    ・産油国、120万バレル減産合意
    ・ファーウェイ、日本でも存在感 部品調達5000億円 5G整備に影響も <2>

  2. 12/09

    ・中国の対米黒字11月最大の355億ドルに 輸出8カ月連続増
    ・改正出入国管理法成立
  3. 12/10

    ・政府、通信機器調達で指針 漏洩防止、中国企業念頭に
    ・米首席補佐官が年内退任 ケリー氏、後任人事難航
  4. 12/11

    ・携帯4社、中国製を排除 5G設備、政府に同調
    ・いずも「空母化」明記 防衛大綱骨子案 F35Bの搭載想定
  5. 12/12

    ・ファーウェイ副会長保釈へ カナダ裁判所 米への引き渡し、別途審理
    トランプ氏が介入示唆「貿易や安全保障にプラスになるならば必ず介入するだろう」
    ・カナダ元外交官を拘束 中国が報復措置の観測
    ・外国人就労へ政府間協定 まずアジア8ヵ国と 働き手の不安緩和 <3>

  6. 12/13

    ・日欧EPA2月に発効 欧州議会が承認
    ・メイ首相 与党信任 不信任が予想上回るも EU離脱交渉、なお不透明
    ・中国、米産大豆を大量購入 200億円超 「製造2025」見直し検討か、米紙報道
  7. 12/14

    ・欧州中銀、量的緩和を終了 金融危機後の政策が転換点 焦点は利上げの時期に
    ・中国、カナダ人2人拘束 「ファーウェイ問題」関係否定
    ・辺野古に土砂投入
  8. 12/15

    ・与党、税制大綱決定 10月消費増税へ対策厚く 車・住宅で1670億円減税
    ・ファーウェイ包囲網狭まる 10兆円経済圏供給網に影 米半導体も取引 <4>

    ・中国、米社追加関税を停止 1~3月、摩擦緩和へ譲歩・NY株反落 496ドル安に 景気減速を懸念・フェイスブック スマホ内写真流出の恐れ 最大680万人 欧州規制当局が調査

  9. 12/16

    ・新興国通貨安 企業に重荷 期待の市場で逆風 <5>
    円高・新興国通貨安で現地通貨建て売上や利益の円換算目減り 原材料調達費もかさむ

    ・GW10連休 市場にリスク 海外相場対応難しく 決算発表ピーク重なる

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