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週間国際経済2017(26) No.111 8/9~8/18

今週のポイント解説(26) 8/9~8/18

納得いかない買い物、イージス・アショア

1.息子が突然バイクを買った

じつは最近の株価・為替のボラティリティ(変動幅)について書く予定だった。お盆前まで日米とも株価は歴史的な低変動率、つまりほとんど動かなかったのだが、ここにきて慌ただしくなってきた。材料はトランプ・リスクとミサイル・リスクだ。これら両リスクはこれまでもリスクだったのになぜ今になって、と。

これは次回に回そう。それで遅くはない。これらリスクに関連してどうしても書きたい、納得のいかないことが出てきた。日米両政府は17日ワシントンで外務・防衛担当閣僚協議(2プラス2)を開催したが、そのあと開かれた日米防衛相会談で小野寺大臣は北朝鮮弾道ミサイル防衛のために陸上配備型迎撃システム「イージス・アショア(陸上型イージス)」の導入方針を伝え、アメリカ側はこれを歓迎した。

これは、納得がいかない。息子が突然バイクを買ったと言ってきたような気分だった。家にはもう車(イージス艦)が2台もある。息子はそれでは対応できない用事があると言う。しかし家計は赤字だ。借金もかなりある。なにより息子はバイクを運転できない。これから免許を取りに行くそうだ。だとしても買ったバイクの駐車スペースがない。それは決めていないようだ。さらに音が大きいようで(電波障害)近隣の理解が得られるか心配だ。さらにこのバイクは最新式で、まともに運転するためには別の装置(THAAD)も合わせて買わないといけない。これがまた高価だ。

そもそもどんな家の用事で使うのかと聞くと、そうではない、上司(アメリカ)のためだという。なのにバイクはその上司から買う。世話になっている上司のためなら必要なものを買うと家族会議で決めたじゃないか(集団的自衛権)と口答えをするのだが、それにしても事前に家族に相談する約束だったじゃないか、なぜ買ってから言うんだ。

納得がいかないのだ。

2.グアム周辺にミサイル発射

北朝鮮が8月8日、グアム周辺に中距離弾道ミサイル弾道ミサイルを発射することを検討すると発表した。なぜ、グアムなんだろう。たしかにグアムにあるアンダーセン基地からは2時間でアメリカの戦略爆撃機が北朝鮮上空に飛来する。しかし北朝鮮のミサイル開発は「アメリカ本土に届く」ことに、それによってアメリカとの直接対話を有利に進めることに目的があったはずだと思っていた。

わからないのは北朝鮮ばかりではない。これに反応した日本政府もわからない。というのは、北朝鮮がグアム沖にミサイルを発射すれば島根や広島上空を通過する。だから中国・四国地方にパトリオット・ミサイルを配備し、これを迎撃することも検討すると言い出した。

少なくとも2つ、わからないことがある。これがどうして集団的自衛権行使要件に該当するのだろう。そして、パトリオット・ミサイルは日本上空を通過する北朝鮮の中距離弾道ミサイルに届かない。あくまでも日本に着弾するミサイルを迎撃するための装備だ。

3.買い物はクリックされていたのか

嫌な予感がした。安倍首相とトランプ大統領は15日に電話協議をし、そこで安倍氏は「高度なミサイル防衛体制をとる」と強調した。同日、金正恩氏はグアム向けミサイル発射について「米国の行動をもう少し見守る」と述べ、これで日米とも株価が続伸した、安心したのだろう。

しかしバイク、いやイージス・アショアはすでに買い物かごに入っていたのかもしれない。というのもワシントンで2プラス2が開かれたのは日本時間で18日、ここで小野寺防衛相はイージス・アショアの導入方針をアメリカに伝えた。その日、日本では防衛省で日米の制服組トップの会談が設定されていて、ここで河野統合幕僚長が「弾道ミサイル能力を強化したい」と述べ、米側の協力を求めた(8月18日付日本経済新聞夕刊)。

