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週間国際経済2017(23) No.108 7/10~7/16

今週のポイント解説(23) 7/10~7/16

トランプ政権の「保護主義」

1.鉄鋼摩擦

先週のポイントだったハンブルグG20、ここでメルケル議長は脱トランプ国際協調の枠組み形成に成功した。それはアメリカを除く19ヵ国・地域がトランプ氏の政策に対する警戒を共有していたからだと指摘した。これは充分な指摘ではなかった。

裏と表の関係になるとも言えるのだが、脱トランプはトランプ政権の「脱国際協調」によって促進されたという側面にも留意するべきだった。

そのことを思い知らせたのが、ハンブルグを発ってパリに向かう大統領専用機内での記者会見だった。そこでトランプ氏は鉄鋼の輸入制限について対抗措置をとると強調した(7月12日)。複数の米メディアによると、その対抗措置とは米通商拡大法232条の発動だという。

G20首脳宣言には「保護主義と闘う」と明記された。しかし同時に不公正な貿易相手国には「正当な対抗措置」を取ることも容認した。G20宣言としては異例の表現だ。トランプ政権への配慮だと思われていた。不公正な貿易も正当な対抗措置も、その定義は曖昧だ。少なくともWTO(世界貿易機関)ルールに逸脱しない範囲という縛りをつけたと見ていた。

うかつだった。知見不足だった。WTOルールは一方的な輸入制限は禁じているが、安全保障が理由であれば「例外扱い」となる。米通商拡大法232条とは、その安全保障を理由に貿易を差し止める権限を大統領に付与するアメリカの国内法だ。1962年の東西冷戦下で施行したもので、WTOが発足した1995年以降には発動例がないという(7月5日付および7月15日付日本経済新聞)。

つまり、ルールの「抜け穴」だ。中国からの鉄鋼輸入に対するアメリカの対抗措置としてはオバマ政権でも反ダンピング課税を連発していたが、これはWTOルールに基づいている。しかし232条は対象を中国に限定していないし、関税引き上げだけでなく輸入制限(割り当て)も同時に課すことが検討されている。

そして、鉄鋼といえば中国だろうと思いがちだが、じつは中国鉄鋼材の対米輸出はピークから3分の1に減少しており、2016年実績では10番目、上位はカナダ、ブラジル、韓国、メキシコ、トルコ、日本と続く。大統領専用機内でのトランプ氏も「各国が」鉄鋼を不当廉売していると批判している。

すでにEUはトランプ政権がこれを実行すれば対抗措置をとると明言している。カナダやブラジルもWTO提訴は必至だろうし、その「抜け穴」が認められるならば同じ理由で報復合戦を招く可能性も小さくない。

トランプ氏にとって世界貿易秩序などどうでもいいのだろう。しかし依然としてドルは国際通貨だ。それを発行する基軸通貨国アメリカが国際貿易協調に背を向けるなどということが許されてよいはずがない。

2.保護主義とはなにか

「比較優位にもとづく国際分業の利益は経済学者唯一の合意である」と、ノーベル経済学賞学者ポール・サミュエルソンは著名なテキスト『経済学教科書』でそう述べている。いまだこの「合意」が理論的にも歴史的にも否定されたことはない。だからこの合意を否定するものは、少なくとも経済学者ではない。

資本主義は初めから国際システムだった。アダム・スミスが唱える国際分業の利益から近代経済学は始まった。世界恐慌以降1930年代の高関税競争や為替競争による「自国経済第一主義」が第二次世界大戦を引き起こしたという反省を共有することによって、この合意は歴史的にも裏付けされた。そして戦後世界経済成長は自由貿易の促進によるものであることを否定することは難しい。

しかし、その自由貿易の対極にある保護主義が全面的に否定されているわけでもない。理論的にもそして歴史的にも。資本主義の初めから世界が完全な自由貿易であったなら、おそらく工業国はいまだにイギリスだけだっただろう。世界資本主義は後発国保護主義によって形成されたのだ。

国民経済が工業化を達成するためには輸入制限や保護関税によって自国の「幼稚産業」を守らなくてはならない。そう、先進国とはこうした保護主義によって生まれたのであり、イギリス以外に例外はない。

国際分業の利益とは、それぞれの国民経済総体にとっての利益であり、国民経済内部のそれぞれの産業にとっての不利益を含んでいる。だから保護主義によって先進国の地位を得た国々が途上国に対して自由貿易を一方的に要求することはフェアではない。戦後世界経済でも1990年代までは農産物は保護されていたし、知的所有権は保護されていなかった。

だから、たとえばTPPで謳われていたような「例外なき自由化」などに同意する必要はない。それに同意しないことは、国際分業の利益という合意に反してはいない。貿易の自由化には、それぞれの国民経済の利益に基づいた速度があり手順があってしかるべきだ。そしてその速度と手順を決めるのはそれぞれの国民国家の民主主義に他ならない。

だから貿易自由化交渉とは、おそろしく効率の悪いものであって当然なのだ。保護するべきものは認め合い、差別的な報復を戒め、多国間で合意を少しずつ積み重ねるしかない。

つまり自由貿易とは保護主義を含みながら促進されるものであり、保護主義を一切認めない自由貿易論は「自由主義」ではない。

3.トランプ政権の「保護主義」

では、トランプ政権の保護主義に話を戻そう。歴史的に保護主義(protectionism)とは自国の幼稚産業(infant industry)に対する育成関税政策などを指す。これが将来的に比較優位を持つ産業に育つことが可能であるならば、結果的に国際分業の利益を増進するという考えにもとづく。

トランプ氏が保護しようとしている対象は、鉄鋼でいえばUSスティールだ。USスティールは鉄鋼分野に限らず、世界最初の独占体だ。どうみても幼稚産業ではない。もちろん保護主義論者は幼稚産業だけではなく「衰退産業」もまた関税などによる保護を認める。ただし、その保護が将来的に国民経済における資源の有効配分に資するものになりうる可能性が問われる。

ここではそのUSスティールが報復関税や輸入制限といった措置によって再生できるのかが問われる。しかしUSスティールの衰退は1960年代にさかのぼって始まっている。しかも1980年代には自ら脱鉄鋼を目指して石油事業を強化している。つまり現在のUSスティールの業績悪化の原因を鉄鋼輸入だけに求めるのにはそうとう無理がある。

そのUSスティールが強化してきた石油事業だが、エネルギー業界(米石油協会)は鉄鋼の輸入制限に「反対」する書簡を米商務省に送っている。パイプライン敷設など現場では大量の鋼材を使うだけに鉄鋼価格の上昇につながる輸入制限は容認できないというのだ。鉄鋼と言えば自動車産業だが、事情は同様だ。すでにオバマ政権時の鉄鋼輸入への反ダンピング課税によって不利な状況に置かれていると見ている(7月16日付日本経済新聞)。

トランプ政権の保護主義は、いったい何を保護しているのかが分からないのが特徴だ。これは「パリ協定」離脱にも同じことが言える。トランプ氏は、「私はパリ市民ではなくピッツバーク市民のために」とか言うのだから、それが石炭産業の保護につながると思っているのだろう。

しかし米電力大手のCEOは「今後、石炭に投資することはない」と言い切っている。すでに昨年新設された発電所の6割超が太陽光と風力によるものだということは先週紹介したとおりだ(7月14日付日本経済新聞)。

さらにトランプ政権はこのパリ協定離脱に関連して、ガソリン車の燃費規制を緩和し、EV開発支援の融資制度も廃止するつもりだ。フランスもイギリスも2040年までにガソリン車とディーゼル車の販売を禁止する方針を決めているというのにもかかわらずにだ。

4.誰を保護しているのだろうか

米通商拡大法232条によって例え輸入鉄鋼に20%の報復関税が課されたとしても、多くの鋼材ではなお輸入品のほうが安い。国内の鉄鋼価格全体が上昇するだけのことだ。自動車や住宅、パイプラインなど、これからもアメリカ経済成長にとって主力となる産業に高いコストを課することが「自国第一主義」だというのだろうか。

衰退産業を保護関税で再生させることができるならまだしも、それら衰退産業は、例えばUSスティールは脱鉄鋼、エネルギー産業は脱石炭というように産業転換で新たな雇用を生みだそうとしている。

国際分業の利益に合意する経済学者ならばほとんど全員が理解していることがある。トランプ氏の主張するように「アメリカで作り、それを買う」という保護主義は、アメリカで雇用を増やさないし、アメリカ国民はより高いものを買わされる。