そしてその同じ日に、日本政府は2019~23年度の次期中期防衛力整備計画(中期防)での防衛費の伸び率について現中期防(14~18年度)を0.8%を上回ることを認める調整に入った(8月18日付同上)。記事によると、イージス・アショアは1基あたり800億円を超え、少なくとも2基必要だとされ、アメリカは分割払いを認めていない。

さらにセット商品のTHAAD(高高度迎撃ミサイルシステム)は1基約1000億円、これも6基は必要だというではないか。

4.買っても使えるのか

弾道ミサイル防衛については海上自衛隊がイージス艦、航空自衛隊がパトリオット・ミサイルを運用している。イージス・アショアは陸上自衛隊が運用を担うことになるようだ。日本経済新聞(8月21日付)によると、その陸上自衛隊はミサイル防衛に習熟していない(バイクに乗れない)。警戒監視のためにはイージス・アショア1基につき100人規模の部隊が必要で、陸自が隊員を育てて専用部隊をつくるには「膨大な時間やコストがかかる」。

つまり、バイク免許取得にもかなりの追加費用がかかるのだ。そして駐車スペースだ。どこに置くのだろう。イージス・アショアは高性能レーダーを持つから「近隣地域に電波障害を起こす可能性もあり」、住民の理解が欠かせない。

そして何度も繰り返すようだが、迎撃システムで撃ち漏らしをなくすにはTHAADの配備が必要だということになる。韓国の例に見られるように、これには中国の激しい反発が必至だ。

5.上司のために買う

アメリカは自力でグアムを弾道ミサイル防衛(BMD)できないのか。BMDといえば、なんといってもイージス艦だ。そのアメリカのイージス艦が今たいへんなことになっていることはテレビで報道されているとおりだ。

まずイージス艦「フィッツジェラルド」が6月に伊豆半島沖でコンテナ船と衝突した。そして8月には同じく「ジョン・マケイン」がシンガポール沖でタンカーと衝突した。移動式レーダーとしては世界最高性能を搭載する船が船とぶつかってしまうのだ、それも3カ月で2回。

どちらも横須賀を母港とするアメリカ第7艦隊に所属している。アーコイン司令官はついに責任を取って解任されてしまった。米海軍はどちらも人為的なミスからくる事故だと認めている。

だいじょうぶなのか。素人目にもたいへんだと少し同情する。それだけトランプ政権の安全保障戦略はいいかげんだ。「世界の警察官ではない」と言って、「北朝鮮は中国に任せる」、「うまくやっている」、「失望した」。そうツイートしながら原子力空母を予定を変更して急きょ東シナ海に展開させたりする。そのたびにイージス艦はついて行かねばならない。

オバマ政権で関係が改善されたイランやキューバにも制裁を加える。シリアにも突然空爆を命令する。南シナ海でも「航行の自由作戦」を再開する。おそらく訓練も休養も足りないのだろう。

そして新安保法制のもとでの自衛隊はこれらほとんどに関わらなくてはならなくなっている。それどころか自民党のなかには「敵基地攻撃能力」の保有も検討すべきだという声もあがる。

こうしたなかでのイージス・アショアの導入なのだ。

 

6.家族になんの相談もなく

そもそも個別自衛権の範囲ならば買う必要のないものだ。そして新安保法制のもとであれ、北朝鮮の弾道ミサイルがグアムに向けて発射されたものを日本が迎撃することが「存立危機事態」にあたり、武力行使の新3要件に合致するかどうかは極めて不透明だ。

小野寺防衛相は10日の衆院安全保障委員会で、「米国の抑止力が欠如することは、日本にとって存立の危機にあたる可能性がないとは言えない」という曖昧な言い回しでしのいだ。これは大問題だ。