では、衰退産業のラストベルトの労働者は、見捨てもいいというのか。いや問題は、トランプ氏の「保護主義」ではかれらの生みだす鉄鋼も石炭もたいして売れはしないということだ。それでも彼らのためだといって対外的な報復措置を繰り出しているのは、そう問題のすり替えに他ならない。

問題は、対外貿易ではなく国内の分配なのだ。アメリカの強力な巨大企業は海外の幼稚産業に対する保護を徹底的に攻撃している。アメリカは依然として行き過ぎた「自由主義者」なのだ。その一方で、国内の衰退産業を保護するポーズを見せながら保護できない。

そして国内の分配の問題から目を逸らさせている。産業衰退のセイフティネット作りに取り組むべきなのに、外に架空の敵を作って攻撃しているだけなのだ。

トランプ氏は、どうしてもオバマケアをいじりたくてしかたがない。減税とインフラ投資とメキシコの壁の財源が欲しいからだ。そして大手保険会社の超過利潤を守りたいからだ。

ラストベルトの労働者たちの多くは失業あるいはレイオフ(一時解雇)の状態にある。過酷な労働環境から健康を害している人々も多いに違いない。治療を受けるにもトランプ政権は保険料を引き上げ、あるいは無保険状態にかれらを陥らせようとしている。

そうした政策を、経済学は「保護主義」とは呼ばない。

日誌資料

  1. 07/10

    ・米中首脳会談(ハンブルグ、8日)対北朝鮮は平行線 習氏「対話解決を堅持」
    ・機械受注5月3.6%減 非製造業が低迷 基調判断を下げ
    内閣府「企業が投資に慎重。投資意欲を刺激する要因が見当たらず」
    ・経常黒字5月4カ月ぶり減 原油価格上昇で貿易収支が赤字に
  2. 07/11

    ・イラク首相、勝利宣言 対「イスラム国」モスル奪還
    ・欧米金融緩和縮小で金利差拡大、円安一段と 114円台、2カ月ぶり水準
    ・「共謀罪」法が施行 計画・準備行為で処罰
  3. 07/12

    ・中国国有企業9割不正 反腐敗へ異例の公表 大手20社監査
    ・中国新車販売が急減速 上半期3.8%増、減税効果息切れ <1>
    ・トランプ氏長男、ロシア疑惑のメール公表 <2>
  4. 07/13

    ・イエレン議長議会証言(12日) 資産縮小「比較的早く」 利上げ、慎重判断
    ・カナダ中銀、利上げ 6年10カ月ぶり 住宅価格高騰で引き締めの必要性
    ・米通商代表部(USTR)韓国にFTA再交渉要請 貿易赤字で強硬姿勢 <3>
    韓国反論「互いに利益」 サービス収支は赤字 相互投資も拡大 シェール輸入で黒字減も
    ・中国、対米黒字6.5%増(1-6月) 米中経済対話の火種に <4>
    ・仮想通貨相次ぐ想定外 一瞬で急落・犯罪悪用 業者分裂警戒、取引停止も<5>
  5. 07/14

    ・独仏、防衛・対テロ結束 閣僚会議(13日、パリ)戦闘機の共同開発で合意
    ・米仏首脳会談(13日、パリ)パリ協定、貿易問題で意見の対立避ける
    ・TPP11、修正は最低限 首席交渉官会合で確認 各国対立の火種残す
    ・劉暁波氏死去 中国民主化運動の象徴 獄中でノーベル平和賞
    ・アジアインフラ投資銀行(AIIB)格付け、また最高 フィッチ・レーティングス
    ・鉄鋼輸入割当・関税上げ課す トランプ氏表明(12日)
    ・特集「ニュー・モノポリー米ITビッグ5」(~07/15) <6> <7>
    アップル、グーグル、マイクロソフト、アマゾン、フェイスブック
    5社合計時価総額1年で4割増の2.8兆ドル 少ない雇用、処方箋見えず
  6. 07/15

    ・鉄鋼発「貿易戦争の恐れ」 米「関税・輸入割当同時」検討
    通商拡大法232条、WTOルール「安保」が抜け穴に 市場、警戒感広がる
    ・緩和マネー縮小へ難路 世界で90兆ドル、危機前の1.8倍に
    景気・物価なお不安 日銀の動き鈍く
    ・ホワイトハウスとメディア対立続く 定例記者会見存続に黄信号 音声のみ許可
  7. 07/16

    ・米鉄鋼輸入制限 車・エネ業界が反対 価格上昇を懸念

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