安保国会はこの存立危機事態についてじゅうぶんな議論を尽くすことなく新安保法制を強行可決してしまった。どう思い起こしても、グアムのアンダーセン基地が攻撃されることが日本にとって「国民の生命、自由及び幸福の追求が根底から覆される明白な危険がある事態」にあたるという議論は一切なかった。

そしてこれらは現中期防終了と次期中期防策定のなかで進んでいる。防衛費予算は安倍政権下で5年連続で増え、今年度は5兆1250億円に達した。このうち中期防の対象経費は約4兆8900億円、これを0.8%を超える伸び率で調整が始まった。

これらのことが、国会で一度も議論されていないのだ。なのに担当大臣がアメリカにイージス・アショアの導入を約束してきているのだ。それがすでに予算に反映されている。財務省はこの中期防に対して「いったん聖域を認めてしまえば歯止めがかからなくなる」と懸念する(8月18日付同上)。

財政は「大砲かバターか」なのだ。防衛関連経費、それもアメリカからの装備調達費の増加は、そのぶん社会保障費を削減するか、財政再建を放棄して将来の大増税にツケをまわすのか、他に道はないのだ。これらが国会休会中に進行している。

これが、「国民に丁寧に説明する」と頭を下げた改造安倍内閣の仕事のやり方なのだ。

日誌資料

  1. 08/09

    ・米法人税15%下げ困難 オバマケア見直し・税「国境調整」頓挫で財源不足
    ・中国、対外投資46%減(1-6月)資本流出規制響く 外資の対中投資も鈍る
    ・北朝鮮「グアム周辺に発射検討」 広島などの上空通過
  2. 08/10

    ・北朝鮮リスク市場警戒 日経平均一時335円安 アジア株下落 <1>
    米朝応酬緊迫化で「有事の円買い」1ドル=109円台後半
  3. 08/11

    ・中国、通貨防衛緩めず 人民元切り下げ2年 下落圧力に政策次々 <2>
    海外でのカード利用も監視 党大会控え威信を優先 滞留資金、不動産に流入
  4. 08/12

    ・米朝応酬 トランプ氏強硬「軍事的解決の準備は整った」とツイート
    アジア株、再び全面安 円、一時108円台後半
  5. 08/13

    ・日銀資産FRB超え 6月末500兆円4.56兆ドル、FRBは4.46兆ドル
  6. 08/14

    ・GDP(4-6月年率)4.0%増 6期連続プラス
    雇用逼迫、内需動かす 消費堅調も物価なお伸び悩み
  7. 08/15

    ・日米首脳電話協議 北朝鮮ミサイル阻止連携 <3>
    金正恩氏、発射計画巡り「米の動き見守る」
    ・日経平均4日続落 計500円超下げ 北朝鮮リスク警戒
    ・米大統領、中国調査を指示(14日) 知的財産侵害 通商301条制裁視野
    北朝鮮問題に焦り、通商で対中圧力 制裁なら報復、中国が示唆
  8. 08/16

    ・米産業界、政権と距離 白人至上主義巡り「双方に非」対応批判 <4>
    助言役辞任相次ぐ インテルやメルクCEO ホワイトハウス側近人事にも飛び火
    ・イラン大統領、米に警告「制裁続けば核合意離脱も」
    ・ティラーソン米国務長官「北朝鮮との対話、金氏の対応次第」
  9. 08/17

    ・トランプ氏、助言組織解散 白人主義巡る対応に抗議の辞任相次ぎ
    ・7月FOMC(米連邦公開市場委員会)議事要旨 低インフレ懸念で利上げ慎重論
    ・7月輸出13.4%増 米国向け車・部品けん引 米シェール輸入で黒字は縮小
  10. 08/18

    ・2プラス2(日米外務・防衛担当閣僚協議、17日ワシントン)<5>
    日本、自国防衛の役割拡大 弱まる米に備え自衛隊、共同対処へ
    陸上型イージス導入 防衛費伸び0.8%超へ 財政健全化目標に影響も
    ・習氏、米中協力呼びかけ 訪中米軍制服組トップと会談

